第23編 『リーダーは辛いよ!?』 シーン04

作者:健速

シーン04 リーダーたるもの



 一通り魔法に関する勉強が済んだサンレンジャーは、実際に晴海(はるみ)静香(しずか)を相手に魔法を使った戦闘を体験する事になった。ダメージを与える武器や魔法は使わないし、静香も身体能力の強化は抑え気味で、サンレンジャーもスーツの強化機能はオフにしている。しかしそれ以外はほぼ本気で戦う実戦形式の訓練だった。

「ケンイチ兄ちゃん、僕ら一応正義の味方な訳じゃない?」

 緑色のスーツに身を包み、準備運動に余念がないコタロー。やる気は充分であったが、彼にはこの模擬戦にちょっとした引っ掛かりを感じていた。

「そうだな。そう有りたいと思っている。お前もだろう?」

 準備運動の動きを止め、ケンイチが頷く。地底での戦いを通じて、ただの戦士であるより正義の味方であろうという気持ちが強くなっていた。

「うん。だからこそ思うんだけどさ、二人の女の子に五人全員でかかるのは、正義の味方としてはどうかと思うんだけど」

 コタローの引っ掛かりは、五対二という人数比だった。大人が五人がかりで―――コタローも見た目はともかく成人済み―――可憐な少女二人に襲い掛かる構図は、どちらかというと悪党のやり口だろう。コタローにはそれはどうなんだという、正義の味方としてのためらいがあった。

「俺はメンツを犠牲にするぐらいで平和が守れるなら、それでいい」
「そうだね。うん、僕もそれが良い気がしてきたよ」

 しかしレッドシャイン―――ケンイチの断固とした意志が、コタローのためらいを払った。ずっと給料泥棒扱いだったサンレンジャーなのだ。理想を守れるなら、馬鹿にされるぐらい何ともなかった。

「それにな、どうせ初戦は五人でも勝てないから、気にする必要はない」
「情けない事を堂々と認めたね」
「全てはそこから始まるんだ」
「うん、それも今はよく分かるよ」

 サンレンジャーはこれまでの経験から強くなった。だからこそ分かるようになった、晴海や静香の強さ。その強さのひとかけらでも吸収するのがこの戦いの目的だ。そうした小さな一歩が彼らを偉大な戦士へと変えたのだから。



 要人の護衛を想定しているので、珍しく六本木博士も訓練に参加する事になっていた。六本木博士を守りながら、訓練場を横断出来ればサンレンジャーの勝ち。その前に博士が攻撃を受ければ晴海と静香の勝ちというルールになっている。
 訓練場には幾つもの建物や遮蔽物が置かれており、少し戦火に焼かれた街の様な雰囲気がある。そして五分前に晴海と静香だけが先にここへやってきて隠れた。だからサンレンジャー達には二人の居場所が分からない。そんな二人による奇襲から、博士を守るという訓練なのだった。

 プオーン

 サンレンジャー達が博士を連れて入って来てすぐ、訓練の開始を告げる合図の音が鳴り響いた。ここからは何が起こるか分からない。サンレンジャー達は後方にダイサクと六本木博士を残して軽く散開し、防御の為の陣を敷いた。

「コタロー、どうだ?」
「音響、動態センサーは双方共に反応なし。とりあえずいきなり魔法は飛んでこないみたいだね」

 先頭にはケンイチとコタローがいた。これは特殊な装備類を担当するコタローをケンイチがフォローする形だ。現在コタローは音を探す装置と、レーダーや画像解析によって動くものを見付ける装置の両者を使っている。それらで魔法の発動に必要な呪文の詠唱や手足の動き、あるいは晴海と静香そのものを見付けようというのだ。だが今のところ装置に反応は無い。晴海と静香はどこかに隠れている様子だった。

「この訓練はルール上、むこうはサイレンが鳴った後から魔法を使うんだが、現実だと最初から使っている場合もある。実際はこれよりずっと厳しいんだろうな」

 ケンイチとコタローの後ろにはハヤトがいる。彼は愛用のライフルに付けてある熱源感知型のスコープを覗きながら慎重に歩を進めている。スコープには熱源の反応はない。晴海と静香は分厚い遮蔽物の向こうにいるのだ。ちなみにこの銃に装填されている弾は、ダメージのない模擬弾になっている。

「それが分かっただけでも大分違うわよ」

 メグミはハヤトのすぐ近くで、彼の死角をカバーする。ハヤトはスコープを覗く関係で左右に死角が出来るのだ。

「僕もそう思う。知らないでいたら霧の中で手足を振り回すようなものだよ」

 ダイサクは最後尾で、要人役の六本木博士の周囲を警戒していた。もしもの時は巨漢のダイサクが六本木博士の盾になるのだ。もっとも重要で危険な役回りだった。

「実験もデータの検証も論理の構築もなく、いきなり実践をせざるを得んとは………科学的ではないのう。科学者としては少し切ない」

 このフォーメーションと役割分担は六本木博士が考え出したものだった。だが博士としてはいま一つ科学的ではない点が気になっていた。ケンイチは笑った。

「何言ってるんですか、博士。経験則は科学の基礎でしょう。それに博士が作戦を考えてくれて助かってます」

 そうやってケンイチが六本木博士を慰めた、その直後の事だった。

 ピピピー

「ケンイチ兄ちゃん、音響センサーに反応! 十時方向! 音声パターン識別、呪文だよ!」

 警告音が鳴り出し、コタローが慌てた様子で状況の報告を始めた。音を監視していたセンサーに反応があり、どうやら左前方の障害物の向こう側で晴海が呪文を詠唱しているようだった。

「みんな、来るぞ!」
「呪文は二種類! 向こうは魔法を二つ使ったみたいだ!」

 センサーが聞き取った呪文は二つ。コタローがそれを報告した次の瞬間、物陰の裏から静香が飛び出して来た。静香の拳は赤く光り、身体が黄色い光に包まれている。この時の静香は文字通り飛んでいた。物陰から大きく弧を描くような軌道でまっしぐらに六本木博士に向かって来ている。拳の赤い光は攻撃魔法、身体の黄色い光は飛行魔法。二つの魔法を使った奇襲攻撃だった。

「いくわよぉぉぉっ!」
「そうはさせないっ!」

 ダンッ、ダダンッ

 ケンイチとメグミが接近してくる静香に銃を連射する。数発の模擬弾が放たれたものの、静香は素早くかわしてしまう。拳銃で捉えるには静香は速過ぎた。だが、その回避の動きこそが狙いだった。

「貰ったぁっ!!」

 ダンッ

 静香の動きは回避の為にほんの一瞬だけ直線的になった。その一瞬を待っていたハヤトがライフルで狙撃する。発射された模擬弾は静香の胴体に命中した―――筈だった。

「何だとぉっ!?」
「偽物だよ、兄ちゃん!」

 サンレンジャーの目の前で、静香の姿が掻き消える。銃弾が消滅させたのではない。向かって来ていた静香は偽物、晴海が魔法で作り出した幻影だったのだ。

「怖い怖いっ、流石は本職ねっ! でもそれじゃあ駄目よ!」

 そして音もなく忍び寄っていた静香が、背後から六本木博士に襲い掛かった。確かにコタローの指摘通り魔法は二つだった。だがそれは飛行の魔法と、拳へ宿した攻撃魔法ではなかった。幻影と隠密の魔法だったのだ。

「とぉりゃああああぁぁぁぁっ!!」
「お願い、ダイサク君っ!」
「駄目だよ、これじゃあ!」

 幻影の静香を見た時に、ダイサクが咄嗟に博士を庇ったのが裏目に出た。無防備に背中を晒している博士に忍び寄った静香は、笑顔で拳を突き付けた。

「最初は仕方がないですよ。これ、以前キリハさんがやってた作戦の真似ですから」
「………ま、参った」

 魔法の特性を生かした、幻術による陽動と奇襲作戦。ずっとキリハのやり口を見て来た晴海と静香なので、彼女の作戦を真似してみた訳なのだが、それが綺麗に嵌った格好だった。六本木博士は肩を落とし、素直に白旗を揚げた。



 初戦こそ晴海と静香の圧勝だったのだが、訓練を重ねるうちに徐々に魔法と戦う感覚を養い、五度目の訓練では遂に六本木博士を守り切った。ハヤトとメグミが命中打を受けて倒された判定になったものの、六本木博士は無事に訓練場を渡り切る事が出来たのだ。それからもう何度か訓練をして勝ったり負けたりをして、この日の訓練は終わりになった。そして今は、実戦訓練の反省会をしている所だった。

「最後の百一匹晴海ちゃん大行進はどうしたら良かったのかしら?」
「メグちゃん、手榴弾やなんかで一気に全部に衝撃を与えるのはどうかな。人数が多いなら強度が低い魔法になる訳だからさ」
「でもさぁ、ダイサク兄ちゃん。今回は訓練だからいいけど、市街地とかでそれはやりたくないよね?」
「そうなると………銃で乱射も現実的ではないか。ハヤト、何かアイデアはないか?」
「うーん、そうだな………特殊部隊が好むフラッシュグレネードみたいに、軽い衝撃を与える為だけの手榴弾を用意しておくと、広域の幻影対策になるんじゃないか?」
「それは良い考えじゃのう。非殺傷武器なら申請も通り易いし、フォルトーゼの立体映像や微小なドローン対策とでも言えば、他の部隊にも配備し易いじゃろう」

 サンレンジャー達の議論は白熱していた。それが彼ら自身の戦いに役立つというのはもちろんなのだが、この経験を他の同系列の部隊や部下達に共有する時にどうしたら良いのかというような部分にまで議論が及んでいる。ここでの彼らの考え方ひとつで、多くの人間の命が左右される。だから安易な議論にはならないのだった。

「ふふ………」
「どうしました?」

 時々意見を求められるが、基本的には議論を見守る形になっていた静香と晴海。不意に静香が微笑んだ事に気付き、晴海はその顔を覗き込む。すると静香はその笑顔を少しだけ自嘲気味に変えて、晴海と視線を合わせた。

「なんだかあの人達を見ていたら、自分がお料理研究会の会長になって悩んでいたのが情けなくなってきました」

 静香はサンレンジャーの施設へやって来てからの出来事を経験した事で、研究会の会長になった事に浮足立っていた自分が情けなく思えた。サンレンジャーは重責を担いながらも、迷わず行動している。それで状況が好転するかどうかは分からないが、それでも自分達が何もしなければ、状況が悪化するだけだと分かっていたから。静香は自分もそうしたいと思っていたが、なかなかそうもいかない。胸の奥でもやもやしているものは晴れてくれなかった。

「あの人達はたまたま、肩にかかっているものが明確で大き過ぎて、悩む暇も必要も無いだけです。誰だって人の上に立つ時は悩みます。決して情けなくなどありませんよ」

 晴海は悩んでいた静香を情けないとは思わなかった。サンレンジャー達は幸か不幸か、仲間や周辺住民の命という、守るべきものが明確になっていた。だが部活のリーダーとなるとそこが少し曖昧になる。また所属している人間一人一人で大切にしているものが違っている。命のように、誰もが大事にしているものを守るのとは少しばかり事情が違うのだ。それを調整していく事もリーダーの資質の一つ。だから静香のようにリーダーになったばかりの人間が、自身の行動に悩んでも仕方がないだろう、晴海はそんな風に思っているのだった。

「そんな風に言えるのは桜庭先輩だけですって。やっぱりアライアさんの分だけ、視野が広いんですよ」

 かつては国を背負っていたアライアが、生まれ変わって普通の女の子―――晴海になった。それを明確に自覚している晴海は、二つの視点を持つ事が出来ている。晴海はサンレンジャー以上に特別な視点の持ち主であり、それは静香には到底真似出来ない。静香は再び自嘲気味に笑った。

「アライアさんの影響………うーん、実は私とアライアさんでは、一番大事にしたいものが明確に共通していますから、言う程視野は広くないんです。そして、それは笠置さんとも共通していますよ?」
「共通………ああ!」

 晴海とアライアで共通しているもの、それは明らかだ。そしてそれはたまたま静香とも共通している。晴海はそれを裏切らないように行動しているので、いつも迷わずに済んでいる。だとしたら自分も同じようにすればいいのではないか―――静香はそこに気付く事が出来た。

「………あの人がやりそうな事をやればいいんですね、私達の場合は」
「はい。そうすればあの人に怒られずに済みますから」
「頑固過ぎるって研究会のみんなには言われそうですけど」
「そこは覚悟を決めるしかないと思います」
「状況がどうあれ、『この想いだけは貴方と共に』って?」
「ふふふ、まぁ、そういう事です」

 晴海と静香は顔を見合わせると小さな声で笑い合う。大きな声を出してサンレンジャー達の邪魔は出来なかった。だが悩みの答えを得た事で、意識していても静香の笑い声は幾らか大きくなってしまう。しかし幸いな事に、サンレンジャーが静香の声に集中を乱されるような事はなかった。

「そういえば先輩、里見君から何を御褒美に貰うか、まだ決めてなかったですね?」
「そうでしたね。もうすぐ里見君がお迎えに来ますから、それまでには決めておかないといけません」
「あの人なら………こういう時、何を欲しがるんでしょうねぇ?」

 ここで静香はふと、直前に話していた内容を思い出す。晴海と静香が一番大事にしている人は果たしてこういう時に何を望むのか。それを参考に決めるのも良いかもしれないと思ったのだ。

「………多分、何も欲しがらないでしょう」

 晴海はそう答え、微笑んだ。晴海は一番大事にしている人の望みは分かっている。そして基本的に晴海も静香の方針に賛成だった。

「やっぱりそう思います?」
「はい」
「じゃあそうしましょうか」
「はい、そうしましょう」
「でも、ちょっとは困らせたりしたいですよね?」
「それはもう、存分に頑張りましょう」
「行動は必要、と」
「ふふふ、そういう事ですね」

 それから静香と晴海は時折サンレンジャーの質問に答えてやりながら、来るべき時に、かの人物をどうやって困らせてやろうかと話し合った。それはサンレンジャーの議論と同様に、白熱した議論になっていく。何故なら二人は、それが一番大事にしたいものだと分かっているから。そして二人の理想は、ここへやってきた時に見た、ダイサクとメグミのようなやり取りなのだった。



   ◆◆◆次回更新は12月7日(金)予定です◆◆◆

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