第24編 『幼馴染み二人』 シーン01

作者:健速

シーン01 委員会で



 琴理(ことり)によるナルファのサポートは上手く機能していた。琴理のおかげでナルファは慣れない日本生活を上手くこなす事が出来、そしてそれに伴うやりとりが二人の関係を進展させる要因ともなった。結果的に二人は新たな友人を得るに至った。人見知りで内気な琴理にとっても良い結果と言えるだろう。しかし全く同じ事情が、琴理に困った問題も運んできてしまっていた。

松平(まつだいら)さん、来週の学級委員会に君も出席して貰えないかな?」
「へっっ!?」

 それは青天(せいてん)霹靂(へきれき)だった。学級委員会というのは、各クラスの学級委員が一堂に会して会議を行うもので、吉祥(きっしょう)春風(はるかぜ)高校(こうこう)全体に関わる議題を扱う会議だ。だが琴理は学級委員ではない。にもかかわらず担任の教師に出席を求められ、琴理は酷く驚いていた。それは内気な彼女が思わず慌てて説明を求めてしまう程だった。

「そっ、それはどういう事でしょうか?」
「君とナルファさんは上手くやっているだろう?」
「ええと、まぁ………」
謙遜(けんそん)しないで下さい、間違いなくコトリは上手くやってくれています」

 隣の席でナルファが微笑む。照れ臭くなった琴理は軽く頬を赤らめて俯いた。

「ナルちゃん………もぉ………」
「うふふ」
「学級委員達も君らの様子を注視していたようでね、君に委員会への出席を要請して来たんだ。ほら、秋から後続の留学生が来るだろう? だから君とナルファさんのやりとりを参考にしたいんだそうだ」
「ああ………」

 琴理にもここで話の筋が見えて来た。留学生はこの学期の開始時点で各校四人ずつ配置されているが、それで終わりではない。施設が整うのを待って、後続が続々とやって来る事になっている。その時に備えて、フォルトーゼ人が日本の何に戸惑うのか、その情報の共有を行いたいという訳なのだった。

「ふふ、私が青信号を延々待ったりしたような話ですね」
「青信号?」
「ええっと、青信号って実際には緑じゃないですか。だからナルちゃんはいつまでも青にならないと混乱して」
「なるほどねぇ。ともかく委員会はそういう情報が欲しい訳なんだ。後続の留学生は数が多いから、最初からある程度そういうポイントが分かっている方がトラブルが少ない」
「委員会は先手を打って下さろうとしているんですね」

 ナルファがにっこりと笑う。学級委員会、つまり生徒達が率先して留学生を迎え入れる方向へと動き出している。それは当の留学生であるナルファにとって嬉しい事だ。自分の存在が許容されているからこそ、そういう動きが出て来るからだった。

「まあ、そういう事になるかな。それで………どうだろう、学級委員会へ出席して貰えるかな、松平さん?」

 担任教師がじっと琴理を見つめる。その横ではナルファが同じようにしている。その目が期待しているのは同じ事。そしてそれは琴理にとっても正しい事のように思えた。

「………わ、わかりました。出席します」

 琴理は大真面目な顔で頷いた。本当は断りたかった。人見知りと内気な性格を抱えた琴理だから、委員会に出て話をするのは避けたい事だった。しかしどう考えてもこれを断るのは道理に合わない。留学生の案内役としても、ナルファの友人としても。だから琴理は後ろ向きになりがちな心を抑え込んで、出席を決めたのだった。



 琴理にとって最初の関門は会議が行われる教室へ入る事だった。手にしている案内のプリントで教室の名前―――二年A組―――を繰り返し確認した上で、何故か一旦通り過ぎる。そして廊下に人通りがないのを確認、気持ちを落ち着かせた上で、改めて問題の教室のドアの前に立った。最後に深呼吸を何度か繰り返した後、琴理はようやく教室のドアをノックした。

 コンコン

「はぁい」

 教室のドアはすぐに開き、中から一人の女子生徒が顔を出した。その顔は琴理にも見覚えがあった。それは入学式の時に挨拶をした生徒会メンバーの一人で、副会長を務める少女だった。

「あ、あの、私一年A組の松平です」
「ああ! あなたがナルファさんの案内役の!」
「は、はいっ、そうです」

 副会長はきちんと琴理の名前を頭に入れていたようで、琴理が名乗るとすぐに笑顔を作った。同時に琴理は緊張の表情を解く。琴理の頭の中には余計な心配事が幾つも渦巻いていたのだが―――自分の事を分かって貰えなかったどうしようとか―――それらは全て杞憂だった。

「でも随分早く来たのね。会議が始まるまでまだ二十分はあるわよ?」
「実は………他人に注目されるのが苦手で………最初から居た方がましかなって」
「賢い判断だわ。さ、入って」

 琴理は副会長に先導されて教室へ入った。教室は会議をし易いように机と椅子がコの字を描くように並べ替えられている。それはコの字の隙間が空いている部分に教卓と黒板が来るような位置関係だ。そして黒板の左端に二つの特別席が並べられており、そこが今日の琴理の指定席だった。

「もう一人、どなたかいらっしゃるんですか?」

 席は二つ。自分は一人。だからもう一人この委員会に呼ばれている人間がいる筈。琴理はそのもう一人の存在が気になっている。怖い人じゃなければ良いなぁと、密かに願っていた。

「………ふふ、そこは私の席ですよ、琴理さん」

 答えたのは副会長ではない。声は琴理の背中側から来た。それは知らない声ではなかったから、琴理は後ろから突然声がした事にだけ驚く事になった。

「この声は!?」

 慌てて声の方へ振り返った琴理の前に、一人の女子生徒が姿を現した。それは規定通りの制服を身に纏い、瞳に宿る理性的な光と長い黒髪が印象的な少女―――クラノ・キリハだった。

「キリハさん!」
「こんにちは、琴理さん」

 キリハはたおやかな仕草と笑みをたたえて挨拶の言葉を口にした。キリハは学校に居る時は倉野(くらの)桐葉(きりは)を名乗り、穏やかな言動の優等生を演じている。事前に知らされていたので琴理がそれに混乱する事はなかったが、初めて見る普通っぽいキリハの姿に少なからず驚いていた。

「どうしてキリハさんが―――って、そっか、三年A組にもフォルトーゼの人がいるからですよね」
「そうです。私達のクラスには、二年前からティアさんとルースさんがいましたから」

 ティアとルースは二年前から吉祥春風高校に通っているので、その事実が公になった今は二人と仲が良いキリハもまた留学生に関する情報を持っている人物となる。二人と仲が良い人間の中からキリハが選ばれた理由は単純だ。信頼出来る性格と、よく気が付き仕事が出来る点が高く評価された為だった。



 そんな周囲の期待に見事に応え、キリハは学級委員達の質問に淀みなく答えていく。既に二年分の経験があるので、キリハが返答につまるような事はなかった。

「私の経験から言いますと、色を使った表現で、感情的なすれ違いが起こり易いという事です」
「色? 具体的にはどういう事だい?」
「例えば青ですが、日本語では青くなる、というように否定的な使い方もしますが、フォルトーゼでは違います。青は伝説の英雄のトレードマークだったので、誇りや正義、慈愛など、肯定的な意味しかありません」
「ということは、向こうの人に青くなるって言っても逆の意味になってしまう訳か」
「はい。同じく白にも特別な意味がありますが、日本語でも白はたいてい肯定的な意味になりますから、こちらは問題ありません」
「ふむ………だったら垂れ幕は紅白よりも青白の方が良いって事か………」
「厳密にはそうなりますが、あまり向こうに合わせ過ぎても留学生が恐縮してしまうでしょうから、特別な色を否定的に使わないようにするぐらいで良いかと思います。例えばクイズのマルバツで赤を〇、青を×なんかにすると混乱が生じ易いと思います」
「難しいな、異文明って………」

 そうやって学級委員達と意見を交わすキリハに対して、琴理は尊敬の眼差しを送っていた。内気で人見知りの琴理にとっては、人前で堂々と話せるキリハの様な存在は驚きだ。自分がそれをやるとなると身震いがする。

「松平さん、何か補足はあるかい?」
「え、わ、私ですかっ!? え、えっとですね………そうだ、赤は現在のフォルトーゼの第七皇女殿下が好んで使う色ですから、赤白の垂れ幕で問題ないんじゃないかと」
「それは朗報だね。垂れ幕を変えなくて済むよ。ありがとう」
「はい………ふぅぅぅ………」

 琴理はこんな風に質問ひとつで緊張してしまう。もしキリハが防波堤となってくれていなかったら、果たしてどうなっていたか。そう思うと琴理は身震いする。だから琴理は二重の意味でキリハに感謝と尊敬の念を向けていた。

「落ち着いて、いざとなれば助けます」
「ありがとうございます。その、心強いです」

 そして琴理の様子にも気付く余裕、あるいは心配りというべきもの。たった二つしか年齢が違わない筈なのに、どうしてこうまで違うのか。琴理は少しばかり自分を情けなく思うのと共に、キリハがこう出来る理由を知りたいと思った。



   ◆◆◆次回更新は12月14日(金)予定です◆◆◆

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