第24編 『幼馴染み二人』 シーン02

作者:健速

シーン02 帰り道



 琴理(ことり)の学級委員会への出席は、つつがなく終了した。やはりキリハの存在は大きく、委員達からの質問はその多くが彼女一人によって綺麗に処理された。キリハが年上で、しかもティア達との付き合いが長い事から、自然と質問は先にキリハへ向かうのだ。時折質問が琴理へ向く事もあったが、その程度であれば頑張って答える事が出来た。キリハの存在に大きく助けられた格好だった。

「あの、今日はその、本当に助かりました。私一人だったらどうなっていたか………」

 琴理にはキリハに助けられたという自覚があった。だから隣を歩いているキリハに感謝の言葉を伝える。ちなみに二人は並んで通学路を歩き、ころな荘の一〇六号室へ向かっている。これは二人が顔見知りであった事、同時に委員会で使っていた教室を送り出された事、そして今日もナルファが一〇六号室へ遊びに行っている事などから、自然と起こった事だった。

「気にする事はない。誰にでも得意な事と不得意な事がある。(なんじ)が得意な事で我が困っていたら、その時に助けてくれればそれでいい」

 キリハは二人だけになった時点から本来の口調に戻っていた。その確固たる意志を感じさせる明快な言葉と澄んだ瞳。琴理に微笑みかけるその姿は、夕日に照らされてオレンジ色に美しく彩られている。その様子を目の当たりにした琴理は素直に思うのだ。

 ―――(かな)わないなぁ………この人には不得意な事なんてないだろうに………なのにこうやってあっさり謙虚に言い切っちゃう………凄い人だな………。

 琴理はキリハに憧れていた。自分もこういう女性になれたら良いなと、思わずにはいられない。琴理は自分の性格的な問題を自覚しているから尚更(なおさら)だった。

「ちなみにキリハさんの不得意な事って何ですか?」
「実は力仕事が苦手なのだ」
「私もあまり得意じゃないですけれど、力仕事なら私でもいないよりマシでしょうし、お助け出来そうです」
「ではその時には助けて貰おう」
「はい」

 琴理は頷くとキリハに笑顔を向ける。幾ら天才でも万能ではない。琴理は恩返しが出来そうな分野を見付けられて嬉しかった。それで少し気が緩んだのだろうか、琴理はキリハに尋ねてみたい事があったのを思い出した。

「ところでキリハさん、一つお尋ねしたい事があるんですけれど」
「遠慮せずに言って欲しい」
「でしたら………ええと、キリハさんはいつも学校では違う雰囲気ですよね? あれはどうしてやっているんですか?」

 琴理の疑問はキリハが学校では優等生をやっている理由だった。頼り甲斐があるのは変わらないものの、態度も口調もまるで違う。学校で見るキリハは、どこかにいる普通の女子高校生のような雰囲気だった。琴理はキリハが地底人だという事を知っているので、この変化で身分を偽る意味は分かる。だがここまで大きな変化を必要とする理由までは想像できなかったのだ。

賢治(けんじ)からは何処まで話を聞いている?」
「キリハさんの出身地と役目までは」

 出身は地底、役目は地上侵略軍の指揮官。だが誰が聞いているか分からないこの場所で安易に口にしていい事ではない。そこで琴理は遠回しにそう答えた。

「ふむ………簡単に言うと、出身や役目を隠すだけでなく、当初は孝太郎の周辺の人脈に素早く浸透する必要があった。そこで人当たりの良い人格と言動が選ばれたのだ」
「あっ、そうか! コウ兄さんに力技なしで立ち退いて貰う為に、周りと仲良くなっちゃう作戦にしたんですね!」
「そして今は、最初についた嘘を引っ込める事が出来ずにいる、という訳だ」

 既に孝太郎(こうたろう)との関係は決着に近いところにある。地底の問題も片付いている。だから今は地上で活動する為に創造された『倉野桐葉(くらのきりは)』というキャラクターには(ほとん)ど意味がない。辛うじてキリハの身分を守る機能を果たしているくらいだろう。かといって止めれば止めたで目立ってしまい、逆にキリハの正体を明らかにするきっかけになってしまう。止めるタイミングを逃した、という状況だった。

「大変なんですね、人の上に立つって」
「しかもこれだけ努力して、一番騙しておきたかった相手には、我の本音を見抜かれてしまった」

 キリハはそう言って自嘲的に笑った。だが琴理にはその笑顔が嬉しそうにも見える。それが不思議だった。

「一番騙しておきたかった相手って?」
「孝太郎だ」

 キリハがそう言った時、笑顔の嬉しそうな印象が強まる。見抜かれて嬉しかったのか、それとも残念だったのか、今はもう間違いなく嬉しそうな印象の方が強かった。

「コウ兄さんにも優等生のフリをして会っていたんですか?」
「そうではないが、孝太郎には我がこの街へ来た理由を偽っていたのだ。それを孝太郎には半年ほどで嘘だと見抜かれてしまった」

 それはまるで、恋人からプレゼントを貰った時の事を、思い出しているかの様な笑顔。それを見た琴理は確信した。キリハは言葉とは裏腹に、孝太郎に嘘を見抜かれたのが心の底から嬉しかったのだと。そしてそれは二人の深い繋がりを感じさせた。

「我は初め、孝太郎にこの街へ来た理由を悪事が目的だと伝えた」
「悪事………」

 琴理はその表現に戸惑ったが、少し考えた段階で分かった。地上の武力侵略。安易に口に出来ない言葉だった。

「だがそれはあくまで身内にいる過激な連中を抑え込む為の方便であって、実際にはそんな事は欠片も考えていなかった」
「本当は何が目的だったんですか?」

 琴理が見る限り、これまでのキリハは―――学級委員会も含めて―――どんな質問にもすらすらと答えていた。だがこの時キリハは初めて、ほんの一瞬答えに躊躇した。そしてほんの僅かに頬を赤らめ、絞り出すように答えた。

「………それは………初恋の………お兄ちゃんを………捜しに………」
「まぁ!」

 それはキリハが口調を本来のものに戻してから、初めて見せた女の子らしさだった。しかも普段の理性的な彼女とはかけ離れた、とても感情的で純粋な想い。琴理が初めて触れたキリハの真実だった。

「だから争い事などもってのほか。ここの人達とは仲良くしたかった」
「そうしないと初恋の人との再会は………最悪ですものね」

 キリハが地上へやってきたのは、初恋の少年を探す為だった。だから地上との融和を目指し、侵略や攻撃の意図は全くなかった。そうしなければ仮に初恋の少年と再会出来たとしても、仲良くして貰える筈がない。だが大地の民には地上への進出に対して複数の主張があったから、立場上侵略計画の全廃は口に出来なかった。キリハは侵略を口にする事で急進派の暴発を防いでいたのだった。

「………う、うむ………」

 事情を明かしたキリハは酷く恥ずかしそうにしていた。話の流れ上とはいえ、自分の心の底にあるものを他人に明かすのはとても恥ずかしい。だからもし相手が琴理でなかったら、話さなかったかもしれない。琴理が恋愛に対して運命と純粋さを求めているのを知っていたから、話す事が出来たのだ。そういう琴理が言いふらすとは思えなかったから。

「だ、だが、孝太郎は出逢ってからの半年余りで、我が最初から悪事など企んでいなかった事を見抜いてしまった。これでも演技には自信があったのだがな………」

 キリハと孝太郎が出逢ったのは二年前の春。それから季節が秋に変わる頃には、孝太郎はキリハの行動に矛盾を感じ始めていた。出会ってからの半年余りのキリハの言動から、地上侵略を口にしながらもその意図はないのではないかと考えていたのだ。そしてそれが確信に変わったのは、風が少し寒くなり始めた頃の事だった。

「コウ兄さんは昔から、そういうところがあります」
「昔からなのか?」

 キリハは身を乗り出すようにして訊き返してくる。琴理はキリハのその行動に驚いた。これまでは演技かそうでないかに関わらず、大人の女性然として余裕があったキリハ。だが孝太郎の話になってからはそれが感じられない。むしろ同じ年代の女の子らしい言動が目立つ。余裕がなく、気持ちが前面に出て、必死に見える。だから琴理は悟った。

 ―――ああ、この人は心底コウ兄さんの事が好きなんだな………。

 キリハが孝太郎に出逢ったのは二年前の事だ。それよりも前の孝太郎の事については、キリハが知らない事は沢山ある。だからキリハはそれを知りたがっている。愛してやまない男性の事を知りたがるのは当然だった。

 ―――でもズルいなぁ、キリハさん………普段はあんなに余裕があるのに、コウ兄さんの事になるとこんなに可愛らしいなんて………この分だとコウ兄さんは、もうキリハさんにノックアウトされてるんじゃないかなぁ………。

 琴理にも思うところはある。だが恋愛には運命と純粋さを求める琴理だから、目の前にあるキリハの純粋な愛情を軽視出来ない。だから琴理はキリハに求められるままに、孝太郎との想い出を語り始めた。



   ◆◆◆次回更新は12月21日(金)予定です◆◆◆

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