第24編 『幼馴染み二人』 シーン03

作者:健速

シーン03 幼馴染みそれぞれ



 琴理(ことり)孝太郎(こうたろう)と出逢ったのは、彼女が小学校の低学年の頃だった。二つ年上の兄である賢治(けんじ)が、友達の孝太郎を自宅に連れて来たのだ。

『これがマッケンジーの妹か』
『ことりって言うんだ』
『まっけんじー?』
『まつだいらけんじだから、みじかくしてマッケンジーだ』
『そうなんだ………へんなの。ふふふ』

 出逢いは十年近く前の事なので、琴理の記憶はそれほどはっきりしたものではない。しかしそれでも幾つか強く印象に残っている事がある。それは何処か(とぼ)けたような印象の少年であった事、それでいて瞳の奥には暗い何かが横たわっている事だった。

 ―――さびしそうなひとだな………。

 琴理は孝太郎の瞳を覗き込んだ時、そう感じたのをよく覚えている。飄々としていて一見友好的に見えるが、心の底の方では他人を受け入れていない。当時はそこまで気付いていた訳ではない。兄の賢治から説明を受けたものの、自分の気持ちでそれを確信したのは数年後の事だった。だがこの時は、幼いなりにその片鱗を感じ取っていたのだった。



 初めて会った時に寂しそうな人だと思った―――琴理がそれを口にした時、キリハは驚いていた。キリハがその事に気付いたのは、出逢ってすぐではなかったから。

(なんじ)の眼力は大したものだ、琴理。我がその事に気付いたのは、しばらく時間が経ってからの事だった」

 そう言った時のキリハは、琴理には残念そうに見えた。琴理に出来た事が自分には出来なかった、それが悲しいのだろう。それが最愛の男性の事であるから、尚更(なおさら)そうなのだろう。だが琴理はそうは思わなかった。

「昔のコウ兄さんは今ほど上手に感情を隠していませんでしたから、眼力はそれほど必要なかったんじゃないかと」

 今の孝太郎から本音の感情を読み取るのと、幼年期の孝太郎からそれを読み取るのとでは、難易度が桁違いだ。キリハが気付くのに多少時間がかかったのは当然だろう。琴理は自分が特別優れているとは思っていなかった。もちろん、多少は他人の目を気にする人見知りや内気な性格が影響したとは思うのだが。

「………済まない、気を遣わせてしまったな、琴理」
「そんな事は………キリハさんだって当時のコウ兄さんなら、きっと早いうちに気付いていますよ」
「ありがとう、琴理。そう思う事にしよう」

 琴理の言葉でキリハに笑顔が戻る。琴理はこの時、普段とは違って女の子らしい感情的な振る舞いを見せてくれるキリハに、親しみを感じていた。いつでも完璧な訳ではない。キリハもまた普通の女の子なのだ―――そう感じた琴理は、キリハとは仲良くなれそうな気がし始めていた。



 孝太郎と初めて会った時に、琴理が感じたものが正しいという事は、その日のうちに証明された。孝太郎が帰った後に、賢治が話してくれたのだ。孝太郎の家庭で何が起こったのか、という事を。

『あいつは自分のしっぱいでお母さんがしんだって思ってる。だからだれともなかよくなろうとしない。またしっぱいして、いなくなるんじゃないかって思ってるんだ。同じおもいをしたくないんだよ』
『かわいそうだね………』
『でも、よくないだろ、そういうの』
『うん………』
『だからあいつが一人でいるのをみたら、ことりはあいつのあとについてけ。ついてくりゆうなんか、なくていいから』
『きらわれないかな?』
『ぼくはへいきだった』
『………じゃあ、わたしもやってみる』

 琴理が賢治や孝太郎の後を追い回していたのは、ただ単に二人が好きだからという訳ではなかった。賢治からお願いされてやっていたという事情もあったのだ。そしてこの事が琴理が賢治へ向けている尊敬の念のベースになっている。友達を大事にする賢治の姿に、心打たれたのだった。



 そういう経緯があったので、賢治の女性関係についての噂を耳にした時、琴理は許せなかった。傷付いた友達を支える為に妹に助力を乞うた、あの思慮深く心優しい兄は何処へ行ってしまったのか、と。

「絶対納得出来ません、恋人を次々と取り換えるなんて………」
「弁護する訳ではないが、賢治の場合は寄って来る女性が多過ぎて、運命の相手が判別不能になっているという事情もある」
「でも!」
「琴理も高校生になって、徐々にその辺が見えて来たのではないか?」
「それは………」

 実は琴理にも賢治の状況が理解出来るようになりつつあった。ナルファのサポート役を務めていると自然と他者との対話が増え、結果的に男性から話し掛けられる頻度が大きくなった。その中には少数ながら告白もあった。これは中学までの琴理では考えられない頻度であり、その中に運命の出逢いが紛れていても、どれがどれやら分からないのではないかと思わないではなかった。

「………それでも信じたいです。ちゃんとこの人だって分かる運命の出逢いが、私にもきっとあるって」

 琴理はもう、頭では分かっていた。問題は心の方で、あくまで自分の相手は運命が連れて来ると信じたいのだ。そしてその時にはきっとこの人だと分かる筈だと。それが少女じみた願望なのは自分でも分かっている。それでも拭い切れない、強い想いだった。

「気持ちは分かる。我もそれを信じて十年待ったのだから」
「あ、あれっ?」

 琴理はこの時のキリハの言葉に戸惑った。キリハの話では、彼女が地上を目指した理由は初恋のお兄ちゃんを捜す為だった。だが今のキリハは明らかに孝太郎に愛情を注いでいる。初恋のお兄ちゃんという事は、幾つか年上の筈なので孝太郎ではありえない。だがその口ぶりはまるで運命の初恋が成就したかのように聞こえ、辻褄が合わない。不思議に思った琴理は、思い切って訊いてみる事にした。

「どうした?」
「キリハさんは、初恋のお兄ちゃんを捜しに来たんですよね?」
「そうだ」
「見付けたんですか?」
「うむ。苦労したが見付けた」
「でも、キリハさんはコウ兄さんが好きなんですよね?」
「ん? ああ、そういう事か。ふふふ、説明が足りなかったな」

 キリハは何故琴理が不思議そうにしているのかを理解した。そしてポケットの中から一枚のカードを取り出した。

「我と運命の男性の関係は、少しばかり複雑なのだ。まぁ、だからこそ運命だと言えるのかもしれないが………」

 古ぼけて色がくすんだ、ヒーローのトレーディングカード。その表面にはミミズがのたくったかのような文字が書き加えられている。キリハはそれに深い愛情が篭った視線を注いでいた。まるでそれこそが運命の証なのだと、言わんばかりに。



 琴理も孝太郎が過去の世界へ行っていた事は知らされていた。だがその経緯は余りに長く複雑であったので、賢治から琴理へ伝えられる段階で幾らか取り零しがあった。キリハと孝太郎の出逢いの物語は、その取り零しの中に潜んでいた。

『すごぉいっ、どうしたのぉっ、これぇっ!?』
『以前、ちょっとね。キィちゃんにあげるよ』
『いいのっ!? キラキラカードだよっ!?』
『ああ。欲しかったんだろう?』
『うんっ!! ありがとうっ、おにいちゃんっ!!』

 キリハの初恋の相手は、過去の世界から現在の世界へ帰る途中の孝太郎だった。地上へ出て迷子になったキリハを孝太郎とクランが助けたのだ。この時地上侵略を目論む大地の民の急進派は、キリハを殺害して地上の人間に罪を擦り付ける事で、大地の民の世論を武力侵略へと動かそうとした。だが孝太郎とクランの奮闘でそうはならず、キリハは無事に故郷へと帰る事になったのだった。

『元気でな、キィちゃん』
『………うん。おにいちゃんもげんきでね?』
『ああ。俺は元気が取り柄だからな』
『うそだよ。キィはおにいちゃんがよわいって、しってるもの』
『君がそれを知っていてくれる限り、俺は大丈夫だ』
『あはっ、なんだかあいのこくはくみたいだね?』
『似たようなものだろう。弱さをさらけだすってのはさ』
『そうだねっ』

 キリハはその過程で孝太郎の心を知り、その深い闇を受け入れ、許した。そして孝太郎を救わねばならないと思った。孝太郎がそうしてくれたように。

『はい、おにいちゃん。これをキィだとおもって、だいじにしてね?』
『いいのかい? 大事なものなんだろう?』
『うんっ、カードのおれいだよっ! きょうからは、それがキィのかわりに、おにいちゃんをまもるから! それで………ときどきそれをみて、キィのことをおもいだしてくれたらうれしいな』

 別れ際、キリハは孝太郎に母親の形見の首飾りを渡した。カードを貰ったお礼という触れ込みだったが、実際は違う。死んだ母親に、孝太郎を守って貰おうと思ったのだ。そしてこの首飾りとカードが、孝太郎とキリハを導いた。二人は導きに従って再会すべくして再会し、お互いが大切な人間である事を理解したのだった。



 琴理は、キリハと孝太郎の出逢いを、二年前の出来事だと思っていた。だが実際は十二年前の出来事であり、とても驚かされた。孝太郎のタイムスリップの影響は、フォルトーゼ以外でも起こっていたのだ。

「キリハさんの初恋のお兄ちゃんっていうのは、帰りがけに偶然立ち寄ったコウ兄さんの事だったんですね………」
「うむ、我も驚いた。タイムスリップだなどとは夢にも思っていなかったからな」
「でもお陰でキリハさんは武力侵略を止めてくれた訳だし、コウ兄さん大金星ですね」
「そう思う。つまるところ………運命の出逢いなのだ」
「そうですね、絶対それ運命の出逢いです」
「そして我は、子供みたいな思い込みを十年以上も信じたのだ」
「子供で良いです。私それ好きです!」

 だが聞いてみて納得した。運命の導きと純粋に想い続けた十年間。キリハの話は、琴理の理想そのもの。琴理は強く目を輝かせて興奮し、我が事のように喜んでいた。

「良かったなぁ、それは最高の恋愛だなぁ。これこそ運命だなぁ………本当に良かったですねぇ、キリハさん!!」
「う、うん。ありがとう、琴理………」

 そんな琴理の気持ちが伝播したのか、あるいはかつての気持ちが蘇ったからか。キリハの瞳にはうっすらと涙が滲んでいた。キリハが人前で涙を見せるなど滅多にある事ではない。琴理と同じく、キリハもまたこれが運命だと信じているのだった。

「うーん、コウ兄さんの妹分として、変な女の人が寄ってきたら、何とかしないとって思ってましたけど………」

 賢治の前例もあるので、琴理はもう一人の兄も同然の孝太郎まで、いい加減な恋愛をして欲しくないと思っていた。

「正直なところ、変な女の自覚はある」
「それは出身地が信じ難いだけで………ともかく、キリハさんは合格。花丸の大合格! コウ兄さんと付き合っても良いですっ!」

 しかしちゃんと話を聞いた時点で、キリハに関しては心配は要らないと分かった。琴理は自分の運命を信じているから、同じくらい他人の運命も尊重する。キリハの人となりだけでなく、その運命も間違いなくそれと分かるもの。琴理は諸手を挙げて孝太郎とキリハの交際を歓迎した。

「ありがとう、琴理」
「運命はキリハさんを導いています! 是非コウ兄さんと幸せになって下さい!」
「問題は運命に導かれた者が、他にも八人いる事なのだが」
「それは困りましたね」

 琴理は小さく眉を寄せた。色々な事件があって互いの深い所まで分かり合った相手。それがキリハを含めて九人いる。キリハの言う事なので、いい加減な関係ではない事は分かる。実際孝太郎はその九人とはいい加減な付き合いはしていなかった。

「孝太郎はそれで参っている」
「あは、コウ兄さんらしいです」

 琴理は心配していないので、すぐに笑顔に戻った。孝太郎は一つでも笑顔が多くなる結末を捜していると言っていた。だから琴理は呑気にそれを待つつもりでいる。キリハの話を聞いて琴理は改めて思うのだ。孝太郎は他者といい加減な付き合いが出来る程、強くも弱くもないのだと。



   ◆◆◆次回更新は12月28日(金)予定です◆◆◆

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