第二章

作者:イズシロ

『最強魔法師の隠遁計画』外伝『始まりの蒼風』
連載第二回


 赤く揺れる炎が、俯いた少年の頭の上をユラユラと照らすこと一時間ほど……。空気をはらんで燃えた枝が爆ぜる音を立てたと同時に、少年は瞳を開けた。

 ハッと目を覚ましたのは、迂闊にも火を消し忘れていたためだ。
起き抜けであっても、眠気を一切感じさせない鋭い視線は、急かされたように洞穴の入り口に向かい、更に奥の暗闇をも警戒している。

手は素早く傍らの剣を握り、視線はそのままに立ち上がると、そっと火を消す。

「今日はツイてない……」

 疲れは残っているが、思考と気分を切り替えられるだけの睡眠は取れた。それだけでも良しとしなければならないのだろう。

 物音を立てずに背嚢を背負い、身支度をものの数秒で終えると、アルスは洞穴の入り口に立ち、壁沿いからそっと顔を外に覗かせる。

「…………!!」

 ――なんだあれ!

 天の頂きから注ぐ銀月を除けば、この外界に灯りはないはずだ。だが、木々の隙間からチラチラと赤い光が揺れ、視界の中で瞬く。
視線を上げれば、その丸い光の列は、遥か遠方まで、散りばめたように不規則に続いていた。
 
それはまるで、外界の木々が光の実を結んだような光景だ。その光景を眺めるアルスの目が、それらの光の正体を見極めようとするかのように細められる。

 ――あの光は、魔物由来か? しかし見ないタイプだ……それになんでこんなに静かなんだ。

 魔物の習性上、その活動が最も活発化するのは闇が地上を飲み込んでからだ。だというのに、周囲はまるで寝静まったような静けさだ……悪い予感がする。
得体の知れない違和感と未知の恐怖が、アルスの背中を駆け上がってくるかのようだった

 ――こちらに気付いていないなら、下手に動かないほうがいいか……?

 壁面に隠れながら様子を窺うアルスだったが、胸の鼓動は静まる気配を見せない。決断できずに、まずは様子を見るという選択肢を、自然と選び取った。

 魔物が蔓延る外界において、特に夜の交戦における人間の優位性は絶望的なまでに低い。魔物が凶暴化する程度で済めばいいが、最悪、戦いの物音や血の匂いに惹かれ、どこからともなく魔物が集まってきてしまうことすらあり得る。

さすがのアルスも、このエリア全ての魔物を一手に引き受けることは、現実的には無理な相談だ。

 多勢に無勢という言葉だけでは済まなくなるのだ。だからこそ、外界での心得として、夜は身を低くし、目立つ行動をしてはならない
とされている。

 ――ここまで、一つずつ潰して来たのに。

 歯を食いしばった直後、アルスはようやく、最前部の光の玉が照らし出す、この現象を引き起こした魔物の全貌を目視することができた。まるで枯木のような奇妙な身体。それはあたかも人間のような二足歩行の姿を取っている。

体長は3m近く、枝を伸ばしたような腕を持っている。その先には、若木を思わせる枝を組み合わせて出来た鳥籠のようなランタンがぶら下げられていた。

その中に浮く小さな火の玉を、アルスは見ていたのだ。それらが提灯行列のように連なっていることから、当然、敵は単体ではない。

 彼らが一斉にのそりのそりと歩く姿は、盲目的にただ彷徨い、周囲を徘徊しているかのようでもあった。

そして、その足取りは、獲物を一直線に追い立てるようなものではなく、まるで何かを辿るようですらある。だが、動きは緩慢ながらも確実にアルスのいる洞穴へと向かってきているようだった
 
――【闇夜の徘徊者《ナイト・ウォーカー》】!! なら、今戦うのはまずい! しかし夜明けまで、まだ四時間はあるが……!

 記憶の中にある情報を呼び起こす。この魔物は名前だけは知られているものの、その詳細な性質についてはまだ明らかになっていない部分が多い。
 
ただ一つ――【闇夜の徘徊者《ナイト・ウォーカー》】に出くわしたら、逃げ延びることは難しいということのみは有名な事実だ。彼らは一度獲物を捕捉するやいなや、決してあきらめることなく、執拗なまでに追いすがってくるのだという。

ちなみにアルスが所属する国・アルファの魔法師たちが、かつて対峙した事例が少ない魔物であり、目撃情報すら数度しかないという稀有な存在だ。

「なるほど、運に見放されたみたいだな ……いや、今更、かな」

 益体(やくたい)もないことを、うんざりしたように虚空に吐き出した。このまま洞穴に留まるのは愚行だと判断し、アルスは意を決して、外界の闇の中に躍り出る。ここから見て取れる限り、光点は四十近い。

 灌木に隠れるように身を屈めて闇に紛れて走るが、やはり夜は魔物に分がある。一帯にはナイト・ウォーカー以外の魔物の気配はないのだけが救いと言えるだろう。

 小柄な身体を駆使して、一気に速度を上げる。外界での心得を身をもって学んだアルスにとって、息を殺すことは容易い。
もちろん、それが魔物に通用するかというと必ずしもそうではないのだが。

 木々の幹に手をつき、老人のように外界を徘徊するナイト・ウォーカーは、手にしたランタンの火の揺らめきを頼りに、方向を決めているようでもあった。
ふとその揺らめきが真上に力強く伸び、魔物はその木目調の不気味な顔を、頭上に向けた。
 直後、月光を(さえぎ)り、漆黒の髪をはためかせて降ってくる影。次の瞬間、音もなく闇の中を降下してきたその影――アルスは、煌めく刀身を真下に向け、しっかりと空中で固定していた。続いて、ナイト・ウォーカーの口からは隙間風のような音が漏れる。

その頭に剣が深々と突き刺さり、そのまま、古木の節のようなそれを断ち割っていく。まるで薪割りのように、縦に裂けていく頭部。やがて、その柄までを魔物の頭部に埋め込んだ直後、アルスは小声で魔法を唱えた。

「【振格振動破《レイルパイン》】」

 内部から起こる爆発的な振動が、ビクンッと魔物の身体を揺らした。
その身体を構成する細胞の連結を断ち、頭部から入った亀裂は全身に広がり身体を崩壊させていく。すぐにランタンの光が消失し、魔物の身体も灰のように崩れていった。

まさに一撃必殺の攻撃。 その手ごたえに安堵しつつ、アルスはすでに心を決めていた。逃げられないのならば、一体ずつ倒していけばいい。
 
最初の魔物が倒れ、霧散したあとも、幸いにも周囲の静寂は変わらなかった。
 しかし――。

「…………!!」

 意図的に派手な魔法の使用を避け、ほぼ他の魔物には気づかれていないという自信があったアルスは、目を疑った。
周囲に無数に揺らめく火の玉がピタリと停止し、故意に作られたかのような不気味な静寂が、夜と同化するように周囲に押し拡げられる。

次の瞬間、、それらが一斉に、凄まじい速度でアルスの元へと迫ってきたのだ。
 さすがに狼狽したが、一先(ひとま)ず全速力で逃げ出す。その途中、アルスの背中目掛けて放たれる、真っ赤な炎。

一帯を燃やし尽くすことすら厭わないかのように、炎系統の魔法が、無差別に浴びせられる。夜の闇すら跳ね除けてしまうほどの明るさで、一帯が光に染め上げられた。その炎の光から逃げるように、アルスは息が切れようとも走り続けた。

 頬が煤けても、背後を振り返ることすら許されないほどの緊迫感。ほとんど間一髪、と言ってもいいほどのタイミングで、彼が走り抜ける軌跡を、追いすがる業火が辿っていく。

 さすがに他の魔物までも事態に気づき、アルスの追跡に加わっているようだ。彼はただひたすら逃げ惑いつつ、同時に驚愕する。

ナイト・ウォーカーの放った魔法の炎は、同族である魔物でさえも構わず燃やし尽くしていったからだ。それは、この魔物が高い知能と同時に、目的のために手段を選ばぬ残虐さを持っている証でもあった。

「ハア、ハア……最悪だ、なんで気づかれた!!」

 もう隠密で行動する理由などない、今はひたすら逃げ、どこかに身を隠すことだけが最優先だ。そう考えつつ、アルスは移動を阻む魔物を、一撃の下に次々と屠っていった。

 だが、もともと完全に逃げ切ることは不可能にも思えた――これだけ混乱を極めた状況下、追跡者は無数に湧いて出るのにも関わらず、その獲物たる人間は、所詮アルス一人なのだから。

 結局、夜が明けるまで逃走劇を続けることになってしまった。さすがのアルスも疲労を隠し切れず、陽が昇っても身を潜ませることに徹しざるを得なかった。

どうやらナイト・ウォーカーも他の魔物の例に漏れず、夜にもっとも活動が活発化するようだ。だったらいっそ、昼の間に全て始末してしまえば、と考えたまではよかったのだがナイト・ウォーカーは、昼間にはその姿を見せないのだ。

そして、昼の間にどれだけ距離を離そうと、夜になればどこからともなく現れ、場所を特定されて、悪夢のような追跡が始まるのである。

 これが繰り返され、四日目に差し掛かった頃。毎夜、執拗な追跡者に追い回され、アルスは焦燥感を募らせていた。
どんな工夫を凝らそうと、背後から迫る圧迫感は狩られる側に恐怖を与え、心を蝕んでいく。
幸いにもどうやら速度ではアルスに軍配が上がったようだが、一度でも発見されれば、緑豊かな外界の景色は、魔物の操る火球の前に焼け野原へと変わり果てる。

この日も、空が薄っすらと白み初めて来た辺りでアルスは足を止めた。少なくとも追手との距離は稼げたようだったし、そして何よりありがたいことに、偶然にも自然に出来た沢を見つけたからだった。

「助かった……」

 魔法を使って水を生み出すことは魔力を消費するため、外界では魔力行使の兆しに敏感な魔物に、発見されてしまう恐れがある。だから、身を隠す必要がある時には極力魔法は使わないほうがよい。

何より、魔法で生み出した水はその成分のほとんどを魔力由来としているため、飲料水には適さないのだ。

 だからこそ、純粋な真水はありがたい。透き通る水面に直接顔を入れて沈め、乱暴に髪を指でかき回し、溜まった汚れを洗い流す。何よりも、喉を潤す水の美味しさが素晴らしく、まさに全身に沁みこんでいくようだ。

 それは同時に、絶え間ない緊張感にオーバーヒートした身体と脳を、一瞬で冷ましてくれる。どうせ夜には追跡劇が再開されるため、ここであまり休めないのは惜しいが、沢の場所を把握できただけでも収穫だ。

 息が続く限り、清流に頭を突っ込んでいたアルスは、やがて勢い良く水面から頭を抜き、呼吸を整える。
顔や頭だけでなく、様々な物が洗われたような気がした。白み始めた空を仰ぎ見ると、ふと、一瞬目を奪われたように、アルスの時間が止まった。

 不思議と落ち着く景色が、何も変わらないはずの空気の冷たさや匂いが、身体の中を駆け抜けた。呆然と空を見つめるアルスは、そっと瞼を閉じたくなる衝動を堪える。

「しつこい……」

 再び、こちらに迫りつつある追跡者の気配。夜の間、全速力で逃げ続けたはずだったが、今日は相手も、空が白み始めたこのタイミングですら、追跡をあきらめる気はないようだ。

正直、勘弁して欲しいと思いながら、沢の水を汲み、逃走の支度を整える。しかし、ふと、水筒を満たすその手が一瞬止まる。

――なんで、追尾できるんだろ。
 
自分の身体の匂いに思い当たり、頬が引きつる。まさかと思い、続いてすぐに違和感に気づき、その発想を打ち消す。

 ――それだとしたら真っ先にこっちに向かってくるのは変だ。

 そう、匂いが原因だとすれば。隠れ家として使った洞穴にも、敵は立ち寄ることになるはずだ。だが、実際には余計な回り道などせず、彼らは的確にアルスへ向かい、距離を詰めて来ていた。

 ――分からない。だが、このままでは・・・・・。そうだな、いっそのこと。

 こちらから打って出てしまおうかと考え、腰に下げた剣の刀身を浮かせた。そこには魔法を行使するために不可欠な魔法式が刻まれている。

この剣は魔法の使用を補助する武器・AWR(アウラ)の一種で、武器としての機能のほかに、魔法を構成し、情報を読み込み、その構成要件を補完する役割もある。

「…………魔力情報、か」

 ふいに吐いた言葉は、一つの可能性を示唆するもの。

魔力には、個人を識別できるような魔法因子による情報が組み込まれている。それは先天的な遺伝や後天的な経験によって積み上げられた個人の資質すらも表現するもので、天文学的数量の情報配列・パターンが存在する。

だからこそ、探査能力を持つ魔法師達が稀に行うように、個人を特定するために活用することもできるのだ。同じことを、魔物が行っているとしたら……?

 アルスはふと思い立ち、スカスカになった背嚢の中から、とある小袋を取り出す。
 その中には小さなガラス片のような結晶が入っていた。それらを幾つか握り込み魔力を込める。すると、輝く結晶の内部が、瞬く間に魔力の光を帯びていった。

 再度強く魔力を込めてから、アルスはその結晶を撒き始める。適度な間合いを取りつつ移動し、この一帯の端から端までをカバーするように、間隔を開けて結晶の欠片を配置していった。

魔物は微弱な魔力を感知する力は持つが、獲物の追跡に生かせるほどではなく、通常、魔力を使ったのと同じ場所に留まることさえしなければ、そこまで問題はない。

 それでもいざという時のため、魔法師は、魔力の残滓を散らす道具を常備しているのが常だ。また逆に言えば、アルスが今回使った結晶のように、魔物を撹乱するため、微小な魔力をあえて囮として用いることも、短期的には有効なのだ。

 そしてナイト・ウォーカーは、その執拗な追跡をどのようにして可能としているのかについて、アルスはすでに一つの推測を得ていた。彼らは恐らく、通常の魔物では持ちえない異能を有している。
 だからこそ、きっとこの策は功を奏するはずだ……確信はあるが、どこか祈りにも似た気持ちで、アルスは独り、黙々とその作業を行っていった。


【第二回終了 ※連載第三回は2月21日(火)更新予定 ※毎週(火)(金)更新を予定しています】

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