第四章

作者:イズシロ

『最強魔法師の隠遁計画』外伝『始まりの蒼風』
連載第四回


 存在としての優劣において、魔物は人間よりも上位に位置すると主張する者は少なからずいる。

すべてが、生存競争の頂点に君臨した人間を駆逐するために生まれてきたような魔物。だからこそ、矮小な生物が、なけなしの力で反旗を翻したように、オーガ種には映ったのだろうか。それは口端から唾の飛沫を撒き散らし、力任せに地面を叩く。そうして、再度突進の体勢が取られた。

しかし、今のアルスは受け身の体勢にならず、タイミングを合わせて電光石火の動きを見せた。

彼は魔物が動き出した直後、逆に一瞬でその眼前まで距離を詰め、今まさに突進のエネルギーを乗せようとしていた、魔物の腹部を蹴り上げたのだ。

 屈強な身体が折れ曲がり、直角に跳ね上がる。同時に、腹部から魔法の爆煙が立ち昇り、その衝撃に、一瞬巨体の足が地面から離れた。

 先ほどと同様の一撃。だが、さすがのアルスも自分の片足をそっくり代償にするほど馬鹿ではない。そのため、爆発の衝撃はある程度まで抑えられた。

 ゆえに致命傷とはならず、持ち上がった巨大な上体が、空中でムクリと起き上がる。
オーガ種は両の掌を広げ、左右から挟み込むようにアルスを掌握しようと試みるが、ドシンと合わさった掌が音を発する直前――アルスは腰の回転を利用し、剣を引き抜きざま、幅広い胸部に斬撃を一閃させた。

「【逆鱗の渦風《テンペスト》】」

 巨大な身体を包み込むように、濃密な風魔法が、オーガ種と少年、大小二つの身体の間で渦巻いた。

刹那、魔物の腕は跳ね返り、その身体が、弦を弾くかの如き勢いで吹き飛ぶ。
 少しの浮遊感を味わって着地するアルス。だがその途端、ガクッと彼の膝が曲がり、咄嗟に地に手を突いた。肩を上下させて、忙しない息継ぎが続く。

 ある程度に抑えたとはいえ、高位魔法を使う反動は、魔力消費以上に、身体への負荷が大きい。
 さらに加えて……。

「もう少し()ってくれる、かな」

 アルスの手に握られた剣。魔法詠唱の補助を行うAWR(アウラ)でもある、その刀身に刻まれた魔法式から、薄っすらと白煙が上がっている。

あまりの出力に剣が悲鳴を上げているのだ。
ありふれた材質もそうだが、刻まれた魔法式の緻密さ自体が、彼の構成を辿れるだけの精度を有していない。

さすがに粗悪品ではないものの、軍の平均的な支給品では、到底補助の役割を果たせないほどの、高速度で精緻な詠唱。
 
もちろんある程度セーブしてはいるが、それでもアルスが放った魔法は、並の魔法師のそれを、威力において容易く上回る。
そこらの支給品のAWRでは、アルスの魔法の出力に耐えられないのだ。
だからこそ、さっきの高位魔法も、威力をセーブしなければならなかったのだが……そんな状態でも、あれをあと二、三発放てるのならば勝利できる!
そう確信した直後。オーガ種が全身から濃緑色の血液を流し、立ち上がろうとする動きを見せた。
それと同時に、まるでその行為を邪魔するかのように、地面が大きく揺れた。

「…………!?」

 土中で何かが蠢いたかのように、アルスとオーガ種の足元が、(かす)かに盛り上がった。
咄嗟(とっさ)に大きく後退した直後――オーガ種の姿が、まるで落下するかのような勢いで大地に沈み込む。事実、その足元に突如として大穴が開き、巨体ががくんと飲み込まれたのだ。
が、その姿が完全に地中に消える前に、岩山のような何かが天を衝くかのような勢いで、地中から吹き上がる。

その先端で、巨体を誇っていたはずのオーガ種は抵抗を見せる間もなく、まるで木の葉がつむじ風に巻き上げられるかのように、大きく地上から持ち上げられ、吹き飛ばされた。

 いったい何が起きたのか理解した時、アルスの目の前には、さっきまでとまったく別の景色が生まれていた。

 見上げるほど高い岩山がゆっくりと傾いたかと思うと、不意に視界が暗くなる。昼夜が逆転したかのように錯覚させるほどの質量の土砂が、一挙に降ってきたのだ。

地面が陥没するほどの質量を持つ「何か」が地表に到達したことで、まるで巨大な隕石が衝突したかのように、土砂が巻き上げられ、オーガ種を巻き込んだのである。

 天が覆いかぶさるかのような土砂の向こう、やがて目を開けたアルスが捉えたのは、まるで切り立った岩壁のように、左右に伸びる薄墨色の巨体。

その中央には、微かに赤黒い色が覗く。それは、魔物特有の禍々しい色彩だ。
 唐突な地揺れに対し、アルスは姿勢を低く屈めていたが、その顔色は、たちまち胆を嘗めたように苦々しいものになる。

「最悪だ……」

 先程のオーガ種こそが、この小大陸に君臨する最後の高レートだと思い違いをしていたのだ。だが、実際は、この目の前の巨体こそが……!

 グワンと振り子のように揺れる首が振り下ろされ、アルスの眼前で止まる。

 目の前で、地面に倒れ伏してもがいていたオーガ種が、鍾乳洞のように牙の生えた巨大な口に挟まれた。続いて枯れ木でも踏み折るかのように、全身がバキバキと噛み潰されていく。

 オーガ種を摂食した巨大な顔面。そこにあるのは、岩の隙間の奥に流れる、マグマの噴流のように赤く光る目。
ほとんど小山ほどもある頭部から突き出た短い一角は、おとぎ話の鬼を彷彿とさせる禍々しさだ。
そして口の中から吐き出される息には、チリチリと火の粉までもが混ざっている。

続いて、どこまで続いているのか判別できないほど暗い口腔から、それこそ外界そのものに反響するような、野太い叫声が轟く。

 見上げる視界に映るのは、天然の岩山ほどの、歪に組み合わされた岩壁で身体を覆った巨獣。四つんばいで頭を下げた姿勢だが、それでも顔はアルスの遥か頭上に鎮座している。

前足にある太い岩根のような四本の指が、しっかりと地面を踏みしめている。
背から隆起した平らな尾は、まるで小高い丘のようにうねり、荒々しく地面を叩いた。

 両生類のような様子だが、その頭の高さは、異常発達した外界の巨木を眼下に収めている。堅く隙間なく組み合わされた外殻は、全てが余すことなく、岩を思わせる物体で構成されていた。

 少なくともアルスの記憶にある現存する生物に、類似しているものはない。
あえて考えるなら、太古に生息した絶滅種の何かを巨大にスケールアップした結果の姿か、はたまた、人から摂取した魔力内に含まれる記憶情報が残っていたために、地龍など架空生物の姿を模したか。

魔物は人間を捕食することによって魔力を吸収するが、魔力内に含まれる因子には、経験や記憶さえも含まれる。だからこそ、魔物は人から摂取した魔力内情報から、ときに環境に合わせた形状を読み解き、身体そのものを作り変えることすらするのだ。

それは学術的な意味での生物では到底為し得ない、異形の進化だ。

「まさに化物――ッ!!」

 次の瞬間、まるで小虫でも叩くように、アルスの頭上から前足が振るわれた。
その掌は、人間の身体など、容易に覆い隠してしまうほどの影を地上に落とす。押し潰すだけではなく、地面ごと弾け飛ぶ如き威力だ。

 だが、アルスは辛うじてその圧迫をくぐり抜け、魔物の真下へと身体を滑り込ませる。しかし影が覆う頭上は、ほとんど巨大建築物にも似て、その影から抜け出るだけでも時間を要するほどの面積がありそうだ。

 これほど巨大な魔物。
それを倒す手立てを、アルスは持ち合わせていなかった。想像を絶する敵対者のスケールに、脳内でいくらシミュレートを繰り返しても、勝利への道筋は導き出されない。

Aレートを一呑みにし、山が丸々動いているかのような堅牢な身体。それは紛れもないSレートと位置づけるのに、躊躇する必要すらなかった。
本来ならばアルスのような少年が、単身で挑める存在ではない。

それこそ世界に九人しかいないシングル(一桁)魔法師のトップを数人連れてきて、ようやく渡り合えるような強敵だ。
一体何人の犠牲を払えば、この化物を倒せるのか……最悪、一国家が擁する魔法師軍を半損する覚悟が必要なほどの高レートと言えた。

 こんな存在がいる可能性を考慮していたのかいなかったのか。少なくともこの小大陸をアルス一人で制圧しろ、という軍の命令の非常識さには、無謀さや呆れを通り越して物も言えない。

 無用の思考はその程度にし、魔物の真下を駆け、アルスはひとまず、頭上の岩盤に向かって巨大な火球を放つ。
しかしその一撃は予想していたように、その肌の一部に、わずかな焦げ目を付けるのが精一杯だった。
 
――この程度じゃ。

 アルスが持つのは、たたでさえ既製品の剣。
さきほどの魔法ですら処理能力を超える程度なのだ。
強力な魔法を連発するだけの性能は臨むべくもない。アルスは(ほぞ)を噛む思いで、手詰まりを思わせる絶望感に対峙する。

「――!!」

 直後、火山のような熱気が魔物の腹部の隙間から放出され、頭上に熱が籠もる。たちまちそれは、小さな火山が爆発したかのように、アルスの頭上で高温の黒煙となって噴出された。

避ける間もなく、瞬く間にアルスの全身がそれに飲み込まれる。幸い、それはいわゆる炎の息といった、攻撃を意図した類のものではないようだ。

――魔物による特殊な攻撃……? いや!

 灰が混ざっているのか、薄暗い黒煙の内部では、奇妙な摩擦放電が起きていた。そしてアルスの肌の上を覆うかのような黒煙は、咄嗟に彼が身に纏った魔力をかき乱すような、不思議な作用を感じさせた。

だから腕で顔を庇い、なりふり構わずアルスは動いた。
この奇妙な黒煙から脱出するため、上空に向かって大きく跳躍する。やがて黒煙から抜け出た時、服は焦げ、その下にある肌は赤く爛れていた。

 痛みに顔を歪めるアルスだったが、一帯を埋め尽くすように黒煙が広がる中で、事態はより悪い方へと動いていた。
魔物の巨大な顔面が、黒煙の中から大口を開けて、アルスへと迫ってきたのだ。
 
自分など喰ったとて、この巨体では腹の足しにもならないだろうに、と直感的に思うが、魔物の性質上、彼らが食らうのは肉体ではなくそれが秘める別の力――魔力だけだ。

その点、アルスの魔力量や質は、Sレートが涎を垂らして迫るには、十分なものだったらしい。

 瞬時にアルスは氷の障壁を展開する。分厚い壁だが、やはりこの、類を見ないほどの巨体相手では紙も同然。

 巨大な顎の端が氷壁に触れた瞬間に、それは崩壊するが、元々、アルスが飲み込まれるのを避けるための一時しのぎだ。

空中で重力に引かれつつ身体を捻り、危うく回避に成功する。間一髪、巨大な顔の横を掠るかのようにアルスの身体は落下し、岩肌に覆われた太い首が、すぐ脇をすり抜けていく。

 続いて、凄まじい大きさの肩が、アルスの眼前にせり上がってくる。それを見て取ったアルスは右足で素早く魔物の首回りを蹴り、反動で距離を稼いだ。
それでも――険しい岩壁の如き外殻が、身体を掠めるのは避けられない。そして、たったそれだけで、脆くも人間の身体は軽々と吹き飛ばされる。

 鈍い音を立て、アルスの小柄な身体は、錐揉みしながら空中を落ちていった。
まるで枝が折れるような乾いた音。
そんな内部への反響音だけを鼓膜が聞き取り、瞬刻の間、意識が黒く塗り潰される。だが、空気の擦過音が耳朶を激しく叩き、地面が迫る直前でアルスは意識を取り戻した。
握った剣に魔力を即座に流し、片手を大きく振り下ろす。
 
黒煙を吹き飛ばすほどの膨大な爆風が吹き上がった。それは、巨大な不可視の掌のように、アルスの軽い身体を下降から一瞬だけ掬い上げ、彼はそのまま着地――魔物の攻勢から、一時離脱を図る。

 全力で死角へ駆けたが、やはり身体は思うように言うことを聞いてくれない。無意識に手が脇腹に沿えられ、足は前へと動かす度につんのめりそうになる。走らずに距離を取るため、片足で跳躍せざるを得なかった。

 ひどく痛み、軋む脇腹……何本の肋骨に(ひび)が入りあるいは折れたのか、正直、確かめたくもない。
呼吸も苦しければ、右足も痛む。がむしゃらに飛距離を稼ぐため、岩のような魔物の表皮を蹴った衝撃で筋肉を痛めたらしく、それは小刻みに震えていた。それでも振り返り様に、剣を振り上げる。

「【大氷柱《アイシクル・ピラーズ》】」

 AWRでもある剣が魔法の構成を読み込み、そこから紡がれる大魔法の発生プロセスを補助していく。

刀身の振り上げと連動するように、巨大な氷の塔が発生。傾角を作り、魔物の横っ腹へと突き刺さった――いや、そのように見えた。

 実際は、強固な外殻を貫くことはできず、それどころか強度という意味ですら、遥かに及ばなかったようだ。氷の塔は魔物の身体に僅かな衝撃を与えたのみで、容易く破砕されてしまった。

 最後の悪足掻きを終えて、アルスは儚い希望を捨てた。

 ゆっくりと地盤を揺らしながら、アルスの横を通り抜けた魔物が、改めて方向転換を図る。そんな悪夢のような景色を、心なしかスローモーションのようになった視界に収めながら、アルスはそっと、剣を手から落とした。

 もう必要のないものだ、寧ろよくぞここまで保ってくれた。任務を共にした少しの間だが、確かに今日まで生きてこられたのは、この何の変哲もない剣のおかげだ。

 ――最後くらいは、ゆっくりお休み。僕も……もう休むよ。


 巨体が地面を踏みしめる度に、身体の芯が痛む。そのじんじんとした感覚こそは、永久の休息を妨げるような肉体の本能的な抵抗で、全てを投げ出そうとする脳に、覚醒を促す熱い湯を浴びせ掛けるかのようだった。

 けれど……そこまでして生きていく意味があるのか、取れる手段は全て取ったはずだ。そもそも生き延びたとて、自分はこの先、何のために頑張ればいいのだろうか。

辛く、痛く、儚い生命。精一杯足掻き、それでもダメだったのなら……いっそ、全てを放棄するのも悪くないのではないか。

 だがその刹那、アルスは重たくのしかかる瞼の隙間に差し込む、かすかな輝きを見た。

いや、あるいは、ただの光の反射だったかもしれない……しかし、それは限界を迎えた剣の……その傷だらけの刀身が、必死に持ち主に送ってきた、最後の予兆のようでもあった。
事実、その光は太陽の照り返しとは異なる、魔法光による淡い輝きを見せている。
 
とはいえ、ほんの一瞬でその輝きは消えてしまう。それはわずかに、アルスの視界を掠めた程度だったが、それでも。
 確かに少年は、その一瞬に、限られた選択肢以外の道を見た。

 『帰ってこい』と言われたから、誰かが待っていてくれるから……いや、それだけではない。全ての可能性にしがみつき、それでも運命が覆らないならば。

そこまで死力を尽くして初めて、ようやく目を閉じることを許せる自分がいる。ならばこそ、可能性がゼロでないのならば……限界に限界を重ねたその果てにこそ。たとえそれで運命を覆せなかったとしても、そこには敗北を越えた誇りが宿る。そんな気がする。

 弾き出す思考は、脳を限界まで稼働させ、険しくも先に繋がる道を開拓しなければならないと、本能が囁く。

そう、運命に抗うことを放棄するのは間違った選択なのかもしれない。
いや、そもそも「放棄という選択」自体が、生命の本質にとっては合理的でなく、理に適った選択であるのかどうかすら怪しいのではないか。

 それこそナンセンス……無駄の極みだ。結論の出ない考えに囚われていた自分を、アルスは一笑に付した。どうせやることなど、決まっていたのだから。

全くもって人間らしい執着。死を黙して待つなんて、どうせできやしないのだ。それが、不遜な敵対者に消し去られる運命を黙って受け入れることだというなら、なおさらだろう。
 
何より、戦うための武器である己の剣。一瞬の光とともに、それがまだ戦うことを諦めていないかのように、アルスには映った。

 剣が見せた可能性の閃き。
それが紡いだ一本の糸。
普通に考えれば、それは到底不可能な行為。

力以上の力が、要求されるものだ。それでも「できない」などと結論付けることは、今日まで死線を共に潜り抜けてきた剣に報いる行為ではない。

 「できない」と背中を向けること自体が、「できない」のだ。
ボロボロになりつつも輝きを宿した剣を前に、まだ動く身体で、その使い手が先に音を上げることなど、許されるはずもない。

 だからアルスは全身全霊をもって、運命の呼び声に応えるため、一際強く、拾い上げた剣を握り直す。

 剣の光が照らしたものは、魔物に突き刺さった【大氷柱《アイシクル・ピラーズ》】の破片。その場所は、魔物の巨体の関節部だ。あの強固な岩の連なりにも、身体を動かすための溝は存在する。それは外殻そのものと比べれば、辛うじて付け入ることができるただ一つの隙ではあるかもしれない。

 だが、本質はそこではない。大事なのは「氷柱の破片がそこに見出されたということ」なのだ。その現象には、違和感がある。

 大氷柱を生み出した魔法の構成は、魔物の野蛮なまでの外皮硬度による破砕という形でとっくに崩壊した。ということは、通常なら注ぎ込まれた魔力は、その残滓として消失していくことになる。

実際、氷柱自体がすでに粉砕されており、おおよその魔力は大気中に霧散消失している。
だが、なのに何故、その「破片のみ」が、魔物の関節部に突き刺さったまま残っていたのか。
 
――考えるんだ。

 禍々しき巨体がこちらへと向き直る。魔物があと数歩でも踏み出せば、一気にアルスまでの距離を詰めることが可能になるだろう。

 焦る気持ちとは裏腹に、脳内では、先ほど起きた現象についての分析が、凄まじい速度で処理されていく。魔法がその構成を破壊されてもなお、現実に留まれる理由とは。

 ――同化か……でも……。

 魔物は魔力を得るために人間を喰らう。それは己の継続というよりも、新たな進化のためだ。間違っても、存在を保持するために、必ずしも必要な行為ではない。

 ――魔物は、蓄えられた魔力そのものを進化のために取り込むことはあっても、すでに魔法へと構成された魔力まで、同化して取り込むことはできないはずだ。
いや、違う! 
魔物が人間を食う、捕食する……捕食?
 
ふと、目の前の巨体に噛み砕かれていった、あのオーガ種の姿が頭をよぎる。あのオーガ種……【サルケロイト】の捕食は、アルスの目の前で行われた。そして、その直後に放出された黒煙――。
 膨大な魔力の噴出が、黒煙という形を伴って起きたのではないだろうか。

そして、黒煙の中には、魔力を乱すような不思議な現象が発生していた。魔物が共食いする時に、現象として黒煙がでるなど聞いたこともない。だからアルスは、その黒煙を魔物による攻撃ではないかと、一瞬であれ勘ぐったほどだ。しかしあれは、実際は特殊攻撃の類ではなく、生理現象に近いものなのではないか。

 ――だとすると、あの時に感じた魔力の乱れは……。
 
そう、あれは【サルケロイト】の性質だ。通常の魔物ならば共食いの結果、人間に対してそうであるように、魔力そのものを取り込んだとしても、一瞬でその対象の形質までを、己の能力として取り込むことはできない。

個体差はあるが、魔力の形質置換だけでも最短で一日、更に身体まで作り変えるとするならば、数日は要するはずだ。

――しかし……!

 アルスの脳内で、その違和感に対して次々に仮説が立てられ、やがてそれらはまとまって、最後に一つの結論が浮かび上がった。

【第四回終了 ※連載第五回は2月28日(火)更新予定 ※毎週(火)(金)更新を予定しています】

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