13巻Twitterキャンペーン 目標達成特典ショートストーリーその3 『クリスティーナのお願い(中編)』

作者:北山結莉

13巻Twitterキャンペーン 目標達成特典ショートストーリーその3
『クリスティーナのお願い(中編)』



 クレイアからロダニアへの道中、追っ手の有無を見極めるという目的でクリスティーナと都市の中を散策することになったリオ。散策のついでに夕飯で食べる食材の買い出しを行うことを決めてから、サラ達に見送られてガヤガヤと賑わう大通りに面した宿の外に二人で出る。
 宿泊している宿屋が市場に通じるメインストリートからほど近い位置にあり、大きめな都市だけあって、なかなかに人通りが多くて活気がある。

(やっぱりわかりやすい位置からこちらを見ている者はいないか)

 リオはさりげなく一帯に視線を走らせ、そう分析すると――、

「買い出しをするので市場へ向かいますが、ついでにどこかご覧になりたい場所はございますか、ティナお嬢様?」

 隣に立つクリスティーナに問いかけた。ちなみに、クリスティーナ捜索の命が下っているのか、市内を巡回している兵士の数が目立つ。だから、二人とも目をつけられぬようあえて外套のフードは外している。末端の兵士は第一王女であるクリスティーナの素顔を知らないだろうし、髪の色は変えてあるから問題はないだろうと判断しての選択だ。

「えっと……」

 クリスティーナは言葉に詰まり、何か言いたそうにリオの顔をじっと見た。

「何か?」

 小首を傾げるリオ。

「その、場所によっては悪目立ちしてしまうかもしれませんし、私のことは呼び捨てで構いませんよ。口調もサラさん達に対するものと同じようなもので構いませんので」

 クリスティーナはリオの顔色を窺うように、躊躇いがちに申し出る。ここが街中である以上、すぐ傍を通りかかる者に会話を耳にされるリスクがつきまとう。近づいて聞き耳を立てない限りは聞こえないだろうし、聞かれたところで問題はないだろうが、周囲との明確な身分差を窺わせる喋り方をしている者がいれば、確かに悪目立ちするかもしれない。

「……わかりました。では、ティナと。私……俺のことはハルトと呼んでください」

 リオはわずかに思案したが、軽く会釈をした上で口調を幾分か砕けたものに訂正した。

「はい……、ハルト」

 クリスティーナはぎこちなく頷いてから、思いきったように口を開いて躊躇いがちにリオを呼び捨てにする。

「では、とりあえず通りを歩いてみましょうか」

 リオはわずかにはにかんで告げる。

「はい」

 クリスティーナはそっとリオの隣に並んで歩きだした。それから――、

「………………」

 しばし沈黙が続く。二人とも口数が多いタイプではないし、気心の知れた間というわけでもないので、珍しい組み合わせにやや緊張しているのかもしれない。
 ただ、居心地の悪い雰囲気が漂っているというわけではなく、クリスティーナは物珍しそうに市内を見回していた。

「都市の様子に興味がありますか?」

 リオがクリスティーナに訊く。

「はい。立場上、じっくりと外を出歩くことはなかったので。かねてから国民の暮らしぶりをこの目で見てみたかったので、こうして歩いているだけでも得られるものは多いです」

 クリスティーナはリオに視線を向けて答えた。この旅の過程でいくつもの都市を回ってきた彼女だが、どこの都市でも到着するなり足早に宿へと向かっていたから、じっくりと外の様子を見て回ったことはなかった。
 だから、こうして民の暮らしぶりを垣間見るのが新鮮なのだろう。王女として国の心臓部ともいえる王都で生まれ育ったというのに、まるでお上りさんみたいである。

「なるほど。もうメインストリートに入りましたが、見てみたい場所や、入ってみたいお店があったら遠慮なく言ってください」
「可能なら色んなお店に足を運んでみたい、というくらいでしょうか」

 クリスティーナは遠慮がちにリクエストすると、通りの両脇に並ぶ飲食や雑貨の露店に視線を向ける。

「了解しました。では早速、手近なところにある露店を順に覗いてみましょうか。立ち止まって覗きたいお店があったら言ってください」
「ありがとうございます」

 そうして最初に足を運んだのは、調理器具を取り扱う露店だった。次に覗いたのは木彫りの置物を取り扱う露店で、その次はアクセサリーを取り扱う露店で、近接する露店同士の品にあまり規則性はない。
 二人は店主達の熱心な営業トークに呼び止められながらも、店の前で立ち止まることはせず、前を歩く人の流れに任せる形で軽く品揃えを確認するだけだったが――、

「思っていた以上に様々な品が売られているのですね。驚きました」

 クリスティーナが感心したような口ぶりで言う。店主からの呼び止めに不慣れで怯んだのか、立ち止まって店を覗く勇気は出なかったようだが、一応は満足できたらしい。

「市場は限られた顧客を奪い合う競争の場ですからね。少しでも利益を上げられるように品数を増やしたり、商品の質を高めたり、新商品を開発したりと、日々工夫が行われているのだと思いますよ」
「道理ですね。似た品を取り扱うお店同士が近くに密集していないのは、つぶし合いによる過当競争を避けるためなのでしょうか?」

 客側からすれば似た品を取り扱うお店は一箇所にまとまっていてくれた方が行き来する必要もなく便利なのだろうが、店側にとってはあえてライバルの近くに出店して潰し合いをしたくないというのが心情だろう。

「かもしれません。ただ、隣接業者同士であえて密集することで上手く共存している例もあるみたいですね。あの辺りは立ち食い用の飲食物を提供する露店が密集しているようです」

 リオはそう言って、飲食物を提供する屋台の群れを指さした。

「良い匂いがしますが……、立ち食い、ですか?」

 クリスティーナは綺麗な形の鼻をすんと動かしながら、頭上に疑問符を浮かべた。

「ティナには馴染みがない食文化なのでしょうね。ご覧の通り座る場所が用意されていないお店が大半なので、お店で買った出来たての品をその場で立ったまま食べるんです」
「立ったまま食べる……」

 お姫様育ちのクリスティーナからするとなかなかに抵抗のある行いらしい。ぱちぱちと目を瞬かせ、その声に驚きを滲ませる。

「買い物の途中で小腹が空いた人が匂いに釣られてああやって集まるんです。客の財布と胃袋に限界があるので必然的に競争は発生しますが、一個一個のお店で取り扱う品が異なり食べ歩きをしたいという需要もあるので、互いの集客効果も見込んであえて密集する形で出店しているのだと思いますよ」

 アレを食べるとコレが食べたくなる、というのが人というものだ。流石にまったく同じ品を取り扱う店が隣り合うのはトラブルの種にもなりかねないので避けるだろうが、他の物を食べに来た客が別の店の匂いに釣られるのはよくあることだ。だから、実際に飲食系の露店は密集ないしは近くに出店していることが多い。それは食材を取り扱う店も同様だ。

「確かに、その方が合理的ですね」

 クリスティーナは唸るように得心し、食欲をそそる香りを放つ露店群を見つめる。

「せっかくなので、夕飯に差し支えない範囲で何か食べてみますか?」
「えっと……」

 不意なリオの提案に興味を惹かれたのか、その瞳に好奇の色を覗かせるクリスティーナ。

「食べたことがない物を口にするのは不安ですか?」
「いえ、そういうわけではないのですが、頂いている大切な路銀を私の個人的な欲求で消費してしまうのは、その……」

 クリスティーナは少し気恥ずかしそうに、言い淀んだ。どうやら生真面目な理由で悩んでいたようだ。

「なるほど。ですが、ご安心を。俺の奢りです。行ってみましょう」

 リオはおかしそうに口許をほころばせて言うと、クリスティーナが遠慮しないよう率先して飲食物を提供している露店群へと近づいた。そうして、ある程度距離を保った場所でどちらともなく立ち止まると――、

「買ってすぐに食べることを想定しているので、量的には食べやすいサイズの品が多いはずです。モノによってはタレや汁で手や口がベトついてしまう品もあるんですが……」

 リオは立ち食い初心者のクリスティーナでも食べやすそうな品を取り扱っていそうな店を探すべく、熱心に視線を動かした。

(……整った顔をしているわね、本当に)

 クリスティーナはリオの横顔を隣からそっと覗き、そんなことを思う。ハルト=アマカワという同年代の異性はすらりとした身体をしているが、骨格はしっかりとしていて男性的で、店を探そうと立ち止まった姿には地に根を張った巨木のような安定感がある。
 だからか、先ほどからすれ違う女性がハルトを二度見していることが多い。十中八九、見惚れたのだろうと思った。実際、クリスティーナから見ても魅力的で異性の目を惹く容姿をしていると思う。

「どうかしましたか?」

 リオはクリスティーナの視線に気づき、不思議そうに訊いた。

「いえ、美味しそうなお店はあるのかなと」

 クリスティーナは動揺を抑えるように、わずかに息を呑んで答える。

「串焼きが一番無難でしょうか。肉類で部位を含め苦手なものはありますか?」

 リオは立ち食いといえばコレといった品を提案して確認した。旅の間に出されたものは綺麗に食べていたが、もしかしたら苦手なものもあるのかもしれないと思ったからだ。

「いえ、特には」

 ふるふると首を振るクリスティーナ。どうやら苦手な肉類はないらしい。

「問題なさそうですね。では、こちらへ」

 リオが先導し、二人で串焼きを扱う露店の前まで移動する。

(……良い香り)

 クリスティーナは興味深そうに露店を覗いた。

「……いらっしゃい。うちは鶏肉専門だ。どこの部位がいい?」

 店主の男性はじろりと二人の顔を見つめてから、すぐに視線を串に落として注文を訊いた。職人気質とでもいえばいいのか、無愛想というか、寡黙さを窺わせる落ち着いた声色である。

「テールで。二本ください」

 リオは買い食いになれた口調で、人差し指と中指をピッと立てて注文した。

「味付けは? タレと塩、どっちにする?」
「塩で」
「大銅貨二枚だ」

 などと、必要最小限のやりとりを行うと、リオは料金の大銅貨二枚を財布から取り出してカウンターに置いた。店主は串に視線を向けたまま、無言で作業を進めている。

「あいよ。テールの塩、二本」

 男性は焼き上がった串焼きをカウンターの置き場に置いた。

「どうも。店の脇へ行きましょうか」

 リオは隣に立つクリスティーナに呼びかける。

「あ、はい」

 物珍しそうに肉を焼く様子を眺めていたクリスティーナだったが、ハッとして返事をしてリオと一緒に歩きだした。

「どうぞ。串の部分もまだ少し熱いので気をつけて」

 リオは露店の脇に移動すると、クリスティーナに串焼きを差し出す。

「ありがとうございます」

 クリスティーナは恐る恐る手を伸ばし、串焼きを受け取った。何を思っているのか、様々な角度へ動かし、そのまま不思議そうに串焼きを見つめている。

「鳥のテール……厳密には尾骨の周囲の肉のことですが、この部位は身が引き締まっている一方で、脂肪が多くてジューシーな部分でもあるんです。お行儀が悪いと思うかも知れませんが、こうやって食べてみてください。……うん、美味い」

 リオはそう言って、串焼きをあぐっと口に近づけて頬張った。

「……なるほど。では、いただきます」

 クリスティーナはぱちぱちと目を瞬くと、長い髪が肉に触れないようかき上げ背に移してから、恐る恐る串焼きを口に近づける。そして、上品な所作でパクリと一口。少量の鶏肉をもぐもぐと咀嚼した。なんというか、食べているだけなのにすごく綺麗で絵になる。たまたま近くを通りかかった男性が、隣を歩く恋人をそっちのけにしばしよそ見をしてしまったほどだ。

「美味しいです」

 クリスティーナ目をみはり、口許をほころばせてリオに感想を告げた。

「それは良かった」

 リオは朗らかに微笑み、串焼きを続けて頬張る。店主の腕が良いのだろう。下処理がちゃんとされているので臭みがないし、焼き加減も抜群だ。まぶしてある塩の量も絶妙である。
 それから、しばし無言で、二人で並びながら串焼きを食べるリオとクリスティーナ。そんな二人の姿は人目を惹くのか、串焼きを買った店の近くで立ち止まる者が何人か現れ、串焼きを頬張る二人の姿を見つめていたかと思えば、続々と串焼き店へと歩き始める。そのまま客が客を呼び、瞬く間にちょっとした行列ができてしまった。

「ここは人気店なのですね」

 クリスティーナが列を眺めながら言う。

「美味しいですからね。行列ができる前に買えて良かったです」

 リオは苦笑交じりに応じた。串焼きを買っている客は男性が多く、先ほどからちらちらとクリスティーナのことを見ている。おおかた、串焼きを食べる彼女の姿に引き寄せられて串焼きに興味を持ち、店に並んだのだろう。すると――、

「おい、兄ちゃん。こっちへ来い」

 突然、店主の男性が店の脇にいるリオに向かって声をかけた。

「はい?」

 リオは不思議そうに首を傾げ、店主へ近づく。

「サービスだ。金はいらん。受け取れ」

 串焼き屋の店主はそれだけ告げて、リオに串焼きを二本差し出した。

「……いいんですか?」
「ああ。そっちの綺麗な嬢ちゃんに礼を言ってくれ」
「わかりました。では、ありがたく」

 リオは軽く会釈して串役を受け取ると、すぐ後ろにいるクリスティーナに向き直る。

「それは?」

 クリスティーナはリオが新たに受け取った串焼きを不思議そうに見つめた。

「サービスだそうです」
「無料で頂けるのですか? なぜ?」

 呆気にとられて目を見開くクリスティーナに――、

「……ティナが綺麗だから、だそうです。おかげでお客が集まったとのことで、そのお礼を」

 どう答えればいいものかと一瞬悩んだリオだったが、少し照れくさそうにしながらも店主の意向を正直に伝えることにした。しばし、面と向かって二人の視線が重なる。

「……からかわないでください」

 クリスティーナはリオに言われたことを理解すると、赤面して顔を伏せてしまった。

「そう言われても本当のことなので」

 リオは困り顔で肉を焼く背後の店主を見る。

「ふん」

 店主の男性は向けられる視線に気づいたのか、肉を見つめながら軽く肩をすくめた。

「せっかくの贈り物です。冷める前にいただきましょう」

 リオは新たに受け取った串焼きを差し出す。

「……はい」

 クリスティーナは恥ずかしさを誤魔化すように俯きがちに頷く。
 その後、二人は串焼きを食べ終えて串を店に返却しがてら店主に礼を言って、リオ達は露店を後にする。それから、市場で必要な食材の買い出しを行うと、クリスティーナの社会見学も兼ねてゆっくりと市場をぶらつくことになったのだった。


【次回へ続く】

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