13巻Twitterキャンペーン 目標達成特典ショートストーリーその3 『クリスティーナのお願い(後編)』

作者:北山結莉

13巻Twitterキャンペーン 目標達成特典ショートストーリーその3
『クリスティーナのお願い(後編)』


 その帰り道で、クリスティーナと歩きながら――、

(結局、追っ手らしき人影も気配もなしか。まあ、何も無いのが一番なんだけど)

 と、そんなことを考えるリオ。この散策の一番の目的はクリスティーナを囮とした捜査だ。クリスティーナに向けられるあからさまな好奇の視線や、時折、遠くからヴァネッサの視線に気づいたくらいで、これといって不穏な類いの眼差しを感じたことはなかった。
 いまだレイスの影が脳裏にちらつきはするが、とりあえずの安心には貢献したと思えばこの外出も無駄ではなかっただろう。クリスティーナも都市での国民の生活を垣間見ることができて、気晴らしになったようだ。

「あの、ハルト。やはり一つは私がお持ちしますよ」

 手が塞がるほどではないが、二つある手さげを手にしたリオを見て、クリスティーナが申し出る。

「いえ、このくらい特に重くはないので、気にしないでください」

 リオは二つまとめて手にした手さげを軽そうに持ち上げてみせた。すると――、

「よく言った。男前じゃないか、兄ちゃん」

 布類を取り扱う露店だろうか。おそらくは夫婦であろう三十前後の男女のうち、男性がリオに語りかけてきた。地面に大きな布を敷いて、その上に商品を陳列している。

「あはは、どうも」

 リオは少し目を丸くしたが、愛想良く笑って礼を言う。

「どうだ? そこにいるえらい綺麗な彼女さんのために何かプレゼントでもしたら、さらに男前になれるぞ。例えばうちのハンカチとかスカーフはどうだ?」

 流石は商人と言うべきか、男性はぐいっとセールストークを展開した。

「…………彼女、さん? い、いえ、私は……」

 困惑したのはクリスティーナだ。男性の言葉を理解するのにたっぷり間を置いてから、リオを見て慌ててかぶりを振った。

「ん? 恋人なんじゃないのか?」

 男性は不思議そうに小首を傾げる。

「ええ、違います」

 クリスティーナはぎこちなく頷く。

「そうなのか……。じゃあ、兄ちゃん。何かプレゼントして何が何でもこの綺麗な彼女をモノにしなよ。こんなに綺麗な彼女は滅多にいないぜ? というより、見たことないくらい綺麗だな。いや、本当に……」

 饒舌で粘り強い営業トークをする男性だったが、次第にクリスティーナの容姿に視線を奪われて、まじまじと見つめ始めた。

「い、いえ、その……」

 無遠慮に見つめられることに慣れていないのか、たじろぐクリスティーナ。すると――、

「あんた」

 妻と思しき女性が、ドンと男性の脇腹を肘で小突いた。

「ぐおっ。い、いてえな」

 男性は脇腹をのけぞらせて大仰にリアクションをとる。

「うちの馬鹿亭主が失礼しましたね。無理に買っていく必要はありませんが、よかったら見ていってください」

 そう言って、女性はぺこりと頭を下げた。

「えっと……」

 男性に恋人扱いされたことが衝撃的だったのか、まだ少し動揺が残っているクリスティーナ。

「飲食と食材を扱う露店以外は覗きませんでしたし、せっかくなので見てみましょうか」

 リオはクリスティーナを落ち着けるように、穏やかな声色で提案した。

「……ええ」

 クリスティーナは軽く息をついて頷く。どうやらリオの狙い通り平静を取り戻したらしい。リオが露店へ近づいたのを確認し、おずおずと後を追った。

「商品を触ってみてもいいですか?」

 リオがしゃがみ込み、店員夫婦に確認する。

「ええ」
「では、失礼して……」

 リオは店の前にしゃがんで商品を手に取った。

「これは貴方達が作ったのですか?」

 クリスティーナもリオの隣に並んでしゃがむと、商品を見つめながら夫婦に尋ねる。

「いや、作っているのは家内で、俺は仕入れやら経理担当ですよ。販売はこうやって一緒にやりますがね」

 男性がはにかんで答えた。

「良い腕をお持ちなのですね」

 クリスティーナは女性を見て賞賛する。

「はは、美人なお嬢ちゃんにそう言われるとなんだか照れるな」

 男性は照れくさそうに頭を掻く。

「何であんたが照れるんだい」

 鼻の下を伸ばして、柄にもない言葉遣いまでしやがって――という小言ともに、女性が再び男性の脇腹を軽く小突く。

「い、いてえよ。ったく」

 男性は言葉とは裏腹に、ふふんと口許をほころばせる。嫉妬してくれる妻を可愛く思っているのか、自分から彼女の肩を抱き寄せた。

「よしなよ。お客さんの前で」

 女性は恥ずかしそうに男性を押しのけようとするが、本気で抗っているようには見えない。仲睦まじげなおしどり夫婦だった。

「ふふ」

 クリスティーナはくすくすと笑みをこぼした。

「じゃあ、ハンカチをいくつか買いましょうか」
「え?」

 リオがはたと提案すると、クリスティーナが目をぱちくりさせる。

「おお、本当か、兄ちゃん?」

 男性はパッと顔を明るくして訊いた。

「はい。旅の間に使えるので」

 リオは男性にそう答えると――、

「どれがいいですか、ティナ?」

 隣にしゃがむクリスティーナを見て尋ねた。

「……えっと、私が選んでいいのですか?」

 クリスティーナは戸惑ったように訊き返す。

「ええ。ティナが使うものですから。俺はこういったものを選ぶのは苦手なので。よかったら皆さんの分も選んであげてください」
「……わかりました。私もあまり自信はありませんが、では」

 リオに言われ、クリスティーナはハンカチを吟味しようとするが――、

「お、おいおい。たくさん買ってくれるのは嬉しいが、いいのかい?」

 男性が待ったをかけるように問いかける。

「何がですか?」

 リオは不思議そうに尋ねた。

「こういう時は嬢ちゃんだけにプレゼントしてやるのが男ってもんだろ。皆さんってのはどこの皆さんのことを言っているんだ?」

 と、男性は身を乗り出し、リオに顔を近づけて説く。

「い、いえ、ですが先ほどもティナが言った通り恋人ではないので。旅の仲間、といいますか……」

 リオはやや引き気味に答えた。

「てえと、なんだ。皆さんってのは旅のお仲間ってことか?」
「ええ」
「ハンカチは不足しているのか?」
「不足しているというわけではないですが、予備はあってもいいかなと」
「ふむ。つかぬ事を訊くが、兄ちゃん、彼女は?」
「いませんけど……」

 などと、男性から見つめられながら、質問攻めにあって答えるリオ。

「なら決まりだ。せっかくデートの最中なんだから、今この場では嬢ちゃんの分だけハンカチを買っていけ。ああ、いや、兄ちゃんの分のハンカチも嬢ちゃんが選んで、二人分のハンカチを買うって言うのもアリだな」

 男性はそう言って、話をまとめる。

「べ、別にデートをしているわけではないのですが……」
「なに言ってんだ。男女二人で外出しているなら、それはもうデートだろうが。なあ?」

 たじろぎながら語るリオに、男性は妻に話を振って言う。

「まあ、そうだね」

 女性はフッと愉快そうに同意した。

「というわけだ。商人として言わせてもらうなら、初見の店で大量購入するのは危険だしな」
「商人としてはたくさんの品を買ってもらった方がいい気もしますが……」

 それでいいのですか、とリオは声にわずかな呆れと笑みを覗かせて言う。

「ま、そうだな。だからまあ、うちの品を気に入ってくれたのなら、次にこの都市に来てくれた時にたくさん買ってくれよ。常連さんとしてな」

 男性はそう語り、ニッと笑みを浮かべた。

「……お上手ですね。わかりました。では、ティナ。ハンカチを二枚、選んでくれますか?」

 リオは男性に諭されたのか、クリスティーナにそう頼んだ。

「あの……」

 話の流れを理解できぬクリスティーナではないのだろうが、言葉に詰まる。

「一枚はティナへのプレゼントです。もう一枚は俺のものを選んでみてください」

 リオは購入するハンカチが誰のものなのか、具体的に明言した。

「……わかりました」

 クリスティーナはこくりと頷くと、再び陳列されたハンカチにすばやく視線を向ける。その頬はわずかに赤くなっていた。
 それから、数分後。

「どうも! またこの都市を立ち寄った際は来てくれよな」

 リオとクリスティーナは夫婦に見送られて、店を後にした。すると――、

「その、ありがとうございます、ハルト」

 クリスティーナはリオの顔を横から見上げながら、おずおずと礼を言った。その手には購入した水色のハンカチがある。

「いえ。こちらこそ俺の分まで素敵なハンカチを選んでくださり、ありがとうございました」

 リオも選んでもらった青いハンカチを掲げながら、礼を言い返す。二人のハンカチは同じデザインの刺繍が施されていて、並べれば制作者が同一であることがすぐにわかる品だった。

「素敵だと思ってくれたのなら何よりですが、お金を出してくれたのはハルトです。私は選んだだけですから」

 クリスティーナは困り顔で語る。

「気にしないでください。もともと人数分のハンカチを補充しようかなと思っていましたから。むしろ安上がりになってしまいましたが、今回は旦那さんのセールストークに美味く乗せられたということで。旅の間だけでも使っていただけると嬉しいです」

 と、リオはわずかにはにかんで言う。これから宿へと戻れば、ハルトとティナと呼び合う関係も終了する。今この瞬間はかりそめにすぎないのだ。その現実を受け止めて――、

「……大切に使います」

 クリスティーナはそう告げて、そっとハンカチを握り絞めたのだった。


【了】

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