※本編はHJ文庫「精霊幻想記 5.白銀の花嫁」に連動するエピソードですので、
出来れば先に第5巻をお読みいただくことを推奨いたします。
これは夢だ。そう、夢だ。夢のはずだ。
まどろむ遠い夢の世界で――、
「ねえ、貴方」
セリアは幸せそうにはにかみ、配偶者の少年に語りかける――、そんな自分を、第三者的な視線で俯瞰していた。
だからこそ、不思議に思う。セリアは少年の顔に見覚えがなかったから。でも、それでいて、とても懐かしくて、違和感も拒否感もない。何故だろうか?
「なんですか、先生?」
配偶者の少年は、整った顔を嬉しそうにほころばせて応じた。すると――、
「その呼び方は禁止」
セリアはぷっくりと、可愛らしく頬を膨らませる。
「ごめんなさい。まだあまり慣れなくて……。セリア、これでいいですか?」
配偶者の少年は照れくさそうに頭を掻くと、セリアの名を呼ぶ。
「……うん」
セリアはほんのりと頬を紅潮させて、気恥ずかしそうに頷いた。
「…………」
それから、しばし二人でじっと見つめ合うと――、
「座りましょうか、お茶を淹れます」
配偶者の少年が、くすりと微笑して提案する。
「う、うん……」
セリアはおずおずと頷き、リビングのソファに腰を下ろした。少年はそれを確認すると、リビングに併設されたキッチンへと向かう。
夢の空間の中に少年とセリア以外の人物はいない。セリアは配偶者の少年がキッチンでお茶を淹れている姿をじっと眺めていた。そんな彼の姿を見ていると、やはりとても懐かしく思う自分がいることに気づく。
しばらくすると、少年がキッチンから戻ってきて――、
「できました」
と、茶器一式が乗ったトレイを机の上に置いた。少年は慣れた手つきでポットのお茶をカップに注ぐと、「どうぞ」と言って、セリアに差し出す。
セリアは「ありがとう」と短くお礼の言葉を言うと、そっとカップに口をつけた。夢の中だというのに、口の中一杯に紅茶の風味が広がっていく。ややあって――、
「すごく懐かしい味がする。やっぱり貴方が淹れたお茶が一番美味しいわ」
セリアは自然と思った感想を口にした。
「ありがとうございます」
少年は嬉しそうに礼を言う。
「この場合、お礼を言うのは私の方でしょ。ありがとね、いつも美味しいお茶を淹れてくれて。私からも何かできることがあればいいんだけど……」
セリアは悩ましそうに思案する。何しろ研究一筋で生きてきたものだから、あまり女性らしいことは得意でないのだ。だが――、
「先生……、セリアに喜んでもらえるのが一番の報酬です。お気持ちだけ頂戴します」
少年はやっぱり嬉しそうに顔をほころばせて、かぶりを振った。
「で、でも、日頃のお礼もしたいしさ。何かないかな? 貴方が私にしてほしいことって。頑張るからさ!」
セリアは顔を赤くし、上ずった声で尋ねる。
「うーん……。じゃあ、抱きしめてくれませんか?」
少年は思案顔を浮かべて唸ると、そんなことを言った。
「……へ!?」
セリアの顔はさらに真っ赤に染まる。
「お願いします」
少年は悪戯めいた笑みをたたえると、そう言って、セリアの隣に座った。
「あ、いや、えっと、その……」
密着するほどの至近距離から少年に顔を覗きこまれ、セリアはしどろもどろになる。
「ダメですか?」
少年はずいとセリアに迫った。
「ちょ、ダ、ダメだって……。いや、ダメ、じゃないけど、こ、心の準備がっ!」
セリアは少年の顔を直視できなくて、ギュッと目を瞑る。これは夢だ。そう、夢だ。夢のはずなのに――。心臓のドキドキが止まらない。
目を開けるのが怖かった。そっと目を開けたその時、もし夢から覚めてしまったら、この記憶は残らないのかもしれないから。現実は残酷だから。
セリアはずっと夢を見ていたかった。
これは夢だ。まだ、セリアがリオと再会する前に見た、淡い希望と記憶を拠りどころにした夢だった。