文庫7巻大ヒット御礼短編 天川くんの灰色?高校生活

作者:北山結莉

場所は日本。美春(みはる)達が失踪してから一年が経ち、季節は再び春。これは桜の花びらが舞う、そんな季節のお話だ。
 天川(あまかわ)春人(はると)はこの春から二年生に進級する高校生である。世間の至るところで新生活が始まる中、春人が通う高校でも始業式が開催され、新たな年度がスタートした。
 その日、始業式が終わって、放課後になると――、

「ねえねえ、女子注目、この後みんなでカラオケに行かない?」

 と、一人の女子生徒――、千鶴(ちづる)が提案した。千鶴は活発で男女問わず交友関係が広く、クラスの中心にいる面倒見のいい女の子である。一年の頃は同じクラスだったからか、春人に声をかけてくることも多かった。

「はい! 私、行きたーい!」
「千鶴ちゃん、私も!」
「私も行く行く!」

 クラス替えで教室のメンバーが入れ替わった直後のイベントとなれば、交友関係を広げる絶好の機会だ。積極的な性格の女子生徒達は続々と参加を申し出る。

「オッケー! ねえ、真冬(まふゆ)は参加しないの?」

 千鶴は近くに座っていた親しい友人――、真冬という名の少女に尋ねた。真冬は可愛らしいが、大人しそうな顔をしている。

「あ、うん。私も行こう、かな」

 と、真冬は教室の一角を見やりながら、おずおずと頷く。そこでは春人が淡々と帰宅の準備を整えていた。

「ははあん」

 千鶴は何か得心したような顔になる。

「な、何?」

 真冬はぎこちない笑みを浮かべて首を傾げた。すると――、

「なあなあ、それより男女混合でお花見しね?」

 と、運動系の部活に所属する陽気な少年が提案する。その背後にはクラスに所属する半数近い男性生徒達が控えていた。

「えー、どうする?」

 千鶴は他の女子達を見やって、意見を求める。

「場所取りが面倒そう」
「準備に手間もかかりそうだしね」
「ぐだぐだになるんじゃない?」

 などと、女子生徒達は乗り気ではないようだ。

「だそうです」

 千鶴は男子生徒を見やり、小さく肩をすくめた。

「ぐっ、なら俺らもカラオケに行くか」

 と、男子生徒。

「えー、男子来るの?」
「部屋が別ならいいんじゃない」

 女子生徒達はわいわいと騒ぐが、どこか満更でもなさそうな辺り、最終的にはオーケーが出るのだろう。そうしている間にも、春人は我関せずといった様子で黙々と教室から出て行こうとしていた。すると――、

「ちょ、ちょっと真冬と一緒に席を外すね。この場は任せた! 私は来てもいいと思うよ! すぐに戻るから!」

 千鶴はそう言い残すと、真冬の手を握って慌てて春人のもとへ駆け寄る。

「え? ちょ、ちーちゃん!?」

 真冬は突然に手を引っ張られて困惑し、されるがまま連行されていく。そのまま二人で教室の外に出ると――、

「天川くん!」

 千鶴は廊下を歩く春人の背中に声をかけた。

「え?」

 春人は立ち止まり、後ろを振り返る。

「ちょっと、ちょっと話があるんだけど!」
「ちょ、ちーちゃん! なんで私まで!?」

 しっかりと手を掴む千鶴に、真冬は顔を赤くして抗議した。

「……どうしたの?」

 春人は事情が呑み込めず、不思議そうに首を傾げる。

「この後たぶん男子も含めてみんなでカラオケするんだけど、天川くんは来ないの? うちのクラスの男子連中と天川くんも仲いいでしょ?」

 と、問いかける千鶴。

「そうだけど。ごめん。この後はバイトで……」

 春人は首を掻き、申し訳なさそうに答えた。

「えー、バイト? またバイトなの。天川くん、いつもバイトじゃない。なにも始業式の日までバイトしなくても」

 と、千鶴は半ば呆れて言う。

「本当にごめん。みんなで楽しんできてよ」

 春人は苦笑して告げた。

「……ねぇ、なんでそんなにバイトばっかりしているの?」

 千鶴は不意に尋ねる。

「なんでって、一人暮らしの生活費を稼ぐ必要があるし、他に特にすることもないから、かな」

 春人は正直にバイト漬けの理由を教えた。

「え、天川くん、一人暮らしなの?」

 千鶴は初耳だったのか、瞠目する。隣に立つ真冬も興味深そうに目をみはっていた。

「そうだよ」

 と、春人が頷くと――、

「へー、……あ、でも、ほら、彼女とかさ。いるんじゃないの? それでお金を溜めているとかさ」

 千鶴は他にバイトをする理由があるのではないかと、探りを入れた。本当は一人暮らしをしている理由もちょっと気になったが、もしかしたら複雑な家庭の事情があるかもしれないので、今は訊くのを遠慮する。

「彼女? まさか。いないよ」

 春人はぱちりと目を瞬くと、微苦笑して否定した。

「え? そう、なの? なんで?」
「え、なんでって言われても……」

 千鶴が訊くと、春人は困り顔で首を掻く。

「いや、天川くん、もてそうだから。というより、もててるから。あ、じゃあ、好きな女の子とかはいないの?」
「えっ? いや……、いないけど」

 春人は想定外の情報に困惑しつつも、おもむろにかぶりを振る。一瞬、美春の存在が脳裏に浮かんだが、誤魔化すように笑みを取り繕った。

「へえー、そっか、そうなんだ。意外だね、真冬?」

 千鶴はニヤリと笑って得心すると、いきなり真冬に水を向けた。

「へ!? あ、ああ、うん、そうだね! 意外! うん、意外だ」

 真冬はびっくりしたのか、大仰に同意してみせる。

「あ、この子、真冬って言うんだけど、天川くん知っている?」

 千鶴は満足そうに頷くと、春人に真冬のことを知っているか尋ねた。

「えっと、わからない、かな?」

 春人は記憶を振り返りながら、首を左右に振る。実は一年前に一度だけ、話をしたことがあるのだが、春人の記憶には残っていなかったから。すると、真冬は少しだけ悲しそうな顔を浮かべる。だが――、

「あー、そっか、知らないか。これから同じクラスになるんだから、季節が名前に入っている者同士、仲良くしてあげてね!」
「あ、いや、その……、よ、よろしく」

 千鶴に紹介してもらうと、真冬は顔を赤くして頭を下げた。

「ああ、同じクラスになったんだ。わかった、こちらこそよろしく。……それじゃあ、そろそろ行かないと」

 春人は小さく会釈し返すと、その場から立ち去ろうとする。

「うん。ごめんね、変なこと訊いて。バイト頑張ってね! ほら」

 と、千鶴は上機嫌に春人を見送ると、真冬の肩を叩く。

「じゃ、じゃあね、天川くん!」

 真冬は上ずった声で、春人を見送った。

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