人気投票記念SS セリア先生の実演、結婚式講座(白銀の花嫁達)

作者:北山結莉

※第6巻までのネタバレを含みます。ご注意ください※



 時は神聖暦一〇〇〇年。リオがセリアを望まぬ結婚式から救い出し、アマンドで必要な物資を買い揃えた日のことだ。
 セリアは岩の家でリオに用意してもらった自分の部屋で両親に宛てた手紙を書き終え、リオにそのことを報告すると、アイシアに手伝ってもらって買い揃えた物資の整理を始めた。

「この棚に下着類をしまうとして……、アイシアはスカートをたたんでもらってもいい?」
「わかった」

 アイシアはセリアの指示に従い、黙々とセリアの衣類をたたんでいる。里では美春やオーフィアの手伝いをしていたので、その手つきは慣れたものだ。
 当初、ベッドには買ったばかりのセリアの衣服やら下着やらが散乱していたが、二人で協力しててきぱきと片付けていく。そうして、あらかたの衣類をしまい終えると――、

「うーん……」

 と、セリアは唸りながら、ベッドに置かれたプリンセスラインのウエディングドレスとにらめっこを始めた。このウエディングドレスはセリアの父であるローランが職人に特注で作らせた品だ。望まぬ結婚を強いる羽目になったセリアにせめて最高のドレスをということで、惜しみなくお金をつぎ込んで用意された経緯がある。
 また、式場から着の身着のまま抜け出したセリアが現時点で所有する数少ない財産といってもよく、リオに負担を強いるくらいならば換金することも考えて提案したが、リオからは「それを売るだなんてとんでもない」との返事をもらった品だ。

「これはたためない?」

 アイシアは小首を傾げてセリアに尋ねる。

「そうね。型崩れしちゃうし。かといって、吊してしまうのもかさばるし、売るわけにも捨てるわけにもいかないし……」

 セリアは収納場所を決めかねて、悩ましそうに答えた。父にこしらえてもらった品だから、邪魔だと処分するわけにはいかないが、日常生活で着るような服でもない。

「これはもう着ないの?」

 アイシアは不思議そうに訊いた。

「それは……、そうよ。これは結婚式で着るドレスだから」

 セリアは苦笑して答える。

「結婚式以外では着ない?」

 アイシアはまたしても不思議そうに訊く。

「うん。……って、もしかして着てみたいの、アイシア?」

 セリアはアイシアがじっとウエディングドレスを眺めていることに気づいて尋ねた。だが――、

「私は結婚しないよ? サイズも合わないと思う」

 と、アイシアは答える。セリアとアイシアでは身長も三サイズも異なるのだ。

「ま、まあ、それは、そうなんだけど……。あ、でも、貴方ならウエディングドレスみたいな服を実体化して着ることもできるんじゃない? その白いワンピース、簡単なデザインの変更ならできるんでしょ?」

 セリアはちょっぴり唇を尖らせると、ふと思い出したように尋ねる。アイシアが普段、実体化している時に着用している白いワンピースは、アイシアがオドとマナで編んで実体化したものだと、昨日一緒にお風呂に入った時に本人から聞いたからだ。
 ちなみに、ワンピースは実体化したアイシアの一部のようなものなので、基本的にこのワンピース以外のものは作ることはできない(正確には、布きれくらいならば作れるが、服や下着のような作りが複雑な衣類は作れないし、アイシアが手放してしまえば即座に霧散してしまう)。

「……どうだろう? 試してみる」

 アイシアはわずかに思案すると、すぐに有言実行に移った。すぐに淡い光がアイシアのワンピースからあふれ出て、形が変わっていく。

「へえ……」

 セリアは興味深そうにその様子を眺めていた。一体どういう原理で服を作っているのか、精霊術によるものなら、魔法でも作ることはできないのかと、研究者としての血が騒ぐ。しかし、そうこうしている間に、アイシアのワンピースは完全に形を変えた。

「できた。どう?」

 アイシアは自分の胴体を見下ろして尋ねる。セリアのウエディングドレスを参考にして作ったのか、デザインが酷似した品が出来上がっていた。純白のウエディングドレスと、彼女の桃色の長い髪とのコントラストが美しく映えている。

「…………うん、綺麗よ。すごく似合っている」

 セリアはアイシアのウエディングドレス姿に見惚れたのか、ほうっと感嘆して言う。

「ありがとう。じゃあ、元に戻す」

 アイシアは礼を言うと、すぐに元のワンピース姿に戻ろうとした。しかし――、

「ま、待って! せっかくだから、リオに見せてみたら?」

 と、セリアが慌てて待ったをかけて提案する。

「……うん」

 セリアは少し考えると、こくりと頷いた。

「じゃあ、行きましょうか」

 セリアはそう言って、部屋の扉を開けようとする。だが――、

「セリアはドレスを着ないの?」

 今度はアイシアが待ったをかけた。

「……へ? 私?」

 セリアは意表を突かれたのか、ギョッとする。

「うん」

 と、静かに頷くアイシア。

「い、いいわよ、私は」

 セリアは気恥ずかしそうに語った。

「……本当に?」

 アイシアは歩きだし、至近距離からじっとセリアの顔を覗き込む。

「う、うん」

 セリアはおずおずと頷いた。

「わかった。じゃあ、行こう」

 アイシアは納得したのか、自分から歩き出して部屋の扉を開ける。そして、そのままリオを探しに部屋の外へと出た。
 すると、リビングでくつろぐリオをすぐに見つける。

「…………アイシア、どうしたの? ウエディングドレスなんか着て」

 リオはウエディングドレス姿のアイシアを目にすると、面食らって尋ねた。

「セリアのドレスを真似て編んでみた」

 と、アイシアは答える。

「どう、似合うでしょ?」

 セリアはアイシアの後ろからひょっこり現れると、リオに感想を求めた。

「……ええ、すごく綺麗です」

 リオはアイシアを見やりながら、はにかんで感想を告げる。

「でも、ちょっと動きづらい」

 ワンピース姿の時と勝手が違うのか、アイシアはそう言って身体を捻った。

「あはは、動き回るための服じゃないからね」

 リオはおかしそうに笑う。

「結婚式で着る服だから?」
「うん、そうだよ」

 アイシアが尋ねると、リオは微笑して頷いた。

「じゃあ、せっかくウエディングドレスを着たから、結婚式の練習、する?」

 と、アイシアはいきなりそんなこを言い出す。

「……え?」

 リオとセリアは声を揃えて呆け顔を浮かべた。

「な、なんでそんな話になるのよ?」

 と、セリアはアイシアに訊く。

「結婚式がどんなものなのか、興味があるから。春人は知っている?」

 アイシアはシンプルかつ明快な動機を語った。

「うーん、言われてみれば、誓いの儀式とか、細かい進行は俺もわからない、かな……」

 と、リオは思案して答える。王侯貴族の礼儀作法は王立学院で一通り教わったが、結婚式に関して扱った講義を受けたことはなかった。それに、孤児出身のリオはこの世界で王侯貴族の結婚式に招かれて参加したこともない。

「セリアは知っている?」

 アイシアはセリアに水を向けた。

「うん。まあ、何度か出席したこともあるし、一応は……」

 セリアは妙な流れになったと思ったのか、躊躇いがちに頷く。すると――、

「じゃあ、教えて」

 と、アイシアはセリアに頼む。

「お、教えてって言われても、結婚式っていうのは、好きな相手とするものなのよ?」
「……セリアはあの男のことが好きだったの?」
「う、それを言われると耳が痛いんだけど……」

 半ば脅迫でシャルル=アルボーとの政略結婚を強いられていたセリアとしては、返す言葉もない。

「私には結婚式の意味があまりよくわからない。人は好きな相手とでも、嫌いな相手とでも結婚式をする。どんな意味があるの?」

 というアイシアの疑問は素朴だが複雑でもある。

「うーん、理想は好きな相手とするものなんでしょうけど、そういうのを抜きにしても、その相手とずっと一緒にいることを誓うためにする儀式なのかな?」

 セリアは悩ましそうに思案して答えた。

「なるほど……、じゃあ、私と春人で結婚式をしてみよう。春人が花婿。私が花嫁」

 アイシアはどう納得したのか、今度はそんなことを言い出す。

「なっ……!?」

 セリアは愕然と口を開けた。

「セリア、やり方を教えて」

 と、アイシアは平然とセリアに頼む。

「そ、その言い方だと、結婚式の本番をするみたいに聞こえるんだけど!?」

 セリアは泡を食ってアイシアに発言の意図を確認する。

「うん。春人とずっと一緒にいるから。結婚式をする」

 アイシアはしれっと頷いてみせた。

「はは……」

 リオはなんと言えばいいのかわからず、苦笑することしかできない。アイシアが時折、突拍子もないことを言い出すのはいつものことだ。
 セリアもまだ短い付き合いだが、そのことは身をもって知っている。しかし、だからといって驚かないわけではない。セリアは唖然と口を開けていた。だが、ややあって――、

「ち、違う! 何かが違うわ! 決定的に違う気がする!」

 と、セリアは慌てて叫ぶ。

「結婚式はずっと一緒にいることを誓い合うんじゃないの?」
「そう、だけど、結婚式っていうのは、結婚相手に自分のすべてを捧げることを誓う儀式でもあるの! 軽はずみにするものじゃないのよ!」
「誓えるよ」

 アイシアは何の臆面もなく宣言する。

「っ……」

 セリアはたまらず絶句してしまった。一瞬――、

(あれ、この二人、別に結婚してもいいんじゃないだろうか?)

 と、さえ思ってしまう。

「準備は万端」

 アイシアは言外にセリアを急かした。

「リ、リオ!」

 セリアはこの流れを阻止してもらうべく、リオに救いを求める。

「えっと、アイシア、結婚式っていうのは、好きな人同士でやるものなんだ。まあ、好きな人同士でやらないこともあるんだけど、何というか……」

 リオも上手く説明することは難しいのか、一貫性のある普遍的な答えを示すことができず、言葉を選ぶように説得を試みた。

「私は春人のことが好きだよ? 春人は、嫌い?」

 と、アイシア。

「いや、俺も好きなんだけど……」

 リオは困り顔で応じる。そもそも結婚式って何なんだろうか。こっちまでよくわからなくなってしまう。すると――、

「じゃあ、こうしましょう。アイシアに結婚式がどんなものなのかを知ってもらうために、結婚式の真似事をするの。あくまでも練習よ、練習。アイシアの情操教育の一環」

 セリアが観念したように提案した。このまま結婚式本番を強行されるよりは、練習にしてしまった方がいいと考えての判断である。

「……まあ、それなら。どうかな、アイシア?」
「わかった」

 リオが確認すると、アイシアは素直に頷く。

「じゃあ、リオは花婿役で、花嫁役は……」

 セリアはそこまで言って、ウエディングドレスを着たアイシアを見やると、続けて自分の格好を確認する。それから、「むうっ」と唇を尖らせ、わざとらしく咳払いをすると――、

「……ちょっと待って。私も着替えてくるから。アイシア、手伝って」

 頬を赤らめて、自分の部屋へと戻っていった。

「うん」

 アイシアはこくりと頷き、セリアの後を追いかける。

「…………妙なことになったな」

 リオは既に気疲れしているのか、弱々しく笑った。

 ◇ ◇ ◇

 その後、二十分ほどすると、ウエディングドレスに着替えたセリアが、同じくウエディングドレス姿のアイシアと一緒に戻ってくる。

「……お帰りなさい、二人とも」

 リオは二人を視界に収めると、大きく目をみはった。純白のウエディングドレスを着た二人の姿が、あまりにも綺麗だったからだ。

「どう、かしら? 変じゃない?」

 セリアは気恥ずかしそうに頬を紅潮させて、リオに感想を求める。

「ええ、すごく綺麗です」

 リオははにかんで感想を告げた。

(でも、先生まで着替える必要はあったのか?)

 そう思ったリオだが、言わぬが花だ。

「じゃあ、早速、始めよう。どうすればいいの、セリア?」

 アイシアはさっさと練習を始めようと促す。

「そうね、新郎が事前に祭壇の前で待機しているか、新郎と新婦が一緒に入場するか、スタイルはいくつかあるけど、新婦がバージンロードを歩いて祭壇まで行くことに変わりはないわね。今回は新郎が先に祭壇で立っているという設定にしましょうか」

 セリアは必要な段取りを教えてやった。

「じゃあ、そこを祭壇にしよう。春人、そこに立って」
「了解」

 リオは微笑ましそうにアイシアの指示に従い、祭壇に見立てたリビングの一角に立つ。

「私達は春人のところまで一緒に歩けばいい?」

 と、アイシアがセリアに尋ねる。

「……ええ、そうしましょうか。花嫁が二人いる結婚式って、あまり例がないんだけど、今回は雰囲気がわかればいいわけだし」

 セリアはわずかに思案すると、そう答えた。

(まあ、別に練習だしね。そう、練習だし。細かいことは気にしないようにしましょう)

 と、自分に言い聞かせて……。別にアイシア一人にバージンロードを歩かせるのはずるいとか、自分もバージンロードを歩きたいとか、決してそういうことを考えたわけではないのだ。
 そうして、セリアとアイシアは二人でリオのもとまで歩いていく。

「本当はここで証人となる神官がいて、誓いの儀式を見守るんだけど、今回はいない者として存在を割愛するわね」

 セリアはアイシアと一緒にリオの前にたどり着くと、そう言った。

「わかった。誓いの儀式はどうやってやるの?」

 と、アイシアは滔々とした声色でセリアに訊く。

「それは、愛を誓い合って、指輪を交換して……」

 セリアはもじもじと答えるが、途中で顔を真っ赤にして言葉に詰まってしまう。

「指輪を交換して?」

 アイシアは疑問符を浮かべて首を傾げる。

「……ち、誓いのキ、キ、キスを、するの」

 セリアはごにょごにょと口を動かした。

「キス」

 アイシアはオウム返しで口を動かすと、リオをじっと見やる。

「……アイシア、これは練習だからね?」

 リオはぎこちない笑みを浮かべて言った。

「うん、わかっている」

 アイシアはこくりと頷くと、リオとの距離を詰める。

「ア、アイシア?」

 リオはたじろいで、至近距離から自分の顔を見つめてくるアイシアを見下ろす。アイシアはそのままスッとリオの顔に自分の顔を近づけていく。セリアは呆け顔で二人の様子を眺めていたが――、

「……ちょ、ちょっと、フリよ、フリで十分なんだからね!? 指輪だってないんだし、練習、練習なんだから、本当にキスをする必要はないの!」

 ハッと我に返ると、あたふたとアイシアに抗議する。
 すると、セリアの抗議が功を奏したのか、アイシアはリオと唇が重ねる寸前でピタリと顔を近づけるのを止めた。そのまま一歩後ろへ下がり、リオから距離を置く。

「っ……」 

 リオは思わず脱力した。

「次はセリアの番」

 アイシアは振り向いてセリアを見やると、リオと誓いのキスのフリをするように促す。

「え、あ、う、うん……」

 セリアはまごついて恥じらうと、小さく頷いた。アイシアはそんなセリアの手を引っ張り、リオへと近寄らせる。セリアはうつむきがちにリオへと歩み寄った。

「先生、別にアイシアみたいに近づきすぎる必要はないですよ?」

 リオは念のため、セリアに提言する。

「わ、わかってるわよ! 練習、練習なんだからね!」

 セリアはあたふたと言った。

「はい。すみません、アイシアに付き合わせて、妙なことになってしまって。でも、先生まで無理して付き合うことはなかったんですよ?」

 リオはくすりと笑うと、セリアに語りかける。

「べ、別に無理って訳じゃないわよ。…………そもそも、いくら練習だからって、好きでもない相手とこんな真似はしないし」

 セリアはそう答えるが、途中からはうつむいてぼそぼそと呟いただけなので、リオは何を言っているのかよく聞き取れない。

「先生?」

 リオはセリアの声を聞き取ろうと、セリアの顔に自分の顔を近づけた。

「な、なんでもないわ! それより、これでいいんじゃない? 顔も近づけたし、キスのフリは終わったということで!」

 セリアはリオの顔を至近距離から直視できずに顔を赤くすると、慌てて後ろへ下がる。

「ですね。失礼しました」

 リオは優しく口許をほころばせて謝罪した。すると――、

「セリア、次はどうするの?」

 アイシアが次の段取りを尋ねる。

「次は誓いの言葉を……って、先に誓いのキスをしちゃったじゃない! 順番が逆よ! キスは最後なのに!」

 セリアは段取りを飛ばしていたことに気づくと、ハッとして取り乱した。

「じゃあ、最初からやり直し」

 アイシアはしれっとやり直しを宣言する。

「や、やり直しって……」

 もう一回、キスのフリをし直さなければならないということか。先ほどリオと顔を近づけた時のことを思い出したのか、セリアは頬を紅潮させて恥じらった。すると――、

「嫌ならセリアは神官役でもいいよ? 今度は私と春人が一緒に入場する」

 アイシアがそんなことを言い出して、リオの腕を掴む。

「だ、駄目よ、ずるっ! じゃなくて、わ、私だってせっかくウエディングドレスに着替えたんだから、一緒に入場するわよ! 嫌だなんて一言も言ってないし!」

 セリアは負けじとアイシアの逆側に回り、リオの腕を掴んだ。結果、リオは左右の腕をウエディングドレス姿のセリアとアイシアに挟まれることになる。

「じゃあ、このままリビングの外まで行こう」

 アイシアはリオの腕を引っ張り、入場からやり直そうと来た道を戻りだす。

「今度は先走らないでよね、アイシア。まずは誓いの言葉から言わないといけないんだから」
「じゃあ、それも教えて」

 などと、間に立つリオをまたいで、賑やかに話を繰り広げるセリアとアイシア。

「二人とも、晩ご飯の用意もあるし、できればなるべく早めに終わらせてくれると嬉しいかな。はは……」

 リオは盛り上がっている二人に水を差すのも悪いと思っているのか、疲れた笑みを覗かせて控えめな声でリクエストした。
 しかし、二人は聞いているのか、聞いていないのか、妥協するそぶりは見せず、当然のようにリオの腕を二人で引っ張っていく。結局、結婚式の実演指導が終わったのは、それから小一時間が経過した後のことだった。


(了)

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