2.「新たな進化」

作者:坂本一馬

第一章

 (れん)が空から地上の街並を眺めていると、膝の上に乗っているレイアがポツリと呟いた。

「エリ姉達が復旧したって言う割には、街の様子って地球の文明技術のままなんだね。新しくて綺麗に見えるのに、全天開拓府にいた時に見るような建物が無い」

 やけに真新しく見える街並みには理由がある。
 エリー達がいた街は十年前に起きた侵略戦争で、宇宙からやってきた黒い機械天使に焼き払われた。
 そんな復興に何十年かかるか分からないと言われた町を、神器達は一年で元通りに再建した。
 特に、空を飛ぶ機能と巨大な身体から生み出される腕力で、鉄筋コンクリートを軽々持ち上げ、プラモでも作るかのようにあっさりと建物を完成させていく姿は、神とか天使の力だと形容された。
 おかげで、神器達は地球人の信頼を勝ち取り、人間と共生出来ている。
 エリーが今、蓮と一緒にいるのもそのおかげだった。

「全然知らない街に作り替えられるより、慣れ親しんだ街に戻す方が私達神器を受け入れられやすいから、って義母さんが言ってたよ」
「へー、そういうものなんだ」

 エリーの説明にレイアが地上を見下ろしながら相づちをうった。
 レイアの視線の先を蓮が追ってみると、ちょうど神器による建築がおこなわれていた。
 最強の戦闘用神器として生み出されたエリーとレイアも平和な世界が訪れたら、そういう社会貢献みたいな仕事をいっぱいするのだろう。
 そう思った蓮はレイアと一緒に建設現場を見下ろしながら話しかけた。

「レイアもそのうち一緒に建築とかやるかもな」
「レイアは壊すことしか知らないけど、レイアにも出来るかな? 誰かのために何か作ること」
「大丈夫。エリーもいるし、俺もいる。レイアがやりたいことは、俺達が手伝うよ。なんたって、俺はレイアのお兄ちゃんだからね」

 蓮はそう言うと、膝の上に座るレイアの頭を優しく撫でた。
それが気持ち良いのかレイアは目を細めて、蓮にされるがまま身を任せている。
 そんな蓮の頭の上にもぽんと優しく手が置かれた。蓮にとって慣れ親しんだエリーの手だ。

「お姉ちゃんもいるからね。それと、蓮。お兄ちゃんぶるのも良いけど、全部自分で背負い込もうとしちゃダメだからね。何かあったらちゃんとお姉ちゃんを頼ること」
「エリーがそれを言うか。でも、その時は……その……よろしく頼むよ」

 少し前の蓮なら、子供扱いするなよ、と抗議しそうな扱いだった。
 だが、今の蓮は恥ずかしさで言葉につかえながらも、エリーの気遣いを素直に受け取れるようになっている。
 先日起きた事件は、エリーが蓮を信じて色々なことを託してくれたおかげで解決出来た。
 それもあって蓮は、エリーの頼れという言葉が蓮のことを子供扱いしているのではなく、信頼しているからこそ、言ってくれているとようやく分かったのだった。
 そうして、蓮は事件を通じてお兄ちゃんになっただけでなく、ほんの少しだけ大人になれた。

「なら、エリーも一人で抱えるなよ。俺はエリーの相棒なんだからさ」
「蓮ーっ、ありがとー!」

 感激の声をあげたエリーが頭から手を放すと、蓮の身体を後ろから思いっきり抱きしめてきた。
 しかも、目一杯の力で抱きついてきているのか、背中にエリーのほどよい膨らみが当たり、やわらかな彼女の頬が蓮の頬に密着している。
 頭についた猫耳形のヘッドセットもあって、じゃれつく猫のようだった。

「なんでエリーの方が子供っぽい反応してるんだよ……」
「お姉ちゃんだからね」
「ちょっ、苦しいってば……。それとこの場合はお姉ちゃん関係な――」
「えへへー。蓮大好きー」

 もはやエリーの気が済むまで、蓮のモフモフが止む気配が無い。
そうなれば、いずれレイアも感化されて――。

「レイアも蓮兄のこと大好きだよ。もっと色々、蓮兄のこと教えて。いっぱい知識ちょうだい」

 いつの間にか蓮と向かい合うように座っていたレイアが蓮の腰に手を回して、ピッタリと抱きついて、身体をスリスリとこすり合わせてきた。
 上目遣いで見上げてくるレイアの目と、お腹の辺りにこすりつけられる膨らみかけの胸のせいで、蓮の中で何かが目覚めそうになっていた。

(やばいって! 何とか二人を落ち着かせないとっ! 機体の制御が出来ずに落ちる!? こうなったら!)

 金と銀の大きな猫ならぬ、美少女姉妹にサンドイッチにされて、蓮の理性は崩壊寸前だった。機体の飛行制御は蓮がおこなっているせいで、このまま理性が飛べば海へと真っ逆さまに落ちる。
 それだけは回避しようと、蓮はあまり動かない手をズボンに伸ばして、固い棒状の物を掴んで勢いよく取り出した。

「チョコッ!」
「チョコだっ!」

 その声が聞こえた瞬間、蓮はチョコを空中へと放り投げると、超スピードで反応した二人の姉妹が蓮から離れた。
 色気より食い気が勝った二人の勝負はエリーが勝利し、コンマ数秒の差でレイアの目の前でチョコバーを奪い去った。

(俺はチョコレートより下かー。良いさ、こうなるって分かって投げたんだから……)
 蓮はビターチョコレートでもかじっていたい気分になるが、エリーとレイアは楽しそうだ。

「はい。レイア。半分こ」
「いいの? エリ姉が飛んでるんだし、お腹空いてるんじゃないの?」
「いいのいいの。お姉ちゃんだからね」
「……ありがと」

 幸せそうな笑みで、二人がチョコレートにかじりつく。
 それを見ているだけで、まぁ、いっか。という気持ちになる自分に蓮は小さく笑った。
 この二人が笑っているだけで、何故か幸せな気分がしたおかげだろう。
 だから、この関係だけはなんとしても守らないといけない。

「あー、それにしても、せっかく日本に外出したんだから色々食べて行きたかったなー」
「そうだなぁ。島にもあるとは言っても輸入品だしな」
「ねー。やっぱり本場がいいよね。ねぇ、蓮、次の予定さぼって食べ歩きしようよ」
「義母さんの提示した条件がアレじゃ断れないだろ」

 蓮達はどうしても今日中に日本から島に帰る必要があった。
 墓参りだけしてとんぼ返りすることになった原因が、エリーの妹であるレイアの存在だ。
 そもそもレイアが蓮の膝の上に座っていること自体、本来ならありえないことだった。
 猟犬の頂点、第一複製品(ファーストレプリカ)、レプリカエリー、最も戦闘向けに進化した最強の神器。
 様々な呼び名がついているレイアは、もともとエリーを殺すために作られたエリーのクローンで、地球を攻撃した組織《全天開拓府》に所属していた戦闘員だった。
 いくらエリーの妹とは言え、地球に攻め込んだ最大の強敵を監視や何かしらの条件もつけずに、蓮に預ける訳がない。
 そんな無茶が許されるほどの取引を、蓮は墓参りの前にかわしてきたのだ。

「ねぇ、蓮兄……レイアがいたら迷惑? レイアのせいでご飯食べられないの?」
「ううん、違うよ。武器を工作すればご飯は食べられるから心配しないで。俺も早く食べたいからレイアにも手伝って貰わないといけないけどね」
「分かった。レイアもがんばる。蓮兄のご飯食べたい」

 エリーとレイアと一緒に新しい武器を作る。
 レイアが蓮達と暮らす条件として、単純ながらも難しい要求が蓮達に課せられている。
 別に蓮達が頭を悩ませて設計図を作る訳ではなければ、組み立てをする訳でもない。
 エリーとレイアが持つ特殊な力を使って、ある材料を武器に変化させるだけで良い。
 ただ、その材料を聞いた時に蓮はちょっとした寒気を覚えた。
 その寒気を蓮が思い出すと、エリーが蓮の不安を感じ取ったのだろうか。エリーは何でも無いように笑った。

「大丈夫だよ蓮。ある意味、私が生まれた意味を果たすだけだから。安心して私に任せて」



 しばらくの飛行後、蓮達は神器が海上に作った人工の島、独立神器基地へと到達した。
 その島の中央には天をつくような巨大な塔が建っており、各国との交渉や取引が為されている。
 主な物をあげると、神器による護衛任務や、建造物の建築任務、深海調査や宇宙探査などの調査任務といった物が多かった。
 そんな中央の塔で蓮達は武器を作る手はずになっていた。
 そこで蓮達は黒服の神器達に導かれ、塔の地下へとエレベーターで海底深く降りていく。

「結構深い」

 レイアがぽつりと呟いたのが聞こえて階数を見ると、地下三十階を超えてまだ加速していた。
 そして、五十を超えた所で数字が表示されなくなり、数秒後にようやくエレベーターが止まる。

「良く来たわね」

 エレベーターの扉が開くと、黒い長い髪、優しそうな赤い双眸、きっちりとしたスーツ姿の女性が立っていた。
 モーテル。
 この人が孤児になった蓮を拾った神器達のトップであり、蓮の――。

義母(かあ)さん!?」
「あら? 驚く必要はないでしょう。これでもここの責任者よ。大事な仕事があるのなら、監督ぐらいするわ。それに実験が上手く行くかどうかで、私達神器の将来が決まるのだもの。自分の目で見届けなくてはね」
 そう言ってモーテルが道を譲り、蓮達が部屋に入ると、部屋の光景を見て思わず蓮は足を止めた。

「うわ……」
「そう言えば、蓮には初めて見せる場所だったわね」

 神器の展開を想定しているのか、小さなビルが一つ丸々入りそうな地下とは思えない広さの空間だ。
 その空間に液体の入ったカプセルが並べられ、人が中に漬け込まれている。
 カプセルは五十個ほどだろうか。研究者達は五十を超えるカプセルの前で、一切動揺せずにメモを取っている。
 そんなかなり不気味な光景が広がっていて、蓮は少し気後れしてしまった。

「義母さん……ここは?」
「捕虜収容区画よ。捕虜の神器には薬の入った液体の中で睡眠状態になってもらっているの。こんな手を使いたくはないのだけれど、神器を出されて暴れられたら、建物と護衛がいくつあっても足りないし、そうなれば本気で殺さないといけないからね。ほら、三人ともこっちへ来て」

 制御板の前に誘導された蓮達にモーテルが説明を続ける。
 人道的に反していても、損害を最小限にするには仕方が無い。そう割切っているみたいだった。
 そして、本題となる本日の実験が伝えられる。

「ここにいる捕虜は全てタイプSE-Dを使って、エリーとレイアの力を再現した人達。三人にはこれからこの人達に宿る神器因子のタイプSE-Dを変性して、分離、武器化させる実験をおこなってもらうわ」

 蓮が拒否感を抱いたのは、新しく作る武器の材料が捕らえられた神器達だったからだ。
 タイプSE-D、システム・エリー・デュプリケイトと名付けられたそれは、最強の生体兵器を量産するために作られた装備で、エリーの遺伝子情報が複製された生体金属《神器因子》を指す。
 タイプSE-Dを組み込まれた神器達はもともと持っていた鋼鉄の身体が変異し、エリーの神器と同じ姿になる。それも見た目だけじゃなくて、エリーと同等の戦闘能力まで手に入れることが出来るのだ。
 人間で言うのならば、素人の筋肉をトップアスリートの筋肉に入れ替えるような整形手術を施し、さらに薬でドーピングをして、普通の人間を無理矢理トップアスリートに生まれ変わらせるような物か。デースが口癖なドイツの天才博士もびっくりな改造手術だ。
 それでも、エリーはなんてことないように明るく振る舞っている。

「大丈夫。蓮とレイアが一緒にいるから、この人達を神器から元の人に戻せる。やろう、蓮、レイア。私達なら出来るよ」

 エリーの自信は根拠のない自信ではない。
 なにせ、SE-D自体はエリーとレイアの身体と同質な物体だ。しかも、オリジナルの彼女達にはSE-Dにない力がある。
 オリジナルのエリーと完全クローンのレイアだけが持つ、彼女達の名前を冠した力がある。
 大勢の研究者に囲まれる中、エリーが神器を呼び出し中に蓮とレイアを乗せ――。

「「システム《ERIE》起動」」

 エリーとレイアの言葉が重なり、二人のヘッドセットが淡い光の粒を放出し始める。
 自己進化プログラム、システム《ERIE》は神器を強制的に進化させ、形や性質を変化させる力がある。
 エリーとレイアの神器はシステム《ERIE》による自己進化を繰り返し、神に近づくことで最強へと進化をし続けてきた。
 その経験を応用して、エリーとレイアは捕虜の神器に埋め込まれている神器因子を武器に進化させて、肉体から抜き出そうとしているのだ。
 そうして、神器を元の人間に戻そうともしていた。
 あくまで身体を貸している蓮にはエリーが何をしているかは分からなかったが、エリーの声は落ち着いていて、問題無くいっているようだった。

「神器と催眠容器の接続確認。SE-D神器因子を同調。自己進化の演算と誘導開始」
 カプセルの中で眠っている神器達も淡い光を放ち、集まった光が銀色の液体金属《神器因子》へと変化していく。
 すると、神器因子がまるで意思を持っているかのようにカプセルから這い出て、エリーの前に集まり姿を変え始めた。

「蓮とみんなを守る力になって」

 そんなエリーの声に応じて、固まった神器因子が大小様々な形の粒になると、蓮達に向かって弾け飛んでしまった。

「失敗した!? 観測班状況を報告しなさい!」
「捕虜達に異常ありません!」
「三名とも生命情報は通常です!」

 一瞬にして騒然となった地下室だが、神器の中にいた蓮を始め、エリーとレイアは特に慌てていなかった。むしろやりきった表情で額の汗を拭っている。

「ふー、やってみれば出来るもんだねー。蓮とレイアもお疲れさま」
「うん。でも、最後にエリ姉と息が合わなかったみたい」
「あはは。ちょうど良いんじゃない? だって、色々あった方が便利だよ」

 緩い笑顔を見せるエリーと、落ち着いた様子のレイアが床を眺めている。
 ちゃんと、飛び散った液体金属は床で固まって姿を変えていたのだ。
 床に落ちた金属は小さな球状の粒がほとんどで、長細い剣のような物が数本混じっている。形は統一されているので、ちゃんと狙った物が出来たのだろう。
 とはいえ、神経を演算領域として貸しただけの蓮には、出来た武器が一体どういう物なのかさっぱり分からなかった。

「えっと、エリー。長いのは剣っぽいけど、この小さい丸いのは何?」
「小さいのは弾丸。えっとねー、名前をつけるのなら浸食弾? で良いのかな?」
「浸食弾? 何か物騒な名前だけど」

 自信が無いのか疑問形で答えたエリーに、蓮は首をひねった。

「ほら、レイアと喧嘩した時、止めるの大変だったじゃん。だから、当たればすぐに動きを止められる武器が欲しかったんだよ。浸食弾は触れた相手の神器因子の動きを止めて、鋼鉄の身体を崩壊させる機能があると思う。ある意味、ウイルスとか細菌みたいなものかな?」
「あぁ、なるほど。神器だけに効く病気を撃ち込む弾丸か」
「そうそう。最後はレイアとちょーっと意見の違いがあったみたいだけど」

 楽しそうに笑顔を見せたエリーが突如レイアを蓮の膝から奪って、抱きしめた。
 あまりに突然の出来事にさすがのレイアも動揺を隠せず驚いているうだ。

「な、何するのエリ姉!?」
「レイアはやっぱり私とは違うね。でも妹だー!」
「うにゃあっ!? エリ姉何すんの!? くすぐったい!」
「お姉ちゃんは剣を作ろうとしたのにー! 残弾数とか気にせず使えるよ? 使い放題だよ?」
「だ、だって、蓮兄を危ない目に遭わせないなら、遠距離用の銃弾の方が良いよ。小型の銃だったら近接戦だって出来るし、浸食は広がって行くから、弾の大きさとか銃の威力で効果変わらないし、たくさんの所に撃ち込める銃弾の方が遙かに効率的」
「おー、レイア賢いっ!」
「にゃあああ!? エリ姉くすぐったいってば!」

 じゃれつくエリーに、解説を止められたレイアがジタバタ手を振って暴れている。
 おかげで、エリーが疑問系にした理由が蓮にもようやく分かった。
 新たな力として、エリーは剣を望み、レイアは銃を望んだらしい。
 最後に息が合わなかったというのは、機能が同じでも望む武器の形が違っていたという意味だったのだ。
 蓮が意外とレイアも我が強いことに驚いていると、血相を変えたモーテルが神器の足下に駆けつけて名を叫んだ。

「蓮、エリー、レイア! 三人とも大丈夫!?」

 心配そうな表情を浮かべるモーテルに、エリーは神器の腕を振って答えた。この辺で、半分神器となっただけの蓮とは違い、鋼鉄の身体もエリーの一部なのだと実感させられた。

「うん、何とも無いよ。それよりも母さん、あの眠ってる人達は人間に戻れた?」

 神器を元の人に戻す。エリーは自分の生まれたもう一つの目的を達成出来たのか尋ねた。
 だが、返ってきたのは首を横に振るモーテルの姿だった。

「あ……。いえ、それは失敗したわ。もともとの神器因子は残ってる。でも、希望はある。SE-Dは完全に抜けきったわ。エリー達が次の段階に進化すれば、今度は私達普通の神器も人に戻せるかもね」
「そっか」

 本命の実験は失敗と聞かされ、少し残念そうに頷いたエリーは神器を解除した。
 蓮から見ても、エリーは少し落ち込んでいるようにも見えた。
 けれども、エリーはすぐさまこの三人にとっての本題に切り込んで、蓮は少し驚かされた。

「でも、これでレイアは私達と一緒にいてもいいんだよね?」
「えぇ、表向きには上手く処理しておくわ。ここまでしてくれたんだもの。前線にいる頭の固い連中も説得してみせるから、安心して。対神器用の特殊装備、確かに受領したわ。必ず反攻作戦に役立たせてみせる。数も培養で増やしておくから、もうこんなこともしなくて大丈夫。ごめんね辛い役割を押しつけて」
「ううん、気にしないで。それが私の生まれた理由だからさ」

 短い肯定とともにエリーが身を翻し、エレベーターへと歩を進めた。

「蓮、レイア、いこっか」

 振り返らないままかけられた誘いに、蓮とレイアがついていき、無言のままエレベーターの扉が閉まる。
 それと同時にエリーも口を閉ざしてしまった。
 いつもはお喋りなエリーが静かなせいで、レイアも困っているのか、戸惑いの眼差しを蓮に向けていた。となれば、何とかしてあげるのがお兄ちゃんの役割だ。

「あの、エリー?」
「なに?」
「大丈夫か?」
「うん。大丈夫だよ」

 取り付く島もない短い返答に蓮も困惑してしまった。
 試しに胸ポケットからチョコレートを取り出してみるが、エリーはピクっと一度跳ねるも、ギリギリと音でも立てそうなほどぎこちなく首を横に向けて、視線を()らした。

(エリーがチョコレートから視線を反らした!? 嘘だろ!?)

 そのありえなさに、蓮は手に持ったチョコレートを落としそうになるほど動揺した。

「蓮兄……やっぱりエリ姉なんかおかしいよ?」

 心細そうなレイアの声に、我を取り戻した蓮は手をレイアの頭の上に乗せた。
 何かを隠しているのはバレバレだ。
 エリーの大好きなチョコレートを我慢するほどの隠し事なら、よほど深刻なことなのだろう。でも、今はまだ心の整理がついていないだけ。家に帰って落ち着いてからゆっくり話せば、きっとエリーは自分達を頼ってくれるはず。
 蓮はそう自分に言い聞かせながら、優しくレイアに微笑んだ。

「お姉ちゃんだからな。きっと何か考えがあるんだよ」
「なら……いいんだけど。そのチョコもらっていい?」
「やっぱり、レイアはエリーの妹だよ」

 そう言ったレイアに蓮は苦笑いするも、幾分か救われた気分になった。



 結局エリーはエレベーターが地上に着き、家に帰るまで無言を貫き通した。
 その後、島の居住区に立てられたマンション最上階の一室に戻ったエリーは、リビングまで無言で蓮の手を引っ張ると、蓮を椅子に座らせた。
 そして、向かい側に座ったエリーが白いテーブルクロスが掛けられたテーブルの上で、両手を組み、大きく息を吸う。

「蓮、あのね。お姉ちゃん……大事な話があるの。お母さんにも聞かれたくなかったから頑張って黙っていたけど……」

 誰にも聞かれたくないことだったのだろうか。エリーは自宅に帰ってからようやく自分から口を開いた。
 一体何を伝えたいのだろうか。実はさっきの武器を作ることがすごく辛かったとかか? と蓮が心配していると、予想外の展開が待っていた。

「じゃーん! はいこれ。蓮にプレゼント! いやー、本当はダメなんだけど、蓮のためにSE-Dくすねちゃった」
「へ? くすねた!?」

 エリーが突然ポケットから白い物を取り出して、蓮の前に差し出してきた。
 指輪サイズほどの白い猫の飾り。とっても楽しそうな顔はどことなく、元気なエリーっぽさが感じられた。

「お姉ちゃんが作ったお守りだよ。さっきの剣とかを作る時に一緒にね。これを私だと思って肌身離さず持ってくれると嬉しいな」
「もしかして、ずっと黙ってたのって」
「作ってすぐに蓮にあげたかったんだけど、誰かに見られて、取り上げられたら困るじゃん。タイプSE-Dは本来外に漏らしちゃいけないものだしね。それなのに、蓮のためを思ったのに! あそこでチョコを晒すなんてひどいよっ! ということでお姉ちゃんは今すぐにチョコを所望するよっ! 我慢した分、今回は二本わたせーっ!」

 エリーがバンバンと机を叩きながらチョコレートを要求している。
 その様子に蓮も笑うしかなかった。

「ははは……。なんだよもう。あー、もう、落ち込んでたり、また何か一人で抱え込んでたって思ったじゃないか。ったく、エリーはやっぱりエリーだよ。はい、チョコレート」

 身構えていた蓮は呆れて机に突っ伏すほど脱力してしまった。
 珍しく大人しいと思ったら、まさか横領を隠していたとは思わなかった。

「おいしー、我慢していた分、さらに美味しいかも」

 そうして、チョコレートと猫のお守りを交換すると、エリーは嬉しそうにチョコレートにかじりついて、幸せそうな笑みを浮かべた。
 そのままとろけそうな顔をしているせいで、それ以上の小言は蓮の頭に浮かばなかった。
 まったく相変わらずマイペースなお姉ちゃんだ、なんて蓮が呆れていると、レイアが蓮を呼んだ。

「蓮兄」
「うん?」
「……レイアからもあげる」
「へ?」

 服の裾を引っ張られた蓮が身体を起こすと、レイアの手の中に小さな黒猫が入っていた。
 丸まって眠っている可愛らしい子猫だ。

「何にするか決まらなかったけど、……さっきエリ姉のを見て決めた」
「ありがとうレイア。嬉しいよ」
「レイアは蓮兄の妹だから、当然」

 蓮はもう一度お礼を言うと、恥ずかしそうにはにかむレイアの頭を撫でた。
 すると、レイアは気持ちよさそうに目を閉じて、蓮の手になされるがまま身を任せてくれた。
 その様子が眠った子猫のようで思わず蓮も顔がほころんでしまう。
 でも、何だかんだでレイアはやっぱりエリーの妹で――。

「撫でてくれるのも嬉しいけど、お礼ならレイアもチョコ欲しい」
「やっぱりそっちか。そんな気はしてたけどさ」

 チョコレートをレイアに渡した蓮は、手の中にある二匹の猫をどう身につけようか思考を巡らしていた。
 というのも、お守りとしてどこかに引っかけようとしても、紐やチェーンを通す穴が無いのだ。
 なら、どうしようかと蓮が考えていると、エリーが待ってました、と言わんばかりにチョコレートを片手に席から立ち上がった。

「ふっふっふー。実はこんなこともあろうかと、ネックレス用のチェーンも作っておいたんだよね!」
「もしかして、最後に息が合わなくて、剣よりも銃弾が多くなった原因って」
「ナンノコトカナー? お姉ちゃん分かんないなぁ?」

 全く隠す気が無い棒読みの声で、蓮はくすりと笑ってしまう。
 全くこの姉は嘘が下手すぎる、そう思っていたが、実は蓮も嘘を見抜かれていた。

「ふふ、蓮が元気になってくれた。日本から帰ってきてからちょっと顔が怖かったぞ」
「え? そうだった?」
「ほんのちょーっとだけね。気負っていたみたいだから、何か気が楽になる物ないかなって思ったの。はい、できた」

 蓮の後ろに回り込んだエリーが蓮の首元からチェーンを回す。
 すると、白猫と黒猫がチェーンに通されて、軽い音を立てて仲良くくっついた。
 通し穴が無かったのに、いつの間にか元々ネックレス用に作られたかのように、チェーンが猫たちの後ろに通されている。これもエリーの力なのだろう。

「大事にするよ」

 相手は義姉と義妹だけれど、エリーとレイアからの贈り物に蓮の心は最高に躍っていた。
 自分も気がつかないほどの心の変化を、くみ取ってくれるエリーには敵わないし、大好きなのだと改めて思わされる。
 そんなエリーがネックレスをかけ終わると、急に蓮の背中にのしかかり、全体重をかけてきた。

「ねぇ、蓮、もうお姉ちゃん我慢出来ないかも」

 エリーの熱い吐息がささやき声とともに蓮の耳にかかる。
 つい先日不意打ちのようにされたキスを思い出して、蓮は耳まで顔が熱くなるが――。

「ご飯作って……。チョコレート食べてホッとしたら、お昼まだだったの思い出した。お腹空いた……」

 やっぱり食い気だった。そんなエリーらしいおねだりに蓮はたまらず笑う。
 この様子を見れば分かる。
 神器を人に戻すとか、最強の兵器になるといった、宿命とか、運命とかそういう物にエリーはもう縛られていない。
 その縛りを解いた蓮は自分のことを誇らしく思えた。だから、今日ぐらいはサービスでチョコレートを食事前にもう一本渡しても良いだろう。

「はいはい。チョコでも食べてちょっと待ってて。いっぱい作るから」
「やったー! チョコだー!」

 幸せな時間が過ぎているようだったが、この時も確実にエリーとレイアを狙う全天開拓府の魔の手は伸びてきていた。
 そして、その手はある日突然現れ、幸せな時間を握りつぶした。

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