3.「その日は突然に」

作者:坂本一馬

武器開発を済ませた数日後の朝、テレビ、パソコン、スマートホンからウェアラブル端末まで、情報通信機能のついた機械が全世界で一斉に立ち上がった。
 もちろん、蓮の家も例外では無く、朝食の準備を終え、エリーとレイアを起こしに行こうとしたら、突然テレビの電源が入った。

「あれ? 何で勝手に電源がついたんだ?」
「地球にお住まいの諸君、初めてお目にかかる。私は全天開拓府より派遣された和平の使者である」
「なっ!?」

 驚きのあまり蓮は大声をあげて動けなくなった。
 白いコートに白い帽子、目元を覆うゴーグルのような機械、全身白い衣装に身を包んだ男が全天開拓府の使者を名乗っている。
 それも、蓮の住む街を焼き払い、家族と友人をさらい、エリーとレイアをまとめて殺そうとした敵が和平と冗談でも口にしないような事を言ってきた。

「小さな誤解が大きな悲劇を生んでしまったことに、我々全天開拓府は悔恨の意を表し、地球にお住まいの諸君にお詫びを申し上げる」

 蓮はどの口で言うのか、と思わず噛みつきそうになった。
 顔を隠すような奴らが和平とお詫びを口にしても信用は全く無い。
 誰がそんな言葉を信じられるか、と思ったが、全天開拓府はさらに予想外の行動に出た。

「我々が誠意と友好をもって接していることを信じて貰うために、これまでに捕虜とした人間を解放する。全世界の情報端末に我々の捕虜開放名簿を配信させてもらった。開放場所は独立神器基地(アークスヘイブン)改めて伝えよう。現時刻をもって我々は全ての人類を解放する。我々に交戦の意思はない」
「ここだって!?」

 蓮が思わず窓辺にかけより空を見上げると、巨大な影が空の果てから降りてくるのが見えてきた。

「蓮っ!」
「蓮兄っ!」

 遅れて、エリーとレイアが慌てた様子で蓮のもとに駆け寄ってくる。
 彼女達も自室にある情報端末から放送を聞きつけたのだろう。

「緊急招集、全訓練生および訓練中の神器は学園に集まること」

 そして、同時に学生に配られたカードから蓮達も招集がかけられた。
 予想もしていなかった緊急事態に、蓮は急いで学校に向かおうと提案する。
 だが、身体を動かす直前、友人から連絡が入った。

「蓮っ! 拓也さんが! 美希の兄貴が解放リストに載ってた!」

 青いバンダナを巻いた少年がカードの画面に映し出され、必死の形相で叫んでいる。
 鬼頭(きとう)武雄(たけお)、もともと蓮と同じクラスの悪友だったが、ともに事件を解決して戦友に変わった少年だ。
 そして、全天開拓府に知っている人をさらわれた同じ境遇の友だ。
 だからこそ、この報せは蓮も耳を疑った。
 というのも、武雄は幼い頃に自分のせいで、拓也と呼ばれる兄貴分を全天開拓府にさらわれたのだが、その拓也が解放されると書かれているらしい。
 本当にさらわれた人が帰ってきた、なんて考えが蓮の頭にもよぎったが――。

「武雄、お前まさか行くつもりか!? こんなのどう考えたって罠だろ!?」
「分かってる! でもな、それでも行っちまうやつはいるんだよ!」

 その言葉を聞いて嫌な予感がした。拓也という人物に関わるもう一人の友人がいる。

「まさか美希のやつ行っちまったのか!?」

 先日の事件依頼、蓮の友達になった美希という少女の兄が拓也だった。
 武雄と美希はさらわれた拓也を取り戻すために戦うことを決めた。
 そんな二人の目標が地球に戻ったと聞かされて、冷静にいられないのは当然だろう。

「そのまさかみたい。お姉ちゃんの方に美希ちゃんから連絡きた。見逃して。だってさ」
「武雄、美希のことは任せた。こっちもすぐ追いかける。最悪戦闘になるから、やばくなったらすぐ逃げろよ」
「あいよっ! 今ハルトと合流した。いざとなったらハルトと逃げる。蓮もこの前みたく無茶すんなよな!」

 エリーの方は美希から一方的に切られたそうで、苦笑いしながら肩をすくめていた。
 もはや事態は止めることが出来ないほど動き出している。
 そんな中で、罠の可能性も考えながら、蓮はどうするか瞬時に決めた。

「エリー、レイア、ご飯をお腹いっぱい食べておいてくれ」

 それだけ聞くと頭がおかしくなったのかと疑われるだろう。事実、レイアも不思議そうな顔をしていた。

「蓮兄、急いで追いかけなくていいの? 全天開拓府のことならレイア分かるけど、絶対罠だよ」
「だからだよレイア。戦闘になるかもしれない。全力を出せるように準備しておいて欲しい。エリーじゃないけど、腹が減っては戦はできない。ってやつだ。レイアは戦わなくて良いけど、ちゃんと食べてね」

 エリーの口癖が移った訳ではないが、戦いが待っているのならこれ以上無いほど大事なことだ。
 何せ神器のエネルギー源は、人間状態で食べた食事をもとにしている。
 朝食抜きで戦うと言うことは、燃料の入って無い戦車や戦闘機で戦うような物だ。

「俺は準備をしてくるから、とにかく腹いっぱいに食べてくれ。おかわり自由だ」
「腹が減っては戦は出来ない。地球最高の格言だね。よし、お姉ちゃんは急いで食べるよ」
「うん。分かった。レイアもすぐ食べる」

 状況を把握した姉妹が慌ててパンにかじりついている。
 その間に蓮は自室へと戻り、チョコバーがぎっしり詰まった段ボールを開いた。
 戦闘準備にしてはやけに可愛らしい持ち物だが、これがなければエリーが戦闘中に気絶しかねない。そのため、蓮は金額を考えずに鞄とポケットに詰めるだけ詰め込んだ。
 ちなみに台所に置かない理由は、エリーの目のつく場所に置いたら際限なく食べられるからだ。
 そして、もう一つ蓮が部屋に一人で戻った理由は、二人の前でどうしても調べられなかった名前があったからだ。その調べ物の時間を作りたかった。
 というのも、連れ去られた拓也がいた、という言葉のせいだった。
 もしかしたら、リストの中に如月の姓がついた人物がいるのではないか?
 その名を探そうと、蓮が震える手でパソコンを操作しようとする。だが、うまく入力出来ないでいると、エリーの慌てる叫び声が蓮の思考を遮った。

「うわーっ!? レイア! 急いでるからってお皿まで食べちゃダメー!」
「かけたケチャップとかお皿に残ったパンの欠片がもったいない」
「だからって、お皿まで食べたらおかわりできないよ!」
「あっ! そっか。エリ姉、頭良い! 蓮兄おかわりほしい!」

 心臓を止めそうなほどの緊張感があっさり吹き飛ばされた。どうやら別のことをする時間はなさそうだ。
 自室の扉から漏れ聞こえてくるやりとりに蓮は苦笑いすると、急いでダイニングに戻った。
 お皿を食べてはいけない理由が、おかわりできないからというエリーもエリーだし、納得するレイアもレイアだ。
 新しく出来た妹には、地球の常識どころか生活の仕方から教えることがある。
 じゃないと、帰ってくる家族に笑われてしまう。
 ちゃんと両親には、みんなと生きてきたって報告したいんだ。
 蓮はそう心で呟くと、すぐにおかわりの準備を始めた。

「レイア、この前は最後に割り箸まで食おうとしてたけど、食べるための道具まで食べないようにね」
「はーい。蓮兄、お皿食べちゃダメなら、パンのおかわりほしい」
「はいはい。喜んで。って、本当に分かってるのか!?」
「本当にお皿を残したらおかわりくれた。うん、レイア覚えた」
「というか、皿まで食べちゃったら、明日以降のご飯を盛れないよ。お店だともう二度とご飯出して貰えないかも」
「危なかった……。レイア、とんでもない間違いを犯すところだったんだね……」

 恐ろしい物でも見たかのように、レイアが震えながら長い息を吐いている。
 そんなレイアの様子を見て、蓮は苦笑いする。
 どうにも常識からずれ過ぎて、自分の言っていることも正しいのか分からなくなる。

「俺の解説もあってない気がするよなぁ。もともと食べ物じゃないんだから。っと、ほら、おかわり」

 おかわりのパンを受け取ったレイアは大きく口を開けて、水でも飲み込むかのようにパンを楽々飲み込んでいった。
 今度は味わうという行為も教えないといけないな、と蓮が呆れて笑うと、レイアが急に椅子から立ち上がった。

「うん、食べた。これでレイアはいつでも蓮兄のために全力で戦えるよ!」
「落ち着けって。今はまだ大丈夫だから」
 急にやる気、それも殺すと書く方の殺る気を出したレイアに蓮は慌てて彼女をなだめた。
というのも、戦いのために生み出された彼女を蓮とエリーは出来るだけ戦いから遠ざけることを決めていたからだ。
 レイアには出来るだけ人としての時間を大事にして欲しいから、と。

「エリーもいけるか?」
「うん。バッチリ」
「よし、なら、歩いて行くぞ。幸いにも指定場所は海岸線で近いし」
「あれ? 飛んでいかないの?」
「考えてみてくれ。あいつらはエリーを殺すためにレイアを作って、送り込んできた。なら、今回もエリーとレイアを狙った罠をしかけるんじゃないか?」

 なにせ、エリーもレイアも、機体の外見は敵にばれてしまっている。
 だから、二人が神器を出した瞬間に戦闘が発生してもおかしくない。
 下手したら一瞬で大規模戦闘に発展して、逃げ遅れた人や拉致された人を確認しようと港に集まる人達を吹き飛ばしかねない。

「人混みに紛れて情報をまずは集めよう。外を見る限り、人が押し寄せているみたいだし、紛れ込むのは簡単だって」
「なるほど。隠密からの破壊工作。レイア達神器の得意分野だね」
「本当にさらわれた人達がいた場合、破壊工作はしないようにね。とりあえず、出よう」

 若干不安を残しつつ、準備が整ったことで蓮達は走ってマンションの外へと出た。
 だが、敷地から一歩外へと踏み出した瞬間、蓮達の足が止まってしまう。

「でかっ!?」

 全天開拓府のそれはあまりにも巨大すぎた。

「け、計画だけは聞いた事あるけど、なんなのあれ。バカなの?」
「全天開拓府戦略級航宙戦艦メタトロン……レイアも本物を見るのは初めて……。まさか、マーク……はいないよね」
「え? レイア今、マークって言った!? あれにマークが乗ってるの!?」
「分からない。ただ、開発資料を持ってた……。確かあの資料に載ってたスペックは――思い出した」

 もはや一つの島が浮いているような巨大な船影にエリーもレイアも立ち止まった。
 そして、レイアの口から語られる船の説明に、蓮は呆れを通り越して笑ってしまった。

「全長六百メートル、全幅三百三十メートル、全高三百五十メートル、地球の尺度に合わせるとそれぐらい」
「そんなのを飛ばそうとか、全天開拓府は変態かよ……」

 尺度からすると長細く見えるはずなのだが、あまりにも大きすぎて細さは全く感じられない姿だ。

「周囲の輸送艇も三百メートル級が五隻。数的には百五十万人程度は収容出来るはず」
「まさかやつら本当に……いや、それを確認しにいかないといけないんだ」

 さらわれた人を帰ってくるのかも。一瞬でもちらついた考えに蓮は頭を横に振った。
 だが、蓮のその仕草だけで心を読まれたのか、エリーが蓮の手を握りしめてきた。

「蓮……両親の名前は探した?」
「いや……まだ」
「これリストだけど……お姉ちゃんが代わりに探そうか?」

 エリーが持つカード型の端末に返還捕虜のリストが乗っている。
 そのリストに検索をかければ蓮の両親がいるかどうかは一瞬で分かるだろう。
 一人では怖かったけど、今はエリーのおかげで震えは止まっている。

「いや、自分でやるよ」

 蓮はカードを受け取ると、一度息を大きく吸ってから如月の名前を検索欄にうちこんだ。
 すると自動的に該当する人間が十人吐き出された。

「あ……」
「いた?」

 蓮が漏らした声に反応して、エリーが詰め寄ってくる。
 だが、蓮は力無く首を横に振った。

「……いなかった。父さんも母さんの名前もない」
「蓮……。大丈夫だよ! きっと返還リストにのってないだけで、きっと生きてるよ! こんなにも沢山の人が生きてるんだから! 他の知り合いとか友達とかいないの? もしかしたら、お父さん達のこと見てるかも知れないよ! ほら、蓮の生まれた町に絞り込みもしておいたから」
「……そうだな。試しに探してみるか」

 エリーの必死の励ましに、蓮は弱々しく笑いながら歩き出した。
 もちろん、リスト自体が罠ででたらめの可能性すらある。
 敵の仕掛けたエサを信じてはいけない。この動揺すらも全天開拓府の仕掛けたものなのかもしれないのだから。

「あ、この子、近所にいた子だ。この名前見覚えがある」
元木(もとき)(あや)って子? あ、本当だ。公園で見たことあるかも。蓮のお父さん達の事知っているはずだよ!」
「……あぁ、もし本当にいるのなら話を聞いてみよう」

 かすんだ記憶の中に残るわずかな面影を頼りに、失った過去と繋がった細い糸を見つけた。
一縷(いちる)の希望を胸に抱き、蓮は抑えきれなくなった足で走り出した。
 そして、次第に道は人であふれ、蓮達と同じように失った友や家族を探しに集まってきている。
 中には神器の相棒がいる人もいるらしく、返還場所である海岸に向かってひっきりなしに神器が上空を飛んでいった。
 その様子は、蓮にとって何が起こるか全く分からない混沌の空のように見えた。

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