4.「ターゲット・エリー」

作者:坂本一馬

海岸につけた輸送艇から、手術衣のような服を着させられた人達が降りている。
 その人の流れを首に赤い首輪をつけた神器達が誘導している。
 捕虜達は島の神器達が受け取り、身元を確認している。身元確認が終わると出身国別に分けられているのか、人種ごとに分けられていく。
 蓮は日本人が集められている区画に向かい、地域と名前で区分された集まりから元木綾という少女を探した。
 そして、まるで神にでも祈るかのように蓮は彼女の名前と自分の名を叫んだ。

元木(もとき)(あや)さんはいませんか!? (れん)です! 如月(きさらぎ)蓮です!」
「蓮君? もしかして本当に蓮君!? すごい! 奇跡だ!」

 頬がやせこけている印象を受けるが、昔の面影を残した少女が人混みをかき分けて蓮の前に現れた。
 間違い無く、元木綾その人だった。蓮がエリーと家族になる前に近所に住んでいた幼なじみの女の子が目の前に現れて、さすがの蓮も思考が固まるほど驚いた。
 そうして、蓮が動けないでいると、綾の方から蓮に飛びついた。
 彼女の細い腕が蓮の肩を握りしめたが、酷く軽い身体つきで腕も力を込めれば折れそうな細さだった。

「っ!? 本当にいた……」

 思わず蓮が声を出した。
 けれど、出来ればいないで欲しかったとも思う再会だった。
 綾がいるのなら、リストが本物だと認めなければならない。
 家族のいないリストを。

「良かった。蓮君も生きてたんだね! おばさん達ずっと心配してたんだよ! また会えるなんて夢みたい!」
「本当に綾さん……? って、おばさん達?」
「うん。蓮君のお父さんとお母さんも生きてるよ。船に乗せられた時は違う船だったけど、全部来ているから、きっとどれかにいるはず」
「そっか……。そっか……。生きていたんだ。良かった……」

 あまりにも驚き過ぎて、蓮はうまく笑えずに言葉を無理矢理口にした。
 笑っているのか、泣いているのか、驚いているのか、きっとその全てが混ざった変な顔をしているはずだ。
 どんな顔をしているのか自分でも分からなくなった蓮の肩を、二人の姉妹がポンと叩く。

「良かったね。蓮」
「蓮兄。大丈夫?」

 姉妹の言葉で蓮は目元をこすると、震える唇をかみしめて頷いた。
 格好悪いところを見られたくなかったが、涙を押さえきれそうに無いほど目頭が熱くなっている。
 けれど、両親が生きていた感動は綾の言葉によってかきけされた。

「だから、蓮君にお願いがあるんだ。おばさん達を助けるために探して欲しいものがあるの」
「え?」
「エリーとレイアっていう神器を知らない? 有名な神器らしいんだけど」

 探して欲しいものがエリーとレイアだと聞かされた瞬間、熱くなっていた目元が一気に冷え込み、身体の芯まで寒気が襲った気がした。
 さらわれた人がエリーとレイアを知っている訳がないのだ。
逆に言えば、知っているのなら、確実に全天開拓府の思惑によって入れ知恵されたのだ。

「っ!? 何で? その二人を見つけると何かあるの?」
「私達を全員解放する条件がその二人の神器みたい。私達を外に出してくれた時、その二人を探せば……私達を殺さないって言ってるの」

 綾が袖をめくると、手首に巻き付いた赤い腕輪が現れた。
 全天開拓府によって使われている神器《猟犬》達がつけた首輪と良く似ている。
 確かレイアの時は遠隔で起動する爆弾だったはずだ。

「まさか、爆弾?」
「ううん、無理矢理外そうとすると、致死性の毒が漏れてくる腕輪だって……。死にたくなければ、家族を殺したくなければ、エリーとレイアを見つけ出せって……」
「……なんでその二人なんだ?」
「それは聞かされてないの。ただ、その二人が地球を攻めた理由だから、それさえ戻れば私達に用は無いって。お願い蓮君。力を貸して。私は地球で何が起きたか全然知らないし、蓮君だけが頼りなの。死にたくない……助けてっ」
「そういう……ことか……」

 蓮にとっては最悪の選択肢を突きつけられた。
 エリーとレイアを捕まえる罠に、これ以上の物は無い。
 世界の救世主を世界の敵に仕立て上げ、人の網によって完全に包囲するつもりだ。
 そして、蓮に突きつけられたのは、新しい家族を守るために失った家族と世界の意思を捨てるか、失った家族を取り戻すために新しい家族を捨てるかの二択だった。

「……ごめん。俺は知らない」

 蓮は真っ直ぐに綾の目を見て答えた。
 エリーとレイアを売れる訳がない。
 そして、その選択がどういうことを意味するのかも、蓮は覚悟を決めた。
 世界を守り、エリー達も守る。最も欲張りで難しい道を瞬時に選んだのだった。

「そっか。そっちの神器の二人は知らないですか?」
「えっと……私は」

 エリーが口ごもったのを見て、蓮はすぐ手を綾とエリーの間にさしだして、二人を(さえぎ)った。

「そういえば、紹介してなかったね。俺と一緒に戦い方を学んでるクーデとリーファだ」
「あ、クーデです。そして、この子が妹のリーファです。そして、ごめんなさい。エリーとレイアのことについては知らないわ」

 蓮のついた嘘で、エリーには蓮の決めた選択が伝わったらしい。
 エリーはすぐに蓮の口にした偽名を名乗って嘘をついてくれた。

「クーデ、蓮、お腹空いた。帰りたい」

 そして、レイアの方も演技に合わせてその場を抜け出す理由を作ってくれた。
 一見ただのワガママに聞こえる言葉だったが、レイアが蓮の手を握った瞬間、彼女の心の声が蓮に流れ込んできた。
 どうやら、神器因子を使って神経を接続したらしい。

(蓮兄、まずい。こっちをさっきから睨み付けてくる神器が三人。人が六人、捕虜が八人。完全にマークされてる)

 神器による神経接続を応用して、テレパシーのように言葉を伝えてくれている。
 もう既に網にかかってしまったことが分かり、蓮は小さく舌打ちを打った。
 急いでここから抜け出さないと、綾達を巻き込んでしまう。
 できれば、自分の家族の姿を一目見たかったけど、そんな余裕はない。

「分かった。ごめん綾さん。ちょっとリーファのワガママを聞いてあげないといけないから、また!」
「あっ、蓮君!?」
「ごめんっ! 絶対に、絶対に俺がなんとかするからっ!」

 綾が掴んだ袖を振りきって、蓮はその場から逃げるように走り出した。

(蓮兄、エリ姉、こっち。なんとか巻いてみせる)
(神器の所属はどっち側だ?)
(一応、こっち側。全天開拓府の赤い首輪はついてない。でも、味方とは思えない殺気。戦うにしてもここだと人的被害が大きすぎて、蓮兄は嫌がるでしょ? そう思っていたのが聞こえたよ)
(出来れば穏便に済ませたいところだが、そうも言っていられなさそうだな。戦闘になったら手加減して適当にあしらうぞ)

 エリーの補給をしっかりしておいて良かった、と蓮は短く息を吐いた。
 相手が誰だろうとエリーならば負けない。
 というのも、神器の原点にして最強の進化を辿(たど)ったエリーと、エリーの力を百パーセント引き出せる蓮に(かな)う相手は、レイアぐらいのものだ。
だが、そのレイアも今や蓮の味方になっている。
 そのため、尾行されていても、特に蓮は恐怖を感じることはなかった。
 あえて、恐れることがあるとすれば、抵抗し過ぎてその人達を傷つけてしまうことだ。

「あれ? 蓮兄、あの車に乗ってる人……モーテルじゃない?」
「え? 義母さん?」

 何とか蓮達が人混みから抜け出すと、猛スピードで走っていた黒塗りの車がドリフトしながら目の前で停車したのだ。

「三人とも無事!?」

 その中からモーテルが飛び出し、エリーの身体をぺたぺたと触って無事を確認していた。

「あれ? お母さん今の――」
「しっ、今から言うことは誰にも聞かれる訳にはいかないから、一言一句逃さないつもりで聞いて」

 いつになく真剣な声でモーテルがエリーの声を遮った。
 その声と苦しそうな表情を見て、蓮はエリーとレイアが交渉材料にあがっていることを、モーテルが既に知っていることに気付いた。

「逃げなさい。もう私でも止められない。世界があなたたちを捕まえようと必死になっている。ここであなた達が反撃して、少しでも人を傷つけたら、世界はあなた達を人類の敵だと認識を変えるわ」
「エリーとレイアは敵じゃないよ」
「エリーとレイアの二人を差し出せば、自分の無くした人達が全て戻ってくる。それを一度失った友人や恋人から死にたくないから、エリーとレイアを探し出してって頼まれて、断れる人がいると思う? これは一種の集団洗脳よ」
「エリーとレイアのために、そんな大がかりな仕掛けをしてくるなんて……。でも、逆に言えばあの戦艦さえ落とせば、なんとかなるよな?」
「待って。今は船の中にも大勢の人質を抱えられている。人質の移動は、私が交渉でなんとかするから――。ちっ、来ちゃったか。エリー、二人をお願い。一日なんとか逃げ延びて。必ずその一日で人質をあの戦艦から離してみせる。私が場を作るから――」

 だから、今は逃げて。
 そうモーテルは最後に小さく呟くと蓮達に背中を見せて、スッと手を上げた。
 それが合図になったのか蓮達を囲むように六機の鋼鉄の巨人が現れた。

「くっ! こんな場所で神器化しやがった!?」
「蓮!」

 エリーも瞬時に蓮に抱きつきながら神器を呼び出すと、蓮とレイアは光の粒にのって、コックピットの中へと運ばれた。

「蓮、急いで」
「分かってる。神経接続!」

 その間にも、神器達がエリーを取り押さえようと全速でつっこんでくる。
 相手の方がスタートを切るのが早かったこともあって、蓮とエリーが戦闘態勢になった頃には目の前の神器の手が、エリー機に触れそうなところまで近づいていた。
 普通ならば捕まって、ゲームオーバーとなっている距離と速度だ。

「遅いっ!」

 だが、蓮はその動きを遅いと一蹴した。
 言葉通り、相手の腕を下から膝で蹴り上げたのだ。

「通して貰うぞ!」
「ちょっと痛いかも知れないけど、我慢してね!」

 蓮とエリーの声が重なり、さらに相手へと追い打ちをかける。
 体勢が崩れてのけぞった目の前の神器の胴体に向けて、蓮は高速で回し蹴りを叩き込んだ。巨大な鋼鉄の身体でも格闘術が使えるのは、人型ならではの利点だ。

「ぐおっ!? なんだこいつっ!? メチャクチャ速い上に威力があるぞっ!? 登録されているスペックだと大したこと無かったのに! 重力制御が尋常じゃなく上手い!」

 きりもみ回転しながら空中へ吹っ飛んでいく神器が、味方機に助けられて驚きの声をあげていた。
 また、蓮と一度戦ったことがあるレイアも驚いていた。

「蓮兄とエリ姉すごい……」

 蓮の膝の上に座るレイアも鮮やかな攻撃に見とれている。

「蓮兄の反応速度がまた上がってる。もう人の領域じゃないよ。レイアとエリ姉よりも速い。一体どうなって? あ……」

 その問いかけとともにレイアが振り向くと、蓮の目に吸い込まれるようにジッと見つめてきた。

「蓮兄、やっぱり半分人じゃなくなっちゃったんだね」
「あー、まぁ、大丈夫だよ。少し人間止めちゃったけど、エリーに貰った力だから全然気にしてない」

 蓮の左眼は赤く染まり、エリー達と同じ宝石のような赤い瞳になっていた。しかも、瞳だけでなく、髪の毛の左側半分も銀色に染まっていた。
 半分が人で半分が神器のような姿の通り、蓮は二つの種族の入り交じって半神半人になっている。
 もちろん、見た目が変わっただけではない。半神半人になったことで、蓮は超人的な反応速度と肉体の強化が施され、他を圧倒する動きが出来るようになった。
 おかげで、最強と謳われるエリーのスペックを最大限引き出せる唯一の存在になれた。

「さすが蓮だねー。良い反応だよ。私の身体使いこなしてるね」
「エリーこそ、粒子制御で攻撃速度を数倍に上げてるんじゃないか? 俺の思考速度にバッチリついてきたよ」
「ふふん、お姉ちゃんだからね。蓮の成長に負けないよう頑張らないとね。よっし、行き先はまーったく考えてないけど、とりあえず!」

 包囲網を真正面から破った蓮達は、そのまま真っ直ぐ空に向かって勢いよく飛び上がった。そして、モーテルが何とかしてくれることを信じて――。

「「今は逃げる!」」

 蓮とエリーの声が重なると、機体がさらに加速して、海上へと飛び出した。

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