6.「混乱の中で」

作者:坂本一馬

第二章

 (れん)とエリーは武雄(たけお)の用意した部屋で、浴衣(ゆかた)に着替えさせられてポカンとしていた。
 ()()達は隣の部屋をあてがわれ、武雄は親と蓮達のことについて話してくると言って部屋を後にしている。
 そんなこんなで、くつろいでくれと言われた蓮だったが、くつろぐよりも戸惑いの方が強くて、なかなかくつろげなかった。
 もちろん、部屋のせいではない。むしろ、部屋はよく整理されていて、何もなければ気持ち良くくつろげただろう。
 広々とした部屋には畳が敷かれ、広い木の机と座布団のしかれた座椅子が並べられている。タンスの中には予備の浴衣やタオルなどが入っていた。旅館の一室と違わない作りだ。
 とりあえずということで、蓮は座椅子でエリーと隣同士で座り、レイアをひざの上に乗せて何をするでもなく、座ったままエリーに声をかけた。

「なぁ、エリー……。俺、未だに信じられないんだけど」
「あはは……。さすがのお姉ちゃんもちょっとビックリしたよー。武ちゃん、(わか)って呼ばれていたね」

 武雄の実家の旅館は三階建ての古風ながらも立派な旅館で、武雄がどや顔をするだけのことはあった。ちらっと検索をかけてみた所、宿泊費もかなりの物だ。
 しかも、武雄は本当にこの家の子らしく、従業員とすれ違う度に頭を下げられていた。

「ねー、お姉ちゃん。若って何?」
「んー、偉い人の息子のことだよ」
「あの変な人、偉い人なの? 変なの。全天(ぜんてん)開拓府(かいたくふ)の偉い人ってみんな冷たい目をしてたし、レイアの話なんて聞いてくれなかったよ」
「あはは……武ちゃん完全に変な人で覚えられてる。かわいそうに」

 レイアの覚え方にエリーも蓮も苦笑いするが、決してレイアが武雄を嫌っている訳ではないことは伝わっている。
 もちろん、レイアはエリーと蓮には普通に接してくれるが、二人は姉と兄、そして同じ神器という共通点がある。
 そういう意味では、何の関係もなかった人間が普通に接してくれるのは、武雄が初めてで、戸惑っているのだろう。
 それも大事な成長だと思い、蓮はもう少し黙って見守ることにした。
 それに、そんなマイペースなレイアだからこそ、変な緊張をほぐすことができる。

「まぁ、いいや。蓮兄、お腹空いた。その机の上にある物って食べれるの?」
「マイペースである意味ホッとするよ。うん、食べても良いよ。ご飯は武雄が戻ってきたらお願いするよ」
「やったっ!」
「うわっ!? 紙ごと食べるなっ! 今あけてあげるから待って!」

 レイアが白い包み紙を掴み、そのまま口の中に放り込もうとした所で、蓮はギリギリで彼女の腕を止めた。
 全天開拓府にいたころはデブリを食べて生きていたせいか、レイアは食器はもちろん、包装という物にあまり慣れていない。
 というか包装も食べ物の一部だと思い込んでいる節があった。

「あ、中身はきんつばか。お茶も淹れるから、もうちょっと待ってくれ」
「なんで? もう食べれるんでしょ?」
「お茶があった方が美味しいからさ」

 甘いあんこの和菓子には緑茶が良くあう。(ほお)を膨らませて抗議するレイアに、蓮は食べ合わせというものを教えようと笑顔で彼女をなだめた。
 その隣で物欲しそうな顔をしたエリーがジッと蓮の目を見つめてきた。

「れーんー……」
「分かってるよ。エリーの分も用意してるから」
「やったっ! さっすが蓮! ホッとしたらお腹空いちゃったんだよ」
「だと思ったさ」

 少しでも飛べばすぐに「お腹が空いた」と騒ぐエリーがこの日に限っては一度も口にしていない。
 それぐらいエリーにとっても辛い状況なのだろう。

「ほい。準備出来た。はい、レイア。きんつば返すよ」
「あーん」
「えっと?」
「あれ? こうして口開けて、あーんて言ってれば、蓮兄が食べ物くれるってお姉ちゃんの記憶にあったよ?」
「あー……。決して、そういう訳でもないけど、ま、いっか。はい、あーん」
「あーん」

 ちょっとした誤解を受けたままだが、蓮は構わずレイアの口の中にきんつばを近づけていく。すると、レイアは嬉しそうにきんつばに噛みついた。
 小柄なレイアの見た目もあって、小動物に餌付けしているかのようだ。

「あまーい! おいしー!」
「ちょっ! レイア分かったから膝の上で暴れないで! 痛い!」
「蓮兄、残りの半分もちょうだい!」
「分かった分かったから、その前にお茶を飲んでみて」
「むぅ、蓮兄がそう言うなら……」

 興奮気味なレイアが明らかに不服そうな声を出して、お茶に手を出している。
 渋々と言った感じで両手で湯呑(ゆのみ)を抱えたレイアが、口を湯呑に近づけてお茶を少し口に含んだ。

「あ、ちょっと苦い……。でも、ふぁー……」
「レ、レイア?」
「苦いのにおいしいー……なんでだろ。苦いのっておいしくなかったのになぁ……」

 お茶を飲んだレイアが不思議な音の息を吐きながら、蓮に思いっきりもたれかかってくる。
 蓮は気持ちよさそうに口をあけるレイアを見て、彼女の口の中に残ったきんつばを入れると、レイアは幸せそうにもぐもぐと口を動かした。

「あれ? さっきより甘いかも」
「ね? お茶と一緒に食べると良いって言っただろ? それと紙も食べてたらこんなに美味しくならないよ」
「蓮兄すごーい……。ふにゃぁー……おいしいー……」

 レイアが蓮の膝の上で完全に(とろ)けきっている。
 とても世界に狙われる最強の神器とは思えないほどだらしない顔だ。

「あはは、レイアくつろいでるね」
「おかげで変な緊張がとけたから助かったけどな」
「そうだね。それじゃ、蓮、あーん」
「えっ!? エリーもやるの!?」
「当たり前だよ! 私、蓮のお姉ちゃんだよ!? 妹だけにするのずるくない!?」
「何の理由にもなってないよ!?」
「私だって蓮に甘えたいよっ! あっ……」

 しまったという顔を見せて、エリーが口を咄嗟(とっさ)に押さえた。
 ある意味ではいつも通りなのに、何故エリーは何か間違いを犯してしまったような顔をしているのか?
 レイアの手前、何か姉としての遠慮でもあるのだろうか?
 そう思って、蓮が違和感の正体を探っていると、エリーは苦笑いしながら頭をかいた。

「あはは……何言ってるんだろうね私。レイア見てたらついついやっちゃった」

 エリーはそう言うと、突然スッと立ち上がると蓮の背後に座り込み、腕を回して蓮をギュッと抱きしめてきた。

「エリー?」
「蓮、大丈夫だよ。みんなきっと助けられるから。だから、安心して」

 耳元で(ささや)かれた優しい声音と頭を撫でてくる暖かな感触に、蓮は気付いたら目を(つむ)っていた。

「俺、そんなに辛そうだった?」
「ううん、そうは見えなかったよ。でも、辛くないはずが無いよ。友達やお父さん達を人質に取られているんだから。気持ち隠すのちょっと上手になったね」
「そうだな……。なんでもないって言えば嘘になる。良く分かったね」
「お姉ちゃんだからね。神器で神経(つな)いで無くたって、蓮の気持ちは分かるよ。私とレイアのためにそんな辛い選択を選ばせちゃったの……私だしさ」

 全くもって(かな)いそうにない物言いだが、エリーは大事なことを一つだけ忘れている。
 いや、多分間違えている。

「お姉ちゃんもたまには間違えるんだな?」
「え?」
「んでもって食い意地も張ってる上に、意地っ張りだ」
「えー!? 蓮が反抗期にっ!?」
「ぷっ、あはは」

 蓮はこらえきれずについ噴き出して笑ってしまった。そろそろ意地悪も度が過ぎる頃合いだ。

「エリー、口あけて」
「え? あーん」

 肩にあごを置いたエリーが慣れた様子で、素直に口をあける。その中に蓮は封を切ったきんつばを入れた。

「あ、これ、おいしー!」
「はい、お茶」
「えへへー。ありがとう」

 エリーは蓮にもたれかかったままお茶を飲み干すと、気持ちよさそうに一息ついた。
 そんなエリーの頭を蓮が撫でると、彼女は気持ちよさそうに目を細めた。

「大丈夫。エリーは絶対に離さないってこの前言っただろ? 俺はエリーと一緒にいるって決めたから、その気持ちは変わらないよ。だから、俺はエリーもレイアも離さないで、父さん達も全員取り返すって自分で決めた。だから、エリーのせいじゃない」
「うぅー……。私がお姉ちゃんなのにー……励まされちゃったら格好悪いじゃん」

 だから意地っ張りと言ったんだ、と蓮は心の中で呟いて小さく笑った。

「それとさっきエリーが間違えた答え。俺が辛そうに見えたのは人質にされた父さん達のことだけじゃないよ」

 だからこそ、蓮はエリーに変な心配をかけないように気丈に振る舞っていた。
 でも、エリーの行動を考えれば、エリーもお腹が空いたと言わなかったり、甘えたいと言ってしまって困ったような顔を見せたり、蓮に抱きついて励ましてきたのも、蓮と同じように自分のせいで心配をかけさせまいと、互いに本音を隠して気遣いしたせいだろう。
 でも、レイアの自由奔放で何も隠さない姿に、お互い本音は隠しきれなくなったようだ。
 だから、エリーの甘えたいと言った言葉が出てしまったんだと思う。
 ならば、相棒として蓮が出来ることは、素直に気持ちを表すことだと思ったから、本音をちゃんと口にした。

「エリーとレイアがまた全天開拓府に狙われて、俺が怒るのも、心配するのも、辛いって感じるのも、当然だよ。エリーは俺の大事な人なんだから」

 そんな蓮の気持ちが通じたのかエリーは目を潤ませながら、上目遣いで見つめてきた。
 何かに期待しているような、それこそチョコレートを目の前に差し出された時のような表情だ。

「それはお姉ちゃんとして? それとも恋人として?」
「うぐっ!?」

 エリーの問いかけに蓮は思わずたじろいだ。
 もちろん、その気持ちはどっちもあった。
恋人になるとか、恋人になってくれると、言葉を交わした訳ではないが、蓮が自分の存在を賭けて好きだと告白した記憶はちゃんと残っている。
 その時の蓮の気持ちは、間違い無く一人の女の子に対しての気持ちだった。

「えへへ。蓮、ドキドキしてるぞ? ほっぺた真っ赤にしてかわいい」

 蓮の耳元で嬉しそうに笑うエリーは、楽しそうに蓮の頬をつんつんと突っついてくる。

「えへへ。どっちでもお姉ちゃんは嬉しいよ」

 一方的にエリーは満足してくれたが、あっさり攻守が交代したことに対して蓮は少し悔しさを感じていた。
 弟としても恋人としても、どちらにしてもこのままでは格好がつかない。
 だからこそ、ここはビシッと決めないといけないのだが――。

「……両方」
「ほえ? 両方?」

 勇気を出した蓮の告白を、エリーは一発で理解してくれなかった。
 肝心なところでへたれてしまったのが原因なのは、蓮自身分かっている。
 だからこそ、ちゃんともう一度自分の言葉で伝えないといけない。
 エリーに相応しい相棒として堂々と言えるようになりたい。

「蓮? 何か顔すっごい赤いけど?」
「両方だよ。お姉ちゃんとしても、その……一人の――」

 女の子としても、と言おうとしたところで突然ふすまが勢いよく開いた。

「よう如月(きさらぎ)トリオ! くつろいでるかー? って、その様子だと聞くまでもなさそうだな? 良い部屋だろ?」

 最悪のタイミングで、従業員と同じ和風シャツ姿になった武雄とハルトの邪魔が入った。

「いや、武雄君。どうやら言うまでも無く、僕達は招かれざる客のような雰囲気ですが……」
「え? なんで?」

 全く空気を読めていない武雄に、ハルトは頭を押さえてため息をついている。
 蓮も思わず入った邪魔で言おうとしていた言葉が引っ込んだ。

「ハハハ。なんだよ蓮? まさか愛の告白をしようとした瞬間だったとか? そんなだらけたエリーちゃんに?」
「武雄……何の用だよ?」

 武雄の冗談に思わず声が不機嫌になってしまった。すると、さすがに察したのか武雄がキョロキョロと戸惑ったように部屋にいる全員の顔色をうかがった。

「え、あ、あれ? マジだった? すまねえ!」
「気のせいだっ! で、どうしたんだよ?」
「あー……。いや、うん、あぁっ、そうだ! あれがあった!」
「何だその今思いついたみたいな言い方……」
「三人で温泉に入ってくれ」
「へ? 武雄達と? そういえば、そんな時間か」

 そういえば温泉宿だったな。ついでにエリー達がいない間に島で何が起きたかを聞いておこう、と蓮が思ったその矢先だった。

「いや、お前とエリーちゃんとレイアちゃんの三人に決まってるだろ? 男と入って何が楽しいんだよ?」
「はぁ!? なんで!?」

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