9.「レイア、怒る」

作者:坂本一馬

幕間

 武雄や美希たちが部屋に戻り、次の日の決戦に向けて蓮たちも早めに就寝していた。
 だが、何故か突然目が覚めると、隣で寝ていたはずのエリーの姿が無かった。

(あれ? エリーがいない?)

 不思議に思って身体を起こしてみると、障子に人影が映り込んでいた。どうやらエリーは窓辺に座っているらしい。

 蓮はレイアを起こさないようにゆっくり近づくと、障子が目の前でスライドした。

「蓮も眠れないの? 子守歌でも歌ってあげようか?」
「エリーの方こそどうしたんだよ?」
「えへへ……。お恥ずかしながら、ちょっと眠れなくて。あ、蓮に抱かれたら眠れるかも?」
「なんだそれ……。はぁー……。ったく、仕方無いお姉ちゃんだな。よっと」

 エリーが懲りずに男としての蓮をからかうので、蓮は仕返しすることにした。
 少々寝ぼけていて理性が働かなくなった蓮は、エリーを抱き起こすと自分の膝の上に彼女を乗せるように椅子に座った。

「へ? 蓮? ほぇっ!?」
「やっぱレイアよりちょっと重いかも」
「むぅ、女の子にそれは失礼じゃないかなー……。せっかくのときめきを返してよ」
「お姉ちゃんなんだから当然だろ。身体の大きさがそもそも違うだから、そんなので張り合うなよ」

 蓮は呆れて笑うと、エリーのお腹あたりに腕を回して優しく包むように抱きしめた。
 抱かれたら眠ると言った意味は、こっちできっとあっているはずだ。

「うー……蓮の意地悪。こんな風にされたらドキドキして眠れないよ……」
「いっつも俺にしてる癖に」
「お姉ちゃんだからね。かわいい弟のかわいい顔を見るためにはなんだってするけど、恥ずかしい顔は見せたくないの」
「まったく……。だったら、エリーも人前で抱きつくのは止めろよ」
「あれ? 人前じゃなかったらいいの?」
「……ノーコメントで」
「あはは。蓮かわいい」

 一瞬で蓮の優位が崩されたが、心の底から嬉しそうに笑うエリーの顔を間近で見られて、そんな些細なことはどうでもよくなった。
 心を許してくれていることが分かれば、恐れずに踏み込める。

「エリーが眠れないのはレイアのこと?」
「うん。聞いたらきっとレイアは怒るけど、私はあの子に戦って欲しくないんだ。せっかく変わるチャンスを手に入れて変わってるのに、また変わる前みたいなことをさせられる」
「……だな。なぁ、エリー、俺も半分神器になったし、レイアの代わりに俺が戦艦の砲撃を止められないかな?」

 蓮が自分の左こめかみを指でさする。
 エリーと同化した際に、彼女の神器因子が同化した場所だ。レイアを止めた時と同じように、蓮はむりやり自分と戦艦を同化して止められないかと考えた。

「さすがに難しいと思う。蓮は人間だから神器と神経接続で一気に頭の中に乗り込めるけど、普通の機械相手だと分からないんだ。やるには不確定要素が多過ぎるよ。だから、代わりに蓮の神経の演算領域を全部借りて、私が両方一気にやろうと思うよ。そのイメージトレーニングしてたの」
「分かった。その時は俺の力も全部使ってくれ。エリーと俺なら絶対に出来る」
「うん。頼りにしてるよ」

 エリーは振り向きながら微笑むと、そっと指を蓮のこめかみに添えた。
 蓮が神器と同化した場所で、ある意味エリーと最も繋がりが強いところ。
 そこからエリーは指をそっと頬の方に降ろすと、蓮の顔が動かないように優しく止めて、唇を近づけて来た。
 だが、その唇が蓮に触れることは無かった。

「エリ姉。そこレイアの場所」

 レイアが二人の真横に、不機嫌そうな声とともにぬるっと現れたせいだ。

「うひゃっ!? レイア!?」
「それとレイアは怒ってる。エリ姉にも蓮兄にも怒ってる。大事なことだからもう一度言う。レイア怒ってる」

 頬を膨らませて、口を尖らせたレイアが腕を組んで仁王立ちしていた。
 怒っているのは分かるが、どうにも子供っぽくてかわいらしさを感じてしまう。
 とはいえ、蓮は何故レイアが怒っているのか分からなかった。

「レイアどうしたんだ?」
「怒ってる」
「それは分かってるよ。何で怒ってるんだ?」
「蓮兄の膝の上はレイアの場所」

 そんなことか。
 と言う前に、レイアがエリーを尻で押し、無理矢理蓮の膝の上に身体をねじ込んでくる。
 指定席を取り返したレイアは荒く鼻息を鳴らした。どうやら、まだまだご機嫌ナナメのようだ。

「二つ目、レイアを戦わせてくれないこと! 三つ目、レイアを除け者にしたこと! 四つ目、レイアを頼ってくれないこと! 五つ目、レイアは家族じゃないの? 仲間じゃないの? 蓮兄言ってた! 家族は互いに迷惑をかけるものだって! でも、レイアには迷惑をかけないって言ってる。それはレイアが家族じゃないから?」

 ぷんぷんと怒るレイアは蓮の上でお尻の力だけで何度も跳ねた。
 その勢いに押されてエリーが蓮の上から滑り落ち、レイアが蓮を独占する。
 だが、蓮もエリーも彼女に文句を言うことは無かった。
 むしろ、呆れて笑ってしまっていた。
 どうしようもなく自分達は間抜けだったのかもしれない。
 一度学んだことを忘れてしまうなんて。
 そのことを先に気付いたのはエリーの方だった。

「ぷっ、あはは。レイアったら蓮そっくり」
「……似たようなことを俺もエリーに言ったもんな」

 怒られているのに笑い出した蓮とエリーに、怒った本人であるレイアは戸惑ったように顔をキョロキョロさせている。
 怒ったら笑われてしまった。全天開拓府に軟禁され、怒られれば痛めつけられた彼女にとって、意味が分からない笑いだろう。
 蓮はそんなレイアの頭の上に手を置くと、やさしく頭をなで始めた。

「え? え?」
「レイア、家族だからハッキリ聞くよ。レイア、本当に俺達と戦ってくれるのか?」
「当然だよ!」
「理由、聞いて良いか?」
「蓮兄もエリ姉も、変な人も美希も、フィリアもハルトも、みんなでもう一度ご飯食べたいから。誰も死なないで、悲しまないようにできるのなら、レイアは戦いたい。その力もある。それがレイアの心に従った理由。蓮兄が言ったんだよ」

 揺るぎない強い意志を宿したレイアの瞳に、蓮はただため息をついた。
 同じ事をエリーに言ったことが何度もある。そして、何を言われても折れなかった自分を知っている。
 蓮と同じことを言っているけど、レイアの気持ちは蓮からの借り物じゃ無い。
 ハッキリとした意思を表明した彼女の名を蓮は呼びかけた。

「レイア」
「なに? 止めるつもり?」
「力を貸してくれ」

 突然頭を下げた蓮に、レイアは一瞬目を丸くしてから、こんどは蓮に正面から抱きつく。

「いいよ。レイアは妹だからね。お兄ちゃんやお姉ちゃんに力を貸してあげる」
「それはエリーと俺の真似?」
「何度も見たから覚えた。お礼はチョコレートでいいよ」
「エリーよりちゃっかりしてるよ」

 誇らしげに鼻を鳴らすレイアに蓮とエリーは目を見合わせて笑った。
 悩む必要はもう微塵も無い。
 その代わりにしないといけないことはただ一つ。
 互いを信じて守ることだ。そして、自分達ならそれが出来る。そう蓮は確信した。
 その気持ちは言葉にしなくても通じたのか、エリーは蓮の背後からレイアは前から蓮の肩にそれぞれの頭を置いて、名前を囁いてくる。

「れーん」
「蓮兄」

 背中がぞくぞくするようなむずがゆさに耐えた先に言われた言葉は――。

「今夜は寝付けるまで抱きしめて欲しいな」

 そのお願いを蓮は断ることはできなかった。

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