10.「人質の運命」

作者:坂本一馬

第三章

 月がまだ夜を照らす中、(れん)たちは闇夜に(まぎ)れて旅館を抜け出した。
 そして、ハルトの神器に乗り込んだ蓮たちは、武雄(たけお)とハルトの間にあるスペースに座って狭い思いをしながら、海中を航行している。

「二人乗りの神器に五人はさすがに狭いな。あの()()がよく我慢出来たもんだ」
「我慢出来てたら、俺の頭は蹴られてねえっての。結構痛かったぜあれ。ご褒美とは思えなかったぜ。やっぱり俺は業界人じゃないな」

 蓮のつぶやきに武雄が反応し、うんざりしたように吐き捨てた。
 だが、矛先が変わった途端、声に重みが出てくる。

「それに比べれば如月(きさらぎ)トリオは静かで助かるんだけどよ……」
「ん? どうした? そんな疲れたような顔して」
「いや、静かなのは良いんだけど、イチャイチャしすぎて美希とフィリアの時より気が散る!」

 武雄が耐えきれずに声をあらげて、蓮たちに振り返ってくる。
 イチャイチャし過ぎと言われた蓮は膝から腰にかけてレイアがしがみつき、腕から肩にかけてエリーが密着するようによりかかっている。

「せ、せまいんだから仕方無いだろ!?」
「いんや、それだけじゃねぇ! なんかエリーちゃんもレイアちゃんも肌つるつるしてねぇか!? まさか蓮てめえ!」
「温泉の効果じゃないのか!?」

 (あわ)てて否定する蓮に、武雄が疑いの眼差しを向け続けて来る。
 だが、どうしても蓮はエリーとレイアのおねだりと、その後の事を思い出してしまい顔が赤くなってしまった。そして、それは蓮だけじゃなかった。

「蓮だけじゃなくて、エリーちゃんも照れてるし!」
「いやん。武ちゃん、恋人同士の熱い夜を詮索しようなんてデリカシーが足りないよ」
「蓮……お前……」
 
 誰も具体的なことを言わないせいで武雄の勘違いがより酷くなっていく。
 さすがにこれ以上進むと本当のことを言っても信じてもらえなくなりそうなので、蓮は自分の顔を手で隠しながら白状することにした。

「俺が抱き枕にされたんだよ……」
「は?」
「……全く動けなくなるほどにガッチリと固められた。手は出してない。というか出せなかった」
「どっちにせよ(うらや)ましい! こんな美人二人に抱き枕にされるとかご褒美じゃねぇか!」

 武雄の言う通り悪い気はしなかった。
 ただ、普段なら絶対に自分からはしないことだ。
 友人とはいえこれ以上の詳細を蓮は語りたくなかった。
 だが、武雄は追求する代わりに蓮の胸を小突くと口端(くちはし)をつりあげ、冗談めかした笑みを見せる。

「なぁ蓮、そういうの死亡フラグっていうんだろ? 決戦前のイチャイチャもさ」
「言ってろ。死亡フラグは折るもんだ」

 武雄と蓮はそんな冗談を交わして暗い海を地図だけを頼りに進んで行った。
 おかげで暗い海の中でも機内はちょっと明るかった。
 海が暗い理由は、緑色に輝く重力制御粒子も敵の目をすり抜けるために極力出していないからだ。
 フィリアに関してはアンカーによって牽引されているだけで、全くと言って良いほど動いていなかった。
 そのおかげか敵襲もなければ、本来味方である島の神器達にも発見されずに、目的地へと到達出来た。
 時刻は早朝六時。日が昇り海中が明るくなり始めた頃だった。
 青みを帯びていく海の中、ひときわ大きな影が差し込んでいる。
 だが、武雄も美希もひるんでいない。

「相変わらずでけぇな。美希、フィリア、準備出来てるな?」
「いつでも。そっちに合わせるわ」

 戦闘開始。人間が七十億人いる世界で、たったの三人の少年少女が神器を従え、世界と全天開拓府へと喧嘩を売る。
 もう後戻りは出来なかった。
 そして、最初の切り込み役である武雄とハルトが吼える。

「なら、昨日の打ち合わせ通りやるぜハルト」
「了解です。武雄君。お約束というものですよね」
鬼頭(きとう)武雄」
「ハルト」
「いくぜ!」「いきます!」

 二人のかけ声とともに青い戦闘機型の神器が緑色の輝きとともに海を割って飛び出した。
 天をつく水しぶきが弾けると同時に、黒い船の底も輝きを帯びた。
 輝きの中心には、赤い首輪のついた八メートルの黒い神器《猟犬機》が三機。エリーとレイアをもとにした六枚羽のタイプだ。
 お互いに警告は無し。
 そもそも、奇襲に対して礼儀を尽くせというのもおかしな話だ。
 だからこそ、武雄も美希も迷い無く前へと向かって攻めた。

「猟犬機が来たぜ美希!」
「言われなくたってえええええ!」

 海面に浮上したフィリアの神器から敵機を飲み込むような粒子の柱が発射され、敵を大きくなぎ払う。
 そして、光に飲み込まれた黒い猟犬たちは神器の破損によって、黒い煙を吐きながら海上へと墜落していく。

「楽勝! 私とフィリアをなめないでよね」

 そのまま、美希とフィリアが邪魔者を排除し続け、武雄とハルトがただひたすら真っ直ぐに天に浮かぶ箱船へと昇って行く。
 だが、段々とハッキリ見えてくる船の底に映る敵の姿に、威勢のよかった武雄が必死に美希を呼び止めた。

「美希、撃つなっ!」

 蓮もエリーもそしてレイアでさえも、驚いて言葉を一瞬失っていた中、武雄が迷い無く叫んだおかげで、フィリアの砲撃が止む。

「なんでよ!?」
「撃ち落とした人を急いで回収しろ! こいつら猟犬じゃねぇ!」
「はぁ? 何を言って――うそっ!?」

 次々と船から飛び降りてくる人間も、海上に落ちて浮かぶ人間も、赤い腕輪をしている。
 そう、首輪ではなく腕輪というのが不味かった。その意味を理解した瞬間、蓮たちに寒気が走った。
 今落としたのも戦おうとしているのも、《地球人》だ。
 しかも、蓮はその地球人が誰だか知っていた。

「綾さん!? 嘘だろ!? 昔、俺の家の近所に住んでいた女の子だ!」
「嘘でしょ!? 前回戦った時よりやけに弱いと思ったら……そんな……」
「美希、落ち込むのは後です。(あや)さんを回収しますよ」

 知らなかったとはいえ、攻撃してしまった美希は血の気の引いた顔で頭を抱えていた。
 敵が弱いのは当然だった。なにせ、パイロットを乗せていない神器は機能に大きな制限を受け、性能を完全に発揮出来ない。
 しかし、今この戦いで、地球人をもとにした神器は性能を全て発揮する必要はない。
 ただ、敵対するだけでこれ以上無い戦略的価値があるのだ。
 何故なら、一度さらわれて帰ってきた人たちを、同じ地球人が本気で攻撃など出来るわけがない。
 そして、その元地球人(・・・・)たちの攻撃に反撃できないのなら、一方的に攻められるだけだ。
 つまり、捕虜返還はただの口実で、実際は対地球人向けの罠だった。
 その狙い通り、武雄は近づいてくる敵に反撃できず、粒子の刃による攻撃を受け止めることしか出来なくなった。

「くそっ! あんた聞こえてるんだろ! 止めろ! 俺達はあんた達を助けにっ!」
「その声、武雄君か……。となると、下の神器は……懐かしいな……フィリアか……。美希もそこにいるな……?」

 蓮にとっては初めて聞いた声だったが、その声を聞いた瞬間、武雄も美希も蓮が思わず耳を塞ぎたくなるほどの大声をあげた。

拓也(たくや)さん!?」
「お兄ちゃん!?」

 声と内容で二人は一瞬にして目の前の黒い神器の中身が、兄である拓也だと気付いた。
 だが、何故こんなところにいるのか分からない。
 拓也は美希たちと再会し、船からは解放されたはずだった。
 モーテルの交渉が失敗したというのだろうか。

「俺も呼び戻されたと思ったら……こういうことか……。俺に構うな……やってくれ!」
「んなこと出来る訳ねぇだろ!」
「じゃないと手遅れにっ……ぐっ!」

 武雄の否定に対して、拓也は手遅れという言葉を返した。
 一体、何が手遅れになるのか、その答えは問う前に現実として現れる。
 腕輪のついた人間が輸送艇や戦艦から投下され、次々に神器化していく。
 そして、遠く見える島の方でもキラキラと何かが輝き、無数の黒い巨人が姿を現して暴れ始めた。
 腕輪は命を奪う毒では無かった。
 人を神器に作り替え、制御する道具だったのだ。
 そして、人の社会に返した人たちの神器を呼び出し、街の中で暴れさせ街を破壊する。それが全天開拓府の狙いだった。もちろん、その全てがエリーとレイアを(あぶ)り出すためのものであることも蓮はすぐに気付いた。

「くそったれ! こんなの戦える訳が!」

 武雄の言う通り、彼らが戦える訳がない。
 だから、蓮は全てを受け止める覚悟を決めた。

「武雄、作戦変更だ。ハルト! ハッチを開けてくれ! 俺とエリーが出る!」
「でも、お前この中飛び出したら」
「あぁ、狙いは俺たちだ。だから、一気に船の中に飛び込む。さすがに自分たちの船に攻撃なんて出来ないだろう?」
「ちっ! くそったれ! 頼むぞ蓮!」
「あぁ、頼まれた!」

 ハルトの機体が拓也の機体を蹴り飛ばし、距離を開ける。
 そして、その瞬間を見計らって、蓮とエリーとレイアの三人が空に飛び出した。

「やるぞエリー! レイア!」
「如月エリー! いきますっ! これ一度言ってみたかった!」

 そして、瞬時にエリーが神器を展開し、蓮とレイアがコクピットの中に取り込まれる。
 エリーは迷い無く真っ直ぐ船底に向かって飛翔し、腕から発生させた粒子の刃で船底を切り裂くと船の内部へと突入した。

「こちら蓮、戦艦内に侵入成功。武雄、美希、もう少しだけ耐えてくれ!」

 蓮が報告をしながら、機体の拳を戦艦の壁に打ち付ける。
 すると、瞬時に艦内の通信網にアクセスし、機体が情報を取り込み始めた。

「よし、レイアは火器管制をお願い。お姉ちゃんはあの腕輪について解析してみる」
「ん。すぐ終わらして手伝うよ」

 モニターに様々な数字や文字が次々に現れては消えていく。
 それを見ていた蓮も艦内構造を調べようとした瞬間、目の奥に火花が散ったような感覚に襲われた。
 そして、助けて。という声がこだまして聞こえた気がした。

「くっ!? 何か今目の奥がピリッした気が……それに助けてって?」
「蓮、困った事になったかも」
「どういうこと?」
「この戦艦、巨大な神器みたい」
「それの何が困ったことなんだよ? あっ! まさか! 残りの半分の人質って!?」
「うん。何万人かの意識が混ざってる。拓也さんたちも、その意思に遠隔操作されているみたい。あの腕輪は単なる受信装置だったんだよ」

 そして、エリーの説明ではもう一つ、意識を縛る催眠のような物がしかけられているらしい。
 同じ言葉や映像を流し、ある種の洗脳状態にする。
 人の意思を統一し、複数の神器因子を強制的につなぎ合わせ、通常なら全高八メートル程度の人型にしかならない神器を、差し渡し八百メートルという巨大な戦艦へと変えたのだ。

「何万人ってレベルならレイアも納得かも。システム《ERIE》に匹敵するほどの速度でプログラムが書き換えられてくから、船の制御権を奪いきれてない」
「逆に言えばその人質のいる区画を切り取れば、この図体は維持出来ないし、操られた人も止められるはずだ。エリー、その悪趣味な洗脳を止めてやれ!」
「そう言うと思ってた!」
「ついでにその区画を回収しに――」

 行こうとした瞬間、エリーの機体が大きく揺れて吹き飛ばされた。
 黒い神器が体当たりしてきたらしく、エリーの開けた穴から外に押し出されてしまう。
 やはりこの敵機も黒い六枚羽の神器。だが、元地球人にはない明確な殺気を放っていた。

「これ以上はやらせんよ。時代遅れの遺物め。マーク様の手は患わせない。この場でお前の最強を俺たちが終わらせてやる」

 敵機のパイロットだろうか。低い男性の声だった。
 そして、エリーのことを知っている。かなりの地位にある人物かもしれない。

限界稼働(ハイグラビティブーストモード)起動。まがいものの神はここで死ね!」

 敵機の六枚羽の装甲がスライドし、一回り巨大化する。
 緑色の粒子が爆炎のように飛び散り、衝撃波が周囲に襲いかかった。

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