12.「神の望み」

作者:坂本一馬

第四章

 蓮が盗人(ぬすびと)と言われた意味を理解できずに困惑する暇もなく、突如空が緑色の光りに包まれ、巨大な光の竜巻が発生した。
 神器の中では最高クラスの粒子放出量を誇るエリーに乗っている蓮でさえ、ここまでの粒子量は見たことが無い。

「なんだあの粒子量!?」
「うわっと!? レイア離れるよ! 吹き飛ばされちゃう!」

 突如、荒れ狂う緑色に輝く暴風が蓮たちを襲うと、衝撃で機体が一回転してしまう。それほどの強烈な勢いだった。

「もう吹き飛ばされてるよエリ姉」
「分かってるよ。って、この粒子量、限界稼働状態の私たちより高濃度だよこれ!」
「神器一万人分の出力だから、これぐらいは想定内だよ」
「レイア、そもそもその神器一万人分ってのが想定外な気がするよ」
「それはそうかも。普通は違う人の神器因子が混ざると拒否反応とか出るのに。でも、タイプSE-Dで無理矢理同化して、(つな)げているからやれるみたいだよ」

 その神器一万人分と言われた戦艦は緑色の光を全身に帯び、天界へと人を運ぶ船のように神々(こうごう)しく輝いている。
 この姿は、天界からの旅団と言われても不思議ではない光景だ。

「一万人から追いかけ回されるとか、もてる女の子は辛いね。お姉ちゃんの愛は蓮とレイアだけでいっぱいなのに」
「これがエリ姉の言ってたモテ期ってやつ?」
「そうそう」

 何とか体勢を立て直したエリーとレイアが姉妹で漫才を始めるが、その意味を蓮はよく理解できずに戸惑いの声をあげた。

「こんな時に二人で何コントしてんのさ……。どういうことか俺にも分かるように説明してくれ」
「あぁ、ごめんごめん。簡単に言えば、あの戦艦思った以上にやばいって話しだよ。私とレイアは最強って言っても、それは個人の話。でも、あの戦艦は私たちが一万人くらい合体して、(ちから)も一つに集めきった敵。単純計算すればスペック一万倍の相手だよ」

 さすがのエリーも、バカらしいことを言っている自覚があるのか半笑いだった。
 だが、バカらしくても嘘を言っていないことは、目を見れば分かる。
 口は半笑いでも、目は真剣そのもので、何かを必死に考えているような目をしている。
 つまり、敵は最強の個体ではなく、最強の集合体と言ったところだ。
 単純なタイマンではないため、いつもとは戦い方を考える必要がある。
 だが、マークは蓮たちに考える時間を与えず、威圧的な声で投降を呼びかけてきた。

「エリーもレプリカエリーも理解しているだろう? この私に勝てる訳が無い。さぁ、大人しく私のもとに戻って、クラウドブレインの祝福を受けるが良い。今ならまだ許す。だが、もう一度私から逃げ出したらどうなるか分かっているだろうな!?」
「マーク……様。“クラウドブレイン”ってなんですか……?」

 レイアが圧力に屈したように敬語で尋ねると、レイアの機体から粒子の輝きが消えた。
 蓮がしまったと思った頃には遅かった。
 あろうことか、レイアは敵の目前で完全に戦意を喪失してしまっている。蓮も見たレイアのトラウマがマークの声で蘇ったせいだろう。
 レイアはあの男に肉体的にも精神的にも痛めつけられ、逆らったら死んでしまう(かせ)をはめられていた。
 いくら蓮たちとともに暮らすようになったからと言って、心の傷は簡単には消えなかったようだ。
 そんなレイアを見て興奮したのか、マークの声の調子が少しあがり、嬉しそうに笑い出した。

「フフ、レイアは良い子だな。さすがは私の作った子だ。クラウドブレインは新たな生物としての進化を生むシステムだ!」

 全天開拓府は、強大な単一の個体ではエリーとレイアのようにいつ裏切るのか、どう転ぶかは分からない、と考えた。だから、人を裏切らない最強の兵器を作り出そうとした。
 その結果が、単体で動くいわゆる単細胞生物であった神器を、群体で動く多細胞生物へと変えるための仕組みだった。
 単細胞生物は単体で生命維持に必要な物の全てをこなす必要がある。だが、多細胞生物は細胞によって役割分担が決まっている。
 そして、大事なことは身体の細胞自体に意思はない。
 脳のように指示を出す場所があって、その指示に従って多細胞生物は身体を動かすのだ。
 クラウドブレインとは、奴隷にした人を身体の細胞に、全天開拓府の人間を脳にして、全天開拓府にとって都合の良い最高の肉体を生み出すためのシステムだった。
 そうなれば、クラウドブレインに取り込まれた人は尊厳や意思も無ければ、感情すらも存在しない。ただのパーツとしての役割しか与えられない。
 だから、捕まえてシステムに組み込んだ奴隷の中から裏切り者は現れないし、万が一、現れたとしても代替の奴隷を拉致して組み込めば良い。
 全天開拓府にとってこれ以上安心出来るシステムはない。
 そうマークは説明した。そして、エリーを狙う理由もべらべらと喋り続ける。

「《ERIE》。そのシステムを忘れたことは無いよ。けど、残念なことにエリーは私の手を離れて弱くなった。私とともにいれば、この多細胞化という新しい進化を得ていたというのに。今の君達はまだ単細胞生物だ。進化には大きな壁がある。だから、エリー、私の手を取るが良い。そして、新たなる高みへと、ともに行こうじゃないか。全ての天を開拓するために」
「誰がお父さんを殺したあんたみたいな根暗についていくもんか! 私はこれからも蓮と一緒にいるんだ! だから、あんたの存在は邪魔!」

 マークの誘いをエリーは一蹴(いっしゅう)した。
蓮ですらも聞いたことのないエリーの怒りを帯びた口調に、相手を(ののし)る言葉だった。
 そんな激しいエリーの拒否にマークは極めてつまらなそうな口調に変わった。

「やれやれ、オリジナルは本当にワガママに育ったものだね。あれだけ素直に戦いに従っていたのに。おしおきが必要だね。さて、レプリカエリー、いや、レイアはどうだい?」
「レイアは……」
「君は賢い子だよレイア。戻れば君が本物のエリーになれる。いや、エリーを超えられる。さぁ、父の元へと戻ってこい」

 レイアがエリーと戦った時に言っていた願い。
 レイアはもともとエリーの代わりとして生まれ、エリーを殺して自己進化プログラムを奪うことで、自由になれると言われていた。
 でも、もうそんな物がまやかしだと分かっているはずだ。
 答えはとっくにレイア自身が見つけたのだから。それさえ思い出せば、レイアは負けないはずだ、と蓮は信じていた。

「レイア! あんな奴の言葉に耳を傾けるな! レイアは俺たちと一緒にいて良いんだ!」

 蓮が叫ぶとレイアの黒い機体に青い光がもう一度灯る。
 すると、レイアの力強いハッキリとした叫びが響いた。

「いらない! そんなものもうレイアは欲しくない!」
「そうだろう? この星の人間など、所詮クラウドブレインのパーツに過ぎない。パーツと家族ごっこなど必要ないのだ。レプリカの方が賢いとは皮肉だな。エリー」
「違うっ! レイアが欲しいのは蓮兄とエリ姉と変な人、美希、ハルトとフィリアのみんなと食べるごはん!」

 レイアの声に震えは無い。
 蓮の信じたとおり、レイアは自分自身の力と己の望みを胸に、マークの圧力に打ち勝った。

「蓮兄、レイアはもう大丈夫。レイアはレプリカエリーなんかじゃない。如月レイアって名前を貰った。名前をくれた蓮兄がいるからもう迷わない!」
「バカな!? レプリカエリーが自我を蘇らせたとでも言うのか?」

 レイアはエリーのレプリカとして生まれた少女だったが、レイアとエリーは同じ命ではない。
レイアはレイアだけの心を既に手に入れている。
 マークの知らない姉妹の姿を見せつけられたことが、彼はよほど頭に来たのか、口調がどんどん悪くなり始めた。

「揃いも揃って愚かな女め。つまらない人間にほだされたか。ならば、その人間の存在を消し、記憶すらも君たちの頭から消してあげるよ。そして、代わりに私との記憶を作ろう、エリー」

 マークの言うつまらない人間は蓮のことだろう。
 でも、それより許せない言葉があった。エリー達のことを愚かな女だと言い放ったことを蓮は許すことができなかった。

「さっきから言わせておけばっ――」

 だが、蓮が言い返す前に、姉妹が吠える。

「蓮はつまらない人間じゃない! 私の大好きな人を消させない!」
「蓮兄は絶対にレイアが守る! たとえあなたがレイアを作ったお父さんだろうと、蓮兄を殺すつもりなら……レイアがお前を殺す!」

 本気で切れたエリーに、猟犬時代の狂気を復活させたようなレイアの叫び声が空に轟いた。
 おかげで蓮は言うことが随分減ってしまった。
 たとえ相手がレイアを作った父親だろうと、エリーを最強の神器に育て上げた育ての親だろうと、このマークという男がエリーとレイアを苦しめ続けた元凶であることに違いは無い。
 そして、さっき言ったこの星の人間はパーツだという言葉を聞いて、マークが蓮の両親を、友達を、全ての人を奪った張本人だと察した。
 そして、今も尚二人を苦しめ、連れ去ろうとしている。
 だからこそ、蓮もハッキリ示さないといけない。全ての仇を討つために。

「マーク! お前にエリーもレイアも渡さない!」
「天に生まれていない人間が何をわめく。私はエリーの父だ。お前は私の娘達のなんなんだ?」

 否定されてもなお、エリー達の上に立とうとするマークを揺さぶる言葉。
 その絶対的な禁句を蓮は叫ぶ覚悟を決める。

「俺はレイアのお兄ちゃんで! エリーの弟で!」
「種族も違う人間と神器でそんなまがい物の家族ごっこなど」
「そして、エリーの恋人だ!」
「なん……だと……?」

 エリーたちに否定されても声に動揺一つ表さなかった男が、初めて言葉に詰まった。
 だが、それ以上に同じコクピットにいるエリーの方が慌てていた。

「え? えええええ!?」
「なんでエリーが一番驚いているんだよ!?」
「蓮いつのまに私の恋人になってくれたの!? いっつも恥ずかしがって、誤魔化してた蓮が何で!? 家族として好きじゃなくて、ええええ!? 恋人ってハッキリ言った!?」
「事故とは言え、押し倒したから」
「あの冗談間に受けたの!?」
「んな訳あるか! 言わせんな恥ずかしいんだから! あんな奴相手にしたら、もう自分に嘘つけそうにないからさ! エリーを恋人にしたいのは、俺もエリーが大好きに決まってるからだろ! 大好きだって言ってくれて嬉しかった! 俺も大好きだ! あんなヤツに奪われるなんて絶対嫌だ!」
「全部言っちゃってるじゃん!? きゃー! 蓮の恋人だって! レイア! 聞いた? お姉ちゃんついに蓮の恋人になれたよ!」

 自棄になった蓮はわざとコクピット内の会話をマークに流し続けた。
 あんな男にエリーもレイアも奪われる訳にはいかない。
 それに何よりも、エリーに思いっきり告白されたのだから、男として応えない訳にいかない。
 だって、大好きな弟ではなく、大好きな人と言ってくれたのだから。

「許さん! 貴様は塵一つ残さず消してやる!」

 そんな蓮たちのやりとりがマークの逆鱗に触れたのか、船底が輝きを発し、雷を帯びる巨大な粒子の塊が作られた。
 映像でも流れた一瞬で都市を焼き払った主砲だろうか。
 触れれば一瞬で蒸発しそうなエネルギーの塊に、蓮は息を吸い込んだ。

「エリー、この戦いに勝ったら、昨日の夜できなかったキスしても良い?」
「それじゃ、戦う前にチョコ一本ちょうだい。お腹空き始めたから」
「一本と言わず、好きなだけ持ってけ!」
「ありがとっ! 後で好きなだけキスしてあげる!」

 蓮は両手に三本ずつチョコバーを構えると、エリーが勢いよく持っていき口の中に放り込んだ。 これでやる気は十二分だ。

「全速力だよ! レイアついてきて!」
「了解だよエリ姉!」

 当たれば消し飛ぶほどの威力を持つ主砲だが、当たらなければどうということはない。
 だから、撃たれる前に着弾点から逃げれば良いし、船底にエネルギーの塊を作っているのなら、船上に動けば良い。
 そう判断した蓮たちは猛スピードで敵艦上空へと回り込んだ。
 だが、マークはしっかりとついてくる。

「そんな動きで避けきれると思うな!」

 船にあるエネルギーの塊はエリーたちに追随し、船の上へと移動したのだ。
 敵の砲弾がかなりインチキ臭い動きをしたが、追いかけて来るのなら好都合だ。

「その砲弾ごと撃ち抜いて自爆させる。エリー、レイア、合わせるぞ!」
「任せて、レイアいくよ!」
「任せて、蓮兄、エリ姉、マークごとぶちぬいてあげるよ!」

 蓮の号令でエリーとレイアも翼の先にエネルギーの塊を形成し、敵艦の真上に光の柱として解き放った。
 だが、あまりにも膨大な粒子で作られた壁は突破することが出来ず、エリーとレイアの攻撃は装甲に達する前に霧散してしまう。
 緑色に輝く装甲はただのイルミネーションなんかではなく、攻撃を防ぐための防御フィールドだったらしい。

「そんな攻撃が私に届く訳がない! さぁ、進化した私の愛を受けろエリー! そして、また新たな力を私に見せてくれ!」
「そんなのいらないよっ! この変態!」

 マークの気味悪い告白にエリーは悪態をつくが、余裕は全く無かった。
 というのも、一万倍の力を持つ敵に対して、対処出来る武器を今のエリーとレイアは持ち合わせていない。
 戦況は今のところ圧倒的にマークが有利だった。

「さぁ! 私の手に戻れ! エリー!」

 興奮し気味なマークの声とともに小さな太陽のような火球が、エリーに向かって襲ってきた。

「エリー! レイア! 同時に砲撃!」

 蓮の指示で、何とか相殺しようとエリーとレイアも同時に砲撃をぶつけてみるが、マークの火球は消える所か威力を増しているようにも見えた。

「相殺が無理なら避けるしかない! 散開するから当たるなよレイア!」
「分かった。蓮兄も気を付けて」

 マークの攻撃から、蓮達は全速力で逃げてはみるが、誘導機能もあるらしく逃げ切れない上に、迫ってくる砲弾の速度もあがっていく。
 ただ逃げ回っているだけではいつか追いつかれてしまうだろう。

「むぅ、マークめ、ムダに強いな。レイアと合わせての相殺も難しいなら、レイアあれしかないよ!」
「何するの? レイアは今システム《ERIE》をフル活用して、進化のための演算してるんだけど?」
「お姉ちゃんも同じ事してた。それで思いついたのが合体だよ!」
「レイアとエリ姉で合体?」
「それと蓮で!」
「俺も!?」

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