第四章 関東邪教大戦 其の二

作者:設楽英一

第四章 関東邪教大戦 其の二

 三か月前。長谷川平蔵は八年務めた火付盗賊改役を、激務を理由に引退していました。
 辻斬り犯に対して「火付盗賊改方長官」を名乗ったのは、相手を怯ませるため。しかし御役御免となった後も、夜廻りをすることが度々あったようです。

 町の噂で病死と聞いただけで、詳細がわからないベルフェゴールは、ラファエルに協力を依頼。
 遺体が安置されている本所三之橋通り菊川の長谷川邸の様子を伺うと、火付盗賊改の与力や同心、平蔵を慕う町人らでごった返しており、人の目を盗んで邸宅に入るのは到底無理そうでした。
 そこでラファエルに時を止めてもらい、人混みを掻き分けながら平蔵の遺体の側まで行き、顔伏せの白い布をめくったのです。

「これは病死じゃない。呪い(カース)の類だよ」
 平蔵の死に顔を一目見て、ラファエルが看破するものの、東洋の呪詛には詳しくないためそれ以上のことはわかりません。
「ほいじゃ、あとは本人に聞くのねん」
 そう言ってベルフェゴールは、平蔵の枕元に立つ長谷川平蔵の霊に顔を向けました。

 通常、殺人事件の犯人といえば、名推理や地道な捜査で見つけるものです。
 ところが魔王や天使にとって、死者の霊は同じ世界の住人。
 霊と会話もできるため、火盗改(かとうあらため)時代の平蔵も内々でベルフェゴールに協力を仰ぎ、死者の霊から直接犯人を聞き出すような真似もしてきました。

「てっつぁん、誰にやられたのん?」
「それがまるでわからねェ。気付いたら死んでたってェ有り様だ。苦しむ暇もなかったぜ」
「アンタは呪術で殺されたはずなんだ。死ぬ間際に、何かおかしなものを見たり、妙な呪文を聞いたりしなかったかい?」
「さて、どうだったかな。なにしろ俺ァ、幽霊になったのは初めてなモンで、まだ頭がはっきりしねェんだよ」
「役に立たないユーレイだお」

 平蔵は「本所の(てつ)」と呼ばれ粋がっていた若い頃にベルフェゴールと出逢いましたが、自分が死んでも若い頃と同じようにぞんざいに扱うベルフェゴールの「変わらなさ」を、妙に嬉しく感じていました。

「ほいで、わたしを襲った辻斬り犯は結局誰だったのん?」
 ベルフェゴールが今日の本題を、改めて平蔵に問い質します。
「先の公方(くぼう)様の弟君、権中納言(ごんちゅうなごん)様だ」
「ほぇぇ~。でもわたし、徳川家に斬りつけられるような心当たりないお」
「天下御免の居候なんて、いいかげん処分したいに決まってんじゃん」
「ま~いいや。てっつぁん、ありがとね~。あとは大人しく死んでていいお」
「相変わらず、ひでェ言い草だな。四十九日までは俺もここにいるから、何かわかったら教えてくれ。気になって成仏できねェかもしれねェからな」

 帰宅したベルフェゴールとラファエルが、まずは情報を整理します。
「権中納言って確か、今の将軍に継承争いで負けたんだよな」
「そだお。異母兄弟のお兄ちゃん将軍が死んだ後、自分が将軍になる番だと思ったら、お兄ちゃんの養子が将軍になっちゃったのねん」
「将軍に恨みはあるだろうけど、魔王を狙う意味はサッパリじゃん」
「童子切安綱使ったってことは、わたしを狙ったのは明らかなんだけどね~」

 ベルフェゴールの大きな耳がピクリと動きました。門前で誰かの来訪を告げる声がしたのです。
「ど~ぞ~。上がってちょ~」
 奥座敷に座ったベルフェゴールの声が、そのまま来訪者に通じたようで、しばしの後、三十手前の文人肌が襖を開け、両手を着きました。
「失礼いたします。曲亭馬琴でございます。(せつ)の新たな黄表紙が摺り上がりましたので、御隠居様にぜひ御照覧いただきたく、持参した次第です」
「ばっきー、いつもありがとね~。へぇ~『心学晦荘子(しんがくみそかそうじ)』かぁ~。今回も面白そうだお! そうだ。ばっきー、最近なんか変わった話聞かない~?」
「変わった話でございますか? 気味の悪い話であれば、ふた月前に美作国(みまさかのくに)のほうで、何匹もの猫が逆さ磔にされていたそうで」
 魔王と天使が同時に反応しました。
「馬琴。その話、知ってるだけ詳しく教えて!」
「へ、へぇ! 三月十三日の朝、育霊(いくれい)神社で十三匹の猫が逆さ磔にされて死んでるのが見つかったって話で。丑の刻参りで有名な社ですが、猫を奉っている神社だけに、よほどの祟りがあるんじゃないかと噂になっております」
「三月十三日の朝? どういうこと?」
「和暦だから、西暦に換えるんだお! つまり五月一日の朝に発見、四月三十日の夜に起こったってことだお!」
「四月三十日の夜……ワルプルギスの夜。悪魔崇拝だ」


【其の三は10月19日更新予定です】

作品応援ボタン(1日1回)応援コメントを書く