第四章 関東邪教大戦 其の四

作者:設楽英一

第四章 関東邪教大戦 其の四

 西国に向けて飛び立ったラファエルは、東海道の主だった宿場での情報収集にも努めました。
 そして最初の目的地である京に入ると、集めた情報を元に調査を始め、確証を得るや早々に次の目的地、美作国を目指します。
 なお、京を離れるラファエルの左手には、一振りの太刀がありました。

 ベルフェゴールが投獄されて数日が経ったある朝、火付盗賊改方筆頭与力の佐島が血相を変えて牢に現れました。
「ふみゅ~、まだ眠いお~。も~、こんな朝早くからなんなのん~?」
「それは当方の言い分でござる! それなる童女は何者ぞ!? 見張りを厳にしていた役宅の牢に入り込むなど、己が目にしてさえ信じられぬ!」
 佐島の視線の先には、ベルフェゴールがごろ寝する牢の片隅にちょこんと座る、額から一本の長い角を生やした童女の姿がありました。
 寝ずの番を続ける同心が、瞬きをしたらそこにいたと佐島に報告したため、朝から火盗改は大騒ぎとなったのです。

「バブだお~。ひとりで退屈だから、お話相手に来てもらったのねん」
「……おなかすいた」
「ほらさじー、暴食の魔王ベルセバブ様がおなか空かせてるお~。急いで江戸グルメを用意するのねん。五鉄の軍鶏なべがいいお!」
「……二人目の魔王とは、もはや火盗改の手に負える話ではないな……」

 それはふた月前、日光東照宮で起きた些細な出来事から始まりました。
 徳川家康が関ヶ原の戦で乗った白馬を「神馬(しんめ)」とし、厩に繋いで以来、白馬を繋ぐ伝統がある東照宮の神厩舎(しんきゅうしゃ)は、長押(なげし)の猿の彫刻で有名です。
 一番人気は「みざる、いわざる、きかざる」の三猿の面で、全八面に彫られた計十六匹の猿が、人間の一生を表すといわれています。

 その厩舎内の北面に、ごく一部の社殿関係者にしか知られていない、もう一面の猿の彫刻があるというのです。
 しかも、作られてすぐに漆喰で覆い隠されたため、猿像を見た者はおらず、存在だけが口伝でひっそりと受け継がれてきました。

 ある朝、その漆喰が剥がれ落ち、中に彫刻らしきものが見えると、宮司に報告がありました。
 宮司は大慌てで、それを見つけた出入りの馬子に命じ、ただちに漆喰で塗り直させました。
 修復作業を行った三人の馬子によると、大層気味の悪い四匹の猿の彫刻だったそうです。

 生皮を剥がされた猿が、目玉を抉り取られ、口を引き裂かれ、耳を引き千切られ、心臓を捧げている。
 その話を聞いた宮司は、「みざる、いわざる、きかざる、おささる……」と呟き、虚ろな顔で何処かへ立ち去りました。
 翌朝、馬子と宮司の計四人が、それぞれ四猿(しさる)と同じ姿の死体となって発見されました。

 しかもこれは、始まりでしかなかったのです。
 その後も、左甚五郎の眠り猫の視線が日に日に逸れ、北斗七星の配置で置かれた建物が少しずつ移動し、魔除け用の作り物だけが逆の意味になるように付け替えられている。
 気が付けば、江戸の鬼門封じとなるべく造られた東照宮が、鬼門そのものに変貌していました。

「どうバブ、圧力すごいっしょ~? わたしだけじゃ支えきれなくなってきちゃったから、応援に呼んだのねん。バブが“七つの大罪”ではいちばん神格高いから、これでちょびっとラクになったけど、まだまだ増えそうな気配があるんだよね~」
「……もっとおうえん……よぶ?」
「ん~。マモちんだとお金かかるし、るしーはゆ~こと聞いてくんないし、レヴィたんじゃ役に立たないし。さたんも忙しいから、あんまこっちに来れないんだよね~」
「……がんばる。……だから……ごはんもっと」

 美作国での調査を終え、全速力で飛んでいたラファエルが、あと少しで江戸というところで急に速度を緩め、止まりました。
 行く手に人影が浮いていたのです。
「アンタもオロシヤの悪魔崇拝者に呼び出されたクチかい? それとも天獄教のほう? 色欲の魔王アスモデウス!」
「契約者を明かすわけないでしょう? 天界以来かしらね、ラファエル」
「わかってんの? 同じ“七つの大罪”のベルフェゴールがヤバいのよ!?」
「あなたこそ天使なんだから、魔王を片付けられるチャンスじゃない」
「そうさ! 魔王は神の威光の前にひれ伏すべきだ! 神に弓引く邪教なんかに出る幕はないんだよ!!」


【其の五は11月2日更新予定です】

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