第四章 関東邪教大戦 其の五

作者:設楽英一

第四章 関東邪教大戦 其の五

「なぜ箱根であなたを待っていたのか、わかるかしら?」
「ここは江戸の裏鬼門だ。日光の鬼門を開いた天獄教が、次に狙うのは裏鬼門ってことだろ?」
「う~ん、半分正解かな。もう半分の答えも教えてあげるから、時を止めなさい。人間たちをむやみに巻き込みたくはないでしょう?」

 ラファエルは素直に時を止めました。
 アスモデウスが“七つの大罪”で最も常識的であり、これから始める天魔激突の被害が人間に及ぶことを善しとしない性分であることもわかっていたため、誘われるままに、より被害が抑えられる芦ノ湖上空に移動します。

「それじゃあ戦う前に、もう半分の答えを教えてあげるわ。ここに(こん)の金神を生み出すの。あなたを使ってね!」
 突如、芦ノ湖から九つの頭を持つ龍が現れるや、ラファエルを咥えてたちまち湖に引き摺り込んでしまいました。
「これであなたは祟り神になる。裏鬼門として存分に働きなさい」

 翌朝、またもや火付盗賊改方筆頭与力の佐島が、今度は青い顔で牢に現れました。
「……万策尽きました。清水家に直接役宅に乗り込まれました」
 三つ葉葵が相手とあっては、火盗改といえど刃向かえるわけもなく。ベルフェゴールを引き渡さざるを得ない状況に追い込まれたことを、断腸の思いで告げました。

「さじー。いいからわたしを引き渡すのねん。こんなことで火盗改が潰されたら、てっつぁんに会わす顔がなくなるお。ほいで、引き渡しが済んだら、あとは知らんぷりすればいいお」
 佐島はその言葉でベルフェゴールの意図を察しました。

 火付盗賊改方の現長官立ち合いのもと、長尾幸兵衛を筆頭とする清水家臣団に、二重菱縄で縛られたベルフェゴールが引き渡されました。
 間を置かず、清水家臣団から山伏が二人進み出て、ベルフェゴールの両角に奇妙な符を貼り、さらに両目と口も符で塞ぎました。
 ベルフェゴールを護送する鶤鶏駕籠(とうまるかご)も、隙間なく貼られた符で覆われており、なんとも不気味な様相です。

 江戸城清水門外の火盗改役宅と清水門内の清水家は、目と鼻の先。
 その僅かな距離を、物々しい雰囲気で護送する清水家臣団は、清水門の下で通せんぼしている童女に行く手を阻まれました。
「ええい! 童といえど、どかねば容赦せぬぞ!!」
 殺気立つ形相で童女の肩を掴み、力任せに突き飛ばそうとした近習は、予想に反して岩のようにびくともしない童女に目を丸くします。

「……ばぶちゃんすとらいく」

 十秒も経たず、清水家臣団は全員が地べたに転がりました。そしてベルゼバブが籠からベルフェゴールを救い出し、符を剥がして縄も解きます。
「……だいじょぶ?」
「ぷは~。ありがとね~。案の定、呪符だったのねん。でもこれで、あっちの正体はだいたいわかったお」
「……このあとはどうする?」
「呼ばれてんだから、このまま清水家に行っちゃるのねん」

 北の丸の東側にある清水屋敷が見えた途端、魔王たちは一目でここが邪教の巣窟になっていることに気付きました。
「ほええ~、和洋のハイブリッドなのねん。しかも洋はこれ、東欧だお。ど~りでわたしたち“七つの大罪”とは、匂いが違うと思ったんだよね~」
「……いちげきでふきとばせるけど……やっていい?」
「ん~、そう簡単にはやらせてもらえないみたいだお」

 ベルフェゴールの視線をベルゼバブが追うと、空間の(ひずみ)にスラヴの魑魅魍魎がひしめいており、中には三つ首の竜の影も見えました。
「なにはともあれ乗り込むお~」

 屋敷の門に近付いただけで、漂ってくる血の臭い。
 外見は普通を装っていても、内部が凄惨な状況であることは、魔王であれば察しがつきます。
 もはや人間の眼をしていない家臣団は、魔王を見据えるだけで手を出してこないばかりか、魔王たちを地下へと誘いました。
 そして通された地下は、まさしくこの世の地獄。撫で斬りにされた処女の躯の山と、処女のしゃれこうべを粉末にして造る呪殺の触媒。
 上座には、血まみれの童子切安綱を手にする清水家初代当主――。
「バブ。手加減無用でいいみたいだお」
「……ひさしぶりに……ほんきだす」


【其の六は11月9日更新予定です】

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