第四章 関東邪教大戦 其の六

作者:設楽英一

第四章 関東邪教大戦 其の六

 地下室の闇の中から次々と湧き出す影が、東欧の黒魔術と東洋の呪殺を同時に仕掛け、さらにスラヴの化物が一斉に魔王二人に飛びかかります。
「うひゃ~っ!? さすがに数が多いのねん!」
 尻尾から電撃を放って対抗するベルフェゴールですが、ふと横を見れば、ベルゼバブが三つ首の竜に締め上げられていました。
「バブ!?」

 次の瞬間、刎ね飛ばされる三つの首。
 落ちてきたベルゼバブを抱き止めたのは、戦斧を手にした赤鬼でした。
「さたん! 助けに来てくれたのん!?」
「ベルゼバブ卿に手を上げたこと、七代先まで後悔させてくれるわ!!」
 憤怒の魔王の怒りの刃が、スラヴの化物共を相手に血の風車のように回り、たまらず逃げ出した化物の残党を、空間の(ひずみ)の奥まで追っていきます。
「さたんのバカチーン! いなくなっちゃってど~するのん!?」

 地獄の最強戦力を失った魔王側は、再び黒魔術と呪殺の猛攻に晒されました。
「報酬次第では、手を貸してあげてもいいですわよ」
「面白そうなことやってんじゃない。あたしもどっちかに混ぜてよ」
「お姉様が入るほうに、レヴィも入っちゃお~っと!」
 薄闇の地下室に、そこだけ光に照らされたように現れる三つの影。

「マモちん、お金払うお! るしー、あとでごちそうするお! レヴィたんもついでにごちそうするお! だから加勢してちょ~!」
「ついでってなによ!」
「それで、全滅させて構いませんの?」
「悪魔崇拝者と天獄教徒と、悪魔憑きから戻せなくなっちゃったひとはやっちゃっていいお! オロシヤのスパイと、お殿様に忠誠誓ってやってるだけのひとは、気絶に留めてね~!」

 形勢逆転。“七つの大罪”のうち、五柱が揃った魔王陣営の攻撃力が、東欧の黒魔術も東洋の呪殺も粉砕していきます。
「うぬぅ、鬼門と裏鬼門を開け、関八州の邪気を江戸に集めてなお足りぬのか……。なれば、余がこの魔刀で斬り伏せてくれよう!」
 立ち上がる権中納言。その手に握る童子切安綱は、悪魔の生贄と処女の生血を吸い続けた結果、魔王も驚くほどの魔剣へと変わり果てていたのです。
「アレで斬られたら、さすがに厄介ね。遠距離から頭吹き飛ばす?」
「るしー、ダメだお! 徳川の人間を魔王がやっちゃったら、わたしが追い出されるのねん! 今の敵は童子切安綱だお!」
「そんなこと言われてもねぇ。あの刀、あたしの杖だって斬るわよ」
「はいは~い! 魔王のみんなご苦労さん! あとはアタシにお任せよっ!」

 現れたラファエルに最も驚いたのは、権中納言でした。
「貴様は箱根で金神となり、裏鬼門にされたはず……!?」
「逆よ。九頭龍神社で龍穴を開いて、裏鬼門封じを強化したの。ついでに言うと、アスモデウスがそろそろ日光の鬼門を封じる頃よ!」
「アスモデウスはオロシヤの術者と契約を交わしていたのでは……!?」
「あ~。アスモちんはその前に、わたしと契約してたんだお~。最初っからわたしの間者として、そっちに潜り込んでもらったのねん」

 動揺する権中納言の前に、ラファエルが進み出ました。
「ここからは真打の出番じゃん!」
 左手には、一振りの太刀が握られています。
「魔剣とやり合うには聖剣が必要だろ? 童子切安綱を相手にすんだから、こっちもとびっきりのを用意したのさ!」
 抜き放てば、あまりにも優美な刀身に煌めく三日月の打除(うちの)け。

「三日月宗近。それも打ち上がってそのまま神社に奉納されてたやつだから、一度も使われてないピッカピカよ! 八百年間神社に仕舞われてたおかげでバッチリ神性帯びてるし、そこにアタシが祝福を与えたから、もはやそんじょそこらの聖剣にだって負けないぞ!」

 童子切安綱を正眼で構える権中納言。対するは、三日月宗近を肩に担ぐ節制の天使ラファエル。
 天下の名刀同士の激突を、魔王たちも固唾をのんで見守ります。
 いきなり時を止めたラファエルが、両手で大きく振り被りました。
「汚い! さすが天使汚い!」
 人間相手に容赦ない戦法を取るラファエルにブーイングを飛ばす魔王たち。
 ところが、魔刀と化した童子切安綱は構わず動き続け、徳川将軍家の剣術である一刀流の極意「切落(きりおとし)」にて、振り下ろされた三日月宗近を弾き、ラファエルの頭にカウンター気味に入ります。
「ラファえもんっ!?」

 思わず目を瞑ったラファエルが、恐る恐る目を開けると、戦斧が額すれすれで童子切安綱を止めていました。
「剣技では完全にお前の負けだったな」
 サタンが止めてくれなければ、頭を割られていたでしょう。
「あ……ありがとう……」

 なお、聖剣三日月宗近と切り結んだことで、童子切安綱の魔性は切り払われ、研ぎ直せば再び天下の名刀に戻れそうです。

 邪教・天獄教の日本転覆の目論見と、オロシヤの侵略に利用された権中納言は、「病死」という体裁で処理され、清水家は一代で断絶。
 生き残った家臣団には、打ち首ではなく切腹の名誉が与えられました。

 黄昏時の大川に浮かぶベルフェゴールの屋形船に、“七つの大罪”と節制の天使、さらに一人の才能ある物書きが座り、酒を酌み交わしていました。
「ほいでね、ばっきー! さたんが敵前逃亡やらかしたのねん!」
「断じて違うッ!! それに最後は我がおらねば、あの天使はやられていたぞ!?」
「おい座敷童子! じゃんっじゃん酒持ってこーい!」
「お姉様、レヴィがわかめ酒してあげよっか!?」
「馬琴くぅ~ん、私との経験をモデルに艶本書いてもい・い・の・よ♥」
「今回の報酬は、この三日月宗近でいいですわよ」

 天使と魔王の乱痴気騒ぎを抜け出し、船縁で川面を渡る涼風を浴び、酒で火照った貌を冷ましながら、馬琴は次から次へと聞かされた今回の武勇伝を頭の中で整理していました。
「八人の仲間が協力し、関八州を巡って面妖なる敵に立ち向かう話、か……」


【次回第五章は11月16日更新予定です】

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