第一章 大川触手捕物帳 其の三

作者:設楽英一

第一章 大川触手捕物帳 其の三

「この穀潰しの寄生虫が! 塩かけて地獄に送り返してやんよっ!!」
「ちょこざいにゃ~! 返り討ちにしてやるお!」
「「や~っ!」」
 ぺしぺしぺし。
「今日はこのくらいでカンベンしてやらあっ!」
「おみゃ~こそ命拾いしたのねん!」
「「あばよっ!」」

「なんでぇこりゃ? 猫の喧嘩のほうが、よっぽど殺気立ってるぜ」
 魔王退治だの、殺しに来ただのと物騒な物言いをした舌が渇く間もなく、唐突に始まって終わった茶番バトル。
 国芳は説明を求めるように、両巨頭に目をやりました。
「言いたいことは察しがつくが、これが江戸を平穏に保つためには必要な儀式になってるんだ。聖魔混合による呼び水、とでも言うべきか」
 著述家らしく、要点だけ簡潔に告げる馬琴。でも国芳はまだ状況を飲み込めていない様子です。

 一方、北斎はいつからいたのか、座敷の隅に座る童女に茶を煎れさせ、大福餅の最後のひとつに手をつけていました。
「あ~あ、結局ほくしゃいが全部食べちゃったのねん」
 ラファエルとの戦いを終え、元の場所に座り直したベルフェゴールは、万人を和ませる微笑みで童女に頼みました。
「ごみぇ~ん。おかわりのお菓子持ってきてぇ~。次はカステラがいいのねん。あ~、ほくしゃいにはもう食べさせなくてい~お~」

 童女は頷くと、とことこと座敷を出て行き、すぐに三方(さんぼう)にカステラを山と載せて戻ってきました。
 そして古伊万里の小皿にカステラを二切れずつ取り分け、ベルフェゴール、ラファエル、馬琴、国芳の順に配膳します。

 なお、ベルフェゴールに言われた通り北斎には小皿を渡さなかった童女ですが、国芳に配膳する際に足で三方をついと押すと、北斎が手を伸ばせば届く位置に三方が置かれました。
 無論、勝手にカステラをつまみ始める北斎。
「かたじけねぇ。こいつぁ気の利く()だ」
 カステラを受け取りながら口にした国芳に、にこっと微笑む童女。
 次の瞬間、童女が消えてしまいました。

 目の前で起こった出来事を信じられない国芳に、馬琴が語ります。
「座敷童子だ。恐れる必要はない。むしろ吉事と思いなさい。それに、この程度で驚いていたら身が持たないよ」
 ただもう口を開けるばかりで言葉が出ない国芳。
 座敷童子? それが屋形船の座敷で、顎で使われている?
 隣ではカステラを満喫した北斎が、指をぺろりと舐めてから膝にぱんっと手を置き、懐から紙と矢立を取り出して背筋を伸ばすと、眼光鋭くなります。
「いつでもいいぜ」

 時刻は暮れ六つ。俗に「逢魔時(おうまがとき)」。大川の水面を、生温い風が渡ります。
 その風が、先程まで船内に漂っていた緩い空気を押し出すと、誰もが嗅いだことのある嫌な臭い――死臭が船内に満ちました。

 皆が川面を睨みつけているので、訳が分からないまま船縁(ふなべり)に出て川面を見ていた国芳の目線の先に、水面下からにょっきりと烏帽子が突き出しました。
 烏帽子の下には骸骨のような顔があり、骸骨はボロボロになった直垂(ひたたれ)を身に着けていて、同様のものが次から次へと突き出してきます。

「国芳、川にそこの壺を投げ込めッ!!」
 北斎に怒鳴りつけられ、我に返った国芳ですが、今度は北斎に命じられたことに戸惑います。
 そこの壺とは、この見事な花器のことか? それを川に投げ込め?
「いいからブチ込めってんだ!!」
 考えることを一旦やめた国芳が、花器の口を掴むや川に放り込みます。
 花器は空中でくるりと回転し、底に描かれた角福(かくふく)の印を上にして着水。
 派手に上がる飛沫と着水音。それが次の瞬間、急にしん…と静まり返り、水飛沫も宙に飛んだままになっています。

「あたしたちが今いるのは、時が止まった世界だ。天女様が時を止めて、これから魑魅魍魎を退治なさる。船から落ちたら命がないと思いなさい」
「国芳、バケモノも無論だが、水をよく見とけ! 森羅万象が止まった中で、ものの形を目に焼きつけろ!」
 時が止まった世界でも、水面から現れ続ける烏帽子亡者の群れ。
 助けを請うように振り向いた国芳の横に、背中から羽を生やし、(さかき)の束を手にしたラファエルが緋袴の裾を翻して立ちました。
「アタシの活躍、バッチリ描いてね!」

【其の四は8月17日更新予定です】

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