第二章 長篠城に魔王現る 其の二

作者:設楽英一

第二章 長篠城に魔王現る 其の二

「……だ…荼枳尼天(だきにてん)様か? わしにとうとう仏罰を与えに来られたか?」
「見当違いだお~。わたしは仏じゃないのねん。怠惰の魔王ベルフェゴール。ま~わかりやすく言えば、西方の地獄の閻魔様だね~」
「閻魔様であられたか!? そうとは知らず、度重なる御無礼を!! いずれ両日中に地獄に堕ちる我が身ゆえ、煮るなと焼くなと御随意になされませい!
 なれど、今はこの城と我が手勢の者を守らねばならぬ! 地獄への引導は、しばしお待ちいただきとうございまする!!」

 縮み上がったイチモツをぶら下げたままの貞昌が、ベルフェゴールに平伏します。
 一方、ベルフェゴールは周囲の人々の思念を感知する範囲を広げながら、ここがどこで、どんな状況なのかを急速に理解していきます。
「うん、だいたいわかったお~。ほいで、キミはわたしにどんなお願いをしたいのん?」
「願い?」
「そだお。魔王を召喚したキミは、わたしにお願いができるのねん。代わりにわたしも条件を出して、まとまったら契約成立だお~」

 思いもしない展開に、貞昌は飛びつきました。
「それは、どのような願いも聞き届けていただけるのか!?」
 なにしろ絶体絶命の長篠城ですから、願いには事欠きません。
「なれば閻魔様のお力で、武田勢を撃退していただきとうございまする!!」
「無理だお」

 あっさりと拒否するベルフェゴール。
「ちゃんとわたしの条件も聞かなきゃダメだお。キミのお願いを叶える引き換えに、キミは死ぬまでわたしを養うんだお~」
「そ、それはつまり、わしの嫁になられるということか……?」
 貞昌の丸出しのイチモツが、ムクリと起き上がります。
「ま~お嫁さんでもい~けど、わたしはな~んもしないお~。わたしになにか頼んだら、ささいなことでもぜ~んぶ契約になっちゃうからね~」
「う、(うべ)な(なるほど)……」

「キミが二つ目のお願いをしたら、キミの次の代までわたしを養うのねん。だからお願いすればするだけ、キミの御家は長~くわたしを養うことになるんだお。
 さっきのお願いでいえば、一人やっつけたら一つのお願いになっちゃうから、百人やっつけたら百代養うんだお。そんなの無理でしょ~?」
「であれば、武田勝頼の首級一つを挙げてもらうは一つの願いか!?」
「魔王に人殺しを頼んだら、キミ、地獄に堕ちるだけじゃ済まないお。そもそもわたしは、頼まれて殺すなんてまっぴらごめんなのねん」

 地獄に希望の光が見えたかと思い、喜び勇んでいただけに、貞昌の落ち込みようも激しいものでした。イチモツも再び縮んでいます。
「頭を使うのねん。誰かを殺して~とかじゃなくて、もっと他の方法で、窮地を脱する手立てを考えて、そこでわたしの力を頼るんだお」
「……たとえば、岡崎城の徳川殿にこの窮状を伝え、援軍を引き連れてくるは一つの願いか?」
「う~ん。いきなりわたしが出向いても、話を聞いてくれないかにゃ~」
「……なれば、わしの使いの者を、無事に岡崎城まで送り届けることは?」
「それなら一つのお願いだね~」
「げに(本当か)!?」

 貞昌の顔がみるみる紅潮し、空腹で衰えた躰に久々に生気が漲ります。
「これは助かるやもしれぬ!! この願い、閻魔様にお頼み申す!!」
「あ~い。契約成立だお~。これからよろちくね~」
 喜びに打ち震える貞昌のイチモツも、隆々とそそり勃ちました。
 そして改めてベルフェゴールの半裸姿を前にした貞昌は、若い男の肉欲を押さえ切れなくなります。
 とはいえ、これから大仕事を頼む閻魔様に襲いかかるわけにもいきません。

「……閻魔様、事を始める前に、見抜きさせてもらえぬか……?」
「見抜き~?」
「これは願いではない。ただ閻魔様を見ながら、わしがいたす(・・・)だけじゃ」
「も~、しょうがないにゃあ~。わたしがおめめ瞑ってるうちに済ますお」

 しばしの後、賢者タイムの貞昌が重臣たちの前に意気揚々と現れ、ベルフェゴールを我が陣にお味方する西方の鬼神と紹介。
 鬼神の加護を頼りに、岡崎城に救援要請の使いを立てる策を語ります。
 荒唐無稽にして無謀な話であり、そもそも鬼神は間者ではないのかと場が紛糾する中、鳥居強右衛門(とりいすねえもん)と名乗る足軽が使い役に志願しました。

 その夜、鉄壁の武田包囲網に一時、謎の気のゆるみが生じました。その間隙を突いて、強右衛門は包囲網を突破。無事に岡崎城に辿り着いたのです。


【第二章其の三は9月7日更新予定です】

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