第二章 長篠城に魔王現る 其の四

作者:設楽英一

第二章 長篠城に魔王現る 其の四

鳶ヶ巣山(とびがすやま)砦への奇襲は妙手である! だが、そのまま退却したら何とする? 武田の騎馬武者を設楽原の馬防柵へ突撃させねば、策は成らぬぞ?」
「やる気なさそ~に見せとけばい~んだお。そ~すれば、『敵は数ばっかりで弱っちいから、やっちまえ~!』ってなって、向こうはそ~ゆ~布陣にしてくるのねん。そこに奇襲を仕掛ければ、あとはなし崩しだお~」
「魔王の策、(うけたまわ)った! 皆よう聞け! 魔王はこれを“必勝の策”として信長に授けた! 必勝ならざる時は、魔王自ら合力し、必ずや勝利に導いてくれようぞ!! 魔王よ、それが約定であろう!?」
「キミ、タダで魔王をこき使おうとか、ぜったい地獄に堕ちるお」
「わしは第六天魔王。いずれ地獄で同じ魔王となる身よ!」
「五千年早いのねん」

 魔王の品定めをしてくる信長。ベルフェゴールも久々にすごい人間と出逢えて、やはり地上界は楽しい場所だとほくそ笑みました。
「貞昌! 確かにこれなる魔王は本物ぞ! よくぞ呼び出した! 褒美に、わしの“信”の一字を与える! これよりは奥平信昌(のぶまさ)と名乗るがよい!」
「は!? は、はは~っ!! 謹んで賜りまする!!」

 夜闇の中、長篠城への帰路を急ぐ信昌は、ベルフェゴールに三つ目の願いがとてつもなく大きくなったことについて、改めて確認しました。
「キミと違って、信長は頭がいいからにゃあ。わたしもあ~言われちゃったら、やるしかないのねん。ぷ~、めんどくしゃ~い!」
「……わしは、閻魔様がわしの願いしか聞かぬと上総介(かずさのすけ)様に言うた時、嬉しさに震えたわ。おかげでビンビンよ! 城に戻ったら、まずは見抜きじゃ!」
「え~、またなのん? も~、しょうがないにゃあ~。おめめ瞑ってるお」

 天正三年五月二十一日未明。家康の重臣・酒井忠次(さかいただつぐ)率いる四千の別働隊が、鳶ヶ巣山砦を急襲。背後から虚をつかれた格好の砦兵は総崩れとなります。
 これに呼応して、長篠城の奥平勢も出撃。酒井隊と共に周囲の武田軍を蹴散らし、落城寸前だった長篠城を自らの手で救いました。

 設楽原では、ベルフェゴールの策に従って信長が日本初の野戦築城を行い、火縄銃の三連射を重ねていく画期的な鉄砲隊運用によって、戦国最強の武田騎馬軍団を撃破。
 医王寺山(いおうじやま)の武田本陣に入ってくる報告では、最後まで織田徳川勢は“やる気なさそうに見えた”ため、攻撃の手を緩めなかったことが、結果として大敗に繋がった模様です。

    ◆ ◆ ◆

「ま~そんな感じで、信昌といっしょに暮らすことになったんだけど、その後も家康が天下統一するまで、なんだかんだで信昌がわたしにお願いすることになってね~。結局、最後にはお願いが十個になっちゃって、わたしは奥平家に十代の間、養ってもらうことになったんだお~」
「十代……。それでかれこれ二百四十年ってわけですかい」
 歌川国芳は、退屈様が不老不死であることを改めて思い知りました。

「奥平信昌とはその後、夫婦(めおと)になったんで?」
「信昌は、家康の長女の亀姫をお嫁さんにもらって娘婿になって、美濃加納十万石の藩主にまで出世したんだお。子供もいっぱい作ったんだけど、わたしには結局死ぬまで見抜きしかしなかったのねん。
 老衰で死ぬときも、最後だから抱いてもいいよ~って言ったんだけど、『知るか馬鹿! そんなことより見抜きじゃ!』って言って、一人でやって、そのまま死んじゃったんだお。勝手なヤツなのねん」

 歳を取らず、死にもしない。それに漠然と憧れを感じていた国芳は、ベルフェゴールが視線を外した際に、(まなこ)玻璃(びいどろ)のようにてかるのを見て、はたと気づきました。――泣いている?
 これまでどれだけの人に愛され、愛し、死別してきたのだろうか、と。
「退屈様! なんなら俺が抱いてやりまさぁ!(ボカチン!)あいたあっ!?」
「五千二百年早いのねん」

「でまぁ、問題は信昌が死んだ後なのねん。亀姫がレヴィたんもびっくりな嫉妬深さでね~。信昌に一人も側室を置かせなかったくらいだから、当然わたしのことはゲジゲジ扱いなんだお。
 ほいで、信昌が死んだ途端に毒は盛るわ、鉄砲で撃つわの大騒ぎ。それでもわたしが死なないし、しかも神格にそゆことすると必ず祟りがあるから、身内にどんどん不幸が起こってね~。
 周りが見るに見かねて、わたしを奥平家の江戸藩邸に置いて亀姫と離したんだお。そしたら今度は、江戸でもっと大変なことになっちゃったのねん」
「そこでようやく、アタシの出番ってわけじゃん」
 巫女の白衣に丈の短い緋袴。国芳憧れの天女(ラファエル)が現れました。
「天界に魔王退治の依頼が来て、アタシが出張ることになったんだよ。ただ、依頼主が胡散臭くってね。天海ってヤツなんだ」


【次回第三章は9月21日更新予定です】

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