控除が増えれば税金が安くなるので、使えそうな控除をノリノリで片っ端から探してやることにした

作者:中田かなた

第2章 控除が増えれば税金が安くなるので、使えそうな控除をノリノリで片っ端から探してやることにした

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 家族とは何か。
 この問いに対する回答は、時代により、国により、文化により、そして人によって異なるものが出てくるだろう。ぼくとしても突然そんなことを聞かれたとしたら、なんと答えるべきか迷ってしまう。少なくとも、価値観が多様化している現代日本において、この問いに即答できる人間は少ないだろう。
 だけど、即答できる人間はゼロではない。
 租税さんも、即答できる人間の一人だ。以前、ぼくたちが通う月熊高校において、家族とは何かを問うアンケートが行われたことがあった。その結果は文化祭で発表されたのだが、その内容についてはもう忘却の彼方だ。でも、租税さんの回答だけは今でも覚えている。文芸部の部室で租税さんに尋ねると、租税さんは迷うことなくノータイムでこう答えた。
 家族とは即ち、六親等内の血族、配偶者、三親等内の姻族であると。
 それに対するぼくのツッコミはこちら。
 租税さん、それ親族ですから! 民法上の規定ですから!


     1 お宅訪問

 二月半ば。冬本番。
 雪が降り積もる校舎で、ぼくと租税さんは、相も変わらず部室で読書をする毎日を送っていた。電気ストーブの正面は、やはり租税さんが独占している。それでも、廊下や外に比べれば格段に暖かい。そんなまったりとした居心地のいい雰囲気のなか、ぼくは今日の本題を告げるべく、鞄の中に手を突っ込んだ。

「あの、租税さん」
「うん、何かな?」
「これを受け取って欲しいんですけど」

 ぼくは包装紙に包まれたプレゼントを机の上に置いた。

「これは?」
「お礼の品です。この前、租税さんのおかげで30,000円が戻ってきたお礼をまだしていなかったので」
「そ、そう? 別に、無駄遣いをさせるために確定申告をさせたわけじゃないんだけど」
「それじゃあ、いらないですか?」
「いえ、ありがたく受け取らせてもらうわ。早速開けてもいいかしら?」
「はい、どうぞ」
「さて、イズミ君の心のこもったプレゼント~。中身は何かしら~? 薄いから何かのチケット~? もしかして、一緒にどこか出かけようとか~?」

 租税さんは鼻歌を歌いながら、包装紙をはがしていく。こういうところが子どもじみていてかわいいと言われる所以となるのだけれど、本人も気づいていないようだし、ぼくも敢えて指摘はしない。だって、そのほうがかわいいから!
 そんな上機嫌の租税さんだけど、包装紙をはがし終わり、中から現れたものを見ると表情が変わった。何か不思議なものでも見つけたかのように、目を丸くしている。

「……これは、何かな?」
「商品券です」

 しかも3,000円分。そう、ぼくが選んだのは商品券だった。決してふざけているわけではない。租税さんに何をプレゼントすれば喜んでくれるのかについて検討を重ねた結果、商品券という結論に達したのだ。

「ああ、うん。ありがとう。なんというか、君らしい贈り物ね」
「そうですか?」
「優柔不断で最終的な判断は他人任せな感じがよく出ていわ」
「悪い意味だった!?」
「冗談よ。これは、ありがたく受け取らせてもらうけど、どうして商品券だったの?」
「租税さんがぼくを確定申告に連れて言ってくれたとき、ぼくがその理由を聞いたことがあったのを覚えていますか?」
「ええ、覚えているわ」
「好きだから」
「……え?」
「ほら、租税さんはお金が好きだっていっていたじゃないですか」
「え、ああ、うん。言ったわね」

 租税さんは少し動揺していた。
 あの時の仕返しが出来たようで、すこしスッキリした。

「でも、現金を渡すのもどうかと思ったから、それに近い使い方の出来る商品券にしたんです。だから、それは無難な選択肢として選んだものじゃありません。ちゃんと租税さんのことを考えて決めた、心のこもったプレゼントなんです」
「イズミ君……」
「そういう感じの後付の理由を考えてみたんですけど、どうですか?」

 実際のところは、ちゃんと今言ったとおりの理由で選んだのだけれど、租税さんのリアクション見たさに後付ということにしてしまった。
 ちなみに、答えは、ぼくの腹部へのグーパンチだった。
 こんな感じで、一連のやり取りを終えると、ぼくは鞄に荷物を入れて立ち上がった。

「あれ、もう帰るの?」
「はい。今日は用事があるので、今日はこれで上がらせてもらおうと思います」
「分かったわ。まだ雪が降っているから気をつけてね」
「はい」

 ぼくは挨拶をしてから廊下に出た。
 そして、間髪おかずに再びドアを開け、部室に入った。

「あれ、どうしたの?」
「一年三組の源イズミというものですが」
「知っているけれど?」

 租税さんは不思議そうに首を傾げる。

「表の租税相談の張り紙を見て来ました。是非、相談に乗っていただきたいことがあるんですが」
「……もしかして、イズミ君、租税相談の『お客さん』としてもう一回ここに入ってきたの? 相談に乗る文芸部員としてじゃなく」
「そうですけど」

 租税さんは呆れ顔を浮かべる。

「ところでイズミ君。話は変わるけれど、『このはし渡るべからず』っていう看板がついている橋を渡っているところを注意したら『端じゃなくて中央を歩いていたんで~す』とか屁理屈を言っちゃうお馬鹿な子どもを更生させるにはどうすればいいと思う?」
「話が変わってない! 遠まわしに批難された!?」
「何とかの考え休むに似たり、とはよく言ったものね」
「すみません! もうそろそろこの辺で勘弁してください!」
「分かったから頭を上げて。元々、イズミ君が相談があるというのなら無碍に扱う気はないわ。とりあえず、元の場所に座って事情を話してくれるかしら?」

 租税さんの顔をチラリと見る。特に怒ってはいないようだ。むしろ、ぼくの策略を突破したことに満足したらしく、やわらかな笑顔を浮かべている。ぼくはおずおずとついさっきまで座っていた椅子に再度着座した。

「実は、租税さんの話を家でしたら、父さんが是非話を聞いてみたいっていうんです。どうも、年末調整とかいうのを適当にやってしまったから税金が高くなっちゃった――と会社の経理の人にいわれたらしいんです。本人もよく意味が分かっていなくて……」
「ああ、うん。よ~く分かりました」
「そうですか? それで、父さんはどうすればいいんですか?」
「例のごとく確定申告よ!」
「ああ、やっぱり」
「まぁ、いいんじゃないかしら。丁度今は確定申告の時期だし。月熊町役場にでも行って、やってくるといいわ。もしかしたら、今まで使い忘れていた控除も見つかるかもしれないわ」
「そこで、租税さんのお力添えをいただけないかと」
「私の力?」
「何を持っていけばいいのかも分からない状態で、困っているんです。確定申告というものをこれまで一度もしたことが無いらしくて。内容も、ぼくの時よりもかなり複雑になりますよね?」
「別に構わないけど、具体的には私に何をしてほしいの?」
「一度、家に来て指導をしていただけたらと……」

 ぼくは平身低頭してお願いした。
 まるで印籠を目の前にした悪代官のようだ。

「苦しゅうない、面をあげい」
「はは~」
「この山吹色のお菓子、もとい商品券に免じて引き受けてあげるわ」

 ぼくは租税さんを連れて行くことを家の母さんに連絡した。父さんにはこれから連絡をして、今日は早く帰ってこられるように伝えるらしい。
 それでも、午後五時過ぎになるだろうから、租税さんには五時半ごろに家に来てもらえるように伝えた。租税さんは、それまで部室で読書をして時間を潰してから来てくれると言っていた。文芸部が読書のことを時間つぶしと言っていいのかどうかは疑問が残る。
 ぼくはというと、一足先に家に帰り、昼食をとってから再び確定申告の本を読んでいた。
 前回、実際に確定申告書をみたことで、少しは分かるようになったような気がしていたけれど、それは思い込みだったようだ。結局、ぼくは前回、分からないものを分からないまま何とかしていただけなのだ。

「あ~あ、全然分からない」

 ぼくはベッドの上で横になる。電気はつけっぱなしで、部屋の中は酷く冷えていたけれど、ぼくの意識は夢の中へと導かれていった。


 暗い部屋の中、ぼくは携帯の振動音で目を覚ました。携帯の液晶の光を頼りに見つけ出し、画面を見ると、租税さんからの着信だった。時刻は午後5時20分。

「あ、はい。もしもし」
『私、租税さん。今アナタの家の前にいるの』
「どこのメリーさん!? いえ、すぐに行きます」

 玄関先には、いつもの制服姿の租税さんがいた。
 租税さんは、何故かぼくの姿をじろじろと見ている。

「もしかして、寝ていたの?」
「いえ、そんなことは――」
「でも、家に帰ってから着替えたりはしないのかしら? まだ制服姿のようだけど」
「ああ、そうですね……。すいません、寝てました」

 ぼくはあっさりと自供した。
 寒い玄関先に租税さんをいつまでも食い止めておくわけにも行かないので、租税さんには、とりあえずぼくの部屋で待っていてもらうことにした。ぼくは部屋に戻ると、すぐにストーブのスイッチを入れ、その正面に租税さんのための椅子を置く。

「本当に、漫画しかないのね」

 少し遅れて部屋に入ってきた租税さんは、部屋を一瞥するなりそう言った。
 本好きの人間にとって、他人の家の本棚というのは妙に気になるものらしい。
 租税さん曰く「本棚を見ればその持ち主の人となりが分かる」のだそうだ。この漫画だらけの本棚で、ぼくの評価はどうなっているんだろう。そんなそわそわした気持ちになっていたぼくをよそに、租税さんはというと――。

「ふむふむ、成程」

 何に納得したのか分からないが、大きく頷いてから漫画を一冊取り出し、ページをぱらぱらと捲り始めた。椅子を勧めると、漫画を本棚に戻してから座った。

「ベッドの上に確定申告の本が置いてあるみたいだけど、私が来る前に目を通していたらいつの間にか眠ってしまったといったところかしら?」
「その通りです」

 租税さんは手のひらをぼくに向ける。どうやら、本を渡せということらしい。ぼくが本を渡すと、租税さんはそそくさと本のページを捲り始めた。

「うわっ、これまだ年少扶養が始まっていない頃のだ。すごいな~。何だか、日々変わっていくものに関する昔の書籍というのは、独特の懐かしさを覚えるわね。今では当たり前のことが、昔では大事だったり、その逆もあったりで面白いわ」
「そうですか?」
「そうなのよ」

 どうやら、そういうものらしい。そういう、物事の経緯に対して興味を持つという心情はぼくにはあまり理解できない。そもそも現状だって理解できていないのだから仕方が無いだろう。

「租税さんに聞いてみたいことがあるんですけど、いいですか?」
「どうぞ」
「租税さんは何でこんなに税について詳しくなったんですか?」

 その一言で、租税さんは本をパタンと閉じた。
 何か聞いてはいけないことでも聞いてしまったのだろうか。

「そう、あれは私が中学一年生のときだったわ。当時の私の月のお小遣いは500円。現代社会を生きる中学生にしてみれば、あまりに小額。私は欲しいものも録に買えぬ哀れな小娘だったわ。そんなある日、偶然、親の源泉徴収票を見つけたの。そして、あることに気がついた。それは、祖父母が扶養に入っていないということ」
「扶養?」
「同居老親は580,000円の控除。それが祖父と祖母の二人分。これは金になる。私は直感したわ。そして、交渉をした。『私が確定申告をして返ってきた金額をお小遣いとしてくれないか』と。両親はあまり大したことだとは思っていなかったらしかったわ。でも、実際、あれは大したことだったのよ」

 何を言っているのか分からないが、とにかく租税さんが確定申告をしたということなのだろう。控除だの何だの分からない単語が多すぎる。

「どうなったんですか?」
「所得税と住民税があわせて大体200,000円ほど戻ってきたわ」
「200,000円!?」
「しかも、過去五年間にさかのぼって申告をしたことで、戻った税額は1,000,000円近く……。これが全額私のお小遣い。当時の私にしてみれば、畏怖さえ覚えてしまうほどの金額だったわ。もう、一生この金で生きていけるんじゃないかとさえ思ってしまったくらいよ」
「それは凄かったですね」

 1,000,000円という金額は、中学生にしてみれば大きすぎるものだろう。
 でも、それで一生生きていけると思ってしまう暢気さ――当時の租税さんはどれほどのゆるキャラとしての潜在能力を持っていたというのだろう。

「何だか、失礼なことを考えてない?」
「そんなことはないですよ」
「……まぁ、いいわ。とにかく、それと同じようなことはここでも起きるかもしれないのよ。とりあえず、戻ってくるお金の一割でももらえないか交渉しておくといいんじゃないかしら? 少なくとも年末調整をまともに出来ていないみたいだから、確実に戻ってくる金額はあると思うわ」

 そうなのか。
 年末調整がされていないから、お金が戻ってくる。
 分かったような分からないような……。というより、年末調整って何だ?




     2 年末調整

 租税さんは何かを期待するようにぼくを見ていた。おそらく、何か質問をしてほしいのだろう。まるで面白い事件を目の前にしたシャーロックホームズのような状態だ。
 ぼくは租税さんの期待に沿うべく、質問をした。

「租税さん。多分、基礎的なお話で申し訳ないんですけど、質問いいですか?」
「何でも聞いて頂戴!」
「そもそも、年末調整って何ですか? 父さんは年末調整をしていないから損をしたとか言われたらしいんですけど」
「ふむ」

 租税さんは少し考え込んだ。
 どうやってぼくに教えるのかを考えてくれているらしい。

「イズミ君。そもそも、源泉徴収というのは何故されるのか、君は分かっているのかしら?」
「さぁ?」
「それじゃあ、例えば所得税を納めなければならなくなるほどの収入があるAさんがいたとするわ。その人が源泉徴収を取られていなかったら、自分で確定申告をしようと思うかしら? ヒントは、そうね――以前も言ったかもしれないけれど、確定申告というのは『一年間に得た所得金額を総決算し、その所得金額についての税金を確定して、源泉聴取や予定納税で収めた税金と比べ、収めすぎているか又は納めたりないかを清算する手続き』だということよ」

 租税さんの言う長い定義はともかく、確定申告というのは、要するに正しい所得税の額を計算するための手続きだったはずだ。ぼくの場合はそれが0だったから、あらかじめ取られていた所得税が戻ってきたはずだ。
 では、今回はどうだ?
 登場したAさんは、所得税が発生するほどの収入額がある。そして、源泉徴収をされていないということは、所得税はまだ全く取られていないということだ。つまり、確定申告をすると、所得税を払わされてしまうことになる。だったら答えは――。

「自らしたいとは思わないですよね」
「その通りよ。だから、国は給与の支払い時に所得税を天引きしておくことにしたの。そうすれば、確定申告をせずに税金を払うのを逃れるケースの大半がなくなることになるわ。もしも源泉徴収が引かれ過ぎということであれば、それを返してもらうために確定申告をするしかない。そういうのがこの国の制度の現状なの」
「そうなんですね。そういえば、同じようなことを以前、ぼくの確定申告をするときにも租税さんが説明してくれましたよね」
「……そうだっけ?」
「そうだったんです」
「そんな細かいことは置いといて、次の問題にいきましょう。第二問。給与をもらっている人は、全員確定申告をしたほうがいいでしょうか?」
「え? 働いている人は、全員確定申告をしたほうがいいんじゃないんですか?」
「それは違うわ!」

 租税さんは嬉しそうに言った。
 この人、ぼくの間違いを指摘するのが楽しくなってきているのかもしれない。

「ここで出てくるのが『年末調整』なのよ!」
「年末調整、やっと出てきましたね」
「年末調整というのは『一年間に源泉徴収をした所得税及び復興特別所得税の合計額と一年間に納めるべき所得税及び復興特別所得税額を一致させるための処理』のことよ」

 最初の定義紹介か。
 確定申告のものと似ていて、何となく理解できるような気がするけれど、説明は求めるべきだろう。租税さんが何かを期待するように目を輝かせてこちらを見ているのだから。

「それじゃあ、租税さん」
「何かな!」
「もう少し分かりやすく」
「いいでしょう!」

 租税さんは満足げに頷いた。

「君が源泉徴収という形で所得税を取られていることは分かっているわね?」
「はい」
「そして、払いすぎていた金額を確定申告をすることで取り戻した。そこもいい?」
「はい」
「実際、自分ですることはほとんど無かったけれど、税務署に行くのは面倒じゃなかったかしら? それに、2月16日から3月15日の申告期間中であれば、申告会場はかなり混雑するわ。寒い中、長時間待たなければいけなくなるかもしれないし、場所によっては長蛇の列が建物の外にまで続くこともある」
「それは寒そうですね」
「そうなのよ。地域によっては大量の雪が積もっている場合もあるでしょう。おととしの2月なんて大変な大雪が降ったわね。だったら、最初から確定申告をしなくてもいいように、給与から引かれる源泉徴収税額を調整しておけたらいいと思わない?」
「思います!」
「それが『年末調整』なのよ! その人が払うべき所得税額ぴったりの金額が最終的な源泉徴収税額になるように調整する。いわば、会社で行っておく確定申告のようなものよ。だから、年末調整をしている人は確定申告をする必要がなくなるの」
「それじゃあ、確定申告なんて必要ないんですね!」
「君はどうしてそう極端なの? 猪か何かなの?」
「それじゃあ、どういう人が申告をするんですか?」
「自営業の人は基本的にするものだと思ったほうがいいわ。会社勤めじゃないから年末調整も何もあったものじゃないから」

 成程。
 自営の人は誰かにやってもらうというわけにも行かないからな。

「それと、君のように年の途中で仕事を辞めた人は、通常年末調整が出来ていないわ。何せ、年末に行う調整と書いて年末調整なのだから。そういう人は、申告をすればお金が返ってくる可能性が高いと思うわ。それに、年末調整では使えない控除もあるから、それには注意しておく必要があるのよ」
「使えない控除?」
「一番有名なのは医療費控除ね。入院などで大量の医療費を支払った場合、その金額をある程度控除として使えるんだけど、控除として使うためには確定申告をしなければならないの」
「それじゃあ、年末調整をしていても医療費控除を受ける人は確定申告をする必要があるということですね?」
「そうよ。それと、最近では、ふるさと納税というのも話題になってきているようだけど、それも控除として使うためには原則として確定申告が必要よ。でも、ふるさと納税については色々とあるから後回しにしておきましょう」
「後回しですか?」
「後で番外編をやるわ」
「番外編? 何のことですか?」
「そのあたりは気にしないで。とにかく、給与収入のある人は基本的には年末調整で完結するの。でも、それ以外に収入があったり、年末調整で使い忘れた控除があったり、確定申告をしなければ使えない控除があったりする人については、確定申告をする必要がある。それだけ覚えておいて」
「はい」





     3 所得

 租税さんの話が一区切りついても、父さんはまだ現れなかった。
 租税さんは、ようやくつき始めたストーブの前で手をこすり合わせている。

「それでは、イズミ君のお父さんもまだ帰ってこないようだし、少し本格的な部分について踏み込んでみることにしましょう」
「は、はい」
「そうしり込みする必要は無いわ。これからする話は、全てを理解する必要はないし、ほとんど理解して無くてもなんとかなるから。出来る限り分かりやすく話をするけど、重要なのは、何が分からないのか、公的機関に何を相談すればいいのかを把握することなのよ。だから、分からなくても気にしないで」
「はぁ……」
「とりあえず、この『租税少女』の気になるページに付箋でも貼って申告会場に行ったときに聞いてみればいいんじゃないかしら? 書籍化できればの話だけれど。それと、よめるHJに相談用のエクセルシートが用意されているはずだから、それを印刷して持って行っても行くといいと思うわ」
「『租税少女』? よめるHJ?」

 一体何のことだろう? 全く、これっぽちも、想像がつかない。租税少女というのは一体どんなものなんだろう? 何となく文庫本のような気がするけれど、これといった根拠もないわけだし、決め付けはよくないな、うん。

「あれ、私そんなこと言ったかしら? 補足コーナーあたりから変な電波でも受信しちゃったのかもしれないわね。イズミ君は気にしないで」
「……はい」

「それじゃあ、まず、所得税がどうやって計算されるかを大雑把に説明するわ。『所得』額から『控除』額を引いたものに税率をかける。基本的にはこれだけよ」

「……え?」
「まぁ、これだけだと分かりにくいから、例をあげて説明するわ。まずは所得について。例えば、イズミ君が年間2,000,000円を稼いだとしましょう。この2,000,000円というのが『収入額』となるわけだけど、この収入額を元にして『所得金額』というものを算出することになるの。ちなみに、2,000,000円の収入を元に所得額を計算すると、所得額は1,220,000円となるわ」
「あの、租税さん」
「何?」
「その『所得』って何なんですか?」
「いい質問ね。この所得額というのは、大雑把にいえば、収入から経費を引いた金額のことよ。例えば、自営の人が1,000,000円の売り上げがあったけど経費が800,000円かかったという場合は、この差額である200,000円が所得ということになるのよ」
「成程」
「でも、サラリーマンが一々経費を計算するのは大変でしょう?」
「はい。まぁ、そうですね」
「だから、給与収入については、法律で経費として扱うべき金額を求める計算式を用意しておいて、その計算式に当てはめるだけで所得額を算出できるようにしているのよ。年金についても同じよ」
「そうだったんですね」
「でも、この所得っていうのは何に使うんですか?」
「色々。本当に色々なことに使うわ。一つ一つ説明をしていったら日が暮れるから今はしないけれど、というか既に暮れちゃっているけれど、今は『色々な税金等の計算の基礎となるもの』くらいに考えておいて」


《補足1 資料入手のお願い》
租 税「イズミ君。ちょっとここでメタってもいいかしら?」
イズミ「メタる?」
租 税「実はこの『よめるHJ』では図や画像が使えないのよ。だから、第一章で出て来たイズミ君の源泉徴収票も内容の説明が文字であっただけだったでしょう? ここから先の説明には、是非とも図や表を使いたいところなのだけど、それができないみたいなの」
イズミ「それじゃあ、どうするんですか?」
租 税「よそ様に頼ることにするわ。今後、私の説明は『所得税及び復興特別所得税の確定申告の手引き(確定申告書B用)』に準拠することになるから、出来れば読者の方には国税庁のサイトにあるpdfをダウンロードしておいてほしいの。国税庁のサイトの左側に『パンフレット・手引き』というのがあって、そこをクリックすると、少し下のほうに『確定申告に関する手引き等(平成28年12月)』っていうリンクがあるから、それをクリックすれば見つけられると思うわ」
イズミ「面倒ですね」
租 税「そんな人は、とりあえず読むだけ読んで雰囲気だけでも感じ取っていってもらいたいわね」


《補足2 給与所得の計算》
租 税「さて、それじゃあ本編で出てきた給与所得について補足させてもらうわ。とりあえず、給与収入を基にして計算をして、給与所得の金額を求めることが出来るのだけど、それを実際にやってみることにするわ。手引きの7ページを開いてみて」
イズミ「一覧表が載っていますね」
租 税「この表に数字を入れれば、所得の計算が出来るのよ。例えば、年収が2,000,000円の人がいたとして、その人の所得金額はいくらになるかしら?」
イズミ「えっと……」

 2,000,000円÷4=500,000円
 500,000円×2.8-180,000円=1,220,000円

イズミ「1,220,000円ですか?」
租 税「ええ、そうよ。簡単でしょう?」
イズミ「まぁ、ここまでなら簡単ですね」
租 税「どうしても分からないようなら、収入金額を入力すると自動で計算してくれるようなサイトもあると思うから、そこで調べてみるといいわ。一応、別の金額でも計算してみましょう。収入額が300,000円の人の所得はどうなるかしら?」
イズミ「650,999円以下だから、0円ですよね」
租 税「引っかからなかったわね。それじゃあ、所得が1,000,000円の人は?」
イズミ「えっと……」

 1,000,000円-650,000円=350,000円

イズミ「350,000円ですね」
租 税「その通りよ。これで給与所得の金額の計算はばっちりね」


《補足3 年金雑所得の計算》
租 税「それじゃあ、公的年金の雑所得の計算をしてみることにしましょう。公的年金も給与と同じように、あらかじめ所得を計算するための式が用意されているわ。手引きの9ページを見てみて」
イズミ「年齢によって表が分かれていますね」
租 税「そうね。65歳を境に計算方法が変わるわ。とりあえず、計算してみましょうか。65歳未満の人が、800,000円の年金収入があったとするわ。その場合、年金雑所得はいくらになるかしら?」
イズミ「えっと……」

 800,000円-700,000円=100,000円

イズミ「100,000円ですね」
租 税「そう、その通り。それじゃあ、65歳以上の人が、2,000,000円の公的年金の収入があったとすると、どうなるかしら?」
イズミ「えっと……」

 2,000,000円-1,200,000円=800,000円

イズミ「800,000円ですかね」
租 税「その通り! これで公的年金等の雑所得は完璧ね」
イズミ「完璧ですか?」
租 税「ええ。でも、雑所得は公的年金等だけじゃないわ」
イズミ「他にはどんなものがあるんですか?」
租 税「例えば、民間の生命保険に入っていた人が、そこからも年金を受け取ることになった場合、そのお金はその他の収入ということになるわ。その年金額からこれまで払った保険料を引いた金額が雑所得ということになるのだけど、それはそれで毎年証明のはがきが届くでしょうから、それを見るといいわ。とにかく、雑所得には色々なものがあるから、分からないことがあったら税務署や自治体に相談してみるといいわ」
イズミ「あくまでも他力本願なんですね」
租 税「そうよ。だって、自分で理解したうえで申告をするなんて大変じゃない。税なんていうのは公的なものなのだから、兎にも角にも、公的機関を頼ってしまえばいいのよ」



《補足4 それ以外の所得》
租 税「さて、ここまで給与所得と雑所得について話をしてきたけれど、他にも所得はあるわ。でも、多くの人に共通する所得と言えば、この二つくらいだからこれ以上の説明はしないことにするわ」
イズミ「それで大丈夫なんですか?」
租 税「大体の人は大丈夫よ。今説明した以外の収入がある人は、自分で何とかするか公的機関に相談するといいわね」

《補足5 覚えておいてほしいこと》
租 税「さて、それじゃあ、ここからはいよいよ控除の始まりよ。でも、その前に一つだけ覚えておいてほしいことがあるの」
イズミ「何ですか?」
租 税「何度も言うけど、所得税額っていうのはね【(所得-控除)×税率】で大体求められるということよ。だから、控除が大きくなればなるほど、税金は安くなる。ここからは本格的に税金を安くするためのお話になるわ。雰囲気だけでもつかんでいってもらえればうれしいわね」
イズミ「分からなかったら相談ということですね?」
租 税「その通りよ」




     4 控除

 所得について話し終えた租税さんは、少し呆けていた。どこかよく分からない場所をぼうっと見ている。

「あの、租税さん。どうしました?」
「え? ああ、話の途中だったわね。補足コーナーがあまりに長かったから少しぼうっとしてしまっていたわ」
「補足コーナー?」
「何でもないわ。さて、それじゃあ、次は控除にいきましょう。控除が多くなればなるほど税金が安くなるから、気合を入れていきましょう」
「はい」
「まずは基礎控除。所得税の申告においては、誰でも必ず380,000円の基礎控除があるのよ」
「はぁ……」
「その返事はよく分かっていない返事ね。さて、今は税額の計算方法についての説明をするから、他にどんな控除があるのかはまた後で教えることにするわ。とりあえず、今は2,000,000円の給与収入と基礎控除だけで所得税の金額を計算してみましょう。まず、2,000,000円の給与収入を基にして計算された所得はいくらだったか覚えている?」
「覚えてません」
「それじゃあ、手引きの7ページを見て計算してみましょう」

 2,000,000円÷4=500,000円
 500,000円×2.8-180,000円=1,220,000円

「1,220,000円でした」
「その通り。給与所得は1,220,000円となるわね。そこから、380,000円を引いてみると、いくらになるかしら?」
「1,220,000円から380,000円を引くと……。840,000円ですね」
「そうね。その840,000円が課税される所得金額となるのよ。さて、あとは簡単。この840,000円に税率をかけるだけ。課税総所得金額がいくらなのかによって税率も変わるわ。それについては手引きの21ページにあるから、これを基にして計算してみましょう」

 840,000円×0.05=42,000円

「課税総所得金額が840,000円の場合は税率が5%になるから、840,000円に5%をかけた金額、42,000円が支払うべき所得税ということになるのよ。それと、復興特別所得税というものもあるのだけど、額がそんなに大きいものじゃないし細かい話だから説明はしないわ。興味があるなら自分で調べてみて」
「はい」
「さてと、それじゃあ、問題。この所得税を安くするためにはどうすればいいと思う?」
「えっと……」

 確か、所得税というものは『所得額から控除額を引いたものに税率をかける』ことで算出されるものだと租税さんは言っていた。だったら、所得が減るか控除が増えれば、課税の元となる金額も減るから、節税になるのではないだろうか。
 となれば、手段は限られてくる。

「控除を増やす?」
「その通りよ。例えるなら、所得というのは諸刃の剣なの。沢山あればうれしいけれど、多ければ多いほどたくさん税金がかかるわ。それに対して、控除はその剣から身を守るための鎧なのよ。この鎧をどんどん厚くすることで、自分が受けるダメージを減らすの。だから、サラリーマンは通常、年末調整の時に自分が使える控除を出来る限り増やして、防御力を上げるの。でも、君のお父さんはどうだった?」
「年末調整をちゃんとしなかったって……」
「つまり?」
「裸装備で大ダメージ。つまり、大損をしている?」
「そうね。でも、考えようによってはいい機会よ。年末調整なんて毎年同じような内容でしかしないんだから、これを期に君のお父さんはまだ使える控除がないか探してみるといいわ。それに、これから平成28年分の確定申告相談会が月熊町役場で行われることになるから、それにお父さんを連れて行って確定申告をしてみるといいと思うわ」
「税務署じゃ駄目なんですか?」
「難しい内容の申告なら税務署のほうがいいとは思うけれど、サラリーマンが控除を追加する程度なら役場で十分よ。それに、地元の役場は君達の家族構成など、君達に関する様々なデータを持っているわ。だから、簡単なものなら役場で申告をしたほうがいいのよ」
「分りました。話してみます」

 ぼくがそう答えると、玄関のドアが開く音がした。
 どうやら、父さんが帰ってきたらしい。
 ぼくと租税さんは、リビングへと移動した。


 父さんは鞄を置くと、すぐにぼくと租税さんの待つリビングに現れた。

「初めまして。私は租税のうふと申します」
「初めまして。待たせて悪かったね。イズミの父です」
「それでは、早速ですがお話を始めさせてもらうわ! 何でも、年末調整をまともにしていなかったとか」
「ああ、そうなんだ」
「では、源泉徴収票を見せてもらえるかしら?」
「ああ、これかな」

 父さんは源泉徴収票を渡す。
 それを一瞥すると、租税さんはとんでもないものを見たかのように目を見開いた。

平成28年分 給与所得の源泉徴収票
支払金額
 6,000,000円
給与所得控除後の金額
 4,260,000円
所得控除の額の合計額
 830,000円
源泉徴収税額
 263,900円
社会保険料等の金額
 450,000円
その他は、住所・名前を除き空欄


「これは……」
「租税さん、どうしたんですか?」
「なんじゃこりゃぁぁぁ!」

 租税のうふ渾身の叫び。
 普段の租税さんからは考えられないようなリアクションだ。

「控除が基礎控除と社会保険料控除しかないじゃない! そりゃそうだけど! 実物を見ると、やっぱり凄いインパクトね! しかも、支払額も凄いから引かれている金額も凄い! お父さん、色々な意味でいい仕事してますね!」

 租税さんの勢いに、父さんも押されているようだった。

「でも、いくらなんでも、これはないわ! 勿体無いお化けがミッキーマウスマーチを歌いながら隊列を組んで押し寄せてくるレベルよ、これは。こんなにあったら、一体どれだけの所得税が帰ってくるのか……」
「それほど酷いんですか?」
「これほど酷いのは初めてよ!」

 租税さんは鼻息を荒くしながら、源泉徴収票を食い入るように見ている。
 これほど興奮している租税さんを見るのは初めてかもしれない。

「事情聴取を始めます!」

 租税さんはそう言うと、電気を消して部屋を暗くし、隅にあったライトスタンドをテーブルの上に乗せた。アシスタントである僕は、すかさずスタンドのコンセントを入れる。

「それじゃあ、聞かせてもらいましょうか」

 何故か取調べが始まった。

「お父様、何故社会保険料以外の控除が全くないの?」
「いや~、年末は忙しくてね。年末調整の書類を書くのが大変だったから、去年は何も書かずに出しちゃったよ。妻も働き始めて収入があるしね」
「こんのバカチンがぁ~~!」

 そういって、租税さんは父さんを殴った。全く痛くなさそうだ。
 そして、ポケットから笛を取り出すと、いきなり大きな音を鳴らした。

「な、何をするんだ」
「今から緊急の家族会議を始めます!」
「家族会議?」
「イズミ君、ここに家族全員を連れてきて! これから、貴方のお父様がいかに愚かな行為をしたのかを教えて上げるわ」

《補足 相談用シート》
租 税「さて、毎度おなじみの補足コーナーよ。これから、イズミ君のお父様が取れるはずだった控除を一つずつ検討していくことになるわ。ただ、出来る限り分かりやすく説明するけど、それでも最後まで読んでもよく分からない部分が出てくると思うのよ。だから、相談シートを作ってみました。よめるHJにエクセルファイルを掲載しておくから、これをダウンロードして是非使ってみてほしいわね」
イズミ「これって、どうやって使うんですか?」
租 税「使い方はとっても簡単。とりあえず、身内の名前と年齢を書きこんだ後、これを持って税務署か役所にでも相談に行ってみるといいわ。この空欄の部分を一つずつチェックしていくことで、自分が使える控除を把握することが出来るのよ」
イズミ「でも、時間がかかりませんか?」
租 税「そうね。一人一人やって行ったらかなり時間がかかると思うわ。税務署や自治体の人も面倒でしょうね。でも、私は困らないから問題ないわ」
イズミ「自分勝手!?」
租 税「でも、分からないものは分からないのだから仕方がないじゃない。それに、確定申告は一生付き合っていくかもしれないものなのよ。だから、今後のために一回は整理しておいたほうがいいと思うのよ」
イズミ「初めて確定申告をする人には、いいかもしれませんね」
租 税「それだけじゃないわ。これまでの申告で控除を入れ忘れていたものはないか、扶養にとり忘れていた人はいないか。それをチェックすることもできるから、是非活用してほしいわね。A4横サイズで印刷して使ってね。それで小さければ、もっと大きくして印刷してもいいと思うわ」
イズミ「それは便利ですね」
租 税「ちなみに、エクセルシートにはイズミ君のお父様が使った場合どうなるかというのも載っているから、参考にしてみるといいわ」






  4‐1 扶養控除・配偶者控除・配偶者特別控除(P25・P26)

 リビングには家族が全員集合していた。
 ぼくの両親と父方の祖父母、それと五つ年上の姉。ぼくを含めた計六人だ。
 姉さんは租税さんを見るなり、無遠慮に質問をする。

「誰、この子? すごくかわいいんだけど。何この絶対的可愛さ! 写真とっていい?」
「はじめまして。私はイズミ君のお父様の罪を裁く者よ。あと写真は止めて」
「何、お父さん。浮気でもしたの?」
「いいえ、浮気などよりもよっぽど罪深い行為よ」

 おちゃらけた姉さんの発言に一切動じることなく、租税さんは重苦しい雰囲気で言った。その様子に、姉さんは父さんを本当に疑いの目で見た。何を想像しているのかは分からないが、濡れ衣だ。

「いや、違うからね。今日は租税さんに確定申告について教えてもらうために家まできてもらったんだよ。くれぐれも失礼な態度はやめてくれ」
「へぇ~。このコロボックルみたいな子が?」
「コロボックルって言うのは止めて!」
「じゃあ、座敷わらし?」
「それもダメ。私は租税のうふ。月熊高校二年生でイズミ君と同じ文芸部に所属しているわ。しかし、今はそんなことはどうでもいいのよ。全員、コレを見てもらえるかしら」

 テーブルの上に置かれる源泉徴収票。
 家族全員が、小さな四角い紙切れに注目する。

「何これ? 浮気の証拠?」
「姉さん、しつこい」
「これはお父様の勤め先から出ている源泉徴収票というものよ。去年の収入額や所得額・控除額などが書かれているわ」
「へー。それで、これがどうかしたの?」
「ここの源泉徴収額の欄を見て欲しいの。これは、去年の収入に対して課せられた所得税の金額なのよ」
「あらま。こんなにとられてたんだ。やっぱり、税金は高いわね」

 他人事のように母さんが言う。

「ふざけるなよ、愚民が」
「え?」
「改善せねば……」
「租税さん、落ち着いて!」

 危ないところだった。母さんのあまりの暢気さに、租税さんが例の発作を起こすところだった。あれは、あまり他人の前で出さないほうがいいだろう。

「とにかく、お父様は今、使える控除を使っていない状況にある。その状況を正すために、お父様には確定申告をしてもらうわ! ちなみに、これから色々と説明をすることになるけれど、全て税務署や役所に頼りながら作成するという前提で話すことになるから、理解していなくても何とでもなるわ。私が教える確定申告のテーマは『他力本願』よ!」
「はぁ……」

 源家の面々は、気の抜けたリアクションを取った。やはり、租税さんの言っていることのイメージがわかないようだ。でも、それでも構わない。この前のぼくのように、知識のある人を頼って申告できるのであれば、それに越したことは無いだろう。

「まず、大きなものから始めましょう。とりあえずのところは、扶養控除ね」
「はい」
「納税者に所得税法上の控除対象扶養親族となる人がいる場合には、一定の金額の所得控除が受けられるわ。控除対象扶養親族とは、扶養親族のうち、その年の12月31日現在の年齢が16歳以上の人のことよ」

 そう言って、租税さんはちらりとこちらに視線をやった。
 あ~、はいはい。あれですね。

「もう少し分かりやすく!」

「養う家族がいれば税金が安くなる!」

「分かりやすい!」
「もう少し詳しく言うと、扶養控除というのは、所得が380,000円以下の親族を扶養に入れることによって得られる控除のことよ。この所得が380,000円以下っていうのは重要だから覚えておいて。これは親族を扶養に入れることで、1人につき、380,000円の控除をつけられるものなの。年齢によってはこの扶養控除が630,000円まで増額したり、0円になったりもするけれど、それについては手引きの25ページを見て」
「親族っていうのはどういう人のことを言うんですか?」
「いい質問ね! 親族というのは六親等内の血族及び三親等内の姻族のことよ。親等というのは、本人から見た親族としての距離のことで、そうね――マスオさんから見れば、タラちゃんと波平とフネが一親等、カツオとワカメが二親等といったところね。この辺は義務教育中に習っているでしょうから、問題ないと思うけれど、大丈夫かしら?」
「それはわかりますけど、何で突然サザエさん一家を引き合いに出したんですか?」
「だって、多くの人が知っている大人数の家族って言ったらまず日曜6時半の海鮮系一家が思い浮かぶでしょう? 一つの家族が沢山出てくるものといえば『渡る世間は鬼ばかり』も考えたんだけれど、やっぱり知名度に劣ると思うのよね」
「いや、でもいきなり言われてもついていけませんよ」
「そんなこと言ったって、しょうがないじゃない。あ、それと、配偶者控除についてもほとんど同じ内容だから、一緒に説明してしまうことにするわ」
「はい」
「それでは、まず皆様がお父様の扶養に入ることができるか確認するから、それぞれの去年一年間、具体的には、平成28年1月~12月の収入金額を教えてくれるかしら。そうね……」

 租税さんはぼくたちを見回す。
 誰から始めたものか物色しているようだ。

「まず、お姉様。去年の収入金額はどうなっているの?」
「0!」

 姉さんが自慢げに答える。収入が無いことのどの部分に自慢できる要素があるのかは一切分からない。案外こういう訳の分からない人間のほうが大成するのかもしれないけれど、大半はニート一直線コースのような気がして仕方が無い。

「大器晩成なの。雑草という名の草は無いのよ」
「雑草と呼ばれる草はあるわ」

 さりげなく租税さんが釘をさす。
 この人はたまに天然で鋭いツッコミを入れるから油断ならない。

「では、次におじい様」
「年金が、確か1,000,000円くらいだったかな。これじゃあ、生活が苦しくて――」
「分かったわ。次におばあ様」
「私も年金が1,000,000円くらいだったね」
「そう。では、お母様はどう?」
「私はパートに出るようになったから、去年1,200,000円くらい収入があったわね。だから、配偶者控除っていうのが、とれなくなっちゃったのよね」
「成程。お母様を除き、全員が扶養控除に入れるようね。それでは、次に控除として使える金額よ。一人ずつやっていくことにしましょう」

 租税さんはペンとメモを用意する。

「まず、お姉様」
「は~い」
「収入は0円だから、当然所得も0円ね。だから扶養に入ることが出来るわ」
「そうなのね」
「ちなみに、ご年齢は?」
「今年、21歳になりました。イェイ」
「だったら、特定扶養親族にあたるから、630,000円の控除となるわ」
「630,000円? そんなに?」
「ええ、そんなによ。あくまでも控除だから、この金額がまるまる安くなるわけじゃないけれど、それでもかなり大きい金額であることに間違いは無いわ」

 租税さんは言いながらメモを取った。

「次に、おじい様。まず、所得がどれくらいになるのか確認させてもらうわ。ご年齢は?」
「76歳じゃな」
「成程。年金収入は1,000,000円程度だったわね。では、年金雑所得は0円ということになるわ」
「0円?」 
「イズミ君、一応、手引きを確認しておいてくれるかしら?(手引き9ページ参照)」
「はい。65歳以上の場合は公的年金の収入が1,200,000円以下だとそれに対する所得は0円って表にあります」
「そうよ。だから、0円。おじい様の場合は、年金収入は大体1,000,000円ということだったから、おそらく1,200,000円は超えていないと思われるわ。だから、所得は0円であると判断したのよ。あとで年金事務所から届いているはずの年金の源泉徴収票を見せてもらえれば、正確な数字も分かるでしょうけれど、とりあえずは必要ないわ」
「へぇ」
「それと、控除金額についてだけど、老人扶養親族にあたり、しかも同居しているから580,000円の控除になるわ(手引き19ページ参照)」
「それは結構な数字になったねぇ」
「では、次におばあ様のほうに行くことにするわ。ご年齢は?」
「63歳」
「では、年金収入が1,000,000円くらいということだから、年金雑所得は300,000円くらいということになるわね」
「おじいさんとは違うのかい?」
「ええ。65歳未満の人については、年金収入が700,001円~1,299,999円以下の人は、年金収入金額から700,000円を引いた金額が年金雑所得ということになるわ。よって、1,000,000円から700,000円を引いた300,000円を所得として考えることになる(手引き9ページ参照)。そして、所得が380,000円以下なので、おばあ様もお父様の扶養控除の対象となることができるのよ」
「そうなんだね」
「年齢は63歳ということだったから、一般扶養控除ということで、控除金額は380,000円ね」
「へぇ」
「さて、次はイズミ君。君は15歳だったわね」
「はい」
「だったら、扶養に入ることはできるけれど、16歳未満は年少扶養ということになるから、控除額は0円ね」
「0円!?」
「以前は380,000円の控除になっていたのだけれど、民主党が政権をとった時に廃止してしまったわ。代わりに子ども手当てというものが出来たけれど、大半の人にとっては実質的な増税だったわね」

 租税さんは恨みがましそうに言った。

「さてと、お母様。貴女の去年の収入、確か給与収入が1,200,000円だったわね?」
「ええ、そうね」
「イズミ君、所得を計算してみてくれるかしら?(手引き7ページ参照)」
「えっと……」

 1,200,000円-650,000円=550,000円

「550,000円ですね」
「そうね。所得は550,000円ということになるわ」
「収入が1,030,000円を超えちゃったから、去年は扶養に入れなかったのよ。だから、控除にはならなかったのよ」
「それは違うわ! 確かに所得が380,000円を超えている人は扶養控除や配偶者控除の対象になれない。でも、配偶者にだけは、配偶者特別控除というものがあるのよ!」
「配偶者特別控除?」
「控除となる金額は下がるけど、きっちり控除として使えるの。お母様の所得が550,000円ということになると、配偶者特別控除として使える金額は、210,000円(手引き19ページ参照)。これを追加することができるわ」
「そんなものがあったのね」
「これで計算をしたところ、263,900円取られていた源泉徴収税額のうち、大体180,000円くらいが戻ってくることになるわね」
「「「そんなに!?」」」
「驚くのはまだ早いわ。今までの説明は、全て所得税についてのもの。でも、お父様には住民税も課税されるはずよ!」
「住民税?」
「ちなみに、住民税の金額は大雑把に考えて、課税対象所得の1割程度と考えてくれればいいと思うわ。控除として使える金額は一般的に所得税の時よりも少ないのだけれど、お父様の場合は、大体1,400,000円くらい住民税で使える控除が大きくなったから、これから課税される平成28年度の住民税は、何もしない場合に比べて140,000円くらい安くなるのよ」
「じゅ、140,000円……。それじゃあ、あわせて320,000円くらい、税金が安くなるの?」
「その通りよ。ちなみに、戻ってくるのは既に源泉として取られている180,689円だけで、住民税についてはこれから課税される分が安くなるの。そこのところだけ注意が必要よ」

 まさか、これだけのことでここまで税金の金額に違いが出るとは……。
 ぼくたちが呆然としていると、突然何かが倒れる音がした。
 気がつくと、祖父さんが倒れていた。 


【チェックポイント】
 誰が誰の扶養に入っているのかをチェックしてみてください。誰の扶養にも入っていないという人がいれば、その人を扶養に入れることで税金を安くすることが出来るかもしれません。


《補足1 大雑把な理解》
租 税「イズミ君、ここまでは理解できた?」
イズミ「ちょっと厳しいです」
租 税「だったら、大雑把に説明するわ。ここまでは、①所得を計算する→②扶養に入れるかどうか判断する→③扶養に入れるとしたらどれくらいの控除になるのかを判断する、といった流れを一人一人やったのよ」
イズミ「なんだか大変そうですね」
租 税「そんなことはないわ。所得の計算式を見ながら、源家の人たちの所得がどれくらいになるのか自分で計算してみるといいわ。実際にやってみれば、然程複雑なものじゃないのよ。例えば、イズミ君のおばあ様だとこんな感じになるわ。

【所得の計算】
 年金収入が1,000,000円
      ↓
 年金所得は1,000,000円-700,000円=300,000円

【扶養にはいれるかどうか判断】
 所得が380,000円以下なので扶養に入ることが出来る

【扶養に入るとどれくらいの控除になるかを判断する】
 年齢が70歳未満なので、380,000円

租 税「ね、簡単でしょ?」
イズミ「そうですね」
租 税「これでも分からなければ、分かっている人に聞いてみるといいわ。そもそも、この小説のテーマは他人に頼って確定申告をすることなんだから」
イズミ「そういえばそうでしたね」



《補足2 扶養控除》
租 税「急展開だけれど、ここで一つだけ扶養控除の補足をさせてもらうわ。ここまで源家の人たちを扶養に入れる説明をしていたけれど、何も同じ家に住んでいる人しか扶養に入れられないわけじゃないのよ。イズミ君の母方のおじい様とおばあ様はどうしているの?」
イズミ「健在ですけど」
租 税「だったら、その人たちも扶養に入れられる可能性があるわ。重要なのは『生計を一にしているかどうか』ということなのよ」
イズミ「その『生計を一にする』っていうのはどういうことなんですか?」
租 税「日常の生活の資を共にすることよ。要するに、生活費を送ったり、住居は別だけれどたまに一緒に過ごしたりしている親族のことよ。イズミ君の母方のおじい様とおばあ様はどう?」
イズミ「母のお兄さん、つまりぼくの叔父に当たる人が一緒に住んでいますし、特にお金を送ったりもしていないと思いますよ」
租 税「そうなの。それなら多分イズミ君の叔父さんが扶養に入れているでしょうね。同じ人を2人以上の人が扶養に取ることは出来ないから、残念だけれどイズミ君の母方のおじい様とおばあ様をお父様が扶養に入れることはできないわね」
イスミ「そうですか」
租 税「とにかく、六親等以内の血族、配偶者及び三親等以内の姻族の中に、収入は少ないけれど誰も扶養にいれていない人がいないかはチェックしてみるといいわ。そのチェックのために、相談シートが使えるからぜひ使ってみて。中々見落としがちな節税ポイントよ」


《補足3 年少扶養》
租 税「急展開のままだけれど、もう一つだけ補足をさせてちょうだい。いいわよね、どうせこの物語が重い展開になるなんてことはないんだから」
イズミ「それはそうですけど、そんなことをここで言っていいんですか?」
租 税「いいのよ。それよりも、イズミ君については、16歳未満だから控除額は0円になるという話をしたのだけれど、その補足をさせてもらうわ」
イズミ「ああ、あの年少扶養とかいうやつですか?」
租 税「そうよ。イズミ君は控除額が0円なら、扶養に入れる意味が無いんじゃないかと思っていないかしら?」
イズミ「違うんですか?」
租 税「それが違うのよ。これまで、所得税の話を中心にしてきたけれど、所得がある程度ある人については住民税も課税されることになるのよ。まぁ、所得税が国税、住民税が地方税くらいに考えておいてくれればいいわ。それで、住民税については課税になるか非課税になるかを分けるボーダーラインとなる所得金額があるのだけれど、実はこのボーダーラインは扶養している人の人数によって上がったりするのよ」
イズミ「ああ、分かりました。控除額としては0円だけど、課税か非課税になるかのボーダーラインには影響してくるっていうんですね?」
租 税「その通りよ。住民税はまず、課税になるか非課税になるかを決めて、その中で課税になる人についてはいくらになるのかを決めることになるのよ。だから、年少扶養が役に立つ場合もあるの。ちなみに、他にも様々な場面で影響する場合があるから、意味が無いと思って不用意に切り捨てないほうがいいわ」
イズミ「分かりました」
租 税「それに、仮に年少扶養の人が障害者だった場合、その人を扶養に入れておけばこれから出てくる障害者控除を取ることが出来るのよ。年少扶養なら入れても入れなくても同じだと思ったら大間違いよ!」






     4‐2 障害者控除(手引き P18・P20)

「祖父さんが倒れた!」
「え、何、どうしたの? もしかして、私が原因!?」

 租税さんはうろたえながら言った。

「いや、元々祖父さんは心臓が悪いんです」
「……心臓が悪い?」
「そうなんじゃよ」

 祖父さんは何事も無かったかのように立ち上がると、椅子に座った。
 租税さんはドン引きしながらも、心配そうに尋ねる。

「あの、大丈夫なんですか?」
「大丈夫大丈夫。ただちょっと驚いてこけただけじゃから」
「そうですか。それでは――」

 租税さんは立ち上がると、高らかに宣言した。

「財政先生の総回診です!」
「どうしたんですか、租税さん」
「おじい様、もしかして障害者手帳とか持っているんじゃないの?」
「障害者手帳?」
「そう。身体障害者手帳。赤い奴よ」
「持っているが」
「どうしてそれを早く言わないのよ」
「認めたくないものじゃな。自分自身の若さゆえの過ちというものは」
「もう若くないでしょう!?」

 どうしたんだ、祖父さん!? 赤いからか!?
 そんな家族からのツッコミをよそに、祖父さんは赤い障害者手帳を鞄から取り出した。
 租税さんはそれを受け取り、中身を確認する。

「この障害者手帳を持っている人は、障害者控除が使えるわ。結構な金額になるから、申告の時は忘れないようにする必要があるのよ」
「ほう。では、見せてもらおうか。ワシの障害者手帳の効用とやらを」
「では、こちらをみてちょうだい(手引き18ページ参照)」

 租税さんは赤い手帳を開き、中身を僕たちに見せる。

「おじい様の場合は、心臓機能障害で1級。つまり、特別障害者なのよ!」
「特別障害者?」
「重めの障害を持っている人って考えてくれればいいわ。確定申告の時に、職員の人に障害者手帳を見せれば勝手に判断してくれるはずよ。とにかく、おじい様は特別障害者であり、しかも同居しているから、750,000円の控除になるわ! 通常の障害者控除の約3倍よ!」
「また大きな金額が出ましたね」
「控除は最大限に生かす。これが私の主義よ。ちなみに、障害者控除の対象となるのは、身体障害者手帳以外にも精神障害者手帳や療育手帳を持っている人も含まれるから、障害関連の手帳を持っている人は、確定申告会場に持って行ってみるといいわ。何度も言うようだけれど、判断は職員に任せてしまえばいいのよ」

 確かに、租税さんの言うとおり素人があれこれ悩んでも仕方が無いのだろう。
 それだったら、証明になりそうなものを持って少しでも専門知識のある人に判断してもらったほうがいいだろう。

「それと、見落としがちなのが、介護関連なのよ。これは、障害者手帳などの分かりやすい目印になるようなものが手元にないから、見落としがちなの」
「どういう人が対象になるんですか?」
「精神又は身体に障害のある65歳以上の人で、障害の程度が知的障害者又は身体障害者に準ずるものとして、市町村長等の認定を受けている人は、障害者控除の対象となるのよ」
「……つまり、どういう人ですか?」
「一言で説明するのは大変だけど、とりあえず市区町村に問い合わせてみるといいわ! 続きは市区町村の福祉担当へ!」
「丸投げだー!」
「そりゃそうよ。私は障害のプロでも何でもないんだから。分からないものは分からない。そういうことは分かる人に聞けばいいのよ」




     4‐3 社会保険料控除(手引き P20)

「さて、次は社会保険料控除にいくことにするわ。国税庁のサイトでは『納税者が自己又は自己と生計を一にする配偶者やその他の親族の負担すべき社会保険料を支払った場合又は給与から控除される場合などに受けられる所得控除』って書かれているわね。要するに『申告をする人が社会保険料を払ったら、その金額はそのまま控除として使える』ということよ。しかも、自分だけでなく生計を一にする親族の分までまとめて控除に使えるから、使わなきゃ損よ!」
「あの、租税さん。社会保険料って何ですか?」
「沢山種類はあるけど、最低限、健康保険料・年金保険料・介護保険料を知っておけばいいんじゃないかしら。代表的なものについてはこれから確認するわ」

 租税さんはぼく達を見回す。

「それじゃあ、まず健康保険料から始めましょう」
「租税さん――」
「皆まで言うな。分かっているわ」

 どうやら、聞かれなくても答えるスタイルに変更したらしい。

「健康保険というのはね、君達が病院にかかるときに保険証をだすでしょう? あれのことよ。国民皆保険制度といってね、日本に住所のある人は、全員何らかの健康保険に入らなければならないの。ちょっと、イズミ君の保険証を見せてくれるかしら?」

 僕は財布から保険証を取り出す。
 水色のカード型だ。

「イズミ君は、全国健康保険協会の保険に入っているようね。お父様の被扶養者として、お父様と同じ健康保険に入っている状態よ。だから、健康保険料はお父様の給与から天引きされていて、その天引きした金額を会社が全国健康保険協会に収めることになっている。そうよね、お父様?」
「ああ、そうだ」

 父さんが肯定する。

「お父様の場合、会社を通じて健康保険料を納めているから、自分で申告をしなくても、社会保険料控除だけは会社が適用させてくれるのよ。この源泉徴収票にも、社会保険料控除の欄に数字が入っているけれど、それがその分の社会保険料控除なの」
「あ、本当だ」
「というわけで、お父様が払った健康保険料については、問題ないわ。ちなみに、お姉様・お母様・おばあ様についてもお父様の被扶養者ということになっているから、自分で払っている健康保険料は無いということになるわね。というわけで、次はおじい様の番よ」

 租税さんは祖父さんと向かい合う。

「おじい様、確か年齢は76歳ということだったわね?」
「そうじゃよ」
「それでは、健康保険は後期高齢者医療保険に加入しているはずよ」
「後期高齢?」
「75歳以上の人は、全員この健康保険に加入することになるの。つまり、お父様とは別の健康保険に加入していることになるわ。となれば、健康保険料の支払いも別。おじい様、後期高齢者医療健康保険の保険料はどうやって納付しているの?」
「確か、年金から引かれていたと思うよ」
「年金特徴ね。年金から天引きされている分はおじい様本人の控除としてしかつかえないから、その部分をお父様の控除として使うことについては諦めましょう」
「ああ」
「では、次に介護保険料よ。おじい様は年金から天引きされているんじゃないかと思うけれど、どうなの?」
「ああ、そうじゃね」
「でしたら、介護保険料はおじいさまの控除としてしか使えないわ」

 租税さんは残念そうに言った。

「では、年金保険料についてだけれど、60歳を超えている方は払う必要がないし、厚生年金に加入している人は給与から天引きされているし、その配偶者についても払う必要はないわ。ということで、この中で年金保険料を払わなれければならないのはお姉様しかいないわけだけど、その保険料、どうしているの?」
「それは、私が払っているが」

 父さんが答えた。

「その分控除として申告したの?」
「していない」
「今回だけでなく?」
「ああ」
「国民年金の保険料は年間大体180,000円。これを何故控除として使わないの? 毎年11月になったら年金事務所から収めた保険料についての証明書が届くはずだから、それを使って社会保険料控除を増やすことができるわ」
「捨てちゃったかも……」
「じゃあ、再発行してもらいましょう。年金事務所に電話をすれば何とかなるかもしれないわ。逃すには惜しすぎる金額よ」

 租税さんは即座に言った。


【チェックポイント】
家族の中に、以下のものを払っている人はいませんか? それを申告者が払っていれば控除として使うことが出来ます。あくまでも申告者本人が払っている必要があるので、他の家族の給与や年金から天引きされた分は申告者の控除とは出来ません。

 健康保険料
 国民健康保険料(税)
 後期高齢者医療保険料
 介護保険料
 労働保険料
 国民年金保険料
 国民年金基金の掛金
 厚生年金保険料 など


《補足1 国民健康保険の場合について》
租 税「これまで、健康保険については社会保険と後期高齢者医療保険について触れたけれど、国民健康保険には触れていなかったわね。少し補足させてもらうわ」
イズミ「そう言えば租税さん。国民健康保険って何なんですか?」
租 税「簡単に言えば、社会保険や後期高齢者医療保険に入れない人が入る保険ね。自営業をしていたり、無職だったり、勤め先が社会保険への加入をしていない人が主に入ることになるわ。これは、各市区町村が保険者となっているんだけど、社会保険との一番大きな違いは、世帯主が納税義務者となることね。つまり、世帯主本人が社会保険に入っていたとしても、同じ世帯の人が国民健康保険に加入していた場合は、世帯主に国民健康保険税(国民健康保険料)がかかるの。この国民健康保険税は、年金から天引きされることもあるけれど、基本的には自分で収めることになるのよ。だから、滞納することも出来てしまう。とある本では『国民健康保険税は、収入が低い年には滞納して、収入が多くなりそうな年にまとめて払ってしまえばいい』とか書かれていたわ」
イズミ「そんなことが出来るんですか?」
租 税「出来なくもないけれど、お勧めはしないわ。滞納をしていると、口座が差し押さえられたり、給与を差し押さえるために勤め先に給与調査が入ったりすることがあるわ。そんなことで信用を失うよりも、納められるものについてはさっさと納めておいたほうが無難よ。納めたら、平成28年中に納付した金額をまとめて申告ね。詳しくは平成29年1月1日に住民票を置いている自治体に問い合わせてみるのが一番よ」 


《補足2 扶養について》
租 税「そうそう、イズミ君のお父様が加入している社会保険についても少し補足させてもらうわ。社会保険というのは、主に勤め人が加入することになる健康保険のことよ。全国健康保険協会、所謂協会けんぽというのが有名ね。イズミ君はお父様の被扶養者として、その水色の被保険者証を持っているというのは覚えているかしら?」
イズミ「それは、ついさっきのことですから覚えていますよ」
租 税「この補足コーナーって時系列的にはどうなっているのかしら? まぁ、細かいことは気にしないほうがいいわね。ここで注意が必要なのは、健康保険に関する扶養と税法上の扶養は別物だということなのよ。だから、税法上の扶養に入れずに扶養控除の対象になれなかったからといって、健康保険の被扶養者にもなれなくなるというわけじゃないの。パートに出ている人が収入額を1,300,000円以下に抑えるようにしているっていうのを聞いたことは無いかしら?」
イズミ「無いです」
租 税「まぁ、高校生くらいだとないかもしれないわね。後でお母様に聞いてみるといいわ。それで、給与収入が1,300,000円あったとすると、所得金額としては650,000円になるわね。この場合、所得金額が380,000円を超えているから、配偶者控除や扶養控除の対象になることは出来ないわ。配偶者特別控除の対象になることが出来るけどね」
イズミ「あれ? 収入を抑えた意味がないんじゃないですか?」
租 税「いいところに気がついたわね。実は、この1,300,000円っていうのはね、一般的に社会保険の扶養に入れるかどうかのボーダーラインと言われているのよ。だから、税法上の扶養控除の対象になれなくても、社会保険の扶養になることが出来るという場合もあるの。この二つはよく混同されるから、注意が必要なのよ」
イズミ「ちなみに、これまでの話がよく分からなかった場合はどうすればいいですか?」
租 税「毎度のことながら、税については税務署か市区町村に問い合わせればいいわ。社会保険については勤め先の担当者に聞いてみるのが一番よ」





     4‐4 小規模企業共済等掛金控除(手引き P14)

「さて、それじゃあ、小規模企業共済等掛金控除について話をしておきましょうか。とは言っても、源家にはあまり関係はないと思うけど」
「関係ないなら飛ばしませんか?」
「そうはいかないのよ。神の見えざる手によって説明を求められているのよ」
「何のことですか?」
「何でもないわ。とにかく、これは支払った掛金がそのまま全額控除となるから、確定申告の会場に掛金の証明書を持っていけばいいわ」

【チェック】
 申告者や家族に支払額などの証明書が送られてきていませんか。それを申告者が払っていれば、控除として使うことが出来ます。
 




     4‐5 生命保険料控除(手引き P15)

「それじゃあ、生命保険料控除に行きましょう」
「生命保険料?」
「そう。保険金目当てに殺人をしちゃうという文脈で出てくるときの保険のことよ」
「酷い定義づけだ!」
「そして、ぶっちゃけ、生命保険料控除の金額は分かりにくいわ! 確定申告の本とかにも計算方法は載っているけれど、自分で計算するのは大変よ」
「全額が控除になるわけじゃないんですか?」
「少額ならそうなるけど、額が大きくなってくると計算式に当てはめて計算することになるわ。限度額もあるし、自分で計算するのは割と面倒よ」
「それじゃあ、どうすればいいんですか?」
「だから、毎年10月ごろに送られてくる『生命保険料控除証明書』を持って申告に行くといいわ。後は確定申告の時にパソコンに入力すれば、パソコンが勝手に計算してくれるから。お父様、証明書は取っておいてありますか?」
「ああ、ある」

 父さんは鞄から証明書を取り出し、机の上に置いた。
 租税さんはそれをそのままクリアファイルの中にしまった。

【チェック】
 保険会社から申告者や家族に支払額などの証明書が送られてきていませんか? それを申告者が払っていれば、控除として使えます。




     4‐6 地震保険料控除(手引き P16)

「お父様。ところで、この家、地震保険はかけているのかしら?」
「かけているが」
「でしたら、地震保険料控除が使えるわ。生命保険料控除証明書同様、保険会社から10月ごろに証明書は送られてきていないかしら?」
「ある」
「それじゃあ、使いましょう。以上」
「え、終わりですか?」
「終わりよ。地震保険料控除なんてそんなものなのよ。申告相談会に持っていけば、職員が教えてくれるだろうから控除額の計算方法とか細かいことは知らなくて問題ないわ」
「生命保険料控除の時と同じですね」
「そうよ。計算はパソコンに任せてしまえばいいのよ」

 租税さんは父さんから保険の証明書を受け取り、それもまたクリアファイルにしまった。

【チェック】
 保険会社から申告者や家族に支払額などの証明書が送られてきていませんか? それを申告者が払っていれば、控除として使えます。





     4‐7 寡婦・寡夫控除(手引き P18)

「ところで、源家の皆様。特にお父様とお母様に伺いたいことがあるのですが、よろしいでしょうか?」
「何だい、改まって?」
「お二人は、実は離婚しているなんてことはないかしら?」

 家庭が――静まり返る。
 ここまで様々な知識を疲労してくれた租税さんが言うからには、何かあるのではないかとついつい疑ってしまうのは仕方が無いことだろう。

「そ、租税さん。どうしてそんなことを聞くのかな?」
「何故って、寡婦控除の話がしたいからに決まっているじゃないですか」
「寡婦控除?」
「配偶者と離婚したり死別したりした場合に、つけることが出来る控除よ。ちなみに、寡婦か寡夫かで要件も控除額が異なるわけだけれど、細かい判断は――」
「お任せコースなんですよね」
「その通りよ。ちなみに、この控除は男性のほうが不利になっているのよ。この制度を差別的なものと捉えて、改正を求める声もあるようだけど、現状はこのままね。ちなみに、未婚の母は寡婦ではないことに注意が必要よ。あくまでも、寡婦控除を使うためには一度結婚しておく必要があるの」



【チェック】
 離婚・死別等していたら、とりあえず寡婦・寡夫控除をとれないか検討してみてください。離婚以外にも要件があるので、離婚した人全員が取れるわけではありませんが、とりあえず相談してみてはいかがでしょうか。




     4‐8 勤労学生控除(手引き P18)

「ああ、そうそう。勤労学生控除について話すのを忘れていたわ」
「勤労学生?」
「学生をやりながら働いていたりする人には、270,000円の控除がつくの。所得が650,000円以下である必要はあるけれど、とりあえず学生の人が自分の申告をする時は、学生証でも持って行って税務署の人に聞いてみるといいと思うわ」

【チェック】
 学生が自分の確定申告をする場合は、学生証を持って行ってみてください。




     4‐9 医療費控除(手引き P13・P14)

「ところで、租税さんや」
「はいはい」
「去年、ワシが入院したから結構かかったんじゃが、それでも70,000円くらいにしかならなかったらしいんだわ。100,000円を超えていないから、医療費控除としては使えないのじゃろう?」
「確かに、お父様の医療費控除としては使えないわね。でも、お母様の控除としては使えるわよ」
「そうなのかい?」
「そもそも、医療費控除として使える金額は、医療費の合計額から所得の5%を引いた金額なの。世間一般では医療費が100,000円を超えないと使えないように言われているけれど、所得が2,000,000円未満なら、それより少ない金額でも控除として使える場合があるのよ」

 租税さんは電卓を片手に、計算式をメモ帳に書いた。

 550,000円×0.05=27,500円
 70,000円-27,500円=42,500円

「お母様の所得は、550,000円だったわね。その5%は、27,500円。つまり、お母様が医療費控除として使える金額は、27,500円を越えた部分。つまり、42,500円が医療費控除として使えるのよ。領収証が用意できたらお母さまはお母さまで確定申告をしてみるといいわ」
「よく分からんのう」
「分からなかったら、合計額だけ計算して持って行って教えてもらうといいわ」

【チェック】
 1月~12月の間に高額の医療費がかかっていませんか。入院などで医療費が高くなりそうなら、領収証を集めて合計額を出してみましょう。中には、医療費控除として使えない部分もあるので、そのあたりは相談してみてください。




     4‐10 寄付金控除(手引き P17)

「ところで、お父様。特に寄付などをしたりはしていませんか?」
「していない」
「そうですか。もしかしたら、寄付金控除も追加できるのではないかと思ったのですが」
「その、寄付金控除というのは何だい?」
「早い話が、公共性の高そうなところに寄付をした場合に、それを控除として使えることがあるということですね。国や自治体、政治団体や公益社団法人・公益財団法人などに寄付したりすると、この寄付した金額が控除として使えるということが書いてある証明書が送られてくることがあるわ。最近注目され始めているので、機会があれば番外編でもやることにするわ」

【チェック】
 自治体や公益法人・政党などに寄付をした場合、寄付金控除を使うことが出来ます。控除として使えるものには、申告に使える証明書が送られてきますので、それを確認してみてください。


《補足 ふるさと納税》
租 税「さて、イズミ君。最近ふるさと納税という言葉をよく聞かないかしら?」
イズミ「そういえば、テレビで何か言っていたような気がします」
租 税「実はこのふるさと納税というのも寄付金控除に使える寄付の一つなのよ。詳しく話すと長くなるから今は控えるけれど、ふるさと納税をした人が確定申告をするときは、ちゃんとその分も一緒に控除として申告しないといけないのよ」
イズミ「そうなんですか。でも、確定申告の時に一緒に控除として申告しないといけないのは、他の控除と同じなんだから当たり前なんじゃないですか?」
租 税「最近はふるさと納税にワンストップ制度というのが出来たのよ。確定申告をしなくてもワンストップ制度を使うための手続きをすれば、ふるさと納税をした分を控除として自動的に使ってもらえるというものなのだけど」
イズミ「便利そうですね」
租 税「そうね。でも、確定申告をした場合はこのワンストップ制度が無効になるから注意が必要なのよ。確定申告をする人は、ワンストップ制度を使うための手続きをしたとしても、ちゃんと寄付金控除として申告する必要があるのよ。これだけは注意が必要ね」





     4-11 雑損控除(手引き P12)

「あの、租税さん。雑損控除というのは何ですか?」
「災害や犯罪で住宅や家財に損害を受けた場合、ある程度の金額が控除として使えるのよ。これについてはどこまでが対象になるか判断の難しいところがあるから、地震や台風などで被害を受けたら、税務署に相談してみるといいわ」
「判断が難しいんですか?」
「例えば、建物の一部だけ壊れた場合とか、損害金額をいくらにすればいいのかは個々の場合によって異なるわ。簡単に説明することは出来ないから、とにかくこれは税務署に聞いてみるしかないわね」




     4-12 まとめ・税額控除

「さて、大体有名どころの控除といったらこれくらいかしら。とりあえず、申告期間中に確定申告に行ってみるといいわ。私からは以上よ」

 租税さんはぺこりと頭を下げた。
 そんな租税さんに、父さんが質問する。

「ところで、行くのは本人じゃなくてもいいのかい?」
「月熊町役場が設置する申告会場なら大丈夫なはずよ。他はどうだか分からないけれど」
「税務署じゃなくていいのかい?」
「今回は簡単なものだから役場で十分よ」

 今回の申告も簡単な部類に入るのか。

「あ、そういえば租税さん。複雑かどうかっていうのは、どう判断すればいいんですか?」
「私としては、確定申告書の第一表と第二表だけで終われるものは全部役場でいいと思うわ。譲渡所得とか住宅ローンとか、確定申告書以外の申告書を作って添付する必要がある人については、税務署のほうがいいかもしれないわね。分からなかったら、とりあえず近いほうに行ってみればいいんじゃないかしら?」
「そうですか」

 ぼくとしてはかなり複雑だったように思える。
 でも、租税さんが説明してくれたおかげで、何をすべきなのかは分かった。とりあえず、月熊町役場の人を頼ってやってもらえばいいんだ。更に言えば、今回の件については申告をするのは父さんであってぼくではない。ぼくが心配する必要は無いのだ。
 そう思っていたら、父さんから思わぬ発言が飛び出た。

「イズミ。代わりに行っておいてくれ。控除証明とかは渡しておくから」
「ええ!?」
「俺は忙しいから無理だ。行ってくれたら、今月の小遣いを通常の三倍やろう」

 通常の三倍だと!? これはもう、やるしかない。

「分かったよ」
「租税さんも一緒に行ってやってくれないか? イズミだけではどうしても不安だ。後で御礼もしよう」
「構わないけれど、報酬についてはイズミ君から受け取る予定だから必要ないわ。でも、外も暗いから報酬を受け取った後、車で送ってもらえれば助かるわ」
「ああ、分かった。送らせてもらう」

 ん? 何の話だ?
 たしか、租税さんは商品券に免じて来てくれたはずだ。
 報酬の話なんて、一度もしていないと思うのだけど。

「あの、租税さん。報酬というのは……」
「とりあえず、君の持っている漫画を貸して頂戴」
「漫画? どれをですか?」
「全部よ」
「全部!?」
「家から漫画が全部無くなれば、ライトノベルを読む気になるでしょう?」
「そんなことをしなくても、読んでいますよ」
「漫画との割合はどれくらいで?」
「……三対七くらいです」
「一対九くらいと見た」

 租税さんはいらずらっぽく笑顔を浮かべる。

「租税さんは、何でそんなにぼくに小説を読ませたがるんですか?」
「決まっているじゃないの。語り合うためよ。面白い小説を読んだら、その気持ちを誰かと共有したいと思うでしょう? でも、私の周りには普段小説を読む人がいないのよ。だから、まがいなりにも文芸部に入部したイズミ君を立派な小説読みに育て上げようとしているの。いわゆる光源氏計画ね、源君なだけに」

 その日、租税さんは父さんの車で自転車ごと家に送ることになった。
 ダンボール三箱に詰まった漫画は無事租税さんの家に届き、租税家からはそれ以上の体積のライトノベルがぼくの家までやってきた。漫画だらけだったぼくの部屋の本棚は、今や租税さんの所有するライトノベルだらけになってしまった。


《補足 税額控除》
租 税「さて、ここまでいろいろな所得控除を紹介してきたけれど、実は税額控除というものもあるのよ」
イズミ「所得控除とはどう違うんですか?」
租 税「これまで、所得税というのは『所得』から『控除』を引いた金額に『税率』をかけたものと説明してきたのを覚えているかしら」
イズミ「はい」
租 税「税額控除っていうのはね、その計算された所得税から、直接税額を引くことが出来るものなのよ。例えば、住宅ローン控除が代表的ね。正確には住宅借入金等特別控除というのだけれど、所得税を100,000円払わないといけない人が、60,000円の住宅ローン控除を使えるようになったとするわ。そうなると、その人が負担するべき所得税の金額は100,000円-60,000円=40,000円ということになるのよ」
イズミ「そういうのもあるんですね」
租 税「ちなみに、住宅ローン控除を受けるためには色々と添付書類を用意する必要があるわ。特に最初の年は登記簿謄本とか、住民票の写しとか、売買契約書とか、ローンの年末残高証明書とか。更に、それらを見ながら『住宅借入金等特別控除額の計算明細書』というものを作ったりしないといけないの。もっというと、この制度は建築年によって住民税への影響の有無や控除金額に差が出てきたりするから、制度の内容を説明するのが大変なのよ」
イズミ「そうですか……」
租 税「でも、そこまで複雑なものでもないわ。必要書類を集めるのが少し面倒なくらいよ。それに、ある程度は貸主である銀行さんが説明してくれるでしょうし、資料も用意してくれるだろうから、銀行さんの指示通りにすればいいのよ。それでも分からなければ、銀行に渡された書類を持って、一度税務署に行って相談してみるといいわ。それで、税務署の指示通りに動けばいいのよ」
イズミ「困ったら税務署を頼ればいいんですね?」
租 税「その通りよ」





     5 実際にやってみた

 そういうわけで、翌日。
 ぼくと租税さんは学校の授業が終わるなり、地元の月熊町役場まで自転車で向かった。月熊町役場で行われている確定申告相談会は午前9時~午後4時に開かれているようで、学校が終わってからだとぎりぎりのタイミングだ。
 ぼく達は、結局3時50分に確定申告会場についた。
 月熊町役場は、確定申告のために専用の会場を用意していた。
 順番待ちの人もほとんどおらず、ぼくたちの順番はすぐに回ってきた。

「それでは、お名前をお伺いできますか?」
「源イズミです」
「源タロウさんの申告です」

 ぼくが自分の名前をいうとほぼ同時に、租税さんがフォローを入れてくれた。
 ぼくがこれからするのは、父さんの確定申告なのだから、当然そちらの名前を聞きたかったのだろう。
 名前を聞くと、職員さんはパソコンを操作し始めた。

「それでは、源泉徴収表はお持ちですか?」
「ああ、これです」
「はい、お預かりしますね。あれ、扶養とかが全然取られていませんね。ご家族は全員お父様の扶養に入れるということでよろしいですか?」
「あ、はい」
「それじゃあ、入れますね。奥様については所得が380,000円を超えていますので、配偶者特別控除というものになりますが、入れておきます。それと、障害者手帳をお持ちいただいていますね? 障害者控除が追加できますので、入れておきますね」
「あ、はい」
「社会保険料控除なんですけど、娘さんの年金保険料もタロウ様の控除として使われるということでよろしいですか?」
「あ、はい」
「生命保険料控除についてなのですが、保険会社から送られてきた控除証明書はお持ちですか?」
「あ、はい」
「それはで、入力させていただきますね。地震保険についてはどうですか? 控除証明書は送られてきていませんか?」
「あ、はい」
「はい、お預かりします。それでは、他に控除になるようなものはありませんか? 医療費とか寄附金とかは無いですか?」
「あ、ないです」
「はい。それでは、還付先の分かるもの、タロウ様の通帳とかはお持ちですか?」
「あ、はい」
「はい、失礼します。それでは、こちらの口座に還付金が戻るように入力しますね」
「あ、はい」
「はい、それではお返しします。今印刷しますので、少々お待ちください」
「あ、はい」

 少しすると、職員さんは設置されているプリンタに何もかかれていない確定申告書を入れた。すると、確定申告書に次々と申告の内容が印刷されていった。

「はい。こちらが源タロウ様の確定申告書となります。234,394円が戻ってきます。これでよろしかったら、住所・名前・個人番号をご記入いただいて、ご印鑑をお願いします」
「あ、はい」
「ありがとうございます。あと、個人番号カードを添付するためにコピーを取らせていただきますね。はい、コピー終了です。それでは、これで手続きは終了になります。こちらは控えになりますので、お持ちください」
「あ、はい」
「それでは、これで終了です。お疲れ様でした」


 一分後。ぼくと租税さんは役場の駐輪場にいた。

「あ、ありのまま、今起こったことを話すよ。ぼくは確定申告に来ていたと思ったら、いつの間にか完成した申告書の控えを手に持っていた。何を言っているか――」
「分かるから」

 ぼくのショックのあまりの台詞に、租税さんは平坦な声でツッコミを入れた。

「想像以上の超スピードで申告を終えられて驚いたっていうだけでしょう?」
「ああ、はい。そうなんですけど」
「役場職員はこの申告期間中に大量の申告者をさばかなければならないのよ。一人一人にあまり時間はかけられないわ。そりゃあ『ザ・ワールド』くらい使えるようになるわよ」

 租税さんは、既にジョジョを三部まで読み終えているようだった。しかも内容までしっかり把握している。昨日貸したばかりなのに、すごい読書スピードだ。

「今まで租税さんが説明してきたことを全部この短時間でやってくれちゃいましたね」
「そうね。イズミ君、途中から『あ、はい』としか言っていなかったものね」
「む……」
「税務署で申告したときよりも、更に酷かったもの。身動きすることなく『あ、はい』って発言するだけの機械になっていたもの」
「あ、はい」
「ぶはっ!?」

 ぼくの返答に、租税さんは噴き出した。
 どうやら、つぼに入ったらしい。

「さて、それじゃあこれでイズミ君のお父様の確定申告は終了したわ」
「何から何までありがとうございました」
「可愛い後輩のためだもの。これくらいは大したことないわ」

 そう言って、租税さんは微笑んでくれた。ただのゆるキャラだと思っていた租税さんだけど、こうしてみると立派な先輩に見えるから不思議だ。
 さて、兎にも角にも、こうして源一家は租税さんのおかげで確定申告を終えることが出来た。
 もっとも、ぼくと租税さんの物語はこれで終わるわけではない。この後、文芸部に相談に来る人が本当に出て来たり、実は父さんの確定申告にまだ使える控除があったことが発覚したりもするのだが、それはまた別の話である。


《補足1 まとめ》
租 税「さて、第二章はここまでで終了となります。とは言っても、基本的なことはここで全部抑えたはずだから、大半の人はこれで十分のはずよ」
イズミ「お疲れさまでした」
租 税「ここまで所得と控除について見てきたわけだけど、どうだったかしら? 少しは身についた?」
イズミ「うーん。分かったような、分からないような……」
租 税「ええ、そういう感想を持つ人が大半でしょうね。むしろ、ここまでで完璧に理解できる人がいるのなら、その人は最早こんな小説を読んでいる場合ではないわ。自力で申告書を作るべきよ。むしろ税理士を目指すべきよ」
イズミ「そうですか」
租 税「とにかく、大切なのは控除として使えそうなものがあったら、メモを取っておいたり証明になる物を取っておいたりすることよ」
イズミ「そういえば、そんなことを言っていましたね」
租 税「本文中では雰囲気を感じ取ってもらえれば万々歳よ。詳しくは自分で調べたり、分からない部分は税務署に聞いたりしてみるといいわね。その時には、相談用シートを使ってみて。一回整理してみれば、翌年以降も同じように出来るでしょう。税金というのは毎年かかるもので、何年も繰り返すことになるのだから、ここでひと手間かけておけば、累計でかなりの金額が浮くかもしれないわ」
イズミ「はい、わかりました」

《補足2 遡り》
租 税「一つ大事なことを言い忘れていたわ。これはとても重要なことだから絶対に覚えておいて」
イズミ「租税さん、たった今言い忘れていたって言いましたよね?」
租 税「細かいことは気にしないで!」
イズミ「それで、今度は何ですか?」
租 税「相談シートを使って、本来使えるはずなのに使っていなかった控除が見つかった場合の話よ。その場合どうすればいいと思う? 例えば、収入がないのに誰も扶養控除を取っていなかった家族が見つかった場合なんてどうかしら?」
イズミ「今度から使えばいいんじゃないですか?」
租 税「それはそうね。でも、使える控除を使わないままになっている過去の分がもったいないとは思わないかしら?」
イズミ「もしかして、過去の分も確定申告できるんですか?」
租 税「出来るわ。しかも、5年分!」
イズミ「そういえば、そんな話がありましたね。確か、租税さんが税金に興味を持った切欠について話した時に」
租 税「そうね。だから、今の控除を見直すことは、過去の控除を見直すことでもあるのよ。何か見つかったようなら、税務署に相談してみるといいわ。正直言って、イズミ君のお父様については過去にも取り忘れがあるような気がしてならないのよ」
イズミ「分かりました」
租 税「さて、それじゃあ次は第三章ね。第三章は脱税についてで、ほとんどの人には関係ないから、気楽にお話として読んでみてもらえればいいわ」

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