番外編3 e-TAX

作者:中田かなた

番外編③ e-TAX

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 手品を見る人間は二つに分けられる。
 即ち、何としてもタネを暴こうとする人間と、ただ驚嘆するだけの人間だ。
 手品師の立場としては、前者は厄介な存在であり、下手をすればタネを解き明かしてその場で風潮してしまう可能性のあるとても危険な存在でもあるだろう。もっとも、そういう人間を騙し驚嘆させることにやりがいを見出すのが一流の手品師というものなのだろう。
 そんな一流にとって最も厄介なのは、他の手品師に違いない。
 同業者。それは手品の専門家であり、同時に手品のタネを見破るプロでもある。
 通常は紳士協定というか暗黙の了解で、お互いのタネをばらしたりすることは無いだろう。でも、仮に何も考えることなく、タネをばらしてしまうような人間がいたとしたら。そんな人間に遭遇してしまったとしたら、手品師とてなすすべは無いだろう。
 今回は、そんなお話だ。
 そんなどうしようもない、グダグダで誰も幸せにならない話だ。

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 その日、ぼくは租税さんの古本屋周りにつき合わされていた。
 何でも、金子家の喫茶店騒動のお礼ということで、ぼくに荷物もちをさせるつもりらしい。もしかしたら、それはただの口実で、実は租税さんはぼくと一緒に出かけたいだけなのではないかという邪推もしなかったわけではないが、ぼくの自転車に積まれている大量の本が、その考えを徹底的に否定した。
 租税さんはただ純粋に、荷物もちが欲しかっただけなのだと、本の重みがぼくに教えてくれる。本当にありがたいことだ。

「さぁ、租税さん。そろそろ返りましょう。もう十分回りましたよね?」
「ん~。でも、これから受験だから古本屋めぐりをする時間があまり取れなくなっちゃうと思うの。だから、今日は今年度最初で最後の古本屋めぐりのつもりできたのよ。そういうわけだから、もう少しだけ付き合って」

 だったら、この購入した本を読む余裕はあるのだろうか。
 そうツッコミを入れてみたくなったが、そんなことを言ったら、この人は受験をふいにしてでもこの本を読破しかねない。ぼくの発言を挑発と捉え、それを口実に読書まみれの一年を過ごしかねない。
 その判断により、ぼくはツッコミを封印し、ただ黙って租税さんの後ろをついていった。

 しかし、この状況は良くない。以前、租税さんは贔屓にしている古本屋が十件ほどあると言っていた。さすがに全部を回ったりはしないだろうと思っていたけど、今年度最初で最後という言葉を聞いてしまうと、そう楽観視もしていられない。
 何か、租税さんの心を古本から逸らすものはないか。
 ぼくは自転車を必死に漕ぎながら、周囲を探した。そして、奇跡的に見つけてしまった。

 クマえもん。
 ぼくの住む月熊町のゆるキャラで、以前は租税さんがその気ぐるみに入るバイトをしていた。そのクマえもんの気ぐるみが、なにやら道端で配り物をしていたのだ。

「租税さん。あそこにクマえもんがいますよ」
「クマえもん……」

 租税さんはぎょっとしたようにクマえもんを見る。
 そういえば、租税さんはクマえもんの気ぐるみにトラウマがあったような気がする。

「ああ、でも租税さんはクマえもんが苦手でしたよね? アルバイトの後は、クマえもんのことを怖がっていましたよね」
「に、苦手じゃないわよ。全然平気よ。でも――」
「それじゃあ、何を配っているのか見に行ってみましょうか」
「え……」

 ぼくがクマえもんのいる方向へ向かうと、租税さんもついてきた。
 さて、あとはどうやって古本から意識を遠のかせるかだ。勝算はある。クマえもんの背後には、e―TAXという文字が書かれた旗が設置されていた。つまり、税に関する何かをアピールしているのだ。
 ぼくはクマえもんから、一枚の資料を受け取る。
 そこに書かれていたのは『e―TAX』の文字。当然ながら旗の内容と同じだ。

「租税さん。このe―TAXっていうのは何なんですか?」
「別に気にしなくていいわ」

 租税さんの返事はそっけなかった。租税さんは案内書を折りたたむと、カバンの中に入れた。税マニアである租税さんにしては、随分とあっさりした対応だ。ぼくが、もしかしたら租税さんを本気で怒らせてしまったのではないかと内心かなり心配していたが、どうやらそういうわけではないようだった。

「便利なe―TAXをよろしくね~」
「……便利?」

 租税さんは、クマえもんに言葉に反応する。

「そうだよ~。インターネットで確定申告が出来ちゃうんだ~」
「便利……ねぇ」

 おやおや、空気がおかしいぞ。
 何だか、租税さんの歯切れが悪い。いつもなら「e―TAXっていうのはね!」とか言って解説を始めるようなところだ。何故だか、着ぐるみのクマえもんも心なしか緊張しているように見える。
「態々税務署に行ったり、申告書を郵送したりしなくても、確定申告が出来るんだよ~。とても便利だよね~」

「異議あり!」
「!!?」

「クマえもんさん。アナタ、嘘をついていますね」
「な、何の証拠があってそんなことを言っているクマ~」

 パンフレットを手の甲で叩きながら租税さんは詰問する。
 対するクマえもんは、痛いところを疲れたかのように後ずさった。
 いつの間にやら、逆転裁判が始まったらしい。

「確かに、インターネットで確定申告を出来るe―TAXは便利なように見えるわ。でも、それならこれは何かしら?」

 租税さんはUSB端子のついた何かを取り出した。
 それ、どこに持っていたんだ?

「弁護人、それは何ですかな?」
「弁護人って誰!?」

 何故だか職員の男性も乗ってきた。
 もはや、この場にツッコミを入れることが出来るのはぼくしかいないようだ。

「これはICカードリーダーライターよ」
「あいしー?」
「クマえもんさん。これは何に使うのか、教えてもらえるかしら?」
「くま~……」
「被告人は何を言っているのですか?」
「それでは、以前クマえもんの中の人をやっていた私が通訳するわ」

 租税さんが手を上げた。検察側の人間が何故被告人側の通訳を買って出るのかは分からないけれど、こうでもしないと話が先に進まなそうだから黙認しよう。

「クマえもんは『それは、e―TAXを使うのに必要不可欠なICカードリーダーライターだクマ』と言っているわ。ちなみに、安いものでも1,500円くらいするわ!」
「1,500円……」
「さらに、これは何かしら?」

 租税さんは、さらに追い討ちをかけるように、今度は一枚のカードを示した。

「く、くま~……」
「『そ、それは住民基本台帳カードだクマ』と言っているわ。ちなみに、e―TAXで確定申告をするためには、まず月熊町役場で住民基本台帳カードを取得した上に電子証明書の発行を受け、それを更にICカードリーダライタに入れなければならないのよ!」
「そ、それは面倒だね」
「この煩雑な作業を終えて初めて電子的な方法で確定申告書を送ることができるわ。でも、それなら普通に送ったほうが早いのよ」
「ああ、はい」
「別にやりたいなら止めないけれど、現状では逆に面倒よ、コレ」
「ああ、そうなんだ……」
「だったら、国税庁のサイトの確定申告書作成コーナーで申告書を作って郵送したほうがいいと思うわ。あれなら印刷した最後のページに、あて名が印刷されているからそれを切り取って封筒に貼り付けて送ればいいだけなんだから」

 租税さんは面倒そうに言った。
 だが、クマえもんは諦めない。

「異議ありクマ!」
「『異議ありクマ!』と言っているわ」
「通訳はもういらないクマ! これからの時代はマイナンバーの時代だクマ! 住民基本台帳カードは平成27年12月までで発行しなくなったことだし、個人番号カードは、今後普及していくこと間違いないしだクマ~!」
「ふむ……」

 職員の男性があごに手を添えながら考え込むしぐさをしていた。今気づいたけれど、この人が裁判官役なのか。
 クマえもんは勝利を確信しているのか、余裕の態度で道行く人々に手を振り始めた。だけど、租税さんは諦めない。それどころか、クマえもんの反論なんて全く効いていないかのように余裕のある態度は全く崩れていなかった。そして、租税さんの反撃が始める。

「いいでしょう。では、電子的な方法で申告をするための環境が整ったとしましょう。それで、どれだけの人がe―TAXを使うというの?」
「く……」

 クマえもんは言葉に詰まる。

「どういうことなんですか?」
「e―TAXの最も重大な弱点。それは、自分で確定申告をしなければならないということよ。確定申告に関する知識の乏しい一般人にしてみれば、税務署に行かなくて済むとかいう以前の問題よ!」
「くまくま~」
「ええ、確かに税務署での確定申告は国税庁のホームページの『確定申告書作成コーナー』を使って行われているわ。そうすれば、税務署で確定申告をしたことのある人が、インターネット上で確定申告書を作る人は増えるかもしれない。でも、それだけじゃ不十分よ!」
「くまっ」
「焦らなくても答えてあげるわ。世の中には、所得や控除や源泉徴収の意味すら分からない人が沢山いるの! そんな人たちが自分で申告書を作成して、そのデータをe―TAXで送るなんて発想に至るはずがないわ! 本当にe―TAXを普及させたいのであれば、義務教育の段階から税に関する知識をつけさせておかなければならないのよ。それが無い今、どれだけ環境を整えようと、e―TAXが普及することは無いわ!」

 租税さんが言い切る。
 クマえもんは必死にその事実に触れないようにしていたようだけど、やはり相手が悪かった。手品師が一流の手品師を敵に回してしまったようなもの。全てを丸裸にされて、クマえもんは意気消沈していた。着ぐるみだから表情は一切変わらなかったけれど。

「く、くま~」

 クマえもんは隣にいる男性職員に合図を送る。
 すると、職員さんはクマえもんのストラップを租税さんに手渡した。
 これをやるからどっかいけ、という意味だろうか。租税さんはストラップを受け取ると、役から抜け出したかのように通常モードに戻った。クマえもんと男性職員は、このタイミングを逃してたまるかとばかりに、即座に租税さんから離れて、拾い道路を挟んだ反対側で活動を再開した。

「ところで、クマえもんのキャラクターが租税さんが入っていたときと全然違うんですけど、あれはいいんですか? 語尾にクマとかついていましたよ」
「いいのよ。クマえもんは毎日人格が変わるという設定だから」
「嫌なゆるキャラですね」
「しかも、自分を論破した相手には、景品をくれるという裏設定があるのよ。プレデターが生き残った人間に銃を渡すようなものね」

 租税さんは満足げに言った。
 よし、このタイミングだ! 租税さんに帰宅を勧めるのは、今この瞬間しかない!

「さて、それじゃあ面白いものも見られましたし、返りましょうか。租税さんは今日買った本を読みたいでしょうし」
「ええ、そうね――」
「どうしたんですか、何だか心ここにあらずといった感じですけど」
「クマえもんの声、どこかで聞いたことがあるような気がしたんだけど……」
「そうですか?」

 きっと気のせいだろう。そもそも、クマえもんの中に入っている人は、少なからずとある国民的アニメキャラクターに影響された声を作っているはずだ。似せる対象が同じなら、誰が中に入ってもクマえもんの声は少なからず似ることになる。聞いたことがあるような気がするのも当然だ。

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「租税さん。アルバイトをしない? 租税さんにぴったりのアルバイトがあるんだけど」

 翌日、文芸部の部室で金子が妙に明るい声で租税さんに話しかけた。
 この声は絶対何かを企んでいる。

「それって、どんなアルバイトなの?」
「簡単よ。道行く人に手を振ったり、売られた喧嘩を買ったりするの。是非租税さんをスカウトしたいっていう人がいたから、私が代表してきたんだけど、どうかな?」
「……もしかして、昨日のクマえもんの中身って金子さんだったりする?」
「何を言っているのか分からないわ。今度は租税さんを中に入れて、税務署職員の力も借りて袋叩きにしてやろうだなんて――これっぽっちも考えてないクマ~」

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 後日、アルバイトの誘いを断りきれなくなった租税さんは再びクマえもんの中に入ることとなった。クマえもんの周りには、何故かスーツ姿の人たちが集まり、普段は閑散としているクマえもんの周囲には人だかりが出来ていた。後に、クマえもんバトルロイヤルと呼ばれることになったこの事件は、地方紙に取り上げられ、役所職員はこの件で厳重注意を受けたらしい。
 租税さんはというと、月熊町役場職員から採用試験を受けるように誘われるようになった。身内に引き込んで、こんどこそ袋叩きにするつもりなのだろう。どうするつもりなのかを租税さんに聞いてみたことがあるが、どうやらまんざらでもないようだ。
 ぼくの問いに、租税さんはこう答えた。

「選択肢の一つだよね。う~ん、でも――クマったなぁ~」

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