番外編4 副業

作者:中田かなた

番外編④ 副業

          1

 地獄の二日酔い、わが胸酒に焼けて、
 雑務と残業がわが身を焼き尽くす。
 お前が私に副業の隠し方を与えないならば、
 お前はもはや私の生徒ではない。

 永遠に解雇されるのだ、私が。
 あらゆる福利厚生は永遠に消え去る。
 お前が私に副業の隠し方を与えないならば。
 聞け、人事担当よ! 聞け、この女の願いを!

 ホント、お願いします!
                         《夜の女王のアリア》

          2

 七月七日。七夕。
 織姫と彦星が年に一回面会する日として有名だけれど、一般庶民にしてみれば赤の他人の恋愛事情などどうでもいい。彼ら彼女らにしてみれば、この日は精々己の願いを短冊に書き入れる程度の価値しかない。
 だけど、願いのために必要なのは祈りではなく行動だ。何もしなければ、決して願いは叶わない。だからと言って、手段を選ばないというのは間違っている。場違いな恰好で登場し、相談すべきでない相手に相談するというのは、どう考えても間違った選択といわざるを得ないだろう。
 ぼく達文芸部員(金子は除く)は、租税相談に現れた女性を持て余していた。
 それもそのはず。この教室に現れたのは、赤い派手なドレスを着た、いかにも水商売をやっていそうな女性だったからだ。顔には不気味な仮面をつけていて、素顔は見えない。ただ、この教室における場違い感は酷いものだった。

「た、ただの人間には――。なんでもないわ」

 租税さんが口上を途中でやめた。
 少なくとも、ただの人間ではない。この部室にいる限りにおいては、宇宙人、未来人、異世界人、超能力者のどれよりもカオスな存在であることは間違いないだろう。突然の闖入者に呆然とするぼくをよそに、租税さんは最大限に配慮を込めながら、その変質者に呼びかけた。

「えっと、オペラ歌手の方でしょうか?」
「匿名希望でお願いします」
「はぁ」
「強いて呼ぶなら、夜の女王とでも読んでください」
「……分かりました」

 夜の女王は入り口近くの椅子に座った。
 パイプ椅子がここまで似合わない人がいるとは思わなかった。

「それで、相談というのは何なの? というか、相談でいいのよね? まさか、文芸部の入部希望者とかじゃないわよね?」
「実は、会社にばれないように仕事をしたいんだけど……」
「仕事というのは?」
「夜のお仕事なんだけど」

 部室に微妙な空気が流れる。

「夜の女王さん。よく考えてみて。それは高校生である私達にすべき相談内容なのかしら?」
「う……」
「夜のお仕事をしているとか、そういうのを何故私に相談しようと思ったのか、理解に苦しむのだけれど、納得いく説明をしてもらえる?」
「うう……。だって、仕事で相談行く時間も取れないし、周りには隠しているから誰にも聞けないんだもの」
「だからって、ここにこなくても……」

 租税さんはあきれていた。

「でも、まぁ、いいわ。面白そうだから相談に乗ってあげる!」

 いいのかよ!
 こんなところを誰かに見られたら、明日から活動停止にでもなるんじゃないか?

「それじゃあ、相談内容を確認するわ。貴女は会社に内緒で働きたい。その仕事の内容は、夜のお仕事。そういうことね?」
「そうよ。出来るかしら?」
「基本的には無理ね」

 租税さんはバッサリと言った。

「そうなの……」
「そもそも、何故会社に副業の存在がばれるのか。それは、会社が払った給与の金額よりも本人の収入額のほうが多くなっているからよ」
「でも、個人の収入額なんて会社には分からないんじゃないの?」
「それがそうでもないのよ。会社は、社員の収入をある程度把握することができてしまうのよ」
「何で?」
「住民税の特別徴収というものね。これは、住民税を毎月の給与から天引きして納付するという方法よ。それをする場合、月熊町は会社に対して『毎月総額でいくら納付すればいいのかを記した通知』と『社員に渡してもらう個人宛ての通知』を送ることになるのよ。そして、その『個人宛の通知』には課税の根拠となる数字、つまり本業分と副業分の合計額が入ることになるのよ」
「つまり、それをチェックされてしまうということね」
「そうね。つまり『あれれ~、おかしいぞ~。夜の女王さんの収入額がウチの会社の給料よりも多いぞ~。ね~、夜の女王さ~ん、これって――どういうことなのかな?』みたいな感じに、最後の台詞だけ探偵っぽく尋ねられたりすること請け合いよ!」

 どこの少年探偵だよ。

「そうなの……」
「ちなみに、全国的にこの給与天引きでの徴収方法を徹底させようという流れになっているから、勤めを続ける限り、この特別徴収から逃れ続けることは難しいわ。でも、希望を捨てちゃ駄目よ。自営なら話は別なのよ!」
「自営?」
「農業収入があったり、不動産収入があったり、営業収入があったりした場合、その収入の分だけは納付書で納めることを選ぶことができる。それを選んだ場合、給与から天引きされる金額は、給与収入を基にした金額のみになるから、会社には副業の存在がばれないのよ! 夜の女王さんが言う『夜のお仕事』がどういうものなのかは知らないけれど、もしそれが給与収入ではなく営業収入なのだとしたら、可能性はゼロじゃないわ!」
「それじゃあ、私にも希望はあるのね?」
「あるわ。まず、副業分だけ納付書で納める方法だけど、確定申告書の第二表に『給与・年金以外の収入について』という欄があるから、そこで『自分で納める』というところに印をつけるというものよ。あとは、その印を見た自治体が給与分は会社に特別徴収分として知らせ、残りの部分は本人に普通徴収分として納付書を送ることになるの」

 夜の女王さんは、租税さんの言葉を聞きながらメモを取っている。
 随分とまめな人のようだ。

「でも、その事業が赤字だったらアウトよ。赤字の場合はそれぞれの所得を分けることが出来なくなって、本来よりも納める金額が少なくなってしまうから、会社はその異変に気づいてしまうわ。もっとも、これにも抜け道はあるんだけどね」
「どうするの?」
「申告しなければいいのよ」
「え?」
「自営の場合、赤字なら確定申告をする必要は無いわ」

 そういえば、金子父もそんなようなことを言っていたような気がする。

「でも、本来ならもっと税金は安くなるはずだったんでしょう? 何とかして、ちゃんと赤字分を安くすることは出来ないの?」
「出来るわ」

 割と何でもありだな。

「申告の時期を後にずらすのよ。例えば、平成28年中に貴女が自営をしていて赤字が出てしまったとするわね。二28年中の所得に対して課税される住民税は、平成29年6月分~平成30年5月分の給与から天引きされることになるわ。だから、給与から天引きされる期間が過ぎてしまってから申告すればいいのよ。そうすれば、全額納付後に住民税が還付されることになるから、職場の人に赤字の存在がばれないわ」
「成程……」
「ただ、私個人の感想を言わせてもらうとね、副業禁止だったら副業するなって話なのよ。どうしてもしたいなら、許可をもらうなりすればいいわ」
「そうかもしれないけど……」
「そもそも、今言ったのは小手先の小細工でしかないのよ。貴女の雇い主が、本当に調べたいのであれば、従業員に所得証明書を取ってこさせればいいのよ。役所で出る証明書にはその年の全ての収入が載っているから、申告を後回しにした場合を除いては確実にばれることになるわ。貴女のしている夜のお仕事がどんなのものなのかは知らないけれど、必要なら勇気を出して相談してみるというのも一つの解決方法だと思う。真摯な態度で言えば、もしかしたら許可だって出るかもしれないわ」
「ええ、そうね。ありがとう。職場の人に相談するのは少し難しいけれど、とても心強いわ」

 そういって、夜の女王は立ち上がった。きびすを返し、部室のドアへと向かう。
 そして――いつものパターンが舞い降りた。
 そう、ドアを開けると、廊下には丁度部室に着いたばかりの金子がいたのだった。

「あれ、アリア先生」
「え、何?」

 沈黙が流れる。
 ついうっかり尋ねたら、相手もついうっかり反応してしまった。
 この空気、どうすればいいのだろう。

「ひ、人違いです」
「人違いも何も、アリア先生ですよね? その恰好はどうしたんですか?」

 さすが金子。
 空気を読まないことに関しては、並び立つものがいないといわれる図太さの持ち主だ。
 夜の女王――もとい、アリア先生は足早に部室から離れた。ぼくたちはただ、その後姿を見守るしかなかった。

「ところでさ、イズミ君」
「はい」
「ここって、学校よね?」
「ですね」
「だったら、相談に来るのって基本的に学校関係者に限られるわよね?」
「前回は二連続で部外者が来ちゃいましたけどね。あと、遠回りな言い方をしなくていいですよ」
「あ、うん。今のって、源君のクラスの担任なの?」
「はい」
「ばれたくない会社って、この学校そのものよね? あれでごまかしているつもりだったのかしら?」
「そうなんじゃないでしょうか」
「夜の仕事って何なのかしらね? 夜の女王っていう呼び方は、夜の女王のアリアって曲からとったのだろうけど、お仕事のほうも夜の女王なのかな?」
「知らなくていいこともあると思いますよ」
「そうね。でも、私の最後のアドバイスは無駄になりそうね」
「そうですね」

 少なくとも、高校教師が夜の女王を兼ねるのは無理があるだろう。
 一方、金子はぼくたちを見て、一体なにが行われていたのか不思議そうにしていた。
 全く、どうしてこの租税相談にまともな人は来ないのだろうか。

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