森辺のクリスマス

作者:EDA

「宿場町ではな、年の終わりが近づくとキミュスを丸焼きにしてお祝いするらしいぞ」

 晩餐の準備を続けながら俺がそのように呼びかけると、アイ=ファは「ふむ?」といぶかしそうに首を傾げた。

「年の終わりというのは、十二ヶ月の終わりという意味だな? 確かに毎年その時期の宿場町はやたらと騒がしいようだが、あれはいったい何を祝っているのだ?」

「さあ? 俺も聞きかじっただけだからよくわからないけど、太陽神の転生がどうとか言ってたな」

「太陽神の転生……?」

「うん。太陽神は一年間で寿命が尽きるから、一年の終わりに一回滅んで、また新たに生まれ変わるんだそうだ。そうして毎年変わらぬ力で大地に恵みを与えてくれる太陽神を讃えるお祝いってことなんじゃないのかな」

「太陽とは、一年ごとに新しいものへと切り替わっているのか」

 感心したように目を丸くするアイ=ファに、俺は苦笑を投げ返す。

「いやあ、あくまで神話の類いだと思うぞ? この世界における神の扱いってのは、俺にもまだ今ひとつ理解しきれていないけど」

「何だ、つまらん」と、今度は唇をとがらせるアイ=ファである。

「だったらどうしてわざわざそのような話を口にしたのだ? 私は腹が減っているのだぞ、アスタよ」

「いやあ、俺の故郷でも年末が近づくと鳥を丸焼きにするお祝いがあったなあと思ってさ。キミュスじゃなくて、七面鳥っていう鳥なんだけど」

 鉄鍋で煮込まれている肉と野菜を攪拌しながら、俺はそのように答えてみせる。
 この肉は、キミュスでも七面鳥でもなく、ギバと呼ばれる猪によく似た獣の肉だ。

「もっとも、実際に七面鳥を丸焼きにする家庭なんてそうそうなかったと思うけどな。俺の家なんかでも、せいぜいニワトリの足を焼くぐらいだったし。……あ、そうそう、それでそのお祝いも起源は宗教にまつわる生誕祭だったんだよ」

「森辺の民を生み出したのは、森だ。それ以外の神に対する祝い事など、我らには関係あるまい」

 俺がいくら言葉を重ねても、アイ=ファの関心をかきたてることはできないようだった。

 アイ=ファは、森辺の集落に住まう森辺の民なのである。
 この集落とて西方神を崇める王国セルヴァの版図であるはずだが、森辺の民は森のみを神としている。凶悪なる獣ギバを狩り、その牙や角を売って糧を得る、森辺の民とは清廉にして勇猛なる狩人の一族であるのだ。

 そしてこのアイ=ファは森辺でただ一人の、女衆の身でありながらギバ狩りの仕事を果たす女狩人なのだった。

 複雑な形に結いあげられた金褐色の髪に、明るく輝く青色の瞳、日に焼けた褐色の肌、すらりと引き締まった力強い体躯、渦巻き模様の胸あてと腰あて――ぱっと見には優美な容姿を持つ妙齢の少女であるが、その胸もとには狩人の証したるギバの牙と角が揺れている。アイ=ファほど優秀な狩人は、この森辺でも数えるぐらいしか存在しないはずであった。

「……お前はもしかして、故郷を懐かしんでいるのか、アスタよ?」

 と、その綺麗な青い瞳を少し陰らせて、アイ=ファは心配そうに言った。

「宿場町で祝い事の話を聞き、そこに故郷の姿を重ねて――それで故郷に帰れぬ身をあらためて嘆くことになった、ということなのか?」

「いやいやいや! 確かに故郷のお祝いと少し似た部分があったから面白いなあとは思ったけど、別にそれでおかしな気分になったりはしていないよ」

 俺の故郷は、日本という国だった。しかし俺は、十七歳の年に実家の火災で生命を落とすことになり――そうして気づいたら、この見知らぬ異世界に放り出されてしまっていたのだ。

 死んだはずの自分がどうしてこのように五体満足でいられるのか、まったく見知らぬ土地でありながら普通に言葉の通じてしまう、この世界はいったい何なのか。そんな疑問に答えを得られることもないまま、寄る辺ないこの身を拾ってくれたアイ=ファとともに、俺はこの異世界で懸命に暮らし続けていたのだった。

「俺は一回死んでるんだから、どうあがいたって故郷に帰れるとは思えない。今の俺の故郷はこの森辺の集落で、俺の家族はお前一人だよ、アイ=ファ」

「……別にそのようなことは、今さら念を押されるまでもない」

 アイ=ファは腕を組み、ぷいっとそっぽを向いてしまう。

「それでけっきょく、お前は何が言いたいのだ、アスタよ? そのキミュスの丸焼きとやらが食いたくなったのなら、自分の銅貨で好きにするがいい。私はギバの肉さえ食せれば十分だ」

「いやあ、年の終わりはまだ先だろう? それに、一人でメリークリスマス! とかやってても馬鹿みたいじゃないか」

「何だその面妖な呪文は? シムの王国の魔法の詠唱か?」

「いや、俺の故郷のお祝いの言葉だよ」

 しかし、そんな言葉を誰かと交わし合う機会も、この先永久にやってこないのだろう。
 思いの外しめっぽい気持ちになってしまいそうだったので、俺は努めて明るい声をあげてみせる。

「それはともかくとして、年の終わりの宿場町っていうのはそんなに賑やかなものなのか? 今のところ、町でそういったお祝い事を目撃した記憶はないんだけれども」

「うむ。煮立てた鍋をひっくり返したような騒ぎになるな。だからその時期は前もって必要な買い物を済ませておき、なるべく宿場町には近づかないように心がけている」

「もったいないなあ。せっかくのお祭りなんだから便乗しちゃえばいいのに」

「ふん。キミュスの肉などに心を引かれる森辺の民など、お前以外には存在しまい」

 別にそこまでキミュスの丸焼きに興味を引かれたわけじゃないんだけどなあと俺は苦笑する。
 そこで、ふっと愉快なことを思いついた。

「だったら、ギバの足を丸ごと焼いてみるってのはどうだろう? 森辺の民のお祝いのご馳走としては、なかなか相応しい献立なんじゃないか?」

 すると、この段に至ってようやくアイ=ファの瞳にも興味と好奇心の光がきらめいたのだった。

               ◇

 翌日、俺とアイ=ファはルウ家の集落にいた。
 もちろん、昨日思いついた「ギバの足の丸焼き」を試作するためである。

「ギバの足を丸ごと焼くだなんて、ずいぶん豪快な料理ですね?」

 ルウの本家の四姉妹、森辺では珍しい黒髪を肩のところで二つに結った次姉のレイナ=ルウが、不思議そうにそのように言った。
 年齢は、俺やアイ=ファと同じく十七歳。いくぶん幼げで背丈も低めだが、十分以上に魅力的な容姿とプロポーションを有する娘さんである。

 ルウ家は、森辺でも一、二を争う大きな氏族であった。血の縁を持つ眷族ならば百余名、ルウの集落だけでも四十名近く、そしてこのルウ本家だけでも十三名という大所帯だ。
 そのルウ家の誇る巨大なかまどの間には、本家の四姉妹が勢ぞろいしていた。

「豪快というか、少し野蛮な感じがするわねぇ……アスタの料理としては、ちょっと珍しい感じじゃなぁい……?」

 そのように発言したのは、長姉のヴィナ=ルウであった。
 とろんとした目つきと肉感的な唇が印象的な、色気とフェロモンの権化のごときおねえさまである。

「でもまあそういう料理のほうが喜ぶ男衆も多いんじゃない? 作るほうだって簡単だしさ」

 真っ赤な髪をポニーテールのような形に結った細身の少女が、男の子みたいな口調で言う。
 齢は十三歳、三姉のララ=ルウだ。

「だけど、そんなに大きな肉だと、きちんと焼ける前に周りが焦げちゃうんじゃないの? ギバの肉はしっかり火を通さないとお腹を壊しちゃうんでしょ?」

 と、なかなか鋭い発言をしたのは末妹のリミ=ルウであった。
 赤茶けた髪を肩までのばした、とても愛くるしい八歳の少女である。

「そう。だから直接火にかけるんじゃなく、炙り焼きにするつもりなんだよね。それなら肉を焦がさずに熱を通すことができるだろう?」

 言いながら、俺は包みからギバの足肉を取り出してみせた。
「あらぁ……」とヴィナ=ルウが色っぽく声をあげる。

「それは、毛皮の毛だけをなくした肉ねぇ……?」

「はい。今回はこの肉を使ってみたいと思います」

 通常、ギバの毛皮はなめした上で行商人に売る。だけど本日は表皮も料理で使いたかったため、特別に残してもらったのだ。

 びっしりと生えていた黒褐色の毛は、あらかじめ家で処理しておいた。切り口だけが生々しく赤い、人肌のような薄桃色をしたギバの足肉である。左右ひとそろいで、重量は十五キロ以上もありそうだった。

「室内だと煙がひどいことになりそうなので、外で焼かせていただきますね」

 森辺の集落においては、石で組まれたかまどが使われている。俺はアイ=ファの手を借りて、まずはそのかまどの両脇に丸太で底上げ用の台を組ませていただいた。

 で、二本の長い鉄串を刺した足肉を、それぞれ台の上に設置する。
 両脇の丸太の台に鉄串を引っ掛けて、肉を火にさらす格好だ。

 高さは、俺の胸ぐらいである。
 炙り焼きは、強火の遠火が望ましい、と以前にテレビの番組で見たことがあったのだ。
 俺の実家は大衆食堂を営んでいたが、もちろんこんなメニューは存在しなかったので、すべてが机上の知識である。

「よし。これで、片方の足にだけ味をつけておきます」

 これも家で作製しておいた、焼き肉のタレを右足の表面に塗っていく。
 宿場町で手に入る食材を駆使して作製した、とっておきのタレである。ミャームーと呼ばれる香草のニンニクっぽい香りが、早くも食欲中枢を刺激してくれる。

「では、火をつけるぞ」

 アイ=ファの手によって、かまどの薪に火が点された。
 そうして轟々とかまどの火が燃えさかっても、肉との距離は三十センチ以上も空けられているので、しばらくは何の変化も見られない。

「で、これはどれぐらい火にかけておくの?」

 ララ=ルウに問われたので、「どうだろうね?」と俺は首を傾げてみせる。

「まあ、晩餐の時間には十分まにあうと思うよ?」

「晩餐って、まだこんなに明るいじゃん」

「うん。だけど、じっくり焼くのが炙り焼きの醍醐味だからねえ」

 以前に見たテレビの番組では、小豚の丸焼きを仕上げるのに五、六時間もかけていたのだ。
 今回は足肉のみなのでもっと短い時間で済むだろうが、それでも二、三時間ぐらいは必要なんじゃないかなと俺は考えていた。

「火の番は俺が受け持ちますので、どうぞ皆さんは他の料理の準備を進めてください」

 ルウ家の四姉妹の上三人は、俺の言葉を受けてかまどの間に戻っていった。
 一人居残った末妹に、「リミ=ルウは戻らなくていいのかい?」と呼びかけてみる。

「うん! 今日のかまど番はヴィナ姉たち三人なの。リミのお仕事は終わったから、アイ=ファたちと一緒にいるー」

 アイ=ファは一つ肩をすくめてから、リミ=ルウの小さな頭にぽんと手を置いた。
 年の離れたこの二人は、古き時代よりの友人同士なのである。

 そうして三人でぽつぽつと言葉を交わしながら、火が弱まらないように時おり薪をくべていく。
 十五分ほどが経過すると、炙られている下の面が固くなってきた。
 火傷をしないように気をつけつつ、鉄串を布でくるんで上下をひっくり返す。

 それを二回繰り返すと、今度は皮の表面が縮んできて、じわじわと脂が浮かんでくる。
 その頃には、あたりにも肉の焼ける芳しい香りがたちこめ始めていた。

「うん、なかなかいい感じじゃないか」

 俺はまた右足のほうにだけタレを重ね塗りしていく。

「アスタよ、もう片方の足には塩やピコの葉すら使わないのだな」

 ピコの葉というのは防腐の効能を有する黒コショウに似た香辛料で、肉を焼く際にはそれを表面にもみこむのが俺の常であった。

「うん。豚の丸焼きは何の味付けがなくても絶品だって聞いたことがあるから、それも確認してみたくてさ」

「……これはぶたとかいう獣ではなく、ギバの肉だぞ?」

 アイ=ファは不審げであったが、俺は心配していなかった。
 このギバというやつは、豚に劣らず上等な肉質なのである。

 特性としてはやはり猪のほうに近いようだが、とにかく美味い肉だということに変わりはない。食を楽しむという行為がないがしろにされていたこの森辺の集落において美味なるギバ料理をこさえてみせるというのが、俺が一番最初に獲得できた自分の存在理由なのだった。

(そんな俺が何の工夫もなく肉を焼きだしたから、みんなちょっと面食らっているのかな)

 そのようなことを考えている内に、肉は着々と焼きあがっていく。
 表面からしみだした脂がしたたり落ちて、かまどの火をいっそう激しく燃えさからせる。

 そうして、およそ二時間後――赤みを増した太陽が森の彼方に半ば隠されたところで、ギバの足肉の炙り焼きは完成した。
 また火傷をしないように気をつけながら、焼きあがった肉をかまどの間に運搬する。

「さて。ルウ家の晩餐に耐え得るものかどうか、みんなで味見をしてみましょう」

 俺は新たな鉄串と肉切り刀を拝借し、熱々の肉を切り分けていった。
 表面の皮は黄褐色に、内側の肉はしっとりと象牙色に焼きあがっている。
 まずは、何の味付けもされていない左足だ。

「いちおうつけダレも準備はしてありますので、物足りなかったらこれを使ってください」

 何の工夫もなく焼かれた肉であるので、誰もが大きな心配も期待もなくそれを口に運んでくれた。
 その中で、「あらぁ……」とヴィナ=ルウが驚きの声をあげる。

「これは何だか……普通に焼かれた肉とはずいぶん感じが違っているわねぇ……?」

「そうですか」と、俺も自分の分を口に放り入れてみる。

 表面の皮は、カリカリに焼けていた。
 脂も水分もかなり抜けているはずであるのに、肉のほうはジューシーだ。
 そして、普通に焼くよりも格段にやわらかかった。

 となれば、もとより美味なるギバ肉である。
 豚肉よりもややクセは強いものの、味は豊かで、脂は甘い。噛めば噛むほど味がわいてきて、舌を喜ばせてくれる。俺としても、大満足の出来栄えであった。

「普段は皮を剥いじゃってますからね。以前にも一度だけ皮つきの料理を作ったことはありますけど、これもなかなかの味わいじゃないですか?」

「ギバの皮って、こんなに美味しいんだね! うーん、だけど毛皮は売り物だしなあ」

 ララ=ルウは、とても複雑そうな表情をしている。
 そちらに、俺は笑いかけてみせた。

「だからこれは、お祝い用の料理として考案したんだよね。料理のために毛皮を犠牲にするってのは森辺の習わしにそぐわないかもしれないけど、たまにのお祝いでだったらお許しも出るんじゃないかなあ?」

「そうだね! たまに毛皮がすりきれちゃってるギバなんかもいるから、そういう売り物にならないようなやつは皮ごと食べちゃえばいいんだ!」

 この中では一番気難しいララ=ルウも、お味のほうに不満はなさそうであった。

「ああ、こちらの味付きの肉などは、また格別ですね」

 と、右足のほうを食したらしいレイナ=ルウなどは、うっとり目を細めている。

「ミャームーの香りが強いようですが、普段の焼き料理で使っているものとは味を変えているのですか?」

「うん。炙り焼きのために味を変えたんじゃなくて、もともとタレの配合加減を改良していたところだったんだよね」

「……できればその配合加減というのをご伝授願えませんか……?」

「もちろん」と答えると、レイナ=ルウはぱあっと顔を輝かせた。
 かまど番の仕事に対しては、彼女が誰よりも強い意欲をたずさえているのである。

 リミ=ルウも、姉たちとは少し離れたところで「おいしー!」と快哉の声をあげている。
 そのかたわらには、黙々と肉を食むアイ=ファの姿があった。

「アイ=ファはどうだ? 時間をかけた甲斐はあったかな?」

「うむ、美味い」

 生半可なことでは感情を揺らさないアイ=ファであるので、返事はそっけないものだ。
 で、横目でちらりと俺を見てくる。

「お前はこの料理を、祝い事のためのものとして考案したのだな?」

「ああ。なかなか好評みたいだから、本番にはもっとすごいのを仕上げてみせるよ」

 足肉のみならずギバを丸焼きにできたら、それは誰しもが仰天するのではないだろうか。
 まあ、それはいつか訪れる年の終わりまで温存しておこう、と思う。

「…………」

「うん? どうした?」

 アイ=ファが何事かをつぶやいたような気がしたので、俺は耳を寄せてみた。
 楽しそうに肉を切り分けている四姉妹を横目に、アイ=ファがそっと囁きかけてくる。

「……祝いの席では、何と言うのであったかな?」

「え? 何の話だよ?」

「お前の故郷では、祝いの席で何やら奇っ怪な呪文を唱えるのだと話していたではないか」

「ああ、呪文じゃなくて、お祝いの挨拶な。メリークリスマスだよ」

 アイ=ファは少しだけ身を引いて、俺の目を見つめ返しながら、その口もとにやわらかい微笑をたたえる。

「年の終わりとやらはまだ先だが、忘れぬよう練習しておこうと思う」

「れ、練習?」

「めりーくりすます」

 そうしてアイ=ファは、ちょっとたどたどしいながらも異国の言葉で俺の仕事を祝福してくれたのだった。

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