第一章 ギャルサーの神に向かって撃て その1

作者:白乃 友

渋谷(しぶや)原宿(はらじゅく)が滅んでせいせいした。

 愛車に(またが)り、緩やかな斜面を下って行く。
 見渡す限り一面の、大草原だった。この光景が世界の全てであれば、遮蔽物(しゃへいぶつ)などという単語は辞書に載らなかったろうなと思考する。しかし、思考とハンドルさばきは、少年の意図を離れ、どこまでも食い違っていく。

 不可視のピンに突っかかるように、あるいは、ゲームのフィールドマップ端にある、見えない壁に行きあたったかのように。
 少年は不意にブレーキをかけ、前輪を垂直にまで持ち上げ後輪でたたらを踏んだり、する必要も無さそうな急カーブを切り、少年にしか見えない『何か』を、かわし続けているのだった。

ステレオのボリュームを上げる。テレビニュースの音声だけが、ノイズ混じりに聞こえてくる。

「ご覧いただけますでしょうか」

 リポーターの声に少年は、イエスとも、ノーとも応えることが出来た。

「渋谷、原宿と言えば、日本を代表する若者文化の発信地。それがこのような形で世界中の注目を集めることになるとは、誰が想像していたでしょう」

 リポーターの口調と言うのは、張り詰め方さえ、どこか聞くものを安心させるのだから不思議なものだと、少年は思った。

「一夜にして、渋谷と原宿が大草原へと変貌(へんぼう)を遂げてしまったあの夜から、既に三カ月。事件発生当時、建物の中などにいた人々は皆、下水道のホームレスまで口を(そろ)えて、『何も分からない。気がつけば原っぱに投げ出されていた』と証言しており、それ以上の有益な情報は、専門家チームの調査含め、いまだ入ってきておりません」

 草丈(くさたけ)はぎりぎり車輪に(から)まないが、回転はやはり、多少なり殺されてしまう。
 この走り屋に厳しい道はいつ終わるのかと、閉じた瞳の中、距離を推算する。
 また、目的地に向けていたハンドルを、直角に切り直す。

「しかしながらただ一つ、手掛かりを得られる場所があるとすれば、今我々の取材している、ここ以外はあり得ないでしょう。SNSのトレンドワードにも急上昇、そう、『神のプリクラ』です。消失区域内において、全ての人造物が失われたとみられる中、つい先日、唯一の生き残りが衛星写真に映されました。ご覧下さい、大草原に野晒(のざらし)(たたず)む、こちらのプリクラ筺体(きょうたい)! 電源は入ってきていませんが、連日、ホームグラウンドを失った若者たちが、祈りを(ささ)げに、長蛇(ちょうだ)の列を作っております。有志による募金活動の結果、沖ノ鳥島(おきのとりしま)さながら、何故かテトラポッドに取り囲まれており―――」

 参列者達を対象に、リポーターがインタビューを始める。
 この度の異常現象をどうお考えですか。また、生き残ったプリクラを見て、どのようなことを思われましたか。

「思い出の場所がぁ、全部無くなったのはぁ、辛いけどぉ……ここを中心にして、竹下(たけした)(どお)りとか、新しく作り直してほしいって、思います。反社会勢力を排除した街にしてほしいです。ナンパ師とか、強引なショップ店員とか」

「東京が歳をとったのかも。でも、私らの街に十円ハゲが出来るなんてサイアク。育毛のCM見る度に、もうおじさん達のこと笑うのはやめるよ」

 舌打ちとともに、ステレオをオフにする。
 日光が()け、赤みに染まった瞼の裏に、会ったこともないはずの回答者達の姿が、ありありと浮かんできたからである。

 本来の(つや)やかさを殺した、金色の髪。工業製品の人形のように飾り立てた、顔面。やつらはファッションを自己表現だと(うった)える。だが、その『自己表現』とやらは全て、すれ違う他者一人一人にしかけられる、独りよがりのゲームに過ぎないことを、少年は知っている。『自己表現』を(おろそ)かにしているもの……即ち敗者を、相対的に心の中でおとしめ、優越感を抱くためだけに、やつらは着飾っているのだと、少年は信じて疑っていない。勿論少年は、下らない男の一部も、似たようなことをするのだということは知っている。道行く女に点数を付けながら登下校していると声高に喧伝(けんでん)していたクラスメイトが、かつていた。その男も勿論、唾棄(だき)すべき人間だが、それでもまだマシだと、少年は思っている。男は女に点数を付けるが、それが社会的に何一つ、女の価値をおとしめるものであるとは思っていない。品の無い冗談止まりと言うことである。しかし、インタビューに応えていたような女達は、心の中で付けた点数が、内心の範疇(はんちゅう)を出て、広い世界の中でも意味のある点数付けだと信じ込んでいるのだ。

 つくづく。つくづく、この自分が滅ぼさねばならない害悪どもだと、使命感をたぎらせる。

 瞳を、開ける。

 走り始めは、眼前に草原しか広がっていなかった。
 しかし今は、直線距離で二分もかからない位の遠くに、行列と、テトラポッドに囲まれたプリクラが見えている。



 神のプリクラは、近年主流になりつつある、撮影スペースと画像加工スペースの部屋に分かれた筺体であり、ボリュームのあるシルエットをしていた。
 筺体の周囲を、数人が連れだって歩いても余裕がある程度の隙間を開けて、テトラポッドが囲んでいる。

 視力検査用のランドルト(かん)のように、テトラポッドの円は、一部分が途切れていた。参拝者達はそこから列になって、筺体の中にお参りする順番を待っている。
 二百人近い参拝者は殆ど、若い年代の女達だ。
 男達の姿もちらほらと見受けられるが、圧倒的に少ない。それも大抵が、女の付き添いか、単なる足といった風情である。

 ここに集っている者達のほぼ全員が、いわゆるギャルと呼ばれる人種である。友達と肩など叩きながら、甲高い笑い声を上げ、時折スマートフォンをいじっている。浮かない顔をした者達もいるにはいるが、目をこらさねば見つからない。渋谷、原宿が消失したばかりの頃は、メディアに取り上げられるのは、沈痛(ちんつう)な面持ちの者たちばかりであったが、時間の流れが早いのか、それとも時間の流れを速めているのがギャルたちなのか。
 はっきり言って、いかにもオーガニック、地球本来の肌合いといった具合の草原に行列を作るには、似合いでない集団である。

 人間と言うのが、地球史上において類を見ない、(いびつ)な生命体であることは疑いようがない。アスファルトで大地を覆い、発電の代償に大気を汚染することさえ、人間がそもそも自然から生みだされた存在であるのならば、自然なことではないかと言う発言も時々耳にするが、そういった議論が起こること自体が、人間と言う存在の異常性を証明していると、俺は考えている。

 そんな、宇宙船地球号のハイジャック犯であるところの人間達の中においてなお、ギャルというのは奇特な人種であるといえるだろう。
 ()められた髪に、過剰に(ほどこ)されたメイク。俺自身は、そんなおぞましい経験などしたことはないものの、ギャルと一夜を明かしてみれば、ベッドの中にいたのは別人だったなどという(うわさ)はよく聞くものだ。
 それは即ち、他者の目に映るギャル達……今こうして、神のプリクラに物憂げな表情で集う彼女達が、現実に存在していないことを意味しているのではないか。
 アニメキャラが現実にいないのと同じように。
 ギャルというのは、人の身体に描かれた二次元なのかと、益体(やくたい)のない問いが、脳裏に浮かぶ。
 不快感に襲われ、蒸れることなどこれまで一度も無かったマスクの内側を、無性に()(むし)りたくなる。
 
(てき)(いく)(まん)ありとても
すべて烏合(うごう)(せい)なるぞ
烏合の勢にあらずとも
味方(みかた)に正しき道理(どうり)あり』

 突如、天から(ひび)く歌声に、ギャルの群れが身を竦ませる。
 軍歌であった。

 一団の中に、その他大勢の者達とは違い、急な事態に職業倫理でもって、反射的に行動した者達がいた。
 先程までステレオから聞こえていた、ニュース番組のリポーター達らしい。カメラマンが、肩に担いだカメラを天に向け、闇雲(やみくも)に振りまわしているのが見える。
 彼らの元に近寄ったのは、たまたま、俺の進路に重なっていたからだ。

 俺は愛車を押し歩き、行列を無視して、神のプリクラの元へ辿(たど)りつこうとしていた。
 リポーター達は、隣を通り過ぎようとしている俺に気が付く様子も無く、(そろ)って空を見詰めていた。

「なんでしょうか! 突如、歌声が! 軍歌のようです! 性質の悪いイタズラでしょうか、一体だれが、どこから……」

「ここだ」

 俺が答えると、機械に悪そうな遠心力のかかる速度でもって、テレビカメラが俺を向いた。リポーターのマイクは、俺の唇から布一枚(へだ)てた位置に突きつけられていた。さながら、背後を取られたスナイパーの反応である。
 布一枚隔てた位置に、と言ったが、これはさして比喩というわけではなく、実際の事だった。

 俺の口元は今、黒いマスクで(おお)われている。
さらに言えば、口元、そして顔面だけに(とど)まらず、全身に黒づくめの衣装を(まと)っている状態なのであった。
 マスクは、黒色のわずかな濃淡(のうたん)のみにより、人の顔を()しているのだなと分かるよう彩色されている。鉄製螺子(ねじ)のヘッドを思わせる、バツ印の入った飾りが目の位置にとりつけられ、左頬に散らされた黒点達は、布の質感を生かした土台部分から浮き上がるように、マットな質感で描かれており、黒子というよりは、そばかすの様である。口元には、唇の代わりに、細くねじられた栞のようなイラストが、これまた黒一色で描かれている。顔のパーツ一つ一つが、黒の放つ光沢の差のみで自己主張している。

 首から下の風貌(ふうぼう)はと言うと、これまた異質である。
 改造ブレザースタイル。ただし、トップスもボトムスもこれまた黒一色であり、悪目立ちにも程がある。ワイシャツもネクタイも黒であり、ぴっちりと、首元限界まで締められていて、マスクとの境目から、肌の色が見えるなどと言うこともない。
 喪服(もふく)もびっくりである。
 されども、貧乏な子どもの()り絵のようには、見えることはないだろう。
 肌に張り付くシルエットは、オーダーメイドであることを、声高に主張してくれているはずだった。

 丸めたポスターを少し太くしたような、黒い筒を背負っている。
 (かたわ)らには、先程まで草原を駆けていた愛車を従えている。
 黒一色のマニュアルバイク、もとい、ママチャリ。カゴの中には、レトロなラジカセがボディを縦にして、乱暴に突っ込まれていた。

 リポーターが息を飲んでいる。
 無理もない、と思った。ここまでの自転車行軍により、体は温まりきっており、闘気の立ち昇りを押さえられていないのが、自分でもわかるのだった。
 リポーターが、訪ねてきた。

「……インテリ街宣(がいせん)右翼の方で」

「違う。何だその珍奇な人種の(くく)りは」

 リポーターからの間抜けな問いに、俺の気迫が一瞬だけ(ゆる)んだ。
 そして俺としたことが、興奮の余り周りの見えていない状態に(おちい)っていたのだと、気がつかされた。
 初めて、空に響く歌声の内容が、耳に入って来る。
 俺はブレザーの胸ポケットから、先日買ったばかりの、新入り秘密兵器を慌てて取り出した。

「Ipod nanoの操作にはいまだ慣れない。……俺がジョブズだったら、もっと直感で操作が出来る商品を開発していたな」

 取り(つくろ)い、出来るだけ横柄に、マイクに向かって胸を張った。
 リポーターは、俺の指元をじっと凝視していた。静電気感知式パネル対応の革グローブが、そんなに珍しいだろうか。

『敵は幾万』が止み、ワルキューレの騎行が流れ始める。
 シチュエーションは整った。

 ギャル達は皆、不安げに空を見詰めていたが、かといってそれに乗じ、神のプリクラへと(もぐ)り込むために行列を割ればたちまち注目の的になるだろうと思い至る。
 俺は、テトラポッドの山を乗り越えていく道を選んだ。
 難なく、神のプリクラの裏側、列を作っているギャル達から見て死角になっている位置に、着地する。

 俺が神のプリクラを見ていると、後ろで、何人分かのぎこちない着地音が響いた。
 テレビクルー達だった。
 律儀(りちぎ)にも、俺の通った道に続いて来てくれたらしい。
 不審人物である所の俺が何をしでかすのか興味があるのと同時に、近づきすぎると俺に何かされるのではないかと、距離を取って(おび)えているようだった。

 渡りに、船。

 利用しない手はないと、俺は、クルー中唯一の男性であったカメラマンを手招きする。
 女性リポーターの肘打ちをくらい、しぶしぶ人柱になりに来た彼に、お願いをする。
 神のプリクラの屋根を見詰めながら、地面を指差し、言った。

「馬に……なってくれまいか」

 中年カメラマンは、驚きの表情を浮かべた。
 カメラマンは、(わず)かに腰を曲げ、カメラを抱えていない方の腕を地面に着くジェスチャーをした。馬って、まさかこの馬か、と、俺に確認を取っているようだ。
 ほかに、何があると言うのだろう。

「無論、俺の(ひざ)のバネなら、飛び乗る位訳ない。だが、ここは憎き敵共の本丸。  獣たちに不必要な警戒心を抱かせるような真似は、したくない」

 カメラマンはカメラを、ADと思しき女性の一人に大事そうに手渡すと、柔らかい草原に、両手をついた。
 カメラのレンズは、変わらず俺に向けられている。本来の使い手を離れてなお、放送は回され続けているようである。
 俺はカメラマンの背に遠慮なく足の裏を乗せ、体重をかけ、神のプリクラの上に飛び乗った。

 眼下において、カメラマンが背中を払いながら、ゆっくりと起きあがるのが見えた。
 視聴率のために体を張る姿。労いの言葉でもかけねばならないだろうかと言う心持にさせられる。
 草で手は切りませんでしたか、というのはいささか、黒衣を纏いし今の自分のキャラでは無い気がしたので、そこに僅かに辛辣(しんらつ)さを含ませた台詞を、ぶつけるのだった。

「ローアングル代は、サービスにしておく」

 反応は、確かめなかった。
 神のプリクラの上で、俺は仁王立ちを決める。
 ある意味、富士の頂上から臨むよりレアな、360度の絶景である。
 つい数カ月前までの原宿でなら、こんな小台に登ったところで、パノラマは手に入らなかったはずなのだ。
 胸を一杯にし、俺は咆哮(ほうこう)をあげる。

無様(ぶざま)だな! ギャル共よ!」

 と、同時に、ワルキューレを停止させる。
 神のプリクラの直近にいた者達は、既に何名か俺の登場に気が付いていたようだったが、これにて晴れて俺は、草原のアリーナに詰めかけた二百人からの注目を、一心に浴びることとなった。

「この度の天変(てんぺん)地異(ちい)の原因なんぞ、分かりきっている! ノリと空気しか大事に出来ないお前らのような生き物に、メディアを通じて若者代表面されたせいで、理不尽なバイアスに晒されて生きねばならなくなった健全な若人達のタタリ! あるいは純粋なる神罰(しんばつ)であろう! 神は、渋谷と書いてソドムと読み、原宿と書いてゴモラと読んだ! そして、この俺の長きにわたる宿願は(かな)えられた……強いて不満をあげるなら、粛清(しゅくせい)の全てを俺に委ねてくださらなかったことくらいか……」

 平時には、やたらとピーチクパーチクなギャル達だが、今はどいつもこいつも、威厳(いげん)ある俺の姿に、声さえ漏らせない始末の様だ。
 ギャル達からの視線。四百の目から放たれるそれらが、俺の全身に突き刺さるのを感じる。
 しかし、()ずかしくはない。
 このコスチュームは言わば、俺のギャルへの憎悪が布の形になったものであり、薄い暗黒は、あらゆる注目をその表面で溶かし、俺の身体へと届かせることはないのだった。
 神のプリクラの裏でカメラマンに声をかけた時とはうってかわった攻撃口調で、ギャル共に語る。
 戦車の上から、(じゅう)()(ほこ)で雑兵を凪ぎ払うように。
 努めて、強く、強く。

「しかし! 神もショートケーキの苺位は、俺にお与え下さるらしい。昨日俺に、文字化けした差出人不明のアドレスから、こんなメールが届いた」

 俺は胸ポケットに手を突っ込んで、携帯電話を取り出した。メタルブラックのガラケーである。
 画面を覗きこみ、その文面を一言一句、正確に読み上げる。

「『明日原宿で合コンなんだけど、男の子サイドがどうしても一人足りないらしいの。急なんだけど、来れないかなぁ?』」

 ケータイを胸ポケットに仕舞い、俺は両手を大きく広げた。
 風が大きく吹きつけてきたことで、確信した。吸着する顔面のマスクに、血管が浮き出ている。

「タフか!」

 我ながら強烈な叫びである。ロックンローラーの千秋楽だって、もっと大人しくやり過ごすだろう。

「やっとる場合か! 仮に人数が集まったとして、いいとこピクニックにしかならんだろうが! ……アドレスがどこから漏洩(ろうえい)したのかは知らん。しかし、どうせここにいる貴様らの内の何者かによるイタズラだろうことは分かっている。目的は、この俺に対する、無礼、挑発、挑戦だ。……送り主、名乗り出ろ! 渋谷と原宿の滅亡でもって、俺の使命は全て終了したと安堵(あんど)していたが、甘かった」

 俺は即座に息を整えた。
 これもいわゆる一つの、職業倫理と言うやつだろうか。
 名乗りバンクは毎度、きまったテンションで行わなければならないと言う暗黙(あんもく)のルール。

「俺の名はギャルスレイヤー! 人呼んで、原宿の権威的な父! くしけずってくれるわ!」

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