第二章 ビショップ・リリー・スナップ その2

作者:白乃 友

(ごう)に入りては郷に従えという。しかし、女子高生然とした雰囲気から忘れがちになるが、そういえばミサは第一村人ではなく、姫なのだということを思い出す。元いた地球では、大統領(だいとうりょう)候補(こうほ)だって地下鉄の乗り方を知らなかったのだ。
 街を歩く俺とミサを、通りすがるギャル達が、しげしげと見詰めてくる。

 何が怖いって、一体、何に好奇心を向けられているのか、さっぱりわからないことだ。
 男である俺が浮いているのか。やっぱりアコーディオンがださいのか、それとも、スカートを押さえているのが、変なのか。スカートを押さえられているミサが変なのか。

 人混みの中に一人でも、スカートの(すそ)を押さえさせてるカップルがいやしないかと、目を()らしながら歩いていたせいで、気が気では無かった。
マルコから受けた説明通り、すれ違うギャル達は皆若い。最高齢で三十歳くらいの女性しか、見つけることが出来なかった。
なんで(とし)をとらないのか、という質問に対して、マルコはこう答えた。

『ギャルゎ戦闘民族だから、若い時間が長いんだよ』

 胸を張っての回答だったが、すぐに顔を赤くして、弁明(べんめい)を始めた。

『いまのゎ、ゥチの考えたオリジナルフレーズ。オタッキーなパロじゃないよ。夜な夜なルイ君の部屋にもぐり込んでマンガ読んだりなんて、ゥチしたことないからね』

『千年も生きてると、引用元も自然と古典になるんだな』

『名作を古典っていうヤツ大嫌い!』

『語るに即落ち二コマ……』

 仲睦(なかむつ)まじく会話しているように見えるかもしれないが、俺は決してマルコから先日サバトの生贄(いけにえ)にされた恨みを、忘れたわけではない。勿論(もちろん)、地球において、マルコが俺に与えた仕打ちについても。
 寝首を()く機会は、今後いくらでも狙っていくつもりだが、結果を急いて勢いだけで行動できるフェイズが自分の中で終わってしまっていることも、実感していた。
 (ゆえ)に、ミサの城下への外出に付き()うのも、威力(いりょく)偵察(ていさつ)だと割り切れば、そこまで嫌な仕事だとは思わなかった。
 と、言うのに。

「随分、賑わっているな」

「この辺り、有名な通りだし……」

 二人(そろ)って、気後れしている。
 ミサは、城で(かご)の鳥生活。俺はご存じ、地球から転生してきた身。
 共に、初めての街なのだ。

台風の目にいる人と、台風の外側にいる人が 暴風とは無関係であるのと同じ構図である。
 住宅通りは、十九世紀パリに、現代デザイナーズ建築の理念が持ち込まれていたら、と言った風情。
最新製品とアンティークの融合(ゆうごう)をテーマとした、芸術作品のようだった。
 街の外観自体はともかく、その印象には、どこか()視感(しかん)があった。俺はミサを見詰める。
後ろ姿からでも分かる。俺にスカートの裾から手を離させるべきかを、逡巡(しゅんじゅん)しているのだ。 
 今、このタイミングで、ここは君の国でしょうと話しかけるのはサービスが過ぎる気がして、俺は黙り込んだ。



 ミサが俺に、スカートから手を離すように命じたのは、ビショップ・リリーという店に辿(たど)り着いた時だった。
 目的地の一つだったらしい。

ミサはなんと、「(わらわ)、ちょっと一人で見てきたいから」と気まずそうに言い放って、どこかに行ってしまった。
 ここまで従順に命令に従い、スカートの中身を風から守ってきた俺を、見捨てやがったのである。
ミサとは、二日前に出会ったばかりの関係だ。

 加えて、ギャルである。
 故に、多少の無礼(ぶれい)を働かれたとしても、傷付けられる間柄では、ないはずだった。なぜなら、俺がミサに、何かを期待するはずも無いからである。
 裏切られた、と感じるには、まず強い期待が必要なはず。だから俺がこの程度の扱いを受けたからと言って、いかなる小さな憎しみさえミサに抱く可能性はない、というわけである。

 いっそ自由行動の時間を得られて良かった。
これを機に、サヴァンギャルドの庶民(しょみん)ギャル達の生活をじっくり観察させてもらおうと思い、だだっ広いビショップ・リリーを練り歩いて行く。
 かなりの繁盛を見せており、店内は込み合っていた。
 店の雰囲気から、セレクトショップ系の店で在ることが分かる。
 教会建築風に見える建物と、外の庭で構成された店内。

 ラインナップとしては、衣類とアクセサリが半々、と言ったところだろうか。
何着か手に取り、縫製(ほうせい)の具合等確かめてみるが、日本で流通しているプチプラブランドと遜色(そんしょく)ない仕上がりに見える。
木箱の中に、ロザリオが山積みにされているのを発見する。木箱に張られたラベルには、「お買い得! 三個で、1000G(ギャールド)」と書かれていた。
 読めてしまった自分に、驚かされてしまう。

 なぜならラベルは、当然日本語でなく、未知の言語で記されていたからだ。
 だが、原因はすぐに分かった。
 文字、一語一語の形態が、ひらがなをさらに崩したものであったからだ。ギャル文字強化版、のような。
 マルコが作った世界だからだろうか。

 そういえば今更ながら、話言葉も日本語であることに気が付く。
 花咲く庭園に積まれた木箱に群がる少女達。
 先日のマルコによるサバトの際には、多種多様なこの世界のギャル達が集っていたが、ビショップ・リリーは、かなりファッションジャンルに(かたよ)った売り方をしている店らしく、客層も統一されていた。
大概(たいがい)のギャル達が、シスター服……修道着を着崩したような格好をしていた。
 広場に出された椅子(いす)に腰かけ、ギャル達を(なが)めていると、ふと、自分が()け込んだかのような気分になる。
 もしかすると、現実の渋谷、原宿も、シラフで歩いてみればこんなものだったのかもしれない、と思う。
 いつもいつも、ギャルスレイヤーの格好でばかり歩いていたので、()()(くら)()()としてあの二つの街に溶け込む自分と言うのを、全く想像できていなかったけれど。
 座っている俺の側に、近寄る二つの影があった。

「お姉さん、もっとファッション遊ぼーよ! プチコルネの作り方教えるから、あっちの(ぎん)(ぼん)にお布施(ふせ)して」

「裾上げにプラスしてぇ、今なら聖別も無料で良いよ。油マシマシでいっちゃおーよ」

 俺は度肝(どぎも)を抜かれた。
 お姉さん、などと話しかけられた事からも分かるように、パステルピンクと、イエローの修道服に身を包んだショップ店員二人は、俺が女に見えているらしい。
 目が(くさ)ってるのか、と思いきや、生まれつきこの世界に生きている人間にとっては、自然な反応なのかもしれないと、すぐに気付く。
 ゲイやレズビアン等は、地球において存在を広く認知されているが、初対面の相手に対し、常にマイノリティであるかないかを気にかけるストレートが、どれだけいたことだろう。

 まして俺は、この世界においてオンリーワン。
 女でないのではないかと勘繰(かんぐ)られた方が、逆に不自然というものだろう。
 と納得した所で。しかし俺が咄嗟(とっさ)に、女としての反応を店員達に返せるはずもなく。
 マシンガントークを(さえぎ)(すき)を見出せず、気まずく黙り込み、どうしたものかと思案していると。

「水のやり過ぎよ。花が()れてしまうわ」

 その人物は、現れた。
 二人の店員シスターと、同系統の風貌(ふうぼう)をした女。
 されども、似た風貌と評する気には欠片(かけら)もさせてくれない程に、その女の(まと)う雰囲気は、特別なものだった。

「シェリリー・シュシュよ」誰かのそんな声が、聞こえてくる。買い物客達の視線が、集まって来ているのを感じる。

 俺に絡んでいた店員二人は、(ほお)()めて去って行った。
 雑踏(ざっとう)に自己紹介を代理させた女、シェリリー・シュシュは、俺の隣に空いていた椅子に、優雅(ゆうが)に座りこんだ。

「貴女、素敵だわ。『もちろん私のことはご存知よね』って、声をかけさせて頂いてもいいかしら?」

 自分が隣に座ることが、先程の店員二人分の迷惑料ぐらいにはなるだろうと、確信しているようだった。

「あ、ああ」

 シェリリー・シュシュは当然、サヴァンギャルドの住人であり、つまりはやはり、ギャルなのであった。
 にもかかわらず、気圧され、しどろもどろになっている自分に対し、心理反射の(むち)が振るわれることは無かった。
 脳内を()めるのは、こんな美しい女がいるのかという、感激だった。

ミサよりずっと、明るい金の髪をしている。腰元(こしもと)まで、螺旋(らせん)を描き流れ落ちているが、ウィッグではなさそうだった。大ぶりの白布で纏めこまれた一房を、頭の横からゴージャスに垂らしている。瞳は(わず)かに青く、ぎりぎり欧米人に成りきらない、日本原産原宿ガールとしての飽和点(ほうわてん)に位置している。

裾の長いチュニックのようなボリュームのある服を、ワンピースのようにして着こなしている。細い(ひも)で出来た輪の対極に、それぞれ小さな銀の金属プレートが一つずつ取りつけられたアクセサリを、ベルトのようにして、何重にも腰元に巻きつけている。それが何とも器用に、タイトなシルエットを作り出しているのだった。足元は、当然のように、ヒール。十五センチはあろうかと言う高さだった。
 先程のショップ・シスター二人の同僚だろうか。

物憂(ものう)げな様子ね」

「……こういう場所に、慣れていない」

 連れに置いて行かれまして、などと不必要なことを口走りそうになったが、何とか()える。
 ギャルに対する意地で、仏頂面(ぶっちょうづら)を貫こうとした。

「あら、そういうこと」

 何をどう得心いったというのか。
 シェリリーの俺を見る目が、にわかに見慣れた物を見る目に変わった。
 シェリリーが、屋外、教会の壁に沿って並んだ個室の群れを指差して、言う。服を抱えた客のギャル達が、ひっきりなしに出入りしている場所である。

「あそこに並んでいるのは、何?」

「試着室、か」

「オーケー、正解よ。でも最初から、女の子に夢を与える為の部屋じゃなかった。教会らしく、どれも懺悔室(ざんげしつ)だった。けれど今、(こっ)(かい)のために残された部屋は、一番端だけ。月に一人も利用しないわ」

 退廃(たいはい)の極みであった。
 俺の内心の(あき)れに目を向けることなく、シェリリーは続ける。

「貴女は世界の端を選ぶ? それとも、明るく輝く世界の中心を、しっかり歩いて行くのかしら」

 いきなり、シェリリーの細い指が、俺の頬を突いた。
 驚きの声が、しゃっくりになって、(のど)の奥でくしゃくしゃになり、()き込みを起こさせない異物となって、俺の息を詰まらせる。

瑞々(みずみず)しい。けれど少し強張(こわば)ってもいるのが分かる。それじゃ、どんなに青々としていても、イモムシにしかなれない。けれど試着室に入れば、少女は皆サナギ」

 俺の手を引く。そんなに強い力でないのに、(あい)()の力にやられたように、俺は連れさられるがまま。
 いつの間にか、周囲のギャル達の視線が、俺達に集まっている。
 俺達、だ。

 シェリリーだけにではなく、俺にも。
 シェリリー・シュシュという女が、セレクトショップ『ビショップ・リリー』において、どれほどのブランド力を持っているのかは分からない。
 だが、『彼女が選ぶほどの人間が、果たして何者であるのか』という種類の関心を向けられているのは、明白だった。

「思うままに、羽を広げさせてあげるわ。私の蝶々(ちょうちょう)



 ミサ・ファインハーヴは、申し訳なさで胸を一杯にしながら、ビショップ・リリーの人混みの中を歩き回っている。
 念願の城下への外出であるが、ミサの注意は、修道服を纏ったマネキンや、同年代の少女達の会話に向けられてはいなかった。
 奈々倉瑠衣の姿を、探し続けていた。

 二人揃って、サヴァンギャルドの世間の空気というものに慣れていない気まずさからいたたまれず、思わず一人にしてくれと言ってしまったが、すぐに後悔した。
 自分が、もう少しリードしてやるべきだったのではないか。
 確かに、自分だって街は初めてだったが、ルイにとってはそれどころでなく、初めての世界なのだから。

 ふと、パイプオルガンの音色が流れてくる。
 誰かが結婚式でも()げているのかと思ったが、そうでは無かった。
 大勢のギャル達が一つの試着室を(かこ)み、拍手でもって、一人の人間がそこから登場するのを、温かく出迎えているようだった。
 試着室のカーテンが、落とされる。

 そこにいたのは、探し人だった。
 しかし、ミサの求めていた姿では無かった。
 奈々倉瑠衣は、今朝がたミサの用意していたコーディネートを着てはいなかった。
 瑠衣の側についている、美しい女が、目に入る。
 ついさっきまで、ミサがいたはずの場所。

嫉妬(しっと)に包まれる。
(わらわ)のズッ友のはずなのに、どうして妾のコーデを脱ぎ捨てて、勝手に余所(よそ)の女の見繕(みつくろ)った服など着ているのか。

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