第二章 ビショップ・リリー・スナップ その3

作者:白乃 友

この世界のギャルどもの一般常識に()れる為、ミサの外出に付き合うことにしたはずだった。
 つまりは、ただの偵察(ていさつ)のつもりだった。
 なのになぜ、マルコ主催のサバト以上の屈辱(くつじょく)を、俺は味わっているのか。
 あの時に比べれば流石(さすが)に、俺を注視する視線は少ない。

 しかし、格好が格好である。
 スカート(たけ)の短い、ギリシャ神話の女神みたいな服を着せられている。首下から(もも)にかけて、明るいブルーからのグラデーションになっている。ワンピースタイプでもツーピースタイプでも無く、一枚布を身体(からだ)に巻きつけられ、クリスタルで出来た安全ピンで要所要所を止められただけの、非常に防御力の低い、女装。

 サヴァンギャルド初夜のフリーハグでさえ、泣かなかった俺である。
 だが今、滂沱(ぼうだ)の涙は(ほほ)を伝い落ち、むき出しの太股(ふともも)に音を立てて着地している。
 ギャラリーのギャル達は、俺が、自分の変わりように感激を(おさ)えきれないんだと、信じて(うたが)っていないようだ。
 俺の(となり)にいるシェリリーも、先程から執拗(しつよう)に、自分の髪を()きあげている。

「……何やってるの、ルイ」

 俺の変身っぷりに感激するばかりのギャル達の群れの中に、ミサがいた。
 安心を覚えたのは、他のギャル達と違う、不快そうな表情をミサが浮かべていたからである。決して、知った顔を見て安心したからではないと、心中のギャルスレイヤーが言いわけをした途端(とたん)に、口がプライドをかなぐり捨て、泣きついていた。

「なんにもかんにもを……考えている余裕なんて、ありませんでしたぁ……。き、気が付いたら、こ、こんなことに……。俺、流されるしか、できなくて……」

 太ももと太ももの間を固く閉じ、直立のまま微動(びどう)だにせず、(うった)える。

「毛まで……毛まで()られたんだ、毛まで……! タライに、ぬるま湯、張られて……つ、強く、断る勇気が、無くてぇっ……」

「マスクが無かったら、本当にだめだめなんだね……」

 ミサの言葉が、胸に突き刺さる。
 しかし、ミサの表情に軽蔑(けいべつ)はなく、そこにあったのは、同情だった。
 同情するならギャル止めろと、勢いのまま口走りそうになったが、その前にミサが口を開く。
 俺から声をかけられたことで、ミサにも注目が集まっている中。

「ルイに、元の服を返してあげて」

 ミサの台詞(せりふ)は、店内に小さくない衝撃を与えた。
 シェリリーが俺の側を離れ、ミサの元へと歩み寄って行く。
 ギャル達が自然と道を開ける。人混みという筋張(すじば)った肉を切り裂く、この世でもっとも鋭利なナイフ。
 ゆったりとした足取りながら、俺が予想したよりずっと早くに、ミサの元へと辿(たど)りついてしまう。

「申し訳ないけれど、出来かねるわ」

「なんでっ?」

 威勢(いせい)良く言い返すミサを、周囲の女子達は、信じられないものを見る目で見詰めていた。
 返答するシェリリーは余裕綽々(よゆうしゃくしゃく)の様子。店の空気を味方につけているからと言うわけではなさそうな所が、恐ろしかった。

「この店から出ていく女子は皆、私の蝶々(ちょうちょう)。野花に雌蕊(めしべ)を背けられるような娘に、改めて仕立てちゃ名折れだわ。姫系の流行は、とっくにもう死んでる。この娘が首と両足に、楽器を巻き付けているのを見た時の私の気持ち、おわかりになって?」

「ルイをバカにしないで! ルイの元いた世界じゃ、少しセンスが違うんだから!」

「服に関しては、修道服着たファッションリーダーと、最初から同意見だぞ!」

「この子が、貴女の何だというの?」

 品の良い挑発(ちょうはつ)を含んだ声で、シェリリーがミサに言った。親指を立て、振り返らずに後ろの俺を指す。そんな仕草さえ、シェリリーを欠片(かけら)も男前に見せることは無かった。

「ルイは……(わらわ)の、友達」

(うそ)よ。かすみ草でしょう? 確かに貴女は美しく着飾っているけれど、ならなぜ貴女はお友達に、毛の処理の大切さを教えてあげなかったのかしら。そんなだから髪だって、黒のままじゃない。女の子には誰だって、大輪を咲かせる権利がある。雲を払い、日に当てましょう」
シェリリーが、のっけからミサにどこか冷たい態度を取っていたのは、どうやら今彼女が()べたような事情を、俺とミサの間に推測したからのようだ。

「ねえ……『ルイ』」

 シェリリーが、俺に目配(めくば)せをする。
 ウィンクで人を抱き寄せられるなら、俺は今頃、シェリリーの腕の中だったろう。
 ギャルに対する嫌悪という(つばさ)では(あらが)えない重力を、シェリリーは放っていた。

「だめっ!」

 ミサが叫ぶ。

「ルイはまだ、ギャルに慣れてないのっ! 女神の弟で、昨日、この世界に来たばっかりなのっ! 丁寧(ていねい)に扱わないと、爆発しちゃうんだからねっ!」

 何とも()頓狂(とんきょう)脅迫(きょうはく)はさておき。
 ミサの口走った情報に、ビショップ・リリーの店内は、これまでとは違ったざわめきを見せ始めた。
 ここまで余裕を(たも)っていたシェリリーさえ、(ほとん)動揺(どうよう)した様子で、俺に向き直った。

「女神の、弟……じゃあアナタが、今朝から(うわさ)になっている神話の存在、サヴァンギャルド初の、男……?」

 俺は、そうだ、と(うなず)いた。
 この世界で、女神の弟である所の俺がどのように扱われるのか、いまだ正確に把握(はあく)できているとは言い難い。
 だが、望まぬ(とら)()とは言え、俺にこんな格好をさせたシェリリーが少しでも(ひる)んでくれればいいと期待することを、(おさ)えられなかった。
 仮にもこの店が教会で、ギャルとは言え、店員達が修道女だと言うのなら、女神の後光で退けられるのではないかと思ったのである。

「ならなおさら、女の風上にもおけない人に、任せておけない」

 だが、逆効果だったようだ。
 俺に向けて、離れて行った時と同じ、泰然(たいぜん)とした様子で近づいて来る彼女の表情には、覚えがあった。成長期に他者より長い足を手に入れた時の姉の顔、あるいは、ギャルスレイヤーのコスチュームを手に入れた際の、俺の顔。自分なりの確固たる使命を得た人間の顔つきだ。
 シェリリーは俺の隣に並ぶと、肩を抱いてきた。

「ねえ、アナタ、私の修道女……いえ、なんて言えばいいのかしら。修道人……に、ならない?」

 周囲のギャル達が、揃ってどよめく。シェリリー様が直にスカウトなさる所なんて初めて見たと、色めき立っている。

「新しい世界には、新しい物語が必要だわ。私以上に相応(ふさわ)しい相手はいないと思うのだけれど。美しく(みが)き上げてあげる。……彼女にそれができて?」

 (あお)られたミサが(つぶや)く。

(わらわ)が、苦労して呼びだしたんだもん……ルイは、妾の、特別な……」

 どちらかと言えば、シェリリーにではなく俺に向けて言われた言葉だったからか。
 気に()めた者もまた、俺しかいないようだった。

「聞く耳持たないようね」

 ならば、と。
 シェリリーはミサに言う。

「いいわ。じゃあギャルらしく、勝負してみましょうか? 私が勝ったら、ルイは私のもの。マネキンよりも着せかえてあげる」

「分かったよ……でも約束して。(わらわ)が勝ったら、毛以外は元に戻してあげるって」

「せめて一番重要な部分のために争ってくれや! ……逆に言えば、何故か服装(ふくそう)は、こっちの方が恥ずかしくない……」

 異世界に来たら、女の子二人が俺を取り合い争うことになった。
 一人が俺に女装(じょそう)を望み、一人がそれを(こば)んだ。けれど俺が何より望んでいるのは、すね毛なのである。
 どんな心情になればいい。



「勝負って、本当にお互いの命を(けず)り合うのか? 服のタグを見せ合うとかじゃなく?」

「当たり前だよっ。……大丈夫。ルイをこの世界に呼び出した、サヴァンギャルド一の女子力を信じて」

 教会の庭には、大きくスペースが開けられていた。
 商品を庭の(はし)へと寄せるシスター達の手際は、慣れていた。さっきまでショップの客だったはずの大勢のギャル達も、何一つ戸惑うことなく、庭の外周に陣取り、これは面白い事になってきたといった風情。

 どうやら、この世界のギャル達にとって、ストリートファイトは日常(にちじょう)茶飯事(さはんじ)の様である。
 かといって、(かご)の姫であったはずのミサに実戦経験があるとも思えなかったが、妙に自信満々な様子だ。
 俺は努めて冷静に、これからこの世界中のギャルを敵に回すに当たり、こいつらの戦闘とやらを見せて貰ういい機会を得たと、落ちつこうとした。
 私のために争わないでなどと冗談でも口にすれば、(みじ)めさに押しつぶされるだろうことは、分かりきっていた。

 即席闘技場と化した庭。
 その中央に、ミサに先んじて対戦相手が(おど)り出ると、激しい歓声が上がった。

「『マイ・フェア・ギャル』を邪魔するなら、容赦(ようしゃ)しない。女の追加合格試験は厳しいわよ。並ぶ者なく、サヴァンギャルドの流行をリードするセレクト修道院、『ビショップ・リリー』のエルダーシスター、シェリリー・シュシュが、花屋の店先に並ぶ権利を問うてあげる」

 シェリリーは腕を持ち上げ、全ての指先を突き出し、声を張り上げた。

「アイアム、ナンバーワン……ビコーズ、ユーアーナンバートゥー!!」

 どうやら呪文か何かを唱えたようだった。
 文句自体の意味はさっぱり分からなかったものの、効果は劇的だった。
 十本の指。その先端、形の良い(つめ)達が、色付き始めたのである。
 シェリリーの周囲の大気が、様々な色をした(もや)に色付けされ始める。シェリリーの指先へと収束し、爪を彩色していく。
 (にじ)のなだれ込みが終わった後、シェリリーの十本の爪は、ラインストーンとパステルカラーによる、明るくも上品なマニキュアが(ほどこ)されていた。
 シェリリーが観客達に向け、手の甲を向け披露(ひろう)してみせると、再び歓声が沸いた。
 俺が置いてけぼりをくらっていることを(さっ)したミサが、解説を加えてくれる。

「サヴァンギャルドの空気の内、七十五パーセントは、女子力が()めてる」

「え、窒素(ちっそ)は?」

(わらわ)達ギャルは、それを自在に(あやつ)って、お湯を()かしたり、電気を作ったりする。そして、時々こうして、ギャルのプライドを守るため闘う時には、特に強力な女子力が求められる。……ツメ、一枚一枚に違った魔法を込めて、一瞬で引き出せるように、準備を整えたの。攻撃力重視の魔法で十本の指を固めて、あっと言う間に決着をつけるのか、相手の魔法を()らしながら戦って、相手の女子力が切れた所に、重い一撃を叩きこむのか、特別な魔法をコンボするのか……マニキュアを()り始めた時から、ギャルの戦いは始まってるの」

 効果の違う魔法の弾丸を五発込めたリボルバーを、両手に(にぎ)っているようなものか、と、俺は解釈した。
 ミサは、(ろく)な武者震いも見せないまま、シェリリーに対峙(たいじ)すべく、リングの中央へと向かって行った。
 今度はミサが腰に下げた拳銃(けんじゅう)披露(ひろう)する番のようだ。

 先程のシェリリーと同じように、手の甲を上にして突き出す。
 シェリリーの唱えていたような呪文は、必須と言うわけではないのか、ミサは対照的に(だま)って目を閉じ、集中を高めていた。
 歓声も詠唱もない静けさ。

 だが、驚くべきことに、シェリリーのパフォーマンスよりずっと劇的な事態(じたい)が巻き起こる。
 庭の端に寄せられていた、数百着は下らないビショップ・リリーの在庫達が、宙にふわふわと浮き始めたのである。
 圧巻の一言であり、シェリリーを賞賛していたはずのギャル達も、息を飲んでいる。

 俺はと言うと、何故かミサの発する力場(りきば)に、俺の着ている服まで巻き込まれてしまっており(シェリリーに一方に着せられたものであるため、会計を済ませてないせいだろうか)、スカートの裾と背中のピンを押さえるのに、必死になっていた。
 シェリリーは、好敵手を見る目でミサを見ていた。

『見せ場を作るのはこれくらいにして、早くあなたも、爪にその力を収束(しゅうそく)させなさい』

 瞳で、挑発している。
 しかし。

「ごほっ……ほん……むは、はああああっ!」

 ミサの口からだった。
 ギャルどころか、よほど女らしくない()き込み。
 その瞬間。
 中空に(ただよ)い、日の光さえ(まだら)に遮っていたビショップ・リリーの膨大な在庫達が、衣類、アクセサリ類分け(へだ)て無く。
 爆散した。

 皆、呆気(あっけ)に取られていた。
 やり過ぎではないかと非難する目で、ミサを見ていた。
 誰も、シェリリーの顔を見ることが出来なかった。
 (なめ)らかな(ひたい)に浮かぶ、ゴムチューブの(ごと)き青筋と、誰も目を合わせたくないと思っているようだった。
 俺の服の裾だけが変わらず、何故か力場に支配され続け、空を目指そうとしている。
 マリリン・モンローになりながら、俺はミサのことを少しだけ見直していた。
 こんな派手な挑発行為を出来る女だとは思っていなかったのである。
 かこつけて店に被害をもたらす手腕は、ギャルスレイヤーとしても感心できるものである。

 だが。
 当のミサはというと。
 口を半開きにしている。「やっちゃったどうしよう」と、表情が物語っているのだった。
 思い直したように表情を引き()め、シェリリーに向かって繰り出した初撃は、なんと突撃だった。

「ノブレス・オブリージュ・パアアアアアアンチっ!」

 何の考えなしに拳を振りかぶり、(おそ)()かっただけだった。
 向かってきたミサの頬を、シェリリーはなんなく平手で打ち、対処する。
 (かわ)いた、良い音がする。
 ミサは、たまらず地面に両膝(りょうひざ)をつき、乙女座り。
 もはや、女子力だの魔法だのが何一つ関係ない、昼ドラの絵面であった。

「期待はずれだわ」

 シェリリーが言った。

「器にそぐわぬ女子力は災いを引き起こす……貴女(あなた)、女子力の大きさはたいしたものだけれど、てんで自由に扱うことが出来ていないじゃない。きっと心に、(しん)の通った強い思いが、無いのね」

 シェリリーが右人差し指を立てて振ると、座りこんだミサとの間に、一枚のドアが表れた。
 クリスタル製。直立した水面のようであり、カットされた表面による銀色の反射が、さざ波のようだった。

「ランウェイのスケジュールを守れない女は、後ろから()り落とされても文句は言えないわ!」

 シェリリーが、ヒールを()いた足で、器用に身を(ひるがえ)す。
 回転をフルに加えた後ろ蹴りの構え。
 ドアを蹴破ろうとしているように見えたが、そうではない。
 蹴りを放つ寸前、シェリリーが、ドアに向かって吸い込まれる。

「『シフォン地ショートトゥニカ。ゆる敬虔(けいけん)テイストなレギンスを添えて』」

 ドアが弾け飛び、シェリリーが、光に包まれる。
 ミサの身体が吹き飛ばされる。
 光の掻き消えた後、そこにいたシェリリーの姿は、様変わりしていた。
 (ひざ)(たけ)までの長さのあるトップス。レギンスに描かれた祈りの形に組まれた手が、(くさり)(つな)がれたようになっているワンポイント柄。
 蹴りを放ったままの体勢で静止している姿は、バレリーナの様だった。

 シェリリーから遠く離れた場所に倒れ込んだミサは、それでも何と無事だった。転がりまわった挙句の制止だったはずだが、立ち上がった制服姿にさえ、(しわ)一つついていない。
 一撃で決まると思っていたらしきシェリリーは、少し意外そうな顔をする。
 この店に足を踏み入れた際と変わらぬ風貌に見えるミサだが、唯一違う点がある。
 表情だ。
 恐い目にあった直後の(おび)えが、刻まれている。

「気をつけろ、ミサ!」

 気が付けば、叫んでいた。

「相手はお前の考えているよりずっと手強い! やっと分かった……その女の(まと)う、(じっ)把一(ぱひと)(から)げのギャルにあるまじき、ただならぬ気配……ブスが着れば悪い冗談にしかならない着合わせを、己の顔面ありきで、着崩しだと主張する人類の敵、モデルだ!」

 自分の言葉ではないようだった。
 先程、シェリリーの指に頬を突かれた際に詰まっていた勢いが、一気に転がり出てきた気がした。

(おっしゃ)る通り。降参する?」

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