第二章 ビショップ・リリー・スナップ その4

作者:白乃 友

(おっしゃ)る通り。降参する?」

 シェリリーは、俺に色っぽい微笑(ほほえ)みを向けた後、ミサに言った。
 俺の台詞(せりふ)はギャルスレイヤー的価値観から出てきたもので、一般的地球人からすれば意味の分からないものだっただろうと思うが、何故かこの世界の価値観にはピッタリ(はま)ってしまったらしく、ミサも、シェリリーに対する警戒(けいかい)の色を強めていた。
 警戒。即ち、まだ戦えますというファイティングポーズ。
 クリスタルの扉が表れる。今度は、ミサとシェリリー、それぞれの眼前に一枚ずつ。

「『マキシ丈ギンガムスカプラリオと三種のビジュー』」

 シェリリーが、ベーゴマと、バレエのシェネを足して二で割った動きでターンし、自分の目の前に在る扉に飛び込んでいく。
 すると、光に包まれたシェリリーが、ミサの目の前に設置されたドアの前に現れた。
 再び、シェリリーの姿が切り替わる。足首にまで垂れる、貫頭(かんとう)衣服(いふく)がはためく。その隙間(すきま)から、三枚の花弁を模した三色……青、赤、緑の硝子(がらす)細工(ざいく)(のぞ)く。
 上段の一蹴り。

 シェリリー・シュシュは、同じ過ちを犯さなかった。
 ミサの周囲を特別な力が守っていることを、先の一撃で把握(はあく)したシェリリー。
 このまま爪先(つまさき)をこめかみに打ち込もうとしても、反発する磁石(じしゃく)のようにミサが弾かれるだけだと、理解していた。
 ミサの反発する力の間合いは、見切られていた。

 その勢力圏から紙一枚挟んだ場所……ミサの頭部から、さらに腕の長さを伸ばした程度の位置で、シェリリーは爪先を制止させる。
 慣性(かんせい)の法則に従うように、爪先の三色硝子(がらす)細工(ざいく)から、光が飛び出て、奔る。
 赤がミサの頭上から、青が後ろにカーブを切って回り込み、緑は細かく分かれて、ミサを前面からまんべんなく襲う。

 ミサの身体(からだ)がどれほど強力なバリアを張っていようが、いずれの方向にも弾け飛ばされることを許さない、全方位からの攻撃。
 しかし、シェリリーの放った光はまんべんなくミサの周りで散ってしまい、届くことは無かった。
 ミサから散った光が、火の粉となり、シェリリーに降りかかる。
 ミサにすら予想外のカウンターだったようだが、

「『ベールトップスとレースのレイヤード。季節のフェロモン重ねがけ』」

 シェリリーは、難なく回避する。
 後方に出現させたドアにバックステップで飛びこみ、帽子とアウターがうなじで(ひと)(つな)ぎになっている姿に、変化。
 軽く頭を垂れると、シェリリーを中心にゆったりと光の渦が巻き、シェリリーを跳弾(ちょうだん)から防ぎきる。
 シェリリーの戦闘は、(きら)びやかの一言に尽きた。
 衣装をこれでもかと変化させる意味についてだが、恐らく、この世界での衣服にはゲームで言う所の装備品的な機能が備わっているのだろう、と解釈する。
 相手を(つらぬ)きたい時には、より攻撃力の高いヒールに。身を守りたい時には、いわゆる「防御力の高い」服装にチェンジしているのではないか。

「次で終わらせてあげる。貴女(あなた)を照らすスポットライトが、欠伸(あくび)しているもの」

 相手の技を多く見ることのできたのはミサのはずだったが、KO宣言は、やはりシェリリーからだった。

「シェリリー・シュシュはファッションモデル。……変身はまだ、無限に残しているわ!」

 本気の一撃が来るだろうことは、一目瞭然(いちもくりょうぜん)だった。
 シェリリーからミサまでの直線に、クリスタルのドアが五枚連続で並んだ。
 次の一瞬には、シェリリーはミサの元へ、距離を詰めるのだろう。
 五段階の変身を()たシェリリーが、いかに強烈な一撃を叩きこもうとしているのか。
 ギャラリー全員が、固唾(かたず)をのんで見守っていた。

 しかし。
 ミサはこの時を待っていたのだった。
 自らの前に出現したドアに、ミサが駆けていく。
 ビショップ・リリーに本日一番のどよめき。

 ミサはミサで、シェリリーの攻撃を分析していたのだろう。
 その結果、クリスタルのドアの恩恵(おんけい)が、シェリリーの特権ではないのではないだろうかと推測したのだ。自分もそこを(くぐ)れば、何かしらの強力な衣装を身につけることが出来るのではないだろうか、と。
 大博打(おおばくち)であった。
 しかし、今日の大一番である。
 目の前に出現したドアに、ミサの指先が触れる―――

「残念」

 勝利を確信した笑みを、浮かべた女は。

「そこは懺悔室(ざんげしつ)よ」

 シェリリーであった。
 ドアに、ミサが触れた瞬間。ミサの頭上から、逆さにした巨大なワイングラスが落下して、彼女を閉じ込めてしまった。
 ミサは、グラスの壁を闇雲に殴りつけている。
 自分が完全に読み負けたことにさえ、理解が追いついていないようだ。

 五重のドアは、はったりだった。KO宣言をされたミサの起死回生の一手こそを、シェリリーは待っていたのである。
 ミサの最も手近なドアに罠を仕掛け、ミサが触った瞬間に発動するようにしていたのだ。
 ミサが、シェリリーの手を(わずら)わせたバリアを発動しようとしても、もう遅い。
 周囲のワイングラスの壁は壊れず、反発の力に応じて、ミサを包んだまま前後するのみ。

 シェリリーは悠々(ゆうゆう)と近づいていく。グラスの壁に(はば)まれ、口をぱくぱくさせているようにしか見えないミサの、こちらには聞こえない音声を、自分だけは理解しているという風に(うなず)いて見せた後、ミサに言う。

「降参する?」

 ミサも、シェリリーの声が聞こえたわけでは無いだろう。それでも、はっきりと、頷き返した。

「以上、『ビショップ・リリー』本店より。ワイングラスのみ私物」

 勝利宣言。
 諸手(もろて)を頭上で振るシェリリーに、花まで投げ込まれる盛り上がりとなった。



 勝負の前後で。
 ビショップ・リリーの庭部分の商品配置に、(わず)かな変化が見られた。
 お立ち台を設置するためである。

 ミサと俺がその上で、狭い足場で寄り()い、シェリリーに言われた通り、ポーズを決め続けている。
 ミサは、先程の戦闘でシェリリーが身に着けていた服の中の一着を身に(まと)っている。膝元くらいまではあったはずの『トゥニカ』は、例のサヴァンギャルドの姫の持つ性質とやらの影響で、(もも)の付け根にまでせり上がっていた。

 俺も、シェリリーから着せられた服のまま。
 左手でスカートの(すそ)を押さえ、右手の平で目もとを隠している。
 自分でも、オカマバーの宣材写真撮影みたいになっているのは分かっているし、いっそ堂々としている方が、周りから恥ずかしく思われないと言うことも分かっているのだが、手が勝手に動いてしまう。

「本当に、あの仮面をかぶってないと、ダメダメなんだね」

 ミサが言う。

「……このまま着て帰っちゃえば? 外行きの服が一着しかないなんて、ダサいにも程があるよ」

「なんでシェリリー・シュシュは、俺を(あきら)めたんだと思う」

 日が(しず)むまでのマネキン役を終えたら解放すると、勝負の後に告げられていた。『どちらが多く服を売るか、今度はあなた達で勝負よ』。

「さあ。けど位の高いギャルほど、人の気持ちに敏感(びんかん)だから……あの時さ、(わらわ)の事、応援してくれたでしょ」

「……俺をこの世界に呼び寄せたお前に何かあったら、いよいよ帰りの目途(めど)がたたなくなるだろう」

 シェリリーはどうやらモデルらしいぞと、ミサに教えてやったこと。なぜ、ミサに加勢(かせい)するようなことを口走ったのか、いまだ自分でもピンと来ていないのだった。

「どんな気分だった」

「ん?」

「初めての外出は」

 城を出る前に期待していた外出にはならなかっただろうことは明白だった。
 別段、ミサを慮っているというわけでは無い。
 ただの、雑談。

(わらわ)、王族でギャルだもん。サバサバしたレディ」

 ミサの返答は、どこかふわりとしたものだった。
 そういえばと、俺は二人が闘っている間中、ずっと気になっていたことを聞くことにした。

「その爪は、使えなかったのか」

 ミサの、右手小指。焼け潰れたような色彩のマニキュア。
 ミサの、いかにも今思い出したという仕草が、演技なのかどうかは分からなかった。

「これを使うとすればそれは、(わらわ)がギャルの風上にもおけなくなった時だよ」

 義理と人情、ギャルの世界。
 極道(ごくどう)の理屈よりよっぽど、俺には理解できそうにない道徳規範の中で、ミサが生きていることが伝わって来る。
 しかし。

「スカート、抑えてよ」

 悪戯(いたずら)っぽく微笑むミサ。普通の女の子に成りたいと願うミサは、どうにもやはり、姫と言うよりは俺から見れば既に、ただの女子高生のようで。

「……嫌だ」

 俺の右手の平は、自分が今どんな表情をしているのか、自分自身に対しても隠してしまっていた。

「自分ので(いそが)しい。あの修道女のカミソリから唯一守りきれた、俺のエルサレムだぞ」

 ミサが笑う。
 (ろく)な会話など(ほとん)ど交わさなかった一日だったにも関わらず、それでも随分(ずいぶん)と、お互いの人格を披露(ひろう)し合ったように感じた。
 心の片隅(かたすみ)。それこそ、小指の先ほどのスペースが、ミサを認めたがっているのが分かった。
 どうしても、評価してやらなければならない項目を、無視することが出来なかった。
 ミサは、シェリリーに対し、自分が姫であることを明かさなかった。
 今に至るまで。
 
 勝負に負けた姿を大衆に(さら)すことになろうと、普通の女の子としての立場を守ったまま、今日一日を過ごし切ったのである。
 努めて、心を動かさぬよう。
 俺は、夕日が早く(しず)みますようにと、願う。
 
 手の平の向こうに開ける無限の視界の中で、ミサの笑顔が一杯に広がって行くのを感じる。
 現実であるか空想であるか、確かめる勇気はない。
 だが、ミサが明日から、一段踏み越えた()()れしさで話しかけてくるのではないかという予感は、(ぬぐ)えなかった。

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