第二章 ビショップ・リリー・スナップ その5

作者:白乃 友

大法廷(だいほうてい)(おとず)れていた。
 きっかけは朝方に起きた、メイド達との(ひと)悶着(もんちゃく)である。

 ミサに(つか)える金髪ミニスカメイドどもが、何やら俺を見てひそひそと会話しているのを目撃してしまったのだ。
 それだけならいつも通り、「イレギュラーを見つけては、やり玉に挙げずにはいられない、女っていやな生き物だな」で済んでいたのだが、何と彼女達は(そろ)いも揃って、涙を浮かべていたのである。

 俺は何故か、城中から(あわ)れまれていたのだ。
 勇気を出して、俺に何かあったのか(すっとぼけた質問だが)問い(ただ)すと、なんと、俺が一重まぶたであるのを見ていられないのだと言う。
 メイド達の話では、ここサヴァンギャルドにおいては「女子は誰でも、パッチリ二重まぶたになる権利があり、親、もしくはそれに準ずる親しい物の手によって、一重の子は二重にされなければならない」と、法により定められているとのこと。

 俺は男だから大丈夫だろうと説こうが、メイド達が泣きじゃくるのを止めないので、俺が重い腰をあげなければならなくなった、と言うわけである。
 裁判施設でならどこでも手続きが出来ると言うことだったので、城に隣接(りんせつ)している大法廷を、こうして訪れているのだった。
 (おごそ)かな廊下に、ドアが並んでいる。開け放たれている幾つかを(のぞ)きこむと、どれもこれも、無人の法廷だった。

 どうやら、大法廷というのは最高裁的な施設というだけでなく、地裁、家裁レベルを扱う小法廷の集合施設という側面もあるらしい。
 正直、外観の荘厳(そうごん)さから、まぶたを二重にしてくれなどと頼みに来られる場所ではないのではないかと思っていたが、心配の必要も無さそうであった。
 職員でも通りがからないかと思っていると、小法廷の一室から、声が()れていることに気付く。

「せーしゅくに、せーしゅくに!」

 聞き覚えのある声だった。
 嫌な予感がして覗きこむ。
 予想の範疇(はんちゅう)だったのは、声の主がミサだったことのみだった。

 裁判長席に座るミサ。静粛(せいしゅく)を迫られているのは、十二個のベビーベッドに寝かされた赤ん坊たち。その間をマルコが飛びまわって、必死にあやしまわっている。
 そして、被告人席に、シェリリー・シュシュ。

「修道院系ファッションのカリスマ、シェリリー・シュシュ。女神を(まつ)る修道女でありながら、最近、自分の色を出し過ぎて、本来の教義から外れてしまっているとの報告が入っている」

 きっとミサは、自分の出せる限界まで低い声で、勝負していた。

「女神から与えられた、大裁判長権限と乙女心でもって、厳正(げんせい)かつランダムに選ばれた十二人の陪審員(ばいしんいん)たちの意見を代理し、(わらわ)が判決を告げる」

 手にしたハンマーで、机を叩く。

極刑(きょっけい)に処す! 被告は、『お腹に赤ちゃんが出来た際、意気揚々(いきようよう)と妊娠ヌード写真集を出版すべし』の刑!」

「おーおか(さば)き!」

 裁判長席の(となり)には、何故かドラムセットが設置されている。
 マルコは、赤ん坊達の元からいったん離れ、ドラムセットに近寄ると、隠し持っていた二本のハンマーで(もっ)てドラムロールを決めた。そして、泣き声を強めた赤ん坊達の元へ、蜻蛉(とんぼ)(がえ)り。

 見てはいけないものを見てしまったと、ドアを閉じ、立ち去ろうとした。
 しかしドアが閉まりきる寸前、ミサと目が合ってしまった。
 俺は観念し、ミサの元へ歩み寄る。

「……サバサバしたレディは?」

「さっき、陪審員の満場一致で、ルイ君が『ボサノバしたレゲェ』を聞き間違えたってことになったよ」

 答えたのはマルコだった。
 ミサが、シェリリーを被告人席に座らせ、こんなことをしている理由には流石(さすが)に見当がつく。
 しかし何故、マルコまでがわがまま姫の悪ふざけにノリノリであるのか、という話である。

「ゥチだってまだルイ君女装させたコトないのにとか、そういう私怨(しえん)ゎ関係ない……マルコ、マルメコまれたわけじゃない……」

「がぶまるは……法を、愛してるんだねっ!」

 茶番(ちゃばん)誤魔化(ごまか)そうとしている二人をねめつける。
 ミサはたちまち空気をしぼませ、両手人差し指を突き合わせながら言いわけを始める。

「だって、思い出したら腹が立ってきたんだもん」

「それにしたって……司法権使って嫌がらせか」

「うっさい! ルイもルイだよっ! 結局(わらわ)より服売りやがって!」

 雄叫び……雌叫び? を挙げたミサが、聞く耳持たないモードに突入する。
 マルコは再び、泣き声をあげ始めた赤ん坊達の元に、舞い戻って行った。
 仕方なく、俺は唯一、まともに会話が出来そうな役者の元へと歩み寄った。

「お久しぶりね、私の蝶々(ちょうちょう)

 シェリリー・シュシュは、極刑(?)を言い渡されてなお、優雅であった。
 傍の、折りたたみ式簡易テーブルとティーセットは、彼女の持ち込みだろう。
 澄んだ琥珀(こはく)を口に(ふく)む様を見て、やはり、人間は日頃食べているもので作られているのだな、などと言うことを実感する。

「裁判所にご用事?」

「……まあ、野暮用だ」

「野暮用で、最高法廷に?」

 薄く、微笑む。

「……ジャムを届けに来てくれたのかと思ったわ」

 ロシアンティーが飲みたい気分だ、と言う意味だけではないことくらい、察しが付く。
 俺にはどうすることも出来ませんよと言いかけた口を、(つぐ)んだ。
 シェリリーのこの境遇(きょうぐう)をどうにかしてやりたいと思う気持ちが自然と()きあがることに気付き、それがいかに何の義理でもないことかというのを、(あわ)てて自分に言い聞かせねばならなかった。

 誰かを助けたいと願う気持ち。
 そんなもの、深い(つな)がりのある相手に対してでなければ、(いだ)けるはずもない心情であろう、と。

「今気付いたが、この世界の赤ん坊って、どうやって生まれてくるんだ」

 赤ん坊達を寝かしつけようとしている二人の即席ギャルママに目を向け、俺は話を()らした。

「どうって?」

「俺のいた地球では、その、男の存在が不可欠だった。……姉貴が神やってる世界で、iPS細胞の研究が進められてるとも、思えない」

「ああ、そういうこと。シンプルよ。女同士の友情が極限に達すれば、どちらともなく、妊娠(にんしん)するわ。ルイのいた世界ではどうだったか知らないけれど……変わっているように見える?」

「すごく。処女(しょじょ)懐胎(かいたい)のバーゲンセール。修道女はやりがいがありそうだな」

「……続けられれば、ね。まさかあの娘が姫だったなんて」

 シェリリーは、ミサを見遣(みや)った。

「店に来た時と今では、まるで別人のようだわ」

「そうか?」

 反射的に疑問を(てい)す。だが俺は、スカートを抑えさせたり突き放したりと、他者に(おもんばか)ることなく自由気ままなミサに対する感情が、確かに、あの日に限ってさえ首尾(しゅび)一貫(いっかん)したものでは無い事に、改めて気が付かされてしまう。

「ビショップ・リリーで、私や他の蝶々達が、ミサという名を聞いてなお、彼女が姫だと気付けなかったのは、そういうことよ。貴方が女神の弟とはいえ、誰かを守るため、私相手に身体(からだ)を張るようなイメージは誰も、姫に持ってはいなかったのよ。我がままで、国民であるギャル達を守る意思に欠ける姫だと、聞いていたわ。(うわさ)では、ね。……彼女にとって、貴方(あなた)はどうやら、とても特別な人のようね」

 シェリリーは今のミサを見て、噂の中のミサの方がどうやら本当らしいと、納得したようだった。ビショップ・リリーで見せた、人を守るために奮闘(ふんとう)したミサの様子の方がイレギュラーなものだったのだろう、と。
 シェリリーの目線から見れば、そう言った理屈に辿(たど)り着くのが自然だ、というのは分かる。ミサにとって特別で無いが故に、シェリリーは今、大法廷の被告人席に立っている、と言うわけである。

 だが、その考え方の土台には一つ、明確な欠損(けっそん)がある。
 ミサが俺をそれ(ほど)までに特別と思う動機に全く心当たりが無い、ということだ。俺を召喚(しょうかん)した者としての愛着、責任というやつに俺がピンと来ていないだけ、と説明を付けることも出来るが、やはり感覚としては()に落ちない。

 俺を守ろうと奮闘して見せたミサ。そして、世間に(あふ)れる噂の中に成立したミサ像。
 溌剌(はつらつ)としたミサの人格に見え隠れする不調和。俺の心に、悶々とした感情が浮かびあがった。
 シェリリーは俺に対し、やっかみを(わず)かにでも持っている様子は無い。

 ミサがビショップ・リリーで俺を守ったのが私情なら、この裁判も私情であり、いわば俺とシェリリーは贔屓(ひいき)された側とされなかった側と言うことになるが、シェリリーの様子は涼しげに見えた。
 自らの身に降りかかったアクシデントに笑って対処出来るのは、経営者のスキルだろうか。それとも、店員達の姉役としての愛嬌(あいきょう)だろうか。だがそこに、雨染みの様に点々とした陰りがまとわりついているのを、俺は見逃さなかった。

「故郷に帰って、実家の紅茶園でも手伝おうかしら。それだって有意義よね。置かれた場所で咲きなさい、というやつだわ」

 台詞(せりふ)は少しパクリ臭かった。しかし不覚にも、胸を()さぶられてしまう。
 貴女は俺を蝶々と呼んだ。俺はともかく、花を楽しみにしている他の蝶々に対する責任は無いんですか。
 そんなことを聞きたい衝動に()られる。
 シェリリーは、赤ん坊が自分の名前を呼んだだのと遠くで(わめ)いている阿呆(あほう)二人による理不尽に対し、強がっているだけであるのは間違いないというのに。

「そうだ、もしよければ、ぜひ聞きたいことがあるの。修道女として最後になるかもしれない説法のネタを、ルイから仕入れさせて頂けない?」

「……構わないが」

 シェリリーは、急に(くだ)けた様子になった。
 まさか、俺が彼女を心配している、などと誤解したわけではないだろうけれど。
 聞きたいこととは、何だろうか。
 男の生態や、地球のファッション理念などについてだろうか。
 答えられない話題が多そうだなと、身構える。

「お姉さんを妊娠させた時って、どんな気分だったの?」

 ガードの下から打ち込まれたアッパーカットに、(あご)が、震える。

「……はい?」

 絶句とは、この事である。シェリリーの口にした質問一つで、パンチドランカーになってしまった。至極(しごく)まっとうな反応をしているはずの俺に対し、何故かシェリリーの方が首を(かし)げる。

「これに、書いてあるのだけれど」

 シェリリーがハンドバッグを(あさ)り始める。
 取り出されたるは、一冊の本。
 このサヴァンギャルドという世界には余りに不釣り合いな、日本の現代出版装丁の為された、ハードカバー。
 表紙は、ビショップ・リリーでみたようなサヴァンギャルド語でなく、見慣れた、日本語と英語だった。
 題名はこうだ。

 Real Love ~女神の恋~ 著者 maRuko

「……」

 俺は、黙ってページをめくる。

『これを読んでる、アナタ……大切なヒト、いますか……
 ウチにも、いました……
 これから話すのは、百パーセント真実の、恋の物語。
 ウチとRUIの、禁断の愛……
 かぎられた時間を、せいっぱい大事にした、ふたりの物語……』

 ページをめくる。

『チガゥ……この男は、他の男とは、チガゥ……
 出会いは、ウチが七歳の時。
 RUIは……ゼロ歳。
 ウチは、自分の人生、暗闇だって、思ってた……
 そんなウチを助けに、RUIは来てくれたんだよね……
 ママの産道っていう暗闇を、泣きながら出てきてくれた……
 3350グラムの、王子様……』

 ページを、めくる。

『「あー、めっちゃフレンチトーストくいたいし!」 
 ウチが、高校生のとき……遊びに来てた三人の友達の……一人が言った。
 マリっていう、あばずれで有名なコ……援交(えんこう)とかもしてるって悪いうわさもあったけど、なんとなく、付き合ってたコ……。
 そんなコと付き合いがあるってRUIに知られたくなくて、家に来てるの、隠し通そうとしたんだけど……うちら四人と、RUI、廊下(ろうか)で、ばったり。
「これ、maRukoの弟……? ちょっとタイプー!」
 RUIに近づくな、アバズレ!
 (さけ)ぼうとしたけど、勇気でない。
 RUI、とられちゃう……。
「うるせー、アバズレ!」
 でもRUIは、四人の中から、すぐにウチを、抱きしめてくれた……
「maRuko……今日からお前、俺の恋人決定なっ。知ってんだぞ。俺達、本当の兄妹じゃねえって……!」
 バレちゃ、しょうがない。
 その夜、ウチとRUIは、初めて一つになった……。
 恋人になった……』

 ページを……めくる。

『「()ろすしか、ねーだろ……」
 酷いよ……RUI。二人の、愛の結晶なのに……
 ウチは、一人で育てていくことに、決めた……』

 ページを……

『モルヒネ……
 RUIはいつも、ウチがクスリなんてやめよーって言ってもこんぐらい大したことね―って、やめてくれなかったね……
 そんなRUIは、今、不治(ふじ)の病、末期治療……
 いつも使ってたのより、何倍も太い注射器がベッドの横の装置に取り付けられてて、チューブで、RUIの腕に(つな)がってる……
 中身は、RUIの大好きだったモルヒネ。
 時々、お医者さんが、注射器をプッシュしに来てくれる。
けど、RUIは全然、幸せそうじゃない……
 ウチは意識の無いRUIの身体を、病院から引きずり出す。
 チャリのちっちゃな荷台に、栄養点滴で太っちゃったRUIの身体を(くく)りつけて、逃げてく。
 どこまでも、どこまでも……』

 そうして、RUIは死んだ。
 これ以上めくる我慢強さは無かった。
 怒りをこらえつつ、シェリリーに尋ねる。

「この本は…………どれくらいの人間が、読んでるんだ」

「読んでない人の方が珍しいと思うわ。聖書だもの」

 シェリリーの私物であることも忘れ、気付けば手にしていたハードカバーを、床に叩きつけていた。
 裁判長のハンマーより、ドラムロールより、(ひび)く。

 マルコとミサが、驚いた表情でこちらに振り返る。
 俺は本を拾い直すと、マルコに、ゆっくりと近寄って行く。
 逃げようとしたマルコの背中が、壁に突き当たる。

 俺は詰め寄り、マルコの顔の横すれすれに。張り手を突き出す。
 壁が大きな音を立てる。赤ん坊達さえ、雁首(がんくび)揃えて真顔を作る。
 マルコが、震えた声を()らす。

「壁……どん……?」

「そうだな。だが俺はどちらかと言えば保守派だ、多分、姉貴の考えている方の意味じゃない」

 俺は、ハードカバーの表紙をマルコの眼前に突きつける。

「これは、何だ」

「………………せーしょ」

「ケータイ小説だよなあ!」

 俺の迫力に、さしもの能天気が売りのマルコも、目を強く閉じずにはいられなかった。

「横書き、口語をさらに砕いた文体、画面スクロールに配慮(はいりょ)したクドいくらいに多めの改行、延々と描写され続けるストレートな心理、いじめ、援助交際、妊娠、堕胎(だたい)、病死する男にシングルマザーオチ! ゼロ年代文芸シーンにおいて一大ムーブメントを巻き起こし、ギャルを中心としたティーンエイジャーからは絶賛され、既存の小説ファンからは大ブーイングを受けた…………もはや古き良き、『実話を元にした感動のラブストーリー系』ケータイ小説だろーがあああああっ!」

 ここまで、一息である。
 されども、気炎(きえん)()き出し足りず。

「ええこら! 誰が誰と一つになったって?! 妊娠線見せてみろや!」

 俺は力に訴え、マルコの腹をまさぐる。
 マルコは、まるで少女のような悲鳴を漏らして身を(よじ)る。
 しかし俺の繰り出す壁ドン連打に阻まれ、飛び立って逃げることも叶わない。

「誰が不治の病で死んでんだこらぁ! 地球で一人、たくましく生きぬいとったわ! じゃあ何か? この世界のやつら今全員、俺の事、姉(はら)ませて堕させたクズだと思ってやがんのか! そんで俺のこと、灰から(よみがえ)ったやつだと思ってんのか! 近親(きんしん)相姦(そうかん)、復活。期せずして半端に背負った神話的背景を! ハードルの高さを! 事前に何一つ説明せずに、俺をよく、あのバカ姫との買い物に付き合わせて人の目に触れさせてくれたもんだな、ラアアアアアアっ! ……そもそも何で、俺が母さんから出てくる所を目撃してんのに、中盤、義理の姉弟だって明らかになるんだよ……こんなんがどうして広まった、誰も疑問に思わねえのか」

「やめてよぉ……! そういう所を、七代にわたって研究してる人達とかもいるせいで、今更直せないんだよぉ……! ごめん、ごめんねぇ……お姉ちゃんぉゅるしてょぉ……」

 マルコはとうとう、十三人目の赤ちゃんになって泣き始めた。
 俺はもう、あきれ果て、自分がなぜこんな場所にいるのかも何がしたかったのかも、分からなくなっていた。

「中立に……シェリリー・シュシュの話を、聞いてやれ」

 やりきれず、裁判長席に置かれたままになっていたハンマーでシンバルを思い切りぶっ叩き、俺は法廷から去った。

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