第二章 ビショップ・リリー・スナップ その6

作者:白乃 友

「私の蝶々(ちょうちょう)!」

 法廷から飛び出し、最初の曲がり角に差し掛かった時だった。
 後ろから、呼びとめられる。
 振り返ると、今しがた俺が出て来たばかりのドアの前に、シェリリー・シュシュが立っている。

「無罪を勝ち取ってきたわ」

「早えな!」

 ミサとの戦闘ですら見せなかった早歩き。表面張力ぎりぎりの美しい動作で、俺に近づいて来る。
 俺を蝶々と呼ぶシェリリーの周囲にこそ、大人の無邪気さが、(りん)(ぷん)として舞っているようだった。

「ルイのおかげなんでしょう? 助けられちゃったわね」

「……べ、別に。お前のためにやったわけじゃない……シスターのお前に恩を売っておいて、聖書出版廃止の際に、協力してもらおうと思っただけだ」

 まぎれも無い本心である。
 というのも、そう言った打算以外に、シェリリーを助ける理由が俺に在るとは思えなかった。
 衝動に、後から消去法で動機付けを行うのは滑稽(こっけい)だろうか。
 そんな疑問から、俺は意図して目を()らし、内心の冷徹(れいてつ)さに保険をかける。

「第一章、十三ページ、第二節。『チガゥ。この男は、他の男とはチガゥ』……お礼、と言ってはなんだけれど」

 シェリリーが、俺の両頬(りょうほほ)を手の平で挟んだ。
 間近で見るシェリリーの顔が予想よりずっと幼く見えたことで、ビショップ・リリーから今まで、俺が(ろく)にシェリリーを直視していなかったことに気付かされる。

「ファッションモデルとして、シスターとして。開かれた眼は、あなたにこそ相応(ふさわ)しいと思うわ」

 自分が、幼い少女にされてしまったような、錯覚。
 シェリリーの(くちびる)が、顔に迫って来る。
 こんな俺でも純潔(じゅんけつ)が惜しいのか、反射的に唇をすぼめ、巻きこみ(かば)う。

 しかし、優しく笑いかけながら彼女が唇を押しつけようとしてきたのは、何と眼球だった。
 唇に起こった反射よりもさらに鋭い、肉体を保護するための本能で、瞳を閉じる。二つの(まぶた)の上に、それぞれ押しつけられる。
 (のり)で貼られたように、目を開けることが出来なくなる。
 唇から()れる、からかうような吐息(といき)だけを足跡に残し、エルダーシスターが歩き去る。

 完成されたモデルウォークテンポの足音と共に、シェリリーが離れていく。
俺は、自分が反転する感覚に襲われる。
 ギャルスレイヤーに変身する時の感覚に似ていたが、そうではなかった。
 眼球よりも柔らかい、初めて味わう女性の唇の感触に、汗腺(かんせん)沸騰(ふっとう)していたのだった。

 帰る道中。
 俺は、小法廷の一室の前を通り過ぎる。
 無人の部屋が続く中、ドアの隙間から一瞬、裁判長席に黒い影が立っているのが見えた。
 浮かれた眼球の見間違いには、どうしても思えなかった。


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