第一章 ギャルサーの神に向かって撃て その2‐1

作者:白乃 友

「俺の名はギャルスレイヤー! 人呼んで、原宿の権威的な父! くしけずってくれるわ!」

 決まった、という実感があった。
 ルーティーンは俺にとって、何物にも代えがたい快感であった。
 マスクの下。
 俺はそっと瞼を閉じる。

 妄想は広がり、俺の中では名乗りと共に、背景で爆発が起こったことになっていた。波とうが押し寄せ、テトラポッドが上空に巻きあげられる。海を割り、俺にメールを送ったギャルが名乗り出て、ギャルスレイヤーVSギャルの戦いの火ぶたが切って落とされる―――。
 俺は目を開けた。

 ずっと空想に耽溺(たんでき)しているのは危険だと、分かっていたからだった。
 渋谷(しぶや)原宿(はらじゅく)が健在だったいつぞやは、この状態のまま、日が暮れるまで過ごしてしまったこともあったのだった。
 現実に広がっていたのは、ギャル達による変わらない沈黙だった。

 俺は堂々と構えながらも、内心で焦っていた。
 どうしよう。
 このまま名乗り出る者がいなかった場合、面子(めんつ)にかけても、尻尾(しっぽ)を巻いて逃げるわけにはいかないのだけれど。
 とりあえず、無差別に手当たり次第、襲撃をかまして見るべきかと思案する。
 後ろの方で、リポーターが口を開くのが聞こえた。

「お見」

 まさかまさか、「お見苦しい物をお見せして、お茶の間の皆さん申し訳ありません」と言いかけたわけではなかっただろうが。
 もしそうだとすれば、リポーターは見当違いの謝罪をせずに済んだ、ということになる。
 リポーターの謝罪を(さえぎ)ったもの。

 それは、熱狂だった。

 詰めかけたギャル達二百人が一斉に歓喜(かんき)の声をあげ、神のプリクラへ、ギャルスレイヤーの足元へ、押し寄せてきたのである。

「うっそ、ギャルスレイヤーじゃん!」「ヤバい、めっちゃファンなんだけど!」「渋谷と原宿が無くなったから、もう活動やめちゃったのかと思ってた」「うちらの危機にぃ、()けつけてきてくれたんだね!」「ギャリィ! ギャリィ! ギャリィ! ギャリィ!」

 消失区域外まで響いているのではと言うほどの、歓声。
 呆気(あっけ)にとられたのは、リポーターだった。
 狂乱に()まれる最中、リポーターが一人のギャルを捕まえ質問する。

「何者なんですか?」

「知んないの?! この間まで原宿って言ったら、ギャリィかキュリー・パミャパミャってなもんだったんだよ!」

 リポーターは、にわかに信じがたいと言う風に首を(かし)げた。
 日頃、なまじ情報を発信する立場にある人間だけに、これだけの人間が認知している情報を自分が知らないのだという事態が、不可解に思えてならないらしい。

代々木(よよぎ)公園で女の子に太極拳(たいきょくけん)教えたり、暴走した最新オートカラーリングマシーンに乗っ取られて、首まで脱色しかかってた女の子を火事場の美容室から救いだしたり、大雪の日に、表参道にコラーゲンを撒き散らして凍結を防いだりしてるんだよ! ほら、動画サイトにも活動を投稿してるの」

 リポーターの顔に、なるほど、ネットを中心にして活動をしている人間だったのかと、納得する表情が浮かんだ。

「ほら、初投稿で二百万再生、二回目で、三百万再生……最後のは三千万再生。すごいよね。この半年で、六千万円は(もら)ってるはずだよ」

「残念だが、俺に実入りはない」

 俺が、ギャルの波に()れる(きょう)(たい)の上で小さくつぶやいた言葉に、リポーターとそのギャルは、正確に反応した。
 彼女達の横に、エイを思わせる扁平(へんぺい)な、黒い物体が浮かんでいる。
 俺の秘密道具の中でも比較的古株である、超圧縮ガス式ドローンだった。
 彼女達にとっての声の発信源は、ドローンのステレオである。
 先程まで天空からサウンドをばらまいていたのも、こいつの仕業だ。

「撮ってアップロードしているのは、今ここにいるスマートフォンを(かか)げた連中の内の誰かだ」

 俺は、革グローブの上から全ての指に指輪を()めている。うち、右手薬指のリングが、今飛ばしているドローンの操作を司る機能を持っているのだった。
 俺が右手を引くと、糸に引っ張られるように近寄って来て、肩に止まる。
 今、ギャル達は皆、ギャルスレイヤーたる俺のことを見詰めている。
 俺だけが、空を茫然と仰いでいる。

「うんざりだ! お前らギャル共の声援など反吐(へど)が出る!」

 張り上げた声は、足元に押し寄せるギャル達の好意に、何一つ影響を与えなかった。

「俺の憎しみは本物だ! 俺の青春は、お前らが散々もてはやし今となっては誰一人話題にしなくなったカリスマギャルに、全部奪われたんだ! ……ギャルへの復讐を誓い、この半年、渋谷、原宿と暗躍(あんやく)を続けてきたが、今日にいたるまで、俺の害意の一欠片さえ、お前らは真面目に受け取ろうとはしなかった。挙句(あげく)、人を勝手にユーチューバーにしやがって!」

 自然と、涙声になってしまう。
 なぜに、俺はいつの間に、ギャル達に祭り上げられる存在になってしまったのだろう。
 腹立たしいったらない。
 この俺が、ギャルスレイヤーとして行ってきた活動の全ては本来、ギャルを凄惨な目に合わせる為のものだったはずだ。
 それが何の因果か不運に恵まれ、最終的にはいつも、ギャルを助ける行いをしたと、受け取られてしまうのだった。
 だが、今日の俺は一味違う。

「ここに来た二つ目の目的! 今日こそは、俺がギャル文化にとって不倶戴天(ふぐたいてん)の敵であることを叩きこんでやる!」

 俺は、背中に括りつけていた筒を抜き取る。
 (そで)(ぐち)に仕込んでいたマッチを一本取り出し、革ベルトに()り付け、点火。
 (つつ)の片方に空いた口に、放りこむ。
 曲芸師がロングバレルの拳銃を扱うように、背中と腰を回転させながら一周させる。
 プリクラの屋根の(ふち)に、身長の高いギャルが、指の力でぶら下がっていた。
 踏まないようにと、僅かによろめきながらも、しっかりと最後のポーズを決め、足元に向けて構える。

「三号玉だ。日本国内で合法的に(じゅう)火器(かき)を扱えないかと腐心(ふしん)し、花火師の元で学んだ経験が生きた。こいつは小ぶりの花だが、それでも、俺の足元を吹き飛ばす程度の威力はある」

 口もとに、なるべく陰惨に見える笑みを作る。マスクに描かれたギザギザの笑みに、オリジナルスマイルがシンクロする。

「死にたくなけりゃあ、離れてろ! ……いや、やっぱり密集しろ、まとめて消し飛ばしてやる!」

 俺は、神のプリクラから飛び降りる。
 流石に俺の説明が効いたのか、ダイブは、ギャル一人にさえ受け止められることはなく、草原に叩きつけられそうになった所を受け身することとなった。
 花火にマッチの火が移るまでの時間を意識しつつ、俺は、積まれたテトラポッドに再びよじ登り、自分が爆発に巻き込まれない位置から、神のプリクラに筒の狙いを定める。

 これで本当に終わりだ、と思った。
 神のプリクラ。
 渋谷と原宿の復活を願う者達の希望の象徴(しょうちょう)を、ギャルスレイヤーが破壊し、ついでにギャルも何人か巻き添えにしてやる。発射の予震か、震える筒を改めて握りこむ。

 残り三秒と、いったところだったろうか。
 俺をして気が付けなかったということは、よほど聡明(そうめい)な人間であれ、同じ状況に置かれたなら、悲劇を避けることは出来なかったであろう。
 ギャル達は何故か皆揃って、安心して、はしゃいでいた。俺は取るに足らないことと断じた。

 相手は、ギャルである。
 迫る死に現実味さえ持てないほど馬鹿だった所で不思議な事などあるものかと、俺は用意していた断罪の台詞(せりふ)を舌に乗せた。その時だった。
 構えた筒の俺側に穴が開いていて、その中で、火花が暴れ回っているのが視界に入った。
 なんと発射口が、自分に向いていたのである。

 なぜこんなことに。
 絶望が、背筋を()(めぐ)る。
今日の作戦は、登場からフィニッシュまで、何度も動きを頭の中でシミュレートしたはずなのに。
 原因に、思い至る。
 神のプリクラの上で、確かギャルの手をよけようと、一度よろめいた時があったような。
 恐らくはあの時、銃身(じゅうしん)の回転を一回分、多くしたか少なくしたかしてしまったのだろう。
 現状を把握(はあく)してなお、舌の上に乗り火薬の付けられた台詞は、引っ込めることが出来なかった。

「特大の煙草を吸わせてやるぜえええええええ!」

 それが最後の言葉となった。
 言うなればギャル達は、煙草の副流(ふくりゅう)(えん)側を揚々咥えこんだ間抜けを見て、腹を抱えていたのである。
 筒から勢いよく飛び出た花火は、眼前で一瞬のうちに肥大化(ひだいか)し、俺は飲み込まれてしまった。

 爆散する。

 病院、棺桶(かんおけ)、モルヒネ、天国、ブラジルのコーヒー農園。脳内を駆け巡るのが、物騒な情景から牧歌的イメージに移り変わった時。

 俺の命は()えた。

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