第一章 ギャルサーの神に向かって撃て その3

作者:白乃 友

気分と身体は、これまで感じたことが無いくらいに、柔らかい心地だった。
 しかし、自重を支える地面は、冷たい。きっと、白くて固い床だ。目を開くことすらせずに、確信する。身体の一部が、床と同じ材質で出来ているのであろう壁に接触している。風の(よど)み方から、狭い部屋に転がされているのだと言うことまで、分かった。
 ここは卵の(から)の内で、俺はドロドロに溶けてしまったのだろうか。
 次の生まれ変わりは、目玉焼きかスクランブルエッグに、決定されようとしているのか。

「うー、全然目を覚ましてくれないよ! あの女神、『ちゃんとした、美味しいお酒を出すお店を用意しておかないと、男の子も盛り上がらない』とか言ってたけど、こういうことだったの? だから眠ったままなの? せっかくここまで何とかなったのに、どうしよう。飾っても飾っても、こんなとこ、お店らしくするなんて出来ないよ!」

 ようやく、(まぶた)に力が入る。
 (かす)む視界の端で捉えた自分の肉体が、相変わらず()()(くら)()()の形を保っていることに、安堵(あんど)する。
 俺の他に、もう一人の人間がいた。

 二畳も無いスペースを必死に動き回り、元は無機質な白い部屋を、何やら必死に装飾して回っているようだった。
 寝ている俺の(となり)には、布団程の大きさの金箔(きんぱく)紙が広げられている。それを少女が、銀食器を思わせるデザインをしたハサミでもって、器用に音を立てず、切り裂いて行く。断片となった金箔紙は、リボンとなり、あるいは不格好なハートマークの切り絵となり、壁面に張りつけられていくのだった。

 売れっ子デザイナー顔負けの、熱意のこもったハサミ(さば)きに、白一色だった部屋の中はたちまち……少女の髪と同じ色に、染め上げられていく。
 俺は、自分が意識不明だった理由を、正確に思い出した。
 そうだ、またしてもギャル共の巧妙(こうみょう)な策略にはめられ、自分に向けて花火を発射してしまったのだった。

 少女の全身を、認識する。
 俺は、自分の両頬を、指で()(むし)る。
 視線を落とす。
 ベルトも通していない履き古しのブルージーンズに、赤と緑のチェックシャツの柄が見える。
 顔がマスクに(おお)われていないことを(さと)るや否や、目の前の少女に向かって、悲鳴を上げた。

「ギャルだああああああああっ!」

「きゃ!」

 俺の声は確かに線が細かったろうが、急な雄叫びだった。にもかかわらず、対する少女の悲鳴は、何故か最少限に抑えられていた。

「へ、へいらっしゃい、(わらわ)いっちょう!」

 少女は、呑んだ悲鳴を要領を得ない台詞(せりふ)に変換し、再び()き出した。
俺は、少女の驚きを、強い喜色がすぐに上塗りしたのを感じ取った。俺の目が覚めるのを、心待ちにしていたかのような態度。俺に対する返答も、意味はよく分からなかったものの、どこか、俺が目覚めた際の第一声として(あらかじ)め準備されていたような用意周到(よういしゅうとう)さを感じさせる口調だった。

「メニューは一つしかないけど、居酒屋だよ……?」

 おずおずと、少女が俺の顔色を伺う。
 とりあえず強気になった方がイニシアチブを取れる場面であると気付き、俺は何とか、正面切って少女を見詰め返すことが出来た。

 ただ者ではない、と思った。
 俺がそう感じる、ということは、ギャルだった、と言うことである。
 学校帰りだろうか、という疑問と、私服なのだろうか、という疑問を同時に呼び起こさせる格好をしている。
 一見、街中でよく見かける女子高生の制服姿に見える。
 しかし、シャツのボタンやローファーに取り付けられた金具は大ぶりの金細工であり、年代を感じさせる()れた輝きを放っていて、それが、少女自体の放つ若々しさとは余りにもミスマッチだった。

 少女の背景とはどうあがいても符合しないはずの金色だが、何故か、少女が肩口まで垂らしている金髪とだけは、抜群の相性を主張していた。
 少女の髪が染髪されているものであることは、疑いようがない。
 その、人工の発色の限界点と、少女の身に(まと)うアンティークの歴史ある威厳が、少女の身体を交差点にして、重なり合っている。
 ブラシにより彩られた目もと、頬に盛られたチークによる美しくも不自然な血色は、少女が明らかにギャルであることを示していたが、これまで俺が出会ってきたどのギャルとも違う、ある種の統一感を備えているように見えた。
 少女のメイクをどうしても、メイク落としで落としてやれる気がしない。

「いやぁ、優しそうな女性だ。それに……良い店だ」

 猫撫(ねこな)で声で、俺は少女に語りかける。
 俺にとってギャルは、常に得体の知れない連中であったが、目の前の少女は特別、どこかおかしいように見えると警戒してのことである。
 状況はいまだに、よく飲み込めていない。

 俺は死んだんじゃなかったのか。死んだんじゃないにしても、何故に無傷なのか。ここはどこなのか。このギャルは何故、この狭い部屋を無心に飾りつけているのか、加えて、まるでそれを俺のためにしたことであるように言うのか。居酒屋ってなんだ。
 しかし、少女がギャルで、俺が俺である以上、解決方法は非常にイージーである。
 飲み込めないのなら、吐き出せばいいのだ。

「まず断っておきますが……俺は、民間人です。ギャルスレイヤーなるものでは、断じてありません。ですから、俺には直接関係の無い話なのですが……理由なく無性に気になってしまったので、お(うかが)いします。……ただ今の貴女(あなた)の発言は、『この店はギャルスレイヤー一頭買い専門店。これからお前が唯一のメニューになるんだよ』という意味では、ありませんよね?」

 ギャルとは言え、この少女が、俺を自爆させたギャルの一味であるという可能性は低いだろう。反応を見ていれば(おの)ずと読み取れたことだが、まず一応の確認を、と言うやつである。

「ぎゃ、ぎゃる、すれいやー…………?」

 俺に店の内装を()められた際には得意げに胸を張っていた少女が、急にしどろもどろになりはじめる。

「ぎゃるすれいやー……よ、よく、かき揚げに入れたりするってやつ、だよね。……でもこのお店は、そういうのは、ちょっと……」

「かき揚げ?!」

 俺は度肝(どぎも)を抜かれた。
 少女の真意を、考察する。
 もしや、ギャルスレイヤーである俺の正体は一部のギャル共にとっくにバレていて、住所も特定されているとしたら。切った爪が、ゴミ袋から回収されていたりするのだとしたら、どうだろうか。(つめ)(あか)(せん)じて飲むという言い回しには、以前から上級者の香りを感じていたが、その上をいく勤勉(きんべん)さを持つギャルなど、この世に存在するのだろうか。

 俺が黙り込んだのは落ちつき(ゆえ)だと判断されたらしく、少女は遠慮(えんりょ)なく、言葉を続けてくる。

「でも、よかったぁ。ちゃんと目を覚ましてくれて。えへへ、さすが(わらわ)。ギャルの中のギャル。妾の女らしさあってこその、召喚成功。妾は、やっぱり女子力に愛されてるんだね!」

 一人称が、何と(わらわ)であった。きょうび我輩(わがはい)と同じ位聞かない言葉に、思わず目を()いてしまう。

「お祝いしよーよ! この出会いと、(わらわ)の人生で一番うれしい瞬間のために。人数は二人。しかもたった一つしかない、座り心地の悪い椅子をテーブルにしちゃったから、主賓(しゅひん)がどっちも座れないパーティだけど」

 二人の間に、二人掛けの背もたれの無い、安っぽい椅子が置かれていることに気が付いた。
 その上を、大き目の銀の皿が占領している。皿の上には銀の(ふた)(かぶ)せられており、『唯一のメニュー』とやらの正体は、隠された状態である。
 皿の両横に、ラベルの貼られていない(びん)ボトルとグラスが二脚、用意されている。グラスの種類とボトル内の気泡からして、シャンパンであると推測される。

「未成年飲酒……?」

「ん?」

「いえ、何も言っていません」

 すんでの所で、自制する。
 危うく、うっかりギャルスレイヤーのコスチュームを衝動的に、身に(まと)ってしまう所だった。
 それにしても先程は、このギャルはこれまで出会ってきたギャルとはどこか違うのではないかと身構えたが、所詮(しょせん)はやはり、ギャルであった。我慢の効かない、肝臓(かんぞう)の発達を待ち切れない奴らの一員なのである。
 こんな人間と、後一秒も一緒にいてはいけないと、本能が鳴る。

生憎(あいにく)ですが、チャージを払う金も無いので、俺はこれで。ギャルスレイヤー以外へのご健勝をお祈りします。それでは」

「ちょ、ちょっと! ちょっと待ってよ!」

 小部屋の両サイドには、ビニール製の幕で仕切られた出入り口が一つずつあった。
 向かって右から出ていこうとした俺の左手を、後ろから少女が(つか)んだ。

「意味分かんない! (わらわ)の呼び出しに応えて、来てくれたんでしょ? なのに帰っちゃうなんて、酷いよっ!」

「呼び出し?」

「これ見て、来てくれたんじゃないの?」

 何一つ明らかになりそうもない、少女と自分に(まつ)わるこのシチュエーションの原因を解明することを、俺は半ば(あきら)めていたのだった。
 この時までは。
 少女が取りだしたスマートフォンの画面を覗きこんだ瞬間、俺の背筋に、電流が走った。

『明日原宿で合コンなんだけど、男の子サイドがどうしても一人足りないらしいの。急なんだけど、来れないかなぁ?』

 少女は、悲しげに肩を落とす。

「いつでも、どんな場所からでも男の子を呼び出せる、女神の言ってた伝説の呪文。でもやっぱり、居酒屋が急ごしらえだから、盛り下がっちゃったのかな……。ご、ごめんね? でも(わらわ)も、男の子にテンション上げて欲しくて、色々、本当に、頑張ったんだよ……?」

 呪文に、女神。非現実的言葉の羅列(られつ)に意識を裂いている(ひま)など無かった。
 少女のスマートフォンに表示された文面だけが、価値あるリアルだった。
 そこにあったのは他ならぬ、俺を、ギャルスレイヤーを、原宿へとおびき寄せた、合コンのお誘いメールだったのである。

 目の前の少女が、ギャルスレイヤーを自爆させた連中の首魁(しゅかい)だという、何よりの証拠だった。
 この後に(およ)んで挑発か、俺がギャルスレイヤーであることを知らないふりしたのも、俺に精神的打撃を与える為だったのか。
 狭い場所は不利だと、ビニールの暖簾(のれん)をくぐって外に飛び出そうとした俺を()いとめたのは、少女の視線だった。
 瞳に涙を(たた)えているのを見て、俺の足は動かなくなってしまうのだった。

「それにもう、親友の誓いだって、済ませちゃったもん! 寝てる間に、悪いとは思ったけど、わ、(わらわ)だって、初めてだったし、それも相手が男の子になるだなんて思ってなかったからすごく緊張したし、その、あのね……」

 少女が、自身の(みぎ)(ほほ)を恥ずかしそうに()でた。
 すると、チークの赤みしかなかったはずの頬に、一枚のプリクラが浮かび上がって来るのだった。
 満面の笑みを浮かべる少女と、その隣で椅子に腰かけて、燃え尽きたプロボクサーのようにうなだれたまま肩を抱かれている、俺。ハートマークに、「ズッ友だょ」の文字。

「もう観念して(わらわ)と、愛し愛され生きていこーよ!」

 俺はとっくに、何かしらに巻き込まれてしまっているのだと、ようやく理解する。

「お前は……誰だ。目的は、何なんだ」

「サヴァンギャルドの姫、ミサ・ファインハーヴ」

 少女は、笑う。

「まず何よりあんたには、この世界の女神をぶっ殺してほしいの」

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