第一章 ギャルサーの神に向かって撃て その4

作者:白乃 友

「まず何よりあんたには、この世界の女神をぶっ殺してほしいの」

 この世界、とミサは言った。
 まさかここは、俺のいた国ですらないのかという問いが頭をよぎるも、質問する意欲は()かなかった。
 というのも、それ以上のこちらの意気を()ぐ要素が、ミサの口にした言葉に含まれていたからだった。

 ぶっ殺して欲しい。
 ミサの言葉は、わざわざとりあうにもチープだった。
 にも関わらず……否、むしろチープであったからこそ、言葉は質の悪い小骨となり、俺の過去の記憶に引っかかった。
 ミサとは初対面である。しかし、彼女の言葉の与える印象は、俺の良く知っていた人物の放つそれと酷似(こくじ)していた。自分勝手な都合を迎合(げいごう)してくれる空気のみを、重んじる習性。

 (よみがえ)る記憶があった。
 小学五年生の時の誕生日だ。
 自室にて、型落ちのテレビで、アニメを見ていた。
 擬人化(ぎじんか)もとうとうここまで来てしまったのかと、悲鳴を堪えている。
 主人公格の少女達の元ネタは何と、「料理のさしすせそ」である。
 砂糖ポジションをブラウンシュガー設定にしたせいで、みそガールと薄口しょうゆガールもあわせ、五人中三人が茶系統という、悲劇。
 しょうゆガールが、サッカー部のキャプテンに向けて、赤らめた顔で言い放つ。

「これからも私を、色んな食材にかけつづけてっ…………私にも、何だってかけてくれていいんだよ……」

 俺は(ひざまず)いた。心境は、荒れ果てた母国に絶望した、亡国の王子。

「プリキュアの後釜(あとがま)が、まさかこんなことになるとは……」

 日曜八時半のことであった。
 その後、何とか立ち上がるも、けだるさから、朝の歯磨(はみが)きすら躊躇(ためら)ってしまう。ワンクール前なら、プリキュアに会う前に歯を磨こうという意欲があったというのに。つくづく良いアニメは青少年を健やかに育てるものだと、もう二度と会うことのできない少女達に想いを()せながら、感じ入るのだった。

 二階の自室のドアを出て、一階のダイニングへ向かう。
 テーブルに、四人分の食器が(そろ)えられているのを見て、胸が跳ね上がった。
 一気に、八つ当たりじみたアニメ擁護(ようご)など、頭の中から吹き飛んでしまう。
 父は海外、母は少々体調を崩し、検査入院中のはずだった。
にも関わらず、四人分の食事が用意されようとしているということは、両親が帰って来ている、ということである。
 久しぶりに家族全員で食事をとれるというのなら、何にも勝るプレゼントになるなぁと、感動していた。
キッチンに目を向ける。エプロンを付け、料理にいそしむ女の影あった。

「フレンチトースト、もうすぐ出来あがるからね! バニラアイスとシナモンも乗っけようよ!」

 台詞(せりふ)は一言一句、小学生の心を奪うものに違いなかった。
 しかし、俺が奪われたのは、身体の自由であった。
 ショックに硬直した(くちびる)を動かし、なんとか疑問を投げかける。

「……え、誰?」

 そこにいたのは、俺の姉、()()(くら)(まる)()では無かったのである。
 全く知らない、ギャルであった。リゾート系のフラワー柄にベージュのエプロンが、何ともミスマッチである。
 呆気(あっけ)に取られていると。
 階段の上、二階、俺の部屋の(となり)のドアが開く気配がした。
 途端(とたん)、家に一瞬だけ、爆音が吹き抜ける。
 俺は何事か、と階段を駆け上がり、丸子の部屋へと向かう。
 ドアを開ける。

 カラオケセットで熱唱(ねっしょう)している丸子と、目があった。丸子の歌声に合わせ、タンバリンを器用に腰や肩に打ちつけフィーバータイムを演出していた、丸子の友達であろう、俺の見知らぬギャル二人も、手を止めた。丸子の声はもう(かす)れきっていて、それは、姉の部屋で(もよお)されていたであろう宴が、夜通しのものであることを証明していた。

 そっと、ドアを閉じる。
 しかし、バネ細工をしっかり押しこまずにビックリ箱の(ふた)を閉めた時のように、俺がドアに背を向ける間も無く、丸子の顔がドアの隙間から、飛び出してきた。抗議の視線を、俺に向けていた。
 しかたなく、丸子に声をかける。

「いつの間に……完全防音にしたの……その、姉さんの部屋」

「お姉ちゃんのコトゎ、姉さんじゃなくて、(あね)()でしょ?」

「……姉貴の部屋」

 最近になって丸子の強要し始めた風習である。
 丸子は、舌っ足らずに姉貴と呼ぶ俺を見て、何を満たされているのか、得意げな様子である。
 姉の部屋から、カラオケセットの電源も切らぬまま、ギャル二人も、のっそりと出てきた。
 階下から、調理に一段落をつかせたらしい先程のギャルも、こちらに向かってくる。フレンチトーストの(にお)いを(ただよ)わせながら。

「この子、誰?」

「ななまるの子?」

「そんなわけない。弟……」

 丸子の友人達は俺にではなく、丸子に対し、俺が何者であるのかを(たず)ねている。それが、俺に対し何とも無遠慮(ぶえんりょ)な事のように思えて、顔をしかめてしまう。
 丸子も丸子で、あからさまに、俺を紹介したくなさそうな態度を取っている。

「カーワイー!」

 フレンチトーストの彼女から、頭をくしゃくしゃにされる。

「紹介してくれればよかったのに!」

「でもぉ、邪魔じゃない?」

 俺はたちまち、三人のギャルに取り囲まれ、逃げ場をなくしてしまう。
 彼女達の腰元程までしか背の無い俺にとって、三者三様の金髪は、丁度手を伸ばしてじゃれつきたくなるような、絶妙な高さに位置していた。
 自分の意図しない所で、じゃらしとみれば飛びつく猫にされてしまった気がして、バツの悪かった俺は、助けを求めて丸子を振り返る。
 丸子は、階段の(そば)で中空を見詰めていた。(ほう)けているようでもあったし、人の目に映らない何かを注視しているかのようでもあった。一つ確かなことは、俺よりよほど堂に入った猫っぷりだったということである。

「午前二時からならよくなかった?」

「そうだね、午前二時からなら、むしろ来てもらうべきだったね~!」

 午前二時に何があったというのだろうか。内心、気になどしつつ。
 五人揃って、階段を下って行く。
 昨夜の内にでも朝食の相談を済ませていたのか、俺以外の四人は、スムーズに椅子(いす)を引いて座った。
 そして、着席した丸子達の視線は、一斉に俺に向かった。
 ここはファミレスでは無い。メニューはおろか椅子まで、気軽に追加で用意されるべくもない。
 勿論、「年上のお姉さん」達に、俺から何かを言いだせるはずもなく。
 だが、丸子達は丸子達で、膠着(こうちゃく)状態に陥っていた。

 家の人間である丸子が、俺の椅子を用意してやるなりしないのかと、カラオケギャル二人は、丸子に視線を送っている。四人分のフレンチトーストを作り上げた、着崩(きくず)しフレンチスタイルの彼女は、自分がもう一食用意しようと切り出すべきかと、落ちつかない様子だ。
 三人の内心は、簡単に()し計れた。「人道的には、この小学生をテーブルに誘うべきであることは分かっているし、別段構わないが、率先してそのことを提案して、前夜から計画していた、『四人で過ごす』朝食の楽しみを台無しにする役は買いたくない」。

 肝心(かんじん)のマルコは、何も言わない。「弟には、姉である自分の皿から分けるよ」も、「ちょっと邪魔だから姉ちゃんの友達が帰るまで部屋に引っ込んでな」も。
 分かりやすい言葉を何も与えないことが最も(ひど)い仕打ちだと、当時の俺には思われたのである。
 俺はダイニングから、走って逃げた。
 部屋に飛び込み、ベッドにもぐりこみ、声を押し殺して泣いた。
 暗転したテレビの画面を、毛布の隙間から見詰め続ける。
 戦うヒロインが自分のことを救ってくれる時間は終わったのだという実感が、ようやく(おとず)れた。

 ちなみに。
 お()びのつもりか、丸子はその後、ハンバーガー屋に連れていってくれた。
 席を二つも離して座られてしまったが。
 百円のハンバーガーに、何故かピクルスが二枚入っていた。
 丸子に、今日が俺の誕生日であることを覚えているかどうか、問い(ただ)そうか迷った。
 結局何も言えず、俺は覚えたてのライトノベルのページをめくり、丸子は、当時もう絶滅寸前だったケータイ小説の画面を、スクロールしていた。

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