第一章 ギャルサーの神に向かって撃て その5

作者:白乃 友

「マジで、最悪の女なの!」

 椅子(いす)に手を付き、こちらに身を乗り出すミサは無邪気で、どこか鳴き声をあげているかのようでもあった。

(わらわ)に万が一のことがあれば国が滅ぶからって、お城から一歩も出してくれないんだよ?」

 ミサは今、人と会話しているのではないのだろう。
 人に話をしているだけで。
 さらに言えば、内容の理解さえ、求めていないのかもしれない。

 話の断片をかき集めるに、どうやら死んだと思われていた俺は、少なくとも日本では無い場所で目を覚ましたらしい。
 少女の言を真に受けるならば、『(わらわ)が呼んだ』。
にもかかわらず、依頼相談風の形式を取っていてなお、相互の文化差による理解の齟齬に配慮する気配を、一向に見せないのである。

(わらわ)の呼びだした男の子だもん。妾のこと、助けてくれるよね」

 俺が命令を(こば)むなどと、ミサは夢にも思っていない。
 かといって、高圧的、というのでもない。命令を出すことすら必要としていない暮らしをしている人間の言い草だった。

「正直に言うが……俺には今、何がどうなっているのか見当がつかないし、お前が誰なのかもさっぱり分からない」

 ミサは、俺が彼女のお願いに素直に(うなず)かなかったことが、不快なようだった。
 やはり、共感をまず求めるタイプのようである。きっとミサは、俺が快く彼女の言葉に同意した後に、事情説明と称して、同じ話を二度する心算だったに違いない。

「今、俺にとって確かなのは、お前の態度と、口にすることだけだ。だから、お前の言うことには従えない。話を聞く限り、その女神様とやらも、そこまでお前にとって悪い人間ではないように思える……何が、殺してほしいだ」

 5W1Hの中で、いまはっきりしているのは、WHOの質のみ。
 ミサ・ファインハーヴと名乗った少女に(まつ)わる印象のみであり、ミサの話す言葉の内容自体には、いまだ信憑性(しんぴょうせい)の無い状態なのだった。
 俺がこんな調子だからか。
 途端(とたん)に、二人の間にある他人行儀に近い空気が、消え去った気がした。
 ミサが苦笑いと共に、悪びれた様子も無く言う。

「本気に、受け取りすぎだよ……妾だって、本気で殺してって、いってるんじゃないからね? 一発シメて欲しいくらいの、意味だったんだけど」

 カースト上位の人間が、下位の人間をあしらう際の口調だった。
 ここ数カ月、俺の身の周りで起こった異常現象……渋谷(しぶや)原宿(はらじゅく)消失に、死亡、からの復活劇、ミサの後ろに見え隠れする巨大な世界の背景。
しかし、肝心(かんじん)なミサは最早、俺の中で謎の少女でなく、クラスで席を並べる少女にまで、スケールダウンしている。
 にわかに、ドラマティックな展開は失せ、隣の席同士で完結する、ミニマムな学園アニメでも始まった気分にさせられる。

「理屈は意味不明だが……さっき、俺を、友達だと言ったな。これまでそんなことを俺に言う人間がいなかったせいで気付かなかったが……俺はどうやら、言葉遣(ことばづか)いが汚い人間を、友達にしたくないようだ」

 神のプリクラに登り、(さけ)んでいた時とは違う。
 台本などない、俺の素の(しゃべ)りは、久しぶりのことにも関わらず、口からするすると引きだされていく。
 ミサは俺の言葉に、強いショックを受けたようだった。

「……普通の女の子らしく、過ごしたかっただけだもん」

 泣きそうなことを隠すために、()ねて見せている様子だった。
 ギャルの癖に、妙にひたむきに見えるしなを作りやがってと憤りかけるが、口に出すことは出来なかった。

(わらわ)、女子力タンクじゃないもん……ギャルだもん。お城にある(しょく)(だい)の数を数えたり、お堀で泳いでばかりして、生きてはいられないんだもん……」

 クラスメイトの幻影は去り、姫が戻ってきた。
 俺は迂闊(うかつ)にも、申し訳ない気持ちになってしまった。
 ミサに言った。

「城から出たいだけなら、手伝ってやらんでもない」

「本当?」

「ただし条件がある」

「何?」

 二言三言で、ミサは俺にあっけなく、信頼を持ち直してしまったようだった。
 その気持ちを、裏切らないように。

「ギャルを、やめろ」

 努めてなんでも無いことのように、俺は言った。
 しかし俺の気遣いは無駄になった。ミサは、先程スマートフォンの画面を見せつけられたばかりの俺と、同じリアクションをしていた。

「そんなチャラついた格好をしているから、心と言葉遣いが乱れる。お前がギャルさえやめたなら……写真に()った通りの仲になれる」

 心臓の高鳴りを感じる。
 ミサは俺から後ずさり、壁にぶつかってしまう。
 俺は椅子に片手を付き、身を翻し飛び越えると、ミサの元へ迫った。

「何それ、意味分かんない」

 役職が人間を作る。ならば、高い立場にいる人間は足場同様、本当は()れやすいものなのではないか。
 そういう理屈から見れば、ミサが本当に姫だということだけは、今の内に真に受けておいた方が良いのかも知れなかった。
 ミサの声は震えていた。

「……ファッションは個性。自分に勇気や、自信を与えたりするために、絶対必要なものだよ」

 間近の俺から、目を()らさず、自分の意見を付きつけようとする。

「チェックシャツに踵側(かかとがわ)(すそ)が破れたジーンズ……パジャマに無駄毛の生えたような格好してるから、そんな考え方しかできなくなるんだよ!」

「お前の言う通り」

 何一つ、俺は(あせ)らない。
 身体の表面が熱を持つ。変身の予兆(よちょう)を感じ取った俺は、ミサのもたれる壁、ミサの顔のすぐ横に、勢いよく手の平を付きだし、彼女の動きを制限する。

「そして()は、こう答えるしかない。『よく分かってるじゃないか』―――」

 体の表面に、目には見えない程の細かい活火山が隆起するような、感覚。
 一斉に、噴火する。
 黒の溶岩(ようがん)は俺の身体(からだ)(おお)い尽くし、一瞬だけ、黒いゴム製マネキンのような姿を取らせた後、慣れた姿に変化する。
 スレイヤー・スーツ。
 ギャルスレイヤーは、異能力バトルアクションの主人公では無い。
 なぜなら、異能を使って闘わないから。

 しかし、戦いには用いないにしても、その変身の過程にだけは、俺の持つ唯一の異能が用いられている。
 俺がギャルに対し強い感情を持つと、身体の内側から何処(どこ)からともなくコスチュームが()き出てくる、という能力である。
 原因は不明だが、三年前、丸子が家出したのと同時期に発現した。
 コスチューム自体は、ちょっと隠しポケットが多いくらいで、パワードスーツであるとか、そう言った特典はなく、只の衣服。
 常人なら、何の役に立つのか、と言ったところだろうが、俺がギャルスレイヤーを名乗るきっかけを与えてくれたのは、まぎれも無いこの能力なのである。
 着ると、不思議と羞恥(しゅうち)が消え、何でも出来そうな気になるのだ。
 気持ちの問題であることは間違いないだろうが。

 しかし裏を返せば、俺はそういった『気持ちの問題』と、誰よりも付き合いのある人間だ、と言うことである。
 そして今、議論のテーマとなっているのは、他ならぬそんな『気持ちの問題』についてなのだ。

「服装で人格が変わるというのがどういうことか、俺以上に自覚している人間もいないだろう。己の表現したい内面に従って、服を選んだとしても……世間の抱く印象は、その服装のジャンルに与えられるステレオタイプの感想止まり。一部のファッションオタクどもから絶賛されたところで、個性を最後に侵食(しんしょく)するのは、マジョリティからの評価だ」

 (のど)が自然に開き、マスクを(かぶ)っているにも関わらず、声はより鋭く、低く(ひび)く。
 様変わりした俺を、ミサは唖然(あぜん)と見詰めている。
 俺が今述べたのは無論、ギャルの敵として生きたかったにも関わらず、結局ギャル達からおちょくられるしかなかった、ギャルスレイヤーとしての体験を元にした人生観である。
 このコスチュームを纏ってしか自分を出せないにも関わらず、このコスチュームを着たままでは、最早ギャル達からはもてはやされ続けるしかないという、悲劇。

「俺の名は、ギャルスレイヤー」

 俺は、ギャルに敵対する者としてのイメージをこのコスチュームに植え付けることに、渋谷と原宿では失敗し続けた。
 だが、ミサはギャルスレイヤーのことを、本当に全く知らないようなのだ。
 だから俺は、ギャルスレイヤーは。
 今、初めて名乗りを上げられたと、深く感動したのだった。

「安心して任せろ。俺はプロだ。天井の()みを数えている間に、貴様を黒髪ロングメガネ委員長属性に改造してやる」

 ミサは俺のマスクを見詰めていた。全身を(ふる)わせている。俺はミサの、金髪に手を()れようとする。ミサの胸元のボタン、()れた金色と目があった気がする。
 そしてとうとう俺は、認めたくないことを、認めなくてはならなくなる。

「ギャルの、敵なの……?」

 ミサがはっきりと、質問する。
 俺の気迫に(おのの)いているが故の問いでは無かった。俺自身の口にした俺の正体に戸惑い、疑問を差し込んでいるのだ。
 震えているのは、ギャルスレイヤーの方だった。
 俺は何としても、ミサの口からさらに続く言葉を聞きたくなかった。少しでも身体を遠ざけようと、後ずさりする。

 椅子に衝突する。
 銀の皿が落下し、シャンパンのボトルとグラスが、音を立てて割れる。
 キャッチすることも不可能ではないはずだったのに、俺は棒立ちしていることしか出来なかった。
 (ふた)が外れ、潰れたホールケーキが姿を表す。生クリームが、白く固い床へと広がる。
 点火されていない、太いローソクが一本、突き刺さっていた。
 叩き割られたチョコプレートに書かれている文字は、日本語でも英語でも無かったが、なんとなく、「ハッピーバースデー」と書かれている気がした。
 自分の心に、申し訳ないという気持ちが入りこむ余地が残されていることが、信じられなかった。コスチュームの気密性は、思ったよりアテにならないようである。

「先程の、言葉遣い云々(うんぬん)の話だが……」

 俺はミサにいう。謝罪の代償に。
 もしくは、己の内心により表出した肉体の動揺(どうよう)、ミサに認められた一部始終を、誤魔化して消すように。

「実は俺自身にも、身に()まされる話ではあったのだ。お前にはもう二度と会いたくはないが……これからはお互い、乱暴な態度はどんな場合にもよそうと、約束しないか? お互い、紳士(しんし)淑女(しゅくじょ)規定に違反しそうになったら、約束した相手がどう思うだろうかと、自制をかけるんだ。俺のことをまだ……少しでも友達だと思ってくれるなら、だが。……良く知らないが友達とは、そういう関係なのだろう?」

 特例中の特例だ。
 自分にそう言い聞かせる。
 ミサが、安堵(あんど)のはにかみを見せ、小指を差しだしてきた。
 銀の皿は台無しにしてしまったものの、毒を食らわば皿までである。
 俺は小指を差しだす。
 と、その時、俺は差し出された爪に、マニキュアが()られていることに気が付いた。ギャルがマニキュアを塗っていることだけに関してなら、普通のことである。しかし、ミサの爪は、差し出された小指の先端にしか、塗られていなかったのだ。しかも、塗り方も何とも荒く、赤と黒をベースにしているのだが、いっそ血豆の一種であるかのように潰れた色どりなのである。まるで、練習中の失敗作。

 小指の先端が、(わず)かに触れ合う。
 しかし、(から)み合うことはなかった。
 部屋の外からいきなり、強い光が差し込んで来たのだ。
 二人して、驚いて外に飛び出てみる。

 注目すべき対象が二つあった。
 まず、ミサの用意した居酒屋の正体。俺とミサが今まで言い争っていた白い部屋はなんと、神のプリクラだったのである。
 筺体(きょうたい)の外観は、俺が己に花火を炸裂(さくれつ)させる前に見ていた外観と何も変わらない。だが、プリクラ外の様子はまるで違い、見渡す限りの大草原ではなくなっていた。
 ミサが、城から出してもらえない、と言っていた。だとすればここは城内とやらの一角なのだろう。
 天井から差し込む光を反射しているのは、石壁だった。
 そして、光の発生原である天井の中心に、一人の女がいた。

「サヴァンギャルド初の、男の子……」

 スレイヤー・スーツに感謝である。マスクのお陰でそれほど目が(くら)まない。
 光の中の女は、背中から純白の羽を生やし、逆光の中にあってなお一段と黒いイブニングドレスを着た、お団子ヘアーであった。
 その姿に、俺は見覚えがあった。

「もうマヂ無理。ゥチがビッグバン起こして世界作ってから、こんな困ったコト、いままでないよ。王族のお姫さまがサヴァンギャルドに、男を呼びだしちゃうなんて……」

 人をイラつかせる、独特の発音。

「なんで、こんなことするのぉ……ブラックホールまで行って投げ戻して来るのゎ、ゥチの仕事になるんだよ……?」

 段々と、俺とミサの元に降りてくるにつれ、光が弱まって行く。
 お陰ではっきりした。

「てめええええぶっ殺してやらああああああああああああ!」

 俺は叫んでいた。
 間違いなく。
 三年前に家出した我が姉、奈々倉(ななくら)丸子(まるこ)その人であった。

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