第一章 ギャルサーの神に向かって撃て その6

作者:白乃 友

羽が生えていようが、光と共に空から降りてこようが、そんな情報は枝葉(しよう)末節(まっせつ)
 大事なのは、一生逃がしたと思っていたはずの憎き敵が目の前に現れた、そのことのみである。
 気が付けば勝手に、身体(からだ)が動いていた。
 丸子(まるこ)の元に(つか)みかかろうとした俺の腰に、しがみついて止める者がいた。
 ミサだった。

「なんでっ、どうしたの! 紳士(しんし)淑女(しゅくじょ)協定はっ?!」

「指切りが済むまで登場を待てなかった、あの女が悪い! クソッタレ、なんで羽なんて生やしてやがんだ!」

「あんた、女神の知りあいなの?」

 ミサの質問を無視し、引きずり、丸子にメンチを切りながら向かって行く。
 丸子は、俺がどう飛びあがっても足を掴まれないだろうという位置にまで退避して、首を(かし)げる。

「だぁれ……?」

「ギャルに正体を明かせるか! お前の弟だ!」

「どっちなの?! 自分で教えちゃってるよ! …………え、弟?」

 ミサが俺の腰から手を離し、何やら考え込み始める。
 好機とばかりに、俺は威勢(いせい)よく天井付近の丸子を指差し、声を張った。

「ここで会ったが三年目! 積年の恨み、一括(いっかつ)払いで(つぐな)って(もら)うぞ!」

 丸子は、俺の顔をまじまじと見詰めながら、こっくりこっくりと、小刻みに首を()らしている。
 (あお)っているようでもあり、俺の登場のインパクトに耐えきれず、首が取れかかっているかのようでもあった。
 いつまでも言葉を発する気配のない丸子に代わり、場を(まと)め始めたのは、ミサであった。

「ねえ……多分、勘違いだと思うよ」

「否、見た目から言って間違いない。その上、あの(しゃべ)り方。保険証と公共料金の払込書を同時に見せられたようなものだ」

「今、三年目って言ったよね? でも、あの女神は千年前にこの世界にやってきて、サヴァンギャルドを包みこむ宇宙を作り出したんだよ?」

「何?」

 丸子を見詰める。
 ミサの言うことを鵜呑(うの)みにするとして。確かに、丸子が家出したのは三年前だ。今、天井付近を飛んでいる女が本当に女神であり、この世界に来たのが千年前だと言うのなら、時期が合わないどころの話では無い。
 それにこの女は、三年前に家出した時の丸子と(うり)(ふた)つなのだということに気付く。
 どんな事情があれ、少なくとも三歳分の歳は取ってくれてなければ、説明がつかないと言うのに。

「貴様は、奈々倉(ななくら)丸子(まるこ)ではないのか」

「ナ、ナ……クラ……?」

 SFロボットが、友達という言葉を覚えるときの発音であった。
 やはりミサの言う通り、この女はただの姉もどきだったのだろうか、と、俺は冷静になりつつあった。
 考えれば考えるほど、姉に翼が生えて女神だなどと呼ばれている状況に、合理的な説明が付けられなくなる。
 女は言った。

「チガゥ……ゥチゎ女神……ガブリエル・マルコ」

「羽もぎ取ったろうかワレェ!!」

 俺の爆走、ミサのロデオが再開する。

「絶対姉貴だろてめえ! 観念(かんねん)しろ!」

「愛と流行、メイク落としを(つかさど)る、サヴァンギャルドの唯一神……」

「今日の唯一のメニューはてめえだ! 手羽(てば)()にしたらぁ! カリスマギャル一頭買いじゃあああ!」

 石壁の室内を飛び回る姉の下、ミサを引きずったまま、付かず離れず追いまわした。
 俺は、合理的な説明云々について考えていた自分を馬鹿らしく思った。
 ファッションに合わせて身長を七センチ(ちぢ)める姉である。イグアナの姿で現れたって、私は丸子ですと自己紹介しかねない。
 あくまでしらばっくれ続ける丸子に(ごう)を煮やした俺は、ある名案を思いつく。

「ごめん、降りてきてよ、姉さ」

「お姉ちゃんのコトゎ、姉さんじゃなくて、姉貴でしょ?」

 ガブリエル・マルコが、手拍子(てびょうし)で返した後。
 己の過失に女神が気付くまで、数秒の胡散臭(うさんくさ)沈黙(ちんもく)が必要だった。
 しかし、俺の視線から現実逃避し、(くちびる)を引き結び、しぶとく逃げの一手を思案し続けていた女が観念したのは、突然だった。
 これまでの格闘が(うそ)のように、俺のすぐ(そば)にまで降りてきた。

「バレてしまってゎ、仕方ない……ゥチゎたしかに、三年前に家出した、ルイ君のお姉ちゃんだよ……」

 近くで見れば見るほど、奈々倉丸子だった。
 それに、この態度。そうだ、俺の知る姉はこう言うやつだった。
 常時全開の人間は、一々開き直ったりなどと言うことはしないのである。
 丸子は、挙動不審(きょどうふしん)だった。まず一度、俺にまで半歩の距離に近づいて両手を広げ、抱きしめようとするようなしぐさを見せた。しかし、何もせず後ずさると、じっとこちらを見つめている。

「…………よもや、感動の再会になると思ってはいまいな」

 姉の行動は、この際無視。
 再会したなら思い知らせてやろうと、修練に修練を重ねた三年間である。
 (とう)()が体中に満ちて、スレイヤー・スーツのフィルターをすり抜け、立ち昇っているのを感じる、気力十分、どこからでもかかってこい、だ。
 丸子も、俺の態度に感化されたか、顔を紅潮(こうちょう)させ、緊張(きんちょう)した面持ちをとった。
 良いだろう、正直、まだこの世界とやらが何なのか、そこの女神がどれほどのものか、なぜ姉がそこで女神をやっているのか等、積もる話もあるものの、それはそう遠くない、どちらかの今際の際にでも話合えばいいことだ。

 丸子の手が動く。
 先に何かしかけられるかと思ったが、丸子の取ったのは、防御であった。
 胸元を、両腕で(かば)っているように見える。
 想像外のやり方で、卑劣漢(ひれつかん)に仕立て上げられようとしていることに気付いたのは、しばし時間の立った後だった。

「ほら。男ゎ皆、けだもの。……ミサ。自分がどれだけの間違いを犯したか、わかった?」

「待て待て待て! 誤解だ! ふざけんな! どこをどうとっても、性欲に思われる気なんか出してねーよ!」

「さっき()()めにするって、言った」

「言ってねえ! 手羽煮にするっつったんだよ!」

「もういいよ。悪い子に育っちゃって、お姉ちゃんゎ悲しい」

 丸子は、それだけ言いきると、何とそっぽを向いてしまった。
 まさか、こんなんで復讐(ふくしゅう)が流れてしまうのかと、愕然(がくぜん)(ひざ)をつく。

「二人は、本当に姉妹……ううん、姉弟、ってやつなんだね……」

 ミサが、言った。『きょうだい』という言葉に物珍しさを感じているかのような言い草だった。

「うん。ゥチもね、ミサが男の子の召喚に成功したって気付いた時、有り得無いって思ったけど……こういう理由だったんだね。ミサの持つ、サヴァンギャルド王族歴代一位の女子力。この世界を作った女神であるゥチと、同じ遺伝子を持つ弟。二つ揃っての、奇跡……」
 ミサと丸子は、俺に分からない理論でもって、勝手に納得を深めている。

「もういい。俺をブラックホールに投げ込みたいなら、さっさとそうしろ」

 俺の中に、いじけ心が芽生(めば)えていた。ギャルスレイヤーに変身しているにしては、我ながら女々しい心境である。
 丸子が、気の違った人を見る目で、俺を見詰めている。
 俺は、丸子に質問する。

「? ブラックホールから、地球に送り返せるんだろう? さっきはそんなことを」

「ううん。ブラックホールゎブラックホールだよ。ぐちゃっと、なるだけ」

 俺はどうやら盛大に誤解していたらしい。丸子はあの時、ただただ男を、跡形(あとかた)もなく確実に(ほうむ)りさりたいが為に、あんなことを口にしていたのだ。おかげで、世界一奇特な自殺志願者みたいになってしまった。

「ああ、そういえばさっきのゎ、ゥチと闘いたがってたんだね」

「なぜこのタイミングで理解する! ……まあいい。だが俺を容易(たやす)(ひね)れると思ったら大間違いだぞ……小学生のころの俺とは違う! 俺の百八のユニークスキルが火を噴くぞ!」

 俺は拳を構える。
 丸子が、言葉の上であれファイティングポーズらしきものを取ってくれたことで、いじけていた心に、もう一度火が付いた。

「お前がいなかったせいで……俺が、どれだけ……」

 拳の向こうに、一瞬、丸子の顔が隠れる。

「ダメ!」

 間に、ミサが割って入る。

「こんなのダメだよ! (わらわ)許さない! 折角(せっかく)世界を超えて、再会したのに、憎み合うなんて……!」

 神のプリクラの中で、愛し愛され生きていこうよと、ミサは言っていた。
 ならば今のこの剣幕(けんまく)は、あの時の笑顔の、そのまま反転なのだろうなと思った。
 部外者が、と切り捨てたかったが、言葉は(のど)で詰まる。
 この場で言葉を発する権利を持つ者以外を、ミサの瞳の強さが律している。
 俺の舌先の神経が、どうやったらその権利を掴めるのかを、どうしても見つけられないでいるうちに。

「分かったよ」

 姉は難なく、(つぶや)いた。

「家出して、千年間戻らなかったゥチが、悪かった」

 敗北宣言が聞きたいわけじゃないと、怒鳴りつけてやろうと思った。
 しかし、何故か、言えなかった。
 丸子の言葉を聞いて。
 ミサの瞳の権能(けんのう)に支配されていてよかったと、安心してしまっている自分がいた。

「これゎ、ゥチの問題。地球の忘れ形見に、千年越しに向き合う日が来たんだね」

 天井を見詰め、丸子は言った。

「ちょうど、時間」

 勇ましく羽を広げる。
 中空に飛びあがり、翼を使って二段ジャンプを決め、俺を飛び越し、背後に回り込んだ。
 嫌に慣れた手際に、俺の目をもってしても、丸子の姿が一瞬、見えなくなるほどだった。気付いた時にはもう、背中から羽交(はが)()めにされていた。
 生殺与奪(せいさつよだつ)の権利を(にぎ)られたと気付いた時にはもう、暴れる間も無く、周囲の景色が、一瞬で様変わりしていた。

 空の中であった。
 夜間飛行だ。黒のドレスを(まと)った丸子に抱きかかえられた黒衣のギャルスレイヤー。
 唐突に、爆撃機のミサイルにでもされたかのようで、悲鳴を耐えることに必死だった。
 いつ、丸子の一存で(はる)か眼下に落とされるか分かった物ではない緊張感の中、平静を装い、質問する。

「どうやって、あの部屋から連れだした。どこに行くつもりだ。俺をどうするつもりだ」

「弟の、心の隙間(すきま)を、埋めてあげる」

 弟から()り出される矢継ぎ早に対し、丸子は悠々(ゆうゆう)と、最後の質問にだけ答えて見せた。

「ごめんね」

 丸子は、小さく謝った。

「忘れたコトなんてなかった。本当だよ。この世界と地球のある次元ゎ、今、宇宙同士が最接近してる時期。ゥチも時々、チャンスがあったら、宇宙の(はし)まで飛んで、地球のコト観察してた。ルイ君のことも、時々、見てたんだよ」

 首下を、指でなぞられる感触がした。ギャルスレイヤーのコスチュームには、継ぎ目などありはしない。しかし、丸子に()れられた端から、切りとり線が入ったかのような錯覚を受ける。

「このコスチューム、ずっと着てくれてるんだね」

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