第一章 ギャルサーの神に向かって撃て その7

作者:白乃 友

「このコスチューム、ずっと着てくれてるんだね」

「? 何を……」

 言葉の意味を咀嚼(そしゃく)する。
 その過程で、俺が人生において目撃した異能に関する疑問が、一本の線に(つな)がる。
 そもそも、ギャルスレイヤーのコスチュームは、何処から来たのか。
 一瞬で、人の姿を変えてしまう黒衣。ファッションのためなら、身長を(ちぢ)め、筋肉の厚みさえ変化させる、丸子(まるこ)。異世界。俺の、召喚。ミサの見せた、(ほお)に浮かぶ謎のプリクラ。この世界に蔓延(まんえん)しているであろうことが予想される、魔法じみた力。
 まさか。

「ゥチからのプレゼント、気に入ってくれたみたいだね」

「スレイヤー・スーツは、お前が俺に与えたものだったと言うのか?!」

 もはや、衝撃と呼べるレベルでは収まらない。
 じゃあ何か? これまで俺は、ギャルからの、それも憎き姉からのほどこしを身に纏い、闘っていたと言うのか。

「本当ゎ、女神の特権、万能の女子力を、プレゼントしたはずなんだけど……そんな衣装にしか活かしてくれなかったなんて、実ゎちょっと、ショック。神様のルールを破って、せっかく地球に届けたのに。仕送りをギャンブルに()かされた、ママの気分だよ」

「じょ、女子力だと?」

 聞きなれた言葉だ。ただし同じ言葉でも、丸子の口にした単語からは、明らかに違った意味合いを感じる。

「大丈夫。今日のルイ君を見て、ゥチ、わかった。お姉ちゃんが地球にいる間にギャルの魅力を伝えてあげられなかったせいで、これっぽちのコトにしか、女子力を使えなかったんだ。つまり、ギャルの良さを教えてあげれば、ミサの言う通りに、お姉ちゃんとも仲良く出来る。女子力も(あつか)えるようになる。一石二鳥。まさに、今のゥチ達のように」

 俺達はこの後、投石を受けるのか。
 突っ込みが心をよぎった、その時だった。
 重力から、自由になった。
 丸子が、手を離したのだ。

 夜空全体を雨雲とするなら、まさに今ギャルスレイヤーは、一滴の黒い雨粒であった。
 落下していく。眼下に、暗い大地が見える。
 闇から落とされ、闇に叩きつけられようとしている。
 流石にこの高度からでは何の対策もとることはできない。(あせ)りかけるが、二度の死には、至らなかった。

 地面に衝突する寸前、(ひも)が、俺の身体(からだ)(とら)えた。
 ペンダントなどを通す、革製の細いスエード(ひも)に似ていた。
 そのまま、バンジージャンプの勢いで地面から引き()がされ、再び中空に。
 きりもみになるなか、視界の端々(はしばし)で、丸子が高速に飛びまわっていることが確認できた。
 不意に、俺の身体の動きが停止する。

 自分の状況を客観的に認識する。
 地面との距離から計って、三階建て程度の高さに、俺は()るされていた。
 背後には煙突(えんとつ)があり、その頂上に、スエード紐は(くく)りつけられ、ぶら下がった俺の体重を支えている。
 ギャルスレイヤーは今、ペンダントトップスとなり、巨大な煙突の飾り付けに使われている状態だった。
 もがくが、一向に抜け出せる気配はない。

「それでゎ、夜の集会を、始めるよ」

 頭上から、丸子の声がする。煙突の頂上に、丸子が腰掛けていた。
 一見すると、夜闇に向かって言葉を投げかけているように見えるが、そうでは無かった。
 眼下の、暗闇。その中で、何かが(うごめ)いていた。

「今日ゎ皆に、大事なお知らせがあるよ」

 人影であることだけは、浮かぶ輪郭(りんかく)から読み取れたが、尋常(じんじょう)な数では無い。
 丸子は、『夜の集会』と言っていた。『そろそろ時間だ』とも。
 つまり今、丸子がこの場所で定期的に開催しているイベントに、俺はゲストとして強制的に招かれた、と言うことだろうか。

 丸子が、思い出したようなタイミングで人権を無視する姉であることは、よく知っている。
 かつて丸子が、雑誌のインタビューでこんな質問をされていたのを思い出す。『中学時代のエピソードを聞く限り、お辛いこともあったのではないかと思うのですが』。丸子は答えた。『生まれてくる所が、ちょっとずれちゃったかなとゎ、思ったよ』。ピントのずれた回答。

 丸子にとって、地球は、現実では無かったのかもしれなかった。
 だからか、他者の痛みや内面に、驚くほど関心を持たないのだった。
 嫌が応にも周囲に影響を及ぼす人物であるにも関わらず、いかなる影響を与えるか、影響を与えられた他者がどんなふうに変わってしまうかと言うことに、地球での丸子は終始、無関心だった。

 無論、それは弟である俺に対しても。
 そんな丸子が作り上げた世界が、俺の目の前、暗闇の中で波打っている。
 流石に空まで飛ばれては信じないわけにもいかず、俺は自分が今、丸子が作り出した世界にいるのだと言うことを、とっくに受け入れていた。

「女神ゎ一日目に半身浴をし、二日目に口紅を塗った。三日目にマニキュアを塗って、四日目に身体を拭いて、五日目に全身をコーディネート。六日目に、世界を作って、七日目ゎ休んだ。そして……」

 週六で休んでやがる。
 しかもさらっと、四日目までは全裸で過ごしてやがる。

「八日目に、弟を呼んだ」

 心臓(しんぞう)が、()ねあがった。
 闇に潜む視線達が全て、自分に向けられたのが分かったからだ。

「ゥチゎ、素敵な一週間にしたい……でも、そうゎ問屋がおろさない……可哀(かわい)そうな子なの。斜め上のひねくれ方をしちゃったせいで、全身黒のコーディネートしか着れなくなっちゃった。皆の力で、ギャルを愛しく思う、ピュアな気持ちを、思い出させてあげて欲しい」

「こ、こら! どういうつもりだ!」
 俺の(そば)まで舞い降りてきた丸子が、俺の首から、何やらプレートをぶら下げたのである。「FREE HUG」と、英語で記されていた。

「世界誕生のきっかけゎ、ゥチのプチ家出。ダムに小さな(ひび)が入ると、一気に大きな傷に広がって、山々を水びだしにするよね。ゥチのギャル愛に傷心が罅を入れて、他次元をビシャビシャにして生まれたのが、この世界。宇宙と宇宙同士でゎ、時間の流れがチガゥ。地球時間における三年前に、まだ人間だったゥチが家出した瞬間、千年前のこの宇宙に、ビッグバンが起きたってコト」

 堅苦(かたくる)しい時間は終わりだとばかりに、丸子が指を鳴らす。すると夜空の果てから、ゆっくりと飛来する光があらわれた。
 接近にともない、周囲が明るさを増して行く。
 初めは、月でも落ちてきたのかと思った。
 続いて、UFOの類でも呼んだかと身構えた。

 丸子の一挙手一投足ごとに、何が起こるかと想像力を(めぐ)らせるのは、随分(ずいぶん)久しぶりの経験だった。
 そうだ。そうして大体、俺の予想はいつも外れることになる。
 やってきたのは、巨大なミラーボールだった。大きさから言って、某テレビ局ビルの中腹(ちゅうふく)に収まっていそうなくらいのサイズである。

「ここゎ不老の乙女の次元、サヴァンギャルド。住人ゎ全員……」

 ミラーボールの乱射する白銀のレーザービームが、暗闇をみじん切りにして行く。

「愛すべきギャル」

 俺の眼前に姿を表したのは、予想を(はる)かに上回る人数の、ギャル達であった。
 気力を一瞬で叩きおられてさえいなければ、「フェスか!」と突っ込みを入れていたであろう。
 野外ライブ会場を思わせる広さの、円形をした、石畳の広場だった。
 俺と丸子が位置しているのは、その中央。
 煙突だと思っていたのは何と、丸子の姿を模した石像であり、ギャルスレイヤーは今、正真(しょうしん)正銘(しょうめい)、丸子スタチューを飾り立てる首飾りの、ペンダントトップスになっているのである。

 耐えがたい屈辱だった。
 石像の丸子の表情は、やたらとむかつく泣き顔だった。少なくとも、女神にふさわしい、世界を憂いている顔では決してない。これは、あれだ。隣のクラスの地味な男子が死んだ時の、女子の顔だ。

「まずゎ、ゥチの弟にふさわしい、味のある男にしてあげる。一夜干しで、うまみを、凝縮(ぎょうしゅく)だよ」

 どうやら俺は丸子から、今夜唯一のメニューにされかけているらしい。
 俺と丸子を中心に、眼下には、ギャルの海が広がっている。
 異世界に来たと言う実感は余りなく、どちらかと言えば、性質の悪いテーマパークに放り込まれたような、嫌味な現実感。
 男は、一人だっていない。
 黒髪の女も、見渡す限り、一人も見当たらない。
 皆、金か茶系統に染髪(せんぱつ)している。

 広場の石畳の質感、丸子像の完成度から見て、広場の外周を囲む街並みは中世ヨーロッパ風であることが期待されるが、この場にいる少女達の中に、天然のブロンドは見当たらなさそうである。
 ここで、広場に詰めかけているのが、ギャルスレイヤーとして見慣れた「HARAJUKU GIRL」達であったなら、俺は丸子に、「ここって本当に、異世界なのか」と詰め寄っていた所だったろう。

 そう、この空気の中に存在する者の内、最も、地球外文化を鮮烈に身に(まと)っているのは、他ならぬ少女達なのだった。
 鎧をまとった、騎士風の少女がいる。軽装に、二本の短剣を携えた盗賊風の少女がいる。(やま)高帽(たかぼう)に、長い杖を手にした少女もいる。
 日本とは異なる生活様式を感じさせるファッションに身を包んだ少女達の姿が、この世界……サヴァンギャルドにおいては、日本社会での常識が通用しないのだと言うことを、雄弁に物語っている。

 一方で、だ。
 問題は、そのような格好をしている少女達を何故、この俺が一目でギャルであると感じたのか、と言うことである。
 例として、騎士風の少女の背負う大剣に注目してみる。すると、大剣の腹に浮かぶ波紋が、マリンルック・ボーダーだったりすることが分かる。盗賊風少女の腰に下がった、むき出しの片刃の短剣。その背には、ショートケーキの縁を思わせる、ホイップされたクリームの装飾が施されている。刃を一枚刃として削り出す際からの、意匠(いしょう)なのだろう。山高帽の少女が手にする長杖に、節くれだった太い枝の名残は、微塵も無い。磨き上げられた上で彩色された、オレンジ色のボディをしており、先端部分に、フォント染みたブランドロゴが大きく入っている様は、さながらメガネのツルの様でもある。いかにも魔女らしき古典的な黒ローブと山高帽に、差し色として取り入れられていることは明白であった。

 そう、華美(かび)なのだ。
 この世界の水準における日常を送るにあたって、さしたる意味を持たぬだろう華美を、ここにいる全ての少女達が意識しているのである。
 流行だ。
 そう。彼女達の間には、流行が(ただよ)っている。流行と踊り、流行に踊らされている者達独特の空気が立ち込めている。
 それが俺の鼻先を刺激し、少女達を一瞬の内に、ギャルだと断じさせたのである。

「天()()みを数え終わるまでの間にゎ、ギャル大好きな、理想のゥチの弟だよ」

 俺ははっとして、真下を見遣る。
 ギャル達の内何名かが、俺を引きずり降ろそうと、画策している。

「その時にゎ、世界の半分くらい、あげてもいーかもね」

 遠くに、ミラーボールの輝きをより一層強く反射する一点が見えた。
 巨大なハサミだった。ライブ会場に飛び込んだアーティストを頭上で運ぶ要領で、段々とこちらに近づいてきている。
 (しば)る紐からギャルスレイヤーを切り落とし、コスチュームを()ぐための処刑人であった。

 決して、丸子に命乞(いのちご)いだけはしないようにしようと、心を固める。
 渋谷と原宿が滅んだ時には、ギャルスレイヤーの完全勝利に終わったと無邪気に喜んでいたものだが、こんな展開だって、予想していてしかるべきだったのだ。
 人気のヒーロー物にはすぐ、続編制作の声がかかるものである。
 これから始まるのは、言わば、「ギャルスレイヤー2」とも呼ぶべき物語だ。
 前作を上回る予算をかけて、俺も全力で当たらねばならないと固く誓う。

 金属音。
 陶酔(とうすい)で自分を誤魔化(ごまか)している間に、いつの間にかハサミが頭上で開かれていることに、気付かなかった。
 まずは第一幕。

 一晩耐久フリーハグ祭りの火蓋(ひぶた)が、短く可愛い悲鳴でもって、切り落とされた。

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