第二章 ビショップ・リリー・スナップ その1

作者:白乃 友

扉を叩く音が聞こえる。

「出てきてよ! (わらわ)をお外に連れていくために、お外に出てきてよ!」

 (まぎ)らわしい事この上ない言い回しでもって、ミサ・ファインハーヴが、朝からずっと(わめ)き立てている。
 俺はというと、朝からベッドに横たわり続けている。
 丸子……否、女神マルコの手により、サメの海ならぬギャルの海に()るされてから、二日が経過した朝だった。
 フリーハグ明けの朝。(むか)えに来たマルコは、石像の(そば)微動(びどう)だにせず、全裸(ぜんら)で体育座りをしていた俺を発見した。

「ゥチゎ女神……世界を見守ることしか許されない。ちょっとやり過ぎかなと思っても、一旦世界で起こった事件に、直接首ゎ、突っ込めない……歴史ゎ、ギャル一人一人の手で、作られるもの……」

 そして何と、満足げにほくそえみやがったのである。

「結果、おーらい」

 男が珍しいのか、それとも、女神の弟というアイドル性によるものか。
 ギャル共は、俺の服を()いで持ち帰ることに躊躇(ちゅうちょ)が無かった。
 スレイヤー・スーツは、どんなに()かれようが俺の心の内に仕舞(しま)われるものであるので、被害はない。
 だが、心の表層一歩外側からは、かっぴかぴだ。

 マルコの目論見(もくろみ)(どお)り、まんまと干物(ひもの)にされてしまったわけである。
 せめて、マルコが俺を(しば)りつけていた(ひも)さえなければと思うと、(くや)しさが(ふく)れ上がる。
 マルコが迎えに来るまで、俺の身体にまとわりつき続けていたのだが、あれさえなければ、本当に、あの紐さえなければ、スーパーグラフィックのギャル無双を、この世界に見せつけてやれたと言うのに。
 ドアの外で、ミサがうるさい。

「ズッ友料払うからっ!」

 プリクラの中でプライスレスになりつつあった関係も、今ではこの通りである。
 なぜ、こんなことになっているのかというと、マルコがミサに、条件付きで外出許可を出したらしい。
 そしてその条件というのが、俺の同行だと言うわけである。
 マルコは、自分のせいで(ふさ)ぎこんだ俺を外に連れ出す役に、ミサを(てい)よく選んだのだろうか。
 いや、そんな気の利く姉では無い。きっと本気で、フリーハグの影響で俺の態度が良い具合に軟化(なんか)していることを疑っていないから、ミサを試しにけしかけたのだろう。
 しかし分からないのは、ミサの話では、マルコは随分とミサの外出を渋っていたはずである。これまでミサの方から、護衛(ごえい)をつけるから外出させてくれというお願いが無かったはずもない。
 それなのにどうして今になって、女子力とやらも(ろく)に使えない俺が同行しただけで、オッケーとなるのだろうか。

「何なら遊ぶ場所、一から作ったげてもいいし。(わらわ)、姫だもんっ! カジノとかどうかな」

 興味無かったので、無視を継続する。

「ディーゼル車も規制するからぁっ」

「都知事か! ていうか走ってねーだろディーゼル車!」

 中世ヨーロッパ風の街並みだバカタレが、手前(てめえ)が姫やってる国だろうが。
 と、俺は(あわ)てて自分の口を塞ぐ。突っ込みたい衝動に耐えきれず、つい本日初、ミサに返答してしまっていた。
 ミサはそれを、一応の成果とみたらしい。

「わかった。今日はあきらめる。でも、覚えておいてね。(わらわ)はルイの事、まだ友達だと思ってる。妾をただ一人自由にしてくれる、大切な人。もっと言えば、利用価値があると思ってる。どんな願いでも(かな)えてあげるもん……明日からもズッ友料、ドアの前に置いとくからね。そのためには心を鬼にして、(たみ)(ぐさ)から税金を(しぼ)りとるもん……」

 俺はベッドから()いずり出て、マルコから貸し与えられている、バスローブのような寝巻(ねまき)を正した。
 ドアを、そっと開けて(うかが)う。
 視線を落とすと、チョコレートスコーンがドミノになって、長い廊下(ろうか)の向こうまで続いているのが見えた。
 曲がり角に、ザルと突っかけ棒の古典的なトラップが仕掛けられている。
 俺は、足元のスコーンを一つ拾い上げ(かじ)りつく。
 曲がり角の向こうから(わず)かにはみ出ている、金髪に向かって声をかける。

「この世界って、コーヒーあるか」



 かくして、サヴァンギャルドの姫、ミサ・ファインハーヴの外出は正式に認められた。
 城門前。マルコから簡単な世界の説明を聞き終えた俺は一人で、城壁に沿()って掘られたお堀の水を見詰めながらミサを待っていた。
 ミサが、城門から出てきた。
 てっきり、気取ったおめかしでもして来るかと思ったが、出会った時と変わらない、女子高生然とした出で立ちのままだった。

「良く似合ってるよ、ルイ!」

 ミサは、俺の格好を見てご満悦(まんえつ)だった。この世界に着てきた服は、先日、ギャル達に剥ぎとられてしまっていた為、ミサのコーディネートである。
 サヴァンギャルドには若い女性しか生息していないらしい。そんな中、何とかマルコと相談しながら、男なる生き物にも着ることの出来る服を見繕(みつくろ)ってくれた。
 のだが。
 俺はと言えば、不平たらたらであった。
 ミサは言う。

「大丈夫。昨日よりずっとカワイーから。あんな格好してたら、お洒落(しゃれ)マフィアに襲われちゃうよ」

「そんな人種がいるのなら、インテリ街宣(がいせん)右翼(うよく)として、ぜひ勝負してみたいものだが……」

 俺は、首と袖先(そでさき)に巻き付く、ピエロじみた装飾を引っ張る。

「こんなものを着てるやつは気が知れない。なんでこの服、首にアコーディオンが巻き付いてるんだ」

「お洒落は我慢だよっ!」

羞恥(しゅうち)(しん)まで我慢しなきゃいけないとは、知らなかった」

 まあ。
 地球基準で考えれば、鎧も武具も、ナンセンスなアクセサリであることに変わり無いわけで。
 現地人であるミサからお墨付(すみつ)きを貰えるのなら、()ずかしい思いをすることも無いのだろうけれど。
 それじゃあさっそく出発しますかと切り出そうとすると、ミサが意図の分からない行動に出た。
ミサが突然、自らの太股(ふともも)を、叩いた。
 膝枕(ひざまくら)(すす)める動きに似ていたが、いかんせん俺達は今、立って向かい合っている状態なのである。
 ミサは俺を完全に、今日一日、要領の悪い侍従扱いすることに決めたらしく、人差し指を立てて叱責(しっせき)した。

「スカートの(はし)っこ、押さえてて」

 俺はしぶしぶ、ミサに従ってみる。
 ミサのスカートは、かなり短く折り込まれている。指で押さえるとなると、彼女のむき出しの太股に触れないよう、かなり気を(つか)うこととなった。
 後ろから、彼女のスカートの両端を、さすがに遠慮(えんりょ)がちにつまむ。
 何か特別な事でも起こるのかと思っていると、ミサは何とそのまま、街に向かって歩き出した。
 俺は驚きの声をあげる。

「まさか、今日一日中ずっと?!」

「少し風があるんだもん」

(すそ)をもっと長くすれば……それか、お洒落は羞恥心まで我慢じゃなかったのか」

「短くできないんだもん……」

「え」

(わらわ)の女子力が高すぎて……どんな丈の長いスカートも、ここまでせり上がって来ちゃうんだもん……」

「パンツルックにすれば」

「この格好が、正装だから」

 言い返すミサの言葉から感じられる羞恥は、どんどん大きなものへとなっていく。

「王宮では、貴人のスカートをメイドが押さえるのは、古式ゆかしき作法なんだから、心配無いの。誰も気にする人なんかいないよ!」

 これ以上怒らせると、何やら面倒くさいことになりそうだと、俺は渋々、ミサのスカートの裾に、再び手を伸ばすのだった。
 平安時代の貴族が、十二単の裾を侍女に持たせていたようなものだろうと、無理に納得する。
 王城は、街外れの小高い丘の上にある。

 ミサはきっと、日々、バルコニーから下々の暮らす街を見詰め、(あこが)れを抱き続けていたのであろうと思う。
 きっとそれは、ありふれたプリンセスの憂鬱(ゆううつ)とはまた違った感情なのだろうと、推測する。

『普通の女の子になりたい』。

 人前に姿を(さら)さない生活を送っていたミサでも、根はギャルということなのだろう。
 生の流行が生まれる場所に身を浸したいと願うのも、当然の感情なのかもしれない。
 俺には、全く理解できないが。

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