ヒルデガルドの冒険【第3回】

作者:鷹山誠一

「ふむ、アタマを取り逃してしまった、と」
 遅れて現場に到着したクリスティーナが、やれやれといった体で溜め息をつく。
 今頃のこのこやってきて、そんな責める感じで言われると、どうにもむかっ腹の立つヒルデガルドである。
 もちろん、盃の貫目(かんめ)はクリスティーナのほうが上なのでそんなことおくびにも出さないが。
「うん、ヒルヒルが任せてって言うから」
「うっ」
 後頭部の後ろに両手を組んであっけらかんと言うアルベルティーナに、ヒルデガルドは思わず棒でも呑み込んだような顔になる。
 実際、そうなので反論のしようがなかった。
「まあ、いいでしょう。とりあえず一人は捕まえられたわけですし」
 ヒルデガルドの様子に嗜虐(しぎゃく)(しん)を満足させたのだろう、クスッと小さく微笑んでからクリスティーナは捕まえた男の前にしゃがみ込む。
「さて、あなたたちは何者です? どうしてお父様がシトークへ向かうことを知っていたんです」
「ぺっ!」
 ひょいっ。クリスティーナの質問に男は(つば)を吐きかけるも、彼女はそれを読んでいたらしく、あっさりと回避する。
「うわっ!?」
 そして、クリスティーナの後ろにいたヒルデガルドのスカートに被弾する。
 クリスティーナの身体で死角になっていて、気づくのが遅れた。
 今日はつくづく厄日(やくび)かもしれない。
「ふふっ、このワタシに対して、いい度胸です。これでも情報部隊を取り仕切ってる身、()かせる方法は熟知しています」
「へっ、拷問(ごうもん)でもするってか。おもしれえ。痛みには慣れてる。てめえみたなガキが何かしたところで蚊ほどにも感じねえよ」
「ええ、まさしく蚊ほどにしか感じないでしょうね」
 言うや、クリスティーナが懐から鳥の羽を取り出す。
 ヒルデガルドは鳥の種類には明るくないので何の鳥のものかは判別がつき兼ねたが、かなり大型の鳥のもののようだった。
「ヒルヒル、その男の靴を脱がせて」
「えっ!? ……はい」
 こんなむさそうな男の靴を脱がせるなど、一四歳の乙女としてはなかなかに抵抗があったが、上官の命令には逆らえない。
 言われた通りに脱がせる。地味に臭かった。
「さて、と。拷問が痛めつけるだけなんて、古いですよ?」
「あん? くすぐりでもするつもりか? そんなもんで、うくく、俺がしゃべるとでもうひゃひゃひゃ! やめ、いいかげんに、うひゃひゃっ!」
 クリスティーナがつーっと足の裏を鳥の羽でやさしく擦り上げるたび、我慢しきれない感じで男が大笑いする。
 縄で木にぐるぐる巻きにふん縛られているので身体をよじることすら許されず、悶続ける。
 子供だましと侮るなかれ。
 くすぐりは、世界各地で見られる()()()()()()()()である。日本でも、江戸時代では遊女の拷問などに使われている。
 最初はくすぐったくて苦しいだけだが、やがて――
「うひゃひゃひゃっ、げほげほっ! うひゃひゃ! ひーひー! く、くる、うひゃひゃひゃひゃひゃっ! し、しぬ……」
 ただ笑っていた男の様子がおかしくなってくる。
 顔色が青ざめ、唇が青紫色に染まってくる。
 いわゆる笑いすぎによる()()()()である。
「はあ……はあ……はあ……はあ……」
 たっぷり三〇〇秒ほど数えるほどくすぐり続け、ようやくクリスティーナのくすぐり攻撃が止む。
 クリスティーナはこれみよがしに鳥の羽を男の前で揺らし、
「どう、話す気になった?」
「けっ、お、俺がこの程度で参ると思ったか」
「あっそ、じゃあ、続行」
「うひゃひゃひゃ!」
 再度の拷問実行。
 時々の間断を挟みつつ、実に一刻(二時間)に至り、ついに男が折れた。
「はーはーはー、は、話す! 話すからもうやめてくれっ!」
 すでにその目は涙でぼろぼろ、顔は悲壮感(ひそうかん)疲労感(ひろうかん)でぐったりしており、声にはこれでもかと必死さがこもっていた。
 なかなかに相当な地獄(じごく)だったのだろう。
「ふむ、素直になってくれたようでけっこう」
 クリスティーナは鷹揚(おうよう)に頷き、男はほっと安堵(あんど)の吐息を漏らす。
 教団を裏切った罪悪感もあるようだが、それ以上に助かったと、その顔に書いてある。
「ですが信用ならないので、もう少し素直になれるようにしておきましょう。そですね、あと半刻ほど」
「へ?」
 サーッと男の顔が青ざめる。
 天国から地獄とはこの事だった。
「うふふふ……」
 邪悪な微笑みとともに、クリスティーナが鳥の羽を振りながら男へと近づいていく。
 思わずヒルデガルドは、天を仰ぎ、黙祷(もくとう)を捧げたのだった。
 男の笑い声がこだまする。


「では改めて、貴方がたは何者です? ちなみに嘘だとわかったらまた拷問ですよ?」
 さらに半刻の拷問の後、クリスティーナが笑顔で問いかける。
 すでに男はぐったりとして、性も根も尽き果て、もう抵抗する気力すら残ってないようだった。
 自嘲(じちょう)するような笑みとともに、かすれた声でつぶやく。
「俺たちは……ドヴェルグだ」
「っ!」
 クリスティーナの顔色が傍目にもわかるほど一瞬で変わる。
 その理由が、ヒルデガルドにも嫌というほどわかった。
 ドヴェルグ教団――
 このビフレスト一帯にかなり古くから根付いている土着信仰の一つである。
 神聖アースガルズ帝国が勃興(ぼっこう)し、《(おおかみ)》がこの辺りを根城にしたあたりで、アングルボダ信仰が隆盛、かなり下火になっているが、未だ数千とも言われる信者を抱える大教団である。
「なるほど、うちの兵士たちの中にも、そりゃ信者がいてもおかしくない、か」
 やれやれといった体で、クリスティーナは嘆息(たんそく)する。
 勇斗率いる《(はがね)》は、氏族としてはアングルボダを守護神と定めているが、民にまで強く押し付けてはいない。
 宗教関連には踏み込まないほうがいいという勇斗の判断だが、その寛大さに付け込まれたといえる。
「で、大宗主様を待ち伏せして、どうするつもりだったのです?」
「そ、それは……」
 まだやはり教団への忠誠心が残っているらしく男が口ごもるも、
「そうですか」
「うわぁっ! しゃべる! しゃべるから!」
 クリスティーナが鳥の羽を構えると、途端(とたん)にぶるぶると身体を震え出させる。
 クリスティーナのくすぐりは、慣れているのか熟練の技に足しているのか、よほど地獄の苦しみだったらしい。
「……大宗主を暗殺するための、その偵察だ」
「へ~、なかなか穏やかじゃありませんね」
 元々、クリスティーナは冷たい声の持ち主ではあったのだが、更に温度が下がる。
 はたで聞いてたヒルデガルドがぞっとするほどである。
「ほえ~、でもなんてお父さんを? お父さん、皆を幸せにしてると思うけどな~。神様大喜びしてると思うんだけど」
 アルベルティーナが不思議そうに小首を傾げる。
 確かに彼女の言う通り、勇斗の統治下の民の生活の質の向上は著しい。
 食糧の生産も爆発的に増え、餓死者(がししゃ)も大幅に減っている。
 これでなぜ神様から狙われなければならないのか、理不尽もいいところである。
 あるのだが、
「それが気に入らないのですよ、彼らは」
 ふんっと嘲笑を隠すことなく、クリスティーナは鼻を鳴らす。
 ヒルデガルドも同感だった。
 彼女も、ドヴェルグ教団の教義は知っている。
 それにならえば、たしかに勇斗の存在は害悪以外の何者でもない。
「ドヴェルグは、変化を嫌います。帝国より以前、民が最も幸せで穏やかだった聖王フロールの時代に戻ろう。そんな集団です」
「そんなに良かったの? その聖王さんの時代って」
「一応そう言われてはいますが、人間、昔を美化するものですから。まあ、普通に考えて、お父様の治世のほうが数倍上でしょうね」
「うん、だよねー! お父さんのおかげでおいしい砂利なしパンも食べられるようになったんだし!」
 ニパッと笑顔になり、アルベルティーナがうんうんと頷く。
 さすがに砂利なしパンは、問題の規模が小さすぎるのではないかとヒルデガルドは思ったが、突っ込むのは野暮(やぼ)だということぐらいは、彼女にもわかった。
「アル姉の戯言(ざれごと)はさておき」
「た、たわごと!?」
「ええ、戯言です」
「あうう! きっぱり言われたぁ」
「最近、ドヴェルグの教義に疑問を感じて脱退する信者が増えだしているという情報が、ワタシの耳に入ってきております。お父様の存在自体が邪魔(じゃま)で仕方なかった。大方、その辺ですかね?」
 チラリと捕まえた男を見下ろしつつ、確認するようにクリスティーナは問う。
 彼女の言葉が正しいかどうかは、男の顔がよくよく物語っていた。
「本末転倒もいいところですね」
 ヒルデガルドも思わず苦笑する。
 幸せだった昔に戻ろうという教義は、今より幸せになるため、だったはずだ。
 それがいつの間にか、昔に戻るのほうに重きを置き、皆を幸せにしてくれる王を暗殺しようとしている。
 明らかに目的と手段が入れ替わってた。
「そんなことにも気づかぬ馬鹿……というには、少々あの頭巾(ずきん)の男、腕が立ちすぎましたね」
 思い出し、ヒルデガルドはぶるっと身体を震わせる。
 正直、まともにやりあって勝てる気がまるでしなかった。
 他の者たちも、相当な練度だった。
 どうやら会見までの旅路は、一筋縄ではいかないようだった。

※※※※※ 次回更新は4月11日(火)予定 ※※※※※
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