ヒルデガルドの冒険【第4回】

作者:鷹山誠一

「……くん、くん、どうやらあの森のようです」
 鼻を小さく鳴らすや、ヒルデガルドは南東に広がる森を指差した。
 逃げた黒頭巾(くろずきん)の男の臭いを追ってきたのである。
 狼の嗅覚を持つヒルデガルドならではの芸当である。
 ドヴェルグ教団ではお祈りの際、香を()く習慣があるらしく、たどるのは実に容易いことであった。
「うわぁ、ヒルヒル、よくわかるね~。アタシ、臭いとか全然感じないよ~」
 アルベルティーナが感心したように、ぱちぱちと手をたたく。
 心からの称賛は、やはり気持ちのいいものである。
「まあ、取り逃したのもヒルヒルですけどね。汚名返上までにはもうひと押しほしいところです」
「うぐっ」
 そして、妹のほうはといえば、いつもの通り毒舌である。
 少しぐらいは姉を見習ってほしいと思うヒルデガルドだった。
「人数はわかりますか?」
「少し待ってください」
 言って、ヒルデガルドは深呼吸し、耳に意識を集中させる。
 心の中の『獣』を部分的に解放し、聴覚を引き上げていく。
 戦闘で解放すると、闘争本能が暴走し理性が消し飛んでしまうのだが、こういう戦時下でない状況なら、多少解放しても制御ができる。
「~~~~」
「~~~~」
「~~~~」
 何を言っているのかまではさすがに聞き取れなかったが、声色は()()できる。
 地道にそれを使って数えていき、
「確認できた範囲では、四六人です。ど、どうしましょう?」
 今回の旅路は、《(ほのお)》を刺激しないため、一〇人という少人数での編成となっている。
 敵の数は四倍強、いかに親衛騎団の腕利きやエインヘリアルという精鋭中の精鋭とは言え、この人数相手に勇斗を守るのはなかなか骨が折れそうだった。
「ふむ、そんな人数に(おそ)われたら、ひとたまりもありませんね」
 クリスティーナも同じことを考えたようだった。
 口元に手を当てて、しばし考え込み、
「では、ワタシたち三人で奇襲をしかけましょう」
「っ!?」
 ケロリと言われ、ヒルデガルドはギョッとする。
 四六人である。
 実に一五倍である。
 一〇人でもきついというのに、三人でやろうとは、計算があまりにおかしいというしかなかった。
「いかにあたしたちがエインヘリアルとは言え、さすがに無謀(むぼう)すぎません?」
「ええ、普通にやりあえば、そうでしょうね。ですが、ワタシに必勝の策あり、です」
 不安げなヒルデガルドに、クリスティーナはピンっと人差し指を立て、自信満々にそう笑ってみせたのだった。


「ううっ、さびさび。さすがに冷え……うぐぁっ!」
 小便でもするつもりだったのか、ごそごそとズボンを下ろそうとした男の額に、ヒルデガルドは容赦(ようしゃ)なく矢を打ち込んだ。
 戦争で最も人を殺傷(さっしょう)する武器は、実は剣でも槍でもなく、弓矢である。 
 エインヘリアルに目覚めて以来、当然、ヒルデガルドも並々ならぬ研鑽(けんさん)を積んでいる。それなりに距離はあったが、この程度、彼女には楽勝だった。
「むっ、なにやつ!」
 異常に気づき、近くにたむろしていた男たちが一斉に武器を手に立ち上がる。
 そこにすかさず、ヒルデガルドは立て続けに矢を放っていく。
 ヒュン! ヒュン! ヒュン!
「ぐあっ!」
 一人には避けられ、一人には剣で払われたが、一人には見事命中する。
 そこまではよかったのだが、
「っ! あそこだ!」
 当然、矢の飛んできた方向から、こちらの位置はばれる。
「ガキ!? チッ、()めたことしやがって!」
「そこ動くな!」
「ひん()いて犯してやる!」
 荒っぽい怒号とともに、一〇人ほどの男が恐ろしい形相でこちらに向けて走ってくる。
 一対一なら負ける気はしないが、さすがに()()()()()()()()ではこの人数を一度に相手にするのは厳しい。
 ひょいっと身体を(ひるがえ)し、その場から遁走(とんそう)する。
「待てこらぁ!」
「俺たち相手にこんなことしてただで済むと思うな!」
 追い駆けてくるが、脚力において、彼らなどヒルデガルドの敵ではない。
 あっという間に引き離し、
「ちくしょう! どこ行きやがった!?」
「まだそう遠くへは行ってないはずだ。探すぞ」
 キョロキョロと辺りを見回す男たちを、ヒルデガルドは木の陰に隠れやり過ごし、その背後から襲い掛かる。
「がっ!?」
「なに!? ぐあっ!」
 完全に不意をついた攻撃に、男たちは迎撃態勢をとることすらかなわず、あっさりとヒルデガルドに斬り伏せられる。
「いたぞ!」
「あそこだ!」
「おっと!」
 他の追手に見つかり、ヒルデガルドはすかさず(きびす)を返して、障害物を巧みに使って彼らの前から姿をくらます。
「ぐあっ!」
「ぎゃあっ!」
 少し離れたところで、男たちの悲鳴が上がる。
 おそらくはアルベルティーナかクリスティーナがやったのだろう。
 これがクリスティーナの立案した作戦だった。
 確かにまともにやりあえば、いかにエインヘリアルといえど、この人数相手には厳しい。
 しかし、この鬱蒼(うっそう)とした森の中は、《(はがね)》でも飛び抜けて気配を殺すことと察知することに長けたヒルデガルドたち三人にとって、その能力を最大限に活かすことができる。
 相手はこちらの位置をすぐに見失い(つか)めず、こちらは敵の気配を感知できるのだ。
「おっ、気配がまた二つ消えてる。こっちも負けてられないわね」
 大樹の陰に身を隠しつつ、ヒルデガルドはクスリと笑う。
 やはり勇斗の(じか)(さかずき)をもらうだけある。
 自分より年下だというのに大したものだった。
 この調子なら、相手がどれだけいたところで敵ではない。
「っ!」
 突如、ゾクッと背筋に悪寒が疾り、直感に従いその場から飛び退く。
 カカッ! と一拍遅れて、木にナイフが二本突き刺さる。
 ナイフが放たれた方向に目を向け、ヒルデガルドは顔を()()らせる。
 彼女が先の戦いで手も足も出なかった黒頭巾の男が、鷹のように鋭い視線で彼女を見据えていた。
 すでにその名は、捕虜(ほりょ)から聞き出してある。
 ドヴェルグ教団最強の暗殺者、モートソグニル。
 黒衣の死神と呼ばれる男だった。


「後をつけられていたか。ふん、俺に(さと)らせなかったのは()めてやろう」
 黒頭巾の男モートソグニルが剣を鞘から引き抜きつつ言う。
 隙だらけのようで、まるで隙がない。
 自分に放たれる殺気も鋭く、思わずヒルデガルドはゴクリと唾を飲み込む。
「ふ、ふふん、大したことなかったわよ?」
 後をつけたのではなく、臭いを辿ったのだが、彼がそれを知るはずもない。
 褒めてくれるのなら、勘違いでもそれを素直に受けるのがヒルデガルドの流儀(りゅうぎ)である。
 なにより、駆け引きは戦の妙である。
「あ、あんたたちの(たくら)みはもうバレバレよ。と、とっとと投降することね」
 まともにやりあっては勝ち目はないのだ。
 虚勢でもこちらを大きく見せ、相手の戦意を奪う作戦である。
「くくっ、そんな震えた声で言われてもまるで説得力がないぞ」
「うっ」
 こちらの企みのほうがバレバレだった。
 動揺がすぐに表に出てしまう自分の胆力のなさがつくづく嫌になる。
「だが、やってくれたものだ。俺が手塩にかけて育てた部下たちを何人も……。おかげで襲撃計画を見直さねばならん。その代価は支払ってもらうぞ」
 言うや、モートソグニルが斬りこんでくる。
 キィン!
 ヒルデガルドも(あわ)てて剣を抜き放ち、それを受け止める。
 キンキンキィン!
「とっとっとっ!」
 立て続けの連撃に、ヒルデガルドは(あせ)りつつもなんとか防ぐ。
 相も変わらず連撃の「間」が恐ろしく短い。
 間違いなく、技量でははるか上をいかれている。
 途端に防戦一方にされるが、かすかな違和感を覚える。
(あれ、前より大したことない?)
 先の戦いではあっさりと追いつめられたというのに、今回は守勢ながら若干の余裕がある。
 相手の動きが、見える。
 次はこう、次はこうというのがなんとなくわかるのだ。
 いわゆる慣れだった。
 たった二戦で慣れるあたりは、ヒルデガルドの持つ才能の大きさである。
「見切ったぁっ!」
 先読みした振り下ろしの一撃を、渾身の力を込めてヒルデガルドは弾き返す。
 筋力はこちらがはるかに上であり、さしもの巧者モートソグニルをもってしても受け流すことはできなかったらしく、剣を持った手を大きく跳ね上げられる。
「もらった!」
 刃を切り返し、踏み込みとともにがら空きの胴へと横なぎの一閃を放とうとし――
「プッ!」
「たっ!?」
 モートソグニルが口から吹き出した何かが額を痛打し、頭がのけぞる。
 視界の隅でその正体を捉える。
 小石である。
 いざという時のために、あんなものを口の中に含んでいたとは!
「ごふっ!」
 驚きもつかの間、次の瞬間には強烈な衝撃が左わき腹を襲い、ヒルデガルドは苦悶(くもん)の声とともに吹き飛ぶ。
 脚を振り上げたモートソグニルの姿勢から、どうやら自分が蹴られたのだということを把握する。
 脚を踏んばって、なんとかこらえるも、蹴られた箇所が猛烈(もうれつ)に痛む。
 やはり相手が何枚も上手なのだと思い知る。引き出しの数があまりに違いすぎる。
「ふん、また味方の気配が減っている。まだ他にも仲間もいるようだな。貴様ごときに手間はかけておれん。さっさと死んでもらうぞ」
「はっ、や~なこった!」
 言うや、ヒルデガルドはモートソグニルに背を向け駆け出す。
「むっ! 待て!」
「待てと言われて待つやつがいるか!」
 叫び、走る速度を上げる。
 氏族のために命を捨てる。そんな高潔さとは彼女は無縁である。
 正面からやって勝ち目はない以上、逃げるが勝ちだった。

※※※※※ 次回更新は4月14日(金)予定 ※※※※※
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