ヒルデガルドの冒険【第5回/完】

作者:鷹山誠一

「ふ~、とりあえず()いたかな?」
 一気に森の中をジグザグに駆け抜け、ふ~っとヒルデガルドは一息つく。
 気配を探ると、こちらを追ってきてはいるもののずいぶん引き離せたようだった。
「よし」
 パァンと頬を叩いて、気合を入れ直し、ヒルデガルドはするするっと近くにあった木をよじ登っていく。
 やられっぱなしは性に合わない。
 待ち伏せしての奇襲作戦であった。
(きたきた)
 矢を引き絞りつつ、視界にモートソグニルの(とら)え、ヒルデガルドは舌なめずりをする。
 おあつらえ向きに、こちらに背まで向けている。
 ヒルデガルドの信念に、正々堂々の文字はない。
 要は勝てばいいのである。
(もらった!)
 しっかりと狙いを定め、必殺の矢を放つ。
 吸い込まれるように、矢はモートソグニルの背中に突き刺さり、そのまま数歩よろよろとたたらを踏み、前のめりに倒れる。
「よっしゃー!」
 思わずヒルデガルドは雄たけびとともに、グッと拳を握りしめる。
 拍子抜けするぐらいあっさりではあったが、どんな猛者も不意を突けば脆いものである。
「カシラをやったんだから、一番手柄はあたしよね~」
 戦果を確認するため、木の枝から飛び降りて、鼻歌まじりにヒルデガルドは倒れ伏したモートソグニルに近づき――
 ガシッ!
 その腕を捕まれ、視界がくるりと反転する。
「へっ?」
 そのまま腕を背中越しに(ひね)られ、もう片方の手で首根っこを捕まれ、馬乗りになって組み敷かれる。
 抵抗する間さえない一瞬の早業だった。
「ぐっ! な、なんで……っ!?」
 息苦しさを覚えつつも、なんとかヒルデガルドは問う。
 彼女の矢は、間違いなくモートソグニルの心臓付近に命中したはずだった。
 いかなエインヘリアルといえど、心臓を貫かれて生きていられるはずがない。
 意味がわからなかった。
「鬼ごっこでは勝てる気がしなかったのでな。少々、小細工を使わせてもらった」
「こ、こざ……あーっ!」
 視界の端に、矢の刺さった丸太を捉え、思わず声をあげる。
 こちらが奇襲してくることを読み、外套(がいとう)の中に丸太を仕込んでおいたのだろう。
 そしてやられたと見せかけ、ヒルデガルドをまんまとおびき寄せたのだ。
 完全にしてやられた格好である。
「残念だったな、嬢ちゃん。お前みたいな小便くさいガキとはくぐった修羅場(しゅらば)が違う。まあ、悪く思うなよ?」
 勝ち誇った声とともに、ギリリッと(のど)にかかった指の圧力が増す。
 思わず息が詰まる。
 このままどうやら絞め殺すつもりらしい。
 すぐ間近にある『死』の恐怖に、キュッと心が締め付けられる。
「……偉そうに能書き垂れてるところ悪いけど、捕まえたのはあたしのほうよ?」
 自由だった左手で、首を絞めるモートソグニルの手首を掴み、ヒルデガルドは笑う。
 ここのところ不幸続きだったが、土壇場(どたんば)での悪運は尽きていなかったらしい。
 まさかこんな()()()()()になれるとは!
 ただただ天に感謝しつつ、ヒルデガルドは自らの内に潜む『獣』を解放する。
「あん? この状態で貴様になにがぐあああっ!」
 モートソグニルが突如、苦悶の声を張り上げる。
 と、同時に、ヒルデガルドの首を絞める力も弱まる。
『獣』を解放したヒルデガルドの握力は、もはや人のそれではなかった。
 ミシミシッとモートソグニルの骨が嫌な音をあげる。
「貴様、はな……なっ!?」
 反撃に苛立っていたモートソグニルの声が、ヒルデガルドの眼光に射抜かれ凍りつく。
 彼は理解したのだ。
 ここにいるのは、人間の力を大きく超えた野獣だと。
 そして、すでに自分がその獣に捕まってしまっていることを。


「……ん? どうやら生きているみたいね」
 ハッと意識が戻る。
 まずは自分の命があることに、ほっとする。
 獣のときは意識がないから、不安極まりなかったのだ。最悪、獣を解放する前がヒルデガルドの意識のあった最後の瞬間だった、なんてこともありえたのだから。
「ん? うわっ!」
 足元に、血みどろの()()を発見し、思わずのけぞる。
 ほとんど原型を残していないが、その服や黒頭巾を見ると、どうやらモートソグニルのなれの果てらしい。
 しかし、グロい。
 我ながらここまでやることはないのにと思うほどグロい。
 やはり『獣』の解放は最終手段だと再認識するヒルデガルドである。
「どうやら、他も片付いたみたいね」
 すでに森には人の気配がなく、代わりにおびただしい血臭が立ち込めている。
 どうやらアルベルティーナが片づけたのだろう。
 さすがである。
「へえ、一人でやるとは、やるじゃないですか」
 パチパチと拍手とともに、うっそうと茂る木々の間からクリスティーナが現れる。
 わずかも息は乱れておらず、服にも返り血はない。
 彼女が戦闘ではなく、作戦立案及び後方支援だということはわかっているが、どうしてもズルいとも感じてしまうヒルデガルドである。
「ふふん、まあ、あたしの手にかかればこんなものですよ!」
 得意げに胸を張りつつ、ヒルデガルドは鼻を鳴らす。
 敵一味の大将格を討ち取ったのだ。
 文句なしの一番手柄である。
 大いに鼻高々なヒルデガルドであったが、しかしなぜかクリスティーナの顔に浮かぶ感情は、哀れみだった。
「ご満悦のところ水を差すようで申し訳ございませんが……」
 そういって、クリスティーナは自らの股間をポンポンと叩く。
 そのしぐさに嫌な()()()がよぎり、そして、股間に感じる嫌な感触にサーッと先程までの高揚感が嘘のように血の気が引いていく。
 これは……これはまさか……。
 おそるおそるうつむき、自らの股間を確認する。
 そこにある染みを確認し、
「またあ!? いやあああああああああああああ!!」
 ヒルデガルドの魂の絶叫が、森の中をこだまする。
 最後の最後で締まらないのは、もはや彼女の運命なのかもしれない。
 ……。
 …………。
 それでも、強敵を倒し手柄をあげたことは、彼女の中で大いなる自信となった。
 しかし、《(ほのお)》宗主織田信長と遭遇(そうぐう)完膚(かんぷ)なきまでにそれを打ち砕かれ、またまたちびることになるのは、この翌日のことである。
 つくづく、不幸の星の下に生まれた娘であった。


※※※※※  ヒルデガルドの冒険【完】 ※※※※※
※※※※※7月1日に発売決定の13巻もお楽しみに!!※※※※※

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